運命の交差
―白銀の騎士試合の日
白銀の騎士の会場は冒頭、色々な事件が起きた。
ここではそれを繰り返さないので、3話前の最後から話を始める。
フィラン王子は再会したラリーに対し、敵意に満ちた目でラリーの目を見据えると「ラリー、その言葉を忘れるなよ……」と言って立ち去った。
その後空を見上げながら「随分と嫌われたものだ……」と、涙をこらえながら嘯くラリー。
◇◇◇◇
その彼に声を掛ける者があった……
「ラリー・チリ……随分と運命に弄ばれているね」
自分をかつて名乗っていた偽名で呼ばれた事にびっくりしたラリー。
すぐ右隣りで声が上がったのでそちらに目を向けると、ロマンスグレーの短い髪の僧侶が、優しげな表情でこちらを見ていた。
見た事が無い男だ……
思わず訝しんで目を細めると、その男が逆に驚いた表情を見せた。
「ラリー、私の姿が見えるのかね?」
「…………」
黙ってコクンと頷いたラリー、するとこの僧侶は「はぁ……」と重々しい溜息を吐いて、こう言った。
「やれやれ、遂に運命が開かれたか。
ならばお前の運命を変えに、ラドバルムスも動き出す事だろう」
急に謎めいた言葉を聞かされて、ラリーは困惑を隠せない。
彼に向けて矢継ぎ早にこう質問を重ねた。
「何?どういう事です……
貴方は誰ですか?
会った事がありましたか?」
僧侶は「会った事は有る、だがまだ無い……」と言って、人懐っこい笑顔を浮かべた。
意味が分からず首を傾げる。
質問を重ねようと口を開きかけた瞬間、ラリーの口に彼の人差し指が添えられた。
「しっ、口を開くなラリー」
ラリーは彼の言葉の真意が分からず、自分の口を閉ざした指の感触に戸惑う。
するとその背中に声を掛ける者があった。
『御曹司ぃ!』
背後で自分を呼ぶ能天気な声が響く。
振り向くとそこに居たのは、オーモンとハルダンだった。
彼等は嬉しそうな顔でラリーに近付くと、ハイテンションで語りだす。
「見ましたよ御曹司!
まるで剣鬼アルローザン様の再来だって、みんなが噂してましたっ」
「これでガーブや“狼の家”の名声も上がりますぜ!
王都のガキ共に、御曹司の名前と本物の剣を見せつけてやって下さい!」
二人はラリーに、マシンガンの様に言葉を投げる。
ところがラリーはそれどころではない、隣に居る訳知り顔で柔らかい微笑を絶やさない、このお坊さんがとても気になるのだ。
自分を知ると言ったこの男に、色々と聞きたいラリーは、やってきた二人に対し、こう言った。
「ああ、うん。
二人共申し訳ないんだけど今、隣のお坊さんとお話し中なんだ、悪いけどまた後にしてくれる?」
ラリーがそう言うと、二人はラリーの隣を見て、そして付近をキョロキョロと見回す。
やがて二人は示し合わせた様に、首を傾げて言った。
『お坊さんて、どこに居るお坊さんの事です?』
「え?」
ラリーは面食らった表情を浮かべると、次に隣でウンウンと頷いて微笑む、僧侶の姿を見て言った。
「ここにいるじゃん……」
『…………』
するとオーモンとハルダンはラリーの隣を見、そしてもう一回隣を見てオーモンが言った。
「御曹司……誰も居ませんが」
「いっ?」
思わず変な声を上げて、隣を見たラリー。
すると僧侶が言った。
「昔から君は幽霊が見えただろ?
君の叔父だったり、ワースモン・コルファレンだったり。
アレと一緒だと思った方が良い。
もちろんあんなのと私は違うがね……」
「…………」
そう言われて黙ったまま固まり、目を見開いて僧侶を見るラリー。
(こいつドコまで俺の事を知ってるの?
て、言うかこいつは一体何なんだ?)
そう心で思った彼に、目の前の僧侶はニコッと微笑んで言った。
「君の事は何でも知ってる、君の知らない事まで全てね……
せっかくだから少し後で話そう。
その前に一つ言っておく事がある」
すると僧侶はオーモンやハルダンに目線を投げると、彼等を見ながら笑って言った。
「彼等は私の姿が見えないんだよ」
それを聞いて、何とも言えない表情を浮かべたラリー。
少し考えた彼は、オーモンとハルダンに顔を向けるとこういった。
「ごめん、俺の隣にお坊さん居ない?……」
『!』
そんな問いかけに対し、どう言ったら良いのか分からず、顔を見合わせるオーモンとハルダン。
二人は肩をすくめると『はぁ……』と言ってラリーの顔を見た。
そしてやっぱり彼等は、見えない隣のお坊さんを見る。
そして二人は『見える?』と互いに確認し合う。
そしてハルダンはこう言った。
「御曹司、霊が見えるならお坊さんに相談した方が……」
「だからお坊さんが居るんだって!」
「いえ、そんな悪魔的なお坊さんではなく……」
ハルダンのその言葉を聞いて、隣のお坊さんは大爆笑である。
ラリーもまた(俺は何を言っているんだろう?)と、思った。
いよいよ自分は頭がおかしくなったかもしれない。
……少なくともそう思わた気がする。
しまいには、何をどう言えば良いのかも分からなくなり、やがてラリーは顔を手で覆うと、悲しげな声でこう言った。
「一人になりたいから、また後でも良いかな?
なんか、疲れたみたいなんだ……」
オーモンとハルダンはそれを聞くと、言われた通り立ち去る事にした。
立ち去りながら彼等はコソコソと話し合う。
「ハルダンよ、御曹司やべぇよ。
マジでエキセントリック入ってんじゃん」
「兄貴、御曹司はパンチが効いたキャラですね……」
(でけぇ声しやがって、聞こえてんだよ!
それにお前達に言われたくない!)
そう思ったラリーが、その背中を睨む。
殴りたい、本気であの二人を。
二人はそれを知ってか知らないでか、とにかく陽気お喋りしながらにこの場を立ち去った。
ラリーはそれを見て(陰で何を言われるのだろう……)と思う
……それを考えると頭が痛い。
とにかく隣に相変わらず居る僧侶を睨んだ。
コイツのせいだ……
僧侶は「睨まれるのはお門違いだ、彼等は私に会う運命を持っていなかったに過ぎないのだから」と言って、困った表情を浮かべる。
それを聞いて思わず溜息を吐くラリー。
目の前で起きていることに頭が追い付いてきいかない。
やがて彼は(良く分からないが、そういうモノらしい……)と、この神秘的な現実を頭に受け入れる事にした。
……もうそれしかない。
次に、どうしたら良いのか分からず、再び顔を両手で覆って立ちすくんだ。
やがて、そんな苦悩するラリーに向けて、隣の僧侶が優しく声を掛ける。
「まぁ座ろう、いつか君と話したいと思っていたんだ。
君の事はよく知っているが、実はよく知らないんだよ」
「謎かけですか?」
「そうではない、ただ理由は説明したほうが良い。
とにかく座ろう、さぁ……」
僧侶はそう言ってラリーに座る事を勧めた。
言葉に従ってこの場に腰かけるラリー。
その隣にこの僧侶も座る。
「話したい事があるラリー。
私は君たち一族にとって味方だ、少なくとも利害関係がある」
「……パパからそう言う話を聞いた事は有りませんが」
「ヴィープゲスケ家の方ではなく、バルザック家の方だ。
私はクリオン・バルザックに剣を教え、そしてその剣を代々の当主に継承させた」
「え?」
「何故バルザック家に連なる者からしか、聖騎士流の当主が出ないのか、知らないようだな」
「ええ……」
「そうか、それなら端的に言おうか……
王剣士アキュラよ、ようやく見つけたぞ。
運命の接合点、お前が転生する人間を特定するのにここまで時間をかけた」
「!」
ラリーは夢の中に出てくる自分の姿と同じ名前を言われて、思わず心臓が止まりそうになった。
……思わず隣の僧侶を見る。
彼はそれまでの微笑を消し、そして鋭い目でラリーを睨んでいた。
その様子に思わず固唾を飲むラリー。
やがて僧侶は、その険しい目を閉じてこう言った。
「お前が剣をどこに隠したのか、それを知るのに時間がかかった。
そして剣を見つけた時、お前があの剣をああいう形で隠すとは思わなかった。
なるほど、あれなら神の目も欺こう。
だがおかげで王剣をラドバルムスから守るのには役に立った。
しかし物としての性質を失った剣では、使用者は限られる。
お前の妹の血を引く者だけが使えるとはな」
「どういう事?」
「……記憶が無いのか?
まぁよい、どうせいずれは記憶も甦る。
全ては聖地に赴いてからだ。
だが感謝するがいい、私はお前の妹を守り、強い男と縁を結ばせた。
そして二人の間に生まれた子に、王剣士として必要な剣技を授けた。
すなわちクレオンテアルテ……」
「!」
「ここまで言えば私の事も分かろう?
お若いの……」
僧侶はそう言うと再び目を開き、ラリーの目を冷めた目で見据える。
……その目に見覚えがあった、そして見覚えが無い。
やがてラリーは、無意識の中から言葉を紡ぎ出した。
「サリワルディーヌ?」
ラリーがこの世界の主神の名前を出すと、僧侶は何も言わずに立ち上がり、そしてラリーを見下ろして言った。
「ラドバルムスはまだ諦めていない。
それにお前は王剣グイジャールの刃だけを隠して、残りの全てをこの世界に残した。
鞘、柄、鍔……ラドバルムスはそれらを使ってフィーリアを追い込むつもりだ。
そしてそれらは厄介な事に、王剣でしか壊す事が出来ない。
そして王剣の力を解放できるのは王剣士のみ……
アキュラ……いやラリー。
今度こそグイジャールを始末せよ!
20年以内に必ずだ……
だがその前にラドバルムスがお前を取り込みに来るはずだ。
用心せよラリー、美しく、清らかな者程、きわどい力に目覚めやすい。
……ラドバルムスがそうであった。
清らかな者程、獲物の様に食われて終わるか、さもなくば破壊神の如き革命の火種を放つ存在へと変わってしまう。
金も要らぬ、名誉も要らぬ、地位も要らぬと言う奴はどっちかになる。
真ん中は無い……生きづらい世を生きる内に、憎悪で心が満たされる故にな。
……だからこそ恐ろしい。
優れた演奏家が優れた楽器を欲しがるように、優れた仲間を集めて世界に火を放つ様を、私はいったいどれほど見ただろうか……
ラドバルムスとはそう言う存在だ」
「…………」
「また会おうラリー、どちらにせよ継承の儀式で再会は約束されている。
再び王剣を手にする運命が開かれたのだ、だから私に会えた。
そしてそれは、再びラドバルムスに会う事も意味している。
剣技を磨けラリー、極めれば今回は君の望みも叶えよう。
君がグイジャールの残りを始末したなら、互いに良き知らせとなる……」
そう言うと僧侶は姿を消した。
それをラリーは茫然とした思いで見送る。
◇◇◇◇
―2時間後《視点をラリーに変更する》
剣を構える、試合の度に……
少し前に出会った僧侶を忘れるように、その後行われた1試合1試合に、自分の誇りを賭けて臨み続ける。
試合が進む毎に、強い相手と巡り合う。
そして準決勝にまで辿り着いた。
これまでストレートに2本先取か、一撃で相手を沈めて勝ち進んだ俺。
そんな俺に今日初めて、強敵が立ち塞がる。
彼との試合は、一本取ったのち、続く二本目の試合が長丁場と化した。
打ち合いは数十合に及び、試合開始して8分にも及んだが、未だに決着がつかない。
冬の風は冷たく、全身を覆う鎖帷子がたちまち冷える。
鎧ではなく、まるで氷の束を纏う様だった。
流れた汗までもが冷えて体温を奪い、停滞した試合環境が俺に寒さをもたらす。
「ハァハァハァ……」
……そんな中、苦しそうな相手の息遣いが聞こえた。
長丁場が続く内、彼の体力が限界に近付いたのだ。
恐らくこんな長丁場の経験があまり無かったのだろう。
時間をかけて交戦する事が多い、ゴブリン狩りの経験の有無が、俺と彼との間に横たわろうとしていた。
俺は相手を揺する様に踏み込むそぶりを見せ、そして剣の構えを変える。
相手はそれに引きずられ移動し、構えを変えた。
動きに集中力が欠け、疲労からなのか、先程よりも剣の初動が重い。
戦いが止まった……
「消極的になるな、撃ち合え!」
裁杖を持った審判が、俺達の消極性に焦れて叱責を飛ばす。
「イヤァァァァァッ!」
その声に押され、相手が飛び込み、俺にはたき斬りを仕掛ける。
俺の頭部目掛けて横から剣が飛ぶ。
それを剣の弱い部分で受ける俺、押し込まれるのを嫌って、相手の剣を弾き飛ばす。
「!」
そしてそのまま踏み込みながら強撃を放つ、相手は足を使いながらこれを避ける。
そして俺はそのまま下がった剣を上に切り上げた。
足は斜めに、俺の剣を攻撃線から外すように動いていく!
「クソ!」
相手はそう呻くと、剣で俺の切り上げを抑え、体を更に斜め後ろに下げた。
相手に抑えられ、バインドされた剣……
しかし俺は更に一歩踏み出しそしてバインドされた場所を支点にして剣を背後に回転させた。
カン……
触れ合った木剣の腹同士が、乾いた音を立てる。
俺の剣刃が滑かに回転を続ける。
バインドした筈の、俺の剣の腹で押さえつけられ、それに抵抗する時間も無い相手。
目を見開いて、相手が大きく息を吸い込むのが見える……
支点を中心に背中から回転する俺の剣。
いよいよ俺は剣を、支点となった相手の剣の接合点……つまり下から引き抜いて相手の顔面に叩きこむ!
カウンター……第2。
ガッシャーン!
強い手応えと、激しい衝突音が手元を駆け抜けた!
剣を持った相手が構えた姿勢のまま、2・3歩後ろにヨロヨロと下がって、背中からぶっ倒れる。
客席から『おおおおっ!』と言う、動揺が広がり、俺の剣に対して戦慄を示した!
「勝者、ゲラルド・ヴィープゲスケ!」
審判が俺の名を挙げ、勝者となった事を世界に知らしめた。
パラパラと上がる拍手の音。
ガーブから来た男の勝利に、歓声を上げない王都の観客達。
俺はそいつらの顔を(どうだ、思い知ったかっ!)と思って見返してやった。
観客席から『北の子狼……』と言う呻きが零れ、そして俺に対して視線が集まる。
そんな無数の視線の中に、俺は知った顔があるのに気が付いた……
俺の師匠だったマスターと、その弟子が、黙ったまま俺の姿に視線を投げている。
「…………」
獰猛な野獣のような目で俺を睨むボグマス。
そして……顔を紅潮させ、俺を見つめてはニマニマと笑うフィラン王子。
フィラン王子は、笑わない目でギラギラと俺を見据えながらこう言った。
「やぁラリー……
次は決勝だ、楽しみにしているよ」
遠くからだった彼の呼びかけ……
大声で言った訳でもないのに、やけにハッキリと俺の耳の奥に届く。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
戦いを終えたばかりの体が、面頬の奥を熱気と寒気で満たす。
返答として、俺も彼の目を見据え、そして面頬を上に跳ね上げた。
睨む両者、その敵意に満ちた光景に観客席がどよめく。
そのどよめきを制する様に、審判が叫んだ。
「試合は今から30分後に始める。
会場は第一区画、それまで両者は接近を禁ずる。
繰り返す、接近を禁ずる!
時が来たらば太鼓の音で伝える、それまでは解散せよ!」
この審判の叫びで観客席から秩序が抜け出し、人々が散らばって席を立っていずこに向かう。
ガヤガヤと話声で満ちる会場。
その放縦な空気の中で、俺と王子は離れ、そしてそれぞれ、どこかへと向かう。
歩きながら兜を頭に固定した顎紐の金具を外す。
兜を取り、そして知らぬ間にびっしょりと濡れていた、頭のタオルを兜に放り込んだ。
一瞬たりとも緊張がほどけない試合だったと、この汗だくのタオルを見て改めて思う。
俺はこれまでの戦いを振り返り、兜を小脇に抱えながら、重々しく溜息を吐いた。
(やっと次が最後か……)
肉体的と言うよりは、精神的に疲れた。
この街は完全にアウェーで、観客は誰も俺の勝利を望んでいない。
一応俺の故郷なんだけどな……そう思うと悲しい。
さらに言うと最初の試合で現れた時は、服装のセンスを観客に散々に笑われてしまった。
連中は俺が初戦、一撃で相手の心と体をへし折ると、沈黙で答える。
そして行われた次の試合で、観客は敵役となった俺に罵声を浴びせた。
余所者に手荒い、王都の連中……
完全に悪役の俺……
しかしそれも5試合目で終わり、今度は重々しい沈黙で俺の勝利を見届ける。
見物の人数自体は多いので、たぶん俺の試合を見たいと思う人はそれなりに居るのだろうと思う。
そして続く8試合目、遂に決勝になる。
勝ち進むたび、俺の姿を見た、見知らぬ少年剣士が色々と俺に話しかけ、そして俺の鎧覆い(バーク)を触ってその絵の質感に大いに驚く。
勝者に好意的な、初めて会った同輩達。
剣士っていいなぁ、と思った俺は彼等と話すことでようやく自分らしさを取り戻した。
こうして時折、彼等との雑談を笑ってやり過ごす。その時は凄く楽しい。
こうして剣に夢中になっていると、僧侶の事もルーシーの事も忘れられる。
特に僧侶の存在は強烈な不安を俺に授けた。
いきなり現れて俺を見てたと言われたら、ストーカかと思うじゃんか……
加えて随分と不思議な話を俺にしてくれたモノである。
運命の話は、ただただ俺を不安にするだけだ。
正直、もう忘れたい……
こうして時は流れ、試合の時間が近くなる。
俺は“第1区画”と呼ばれる次の試合会場の近くで、これまでの戦いを思い返して剣を振っていた。
決勝の相手はフィラン王子……
その彼がこれまで行ってきた戦いを見ると、彼の実力に驚かされる。
兄から聞いたように、彼は純粋に強い剣士に育っていた。
元々持っていた勘の良さにさらに磨きがかかり、そして剣速が異常に速い。
加えて足も技量も相当なものだ。
……どんな練習をしたのか分からないが、相当な練習をしたのだろう。
特に最初の試合で見せた、薙ぎ払いの一撃は無駄と呼べるものが何もない一撃で、俺に対する挨拶状だと直感した。
戦いの後、彼がこちらに再び来た事でソレを確信する。
……随分とプレッシャーをかけてくれる。
華やかで、輝くような鮮やかさに満ちる彼の剣筋、その実力に勝てるかどうか不安を覚える。
……それを振り払うかのように、剣を振った。
(緊張してきた……
もっと練習すればよかった、骨折なんて言い訳にして、練習を怠った罰だ……
殿下は何をしてきたか知らないが、明らかにこれまでの子達と全然質が違う。
上手く言えないが“心臓”と“技量”が同い年の子と比べて頭一つ上だ……
何となくだけど、殺し慣れている様な……)
そう考えて俺は被りを振るった。
王子ともあろう者がそんな恐ろしい程の野蛮を身に着ける筈が無い。
キラキラと輝く彼の資質の奥に、そんなものを見かけたからと言って、何があると言うのだ。
そもそも人間は単純な生き物ではない、元々彼はそう言う人間だっただけなんだろう。
そう思った俺は目線をあちらこちらに投げて、この試合会場を見回すことにした。
……試合会場を挟んだ向こう側に、王立魔導大学付属校の旗が翻り、その下あたりに俺の知り合いが幾人も集まっている。
何人かは俺に王子と同じ敵意ある視線を投げ、何人かが申し訳なさそうな顔を見せる。
それを見て思わず面白くなって笑った。
「やれるもんならやってみろ“野獣の御曹司”の全てを見せてやる……」
俺がそう言うと見知らぬおっさんが「いい事言った、貴族共なんかに負けるなよ」と俺に声を掛けてカラカラと笑った。
俺も一応貴族なんだけどな……
行方不明になりがちな俺のパーソナル情報に、思わず苦笑が浮かぶ。
「あ、アホのラリーが居た」
そんな時不意に、左から誰かが俺に声を掛けた。
弾けるような若い女の子の声だ、思わずそちらに目を向けてその正体を確かめる。
正体が分かった俺は、ついつい嬉しくなって叫んだ。
「あれ、イフリアネ!久しぶり」
思わず抱きしめかけて「オットット……」と体を遠ざける。
身分差、身分差……相手は公称伯爵、実際には大公殿下の娘ですやん。
抱きしめたら衛兵に捕まるかもしれませんねっ、と。
しかしそれにしてもだ……
相変わらず飛びぬけて可愛い子だなぁ。
美人の顔を見ると無条件に嬉しくなるのは男のサガだね。
イフリアネは昨年よりもはるかに美しく、そして髪の質感が柔らかい。
肌が輝いて見えた……
「ちょっと、姉御は女っぷりが上がったんじゃないの?」
「ええっ、どんな誉め言葉なのよ、ソレ」
俺の言葉にそう言って、昔と何も変わらぬ笑顔で笑うイフリアネ。
その顔を見て無性に安心感を覚えた。
「ラリー凄い鎧覆い(ホバーク)だねそれ、センスがぶっ飛んでるよ?」
「センスがぶっ飛ぶ……
お嬢様、お言葉遣い……」
「アハハハ、やめてよ。
ラリーと私の仲じゃない」
「アハハハ、だね。
でもいいの?殿下は俺を敵対視しているからここに居ると怒られるんじゃないの?」
軽口を混ぜながら昔と何も変わらないテンションで話す俺。
イフリアネは少し悪そうな笑みを浮かべてこう言った。
「アイツ最近調子乗っているから……
だってひどいと思わない?
ラリーは何をしたの?
アイツ厳しすぎなんだよ、これじゃラリーが可哀そうだよ」
「……そうだよね」
「そうだよ、絶対に……
アイツの悪口をここで言ってやろうよ」
「いいの?」
「うん、ウフフ……」
そう言って笑う彼女の顔に、なんとなく味方を見出す。
だけど俺は次の瞬間俺は首を振ってこう言った。
「パパが悲しむからそれは言えないよ。
気持ちだけ受け取っておく」
王党派貴族の主要メンバーであるウチのパパを、こういう形で苦しめるのは気が引ける。
彼女はソレを知ってか知らないでか「ふーん」と、言って。どこか不満そうな表情を、横顔で俺に見せた。
そして横顔を見せたままこう言った。
「ラリー、王家に仕えるのはお兄さんとお父さんなんでしょ?
ラリーはそこまで義理立てしなくても良いんじゃないの?
だって忠誠の誓いも立ててないでしょ」
「え?……
ああ、どうだろう。
子供の頃からずっとそういうモノだと思い込んでいたから、それ以外を考えた事が無かった……」
俺がそう言うとイフリアネが、顔を向き直し、俺の目を見据えて言った。
「ラリー、ラリーが誰に忠誠を誓うのかはラリーが決めていいんだよ?
伯爵でも、男爵でも、公爵でも良い。
家を継がないラリーは自由なんだよ。
だったら王家にそこまで義理立てしなくても良いと思う」
「…………」
「例えば“シルト大公領”と言う選択肢もあると思わない?
ラリー、王家だけが仕える家ではきっとないよ?」
俺は思わずこの美少女の目を直視した。
澄んだ美しい目に思わず触れたくなる……
自分の味方だと、彼女が言う。
それに甘えたいと、正直に思った。
だけど俺は被りを振るった。
……裏切れないと、損ばかりの日々に義理立てをする。
「まだ決められないんだ。俺、殿下と戦いに臨む。
真剣勝負だ、それと引き換えにこの戦いを終えたら俺はこの国を出て行かないといけない」
「え、なんでっ?」
「俺……小姓になるんだ。
殿下と真剣勝負をする俺を受け入れてくれる諸侯は誰も居ないから、俺は聖騎士をやっている、叔父のドイド・バルザックの小姓になる」
「……そうなんだ」
「ごめん、だけどありがとう……」
俺がそう感謝を述べると、イフリアネが不安の浮いた眼で言った。
「ルーシーが、婚約したから?」
俺は思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、そして次に笑いながら頭を振るった。
「違う違う、ルーシーは関係ないよ。
それに貴族の子なら政略結婚は当然だ……」
「…………」
「……嘘がつけないな、そんな目で見ないでよ。
たしかにルーシーが婚約したのは辛かった。
悲しかったんだよ、でもね……
俺には剣がある、だけど剣しか能が無いんだ……」
「そんな事無いよ?」
「いや、俺には何も無いんだ。
勉強も好きじゃないし、魔導士の家に生まれたのに魔法も使えない。
ガーブウルズで知ったんだ、俺の道は剣しかないんだって」
「……ラリーなら大丈夫だよ。
絵だって上手いし」
そう言ってますます不安そうな目で俺を見るイフリアネ。
俺はその目に申し訳なさを感じながら言った。
「もし殿下に負けてもいいなら俺はこの国に残ってもいいと言われたんだ。
だけど敗北を望んだら俺の剣士としての未来は終わるんだ……
剣が無くなったら俺はもう何も残らない。
剣士でなくなるくらいなら、国を捨てた方がマシなんだよ。
……少なくと俺にとっては」
俺がそう言うと、イフリアネが言った。
「他の道は無いの?
女伯(爵)や、女公(爵)の夫として生きる事も出来るかもよ?
皆その機会をモノにしようとして必死なんだよ?
ラリーはそれに興味は無いの?」
俺はイフリアネの目を見た、その選択肢を選べばもしかして彼女が俺のモノになるのではと考えた。
……素敵かもしれない、そんな未来は。
美しい女と優雅な貴族生活。
男の夢を詰めた未来がそこに在る。
……だけど俺は首を振るった。
フィラン王子の顔が脳裏にちらつく……
俺は目を伏せて「剣の修業が終わって無いんだ、何も考えられない」と告げた。
……骨の髄まで王家の犬、義理立てを選んだ悲しきヴィープゲスケ。
情けない俺がそこに居る……
イフリアネはそれを聞くと「分かった、修行が終わらなければ無理だもんね」と言って、あっけらかんと笑った。
彼女はやがて、俺に手を振って別れる。
「……ハァ」
もったいない事をしたと思った。
後悔が胸に沸き、そして何を選んでも後悔するのだと思った。
そして一番傷ついたのは、彼女かもしれないと……
(可愛かったなぁ……)
俺は胸が高鳴る、その手に触れたいと、彼女を目の前に何度思ったか。
胸に沸いた欲望に従えなかった事に改めて後悔する、俺はそんなひどい男だった。
こうして俺はまた一人になった。
……試合まであともう少し。
試合会場の近くで木の廃材が燃やされ、その暖かさが周りの男達を癒す。
煙の臭いが当たりを包み、冷えた俺の鎖帷子をその光で温める。
イフリアネの言葉に胸は動揺した……
時間が流れ、体を冷やすまいと幾度も火の傍で手を揉み、時が来るのを待つ俺。
ドーン、ドーン……
戦いの始まりを告げる太鼓が鳴り響く、それを聞いて俺は焚火から体を追い出し、囲いの中の戦場に向かう。
開始線の所にはまだ王子の姿は無く、俺は自分に与えられた場所に立ち、彼の登場を待った。
静けさと、ひそひそとした話し声。
そして伺うように俺を見る周囲の大人達。
主役の登場を待つ、不思議な空気がこの場に満ちる。
これを見て(王子様はお得だな)と、俺は不遜な笑みを浮かべて思った。
30分の中断を大幅に過ぎて待たされた俺。
やがてざわめきがこっちに近付いてくる。
「ようやくお出ましかよ……」
そううそぶくと、俺を見るフィラン王子がざわめきを引き連れてこちらにやって来た。
彼はそのまま試合会場の開始線にやって来ると、俺に口を開いた。
「イフリアネと何を話した?」
俺は「別に……」と返す。
「話せ、ラリー!」
威厳をもって俺にそう命じるフィラン王子。
俺に命令したと言う事が、俺の感情を逆なでる。
(今更お前になぜそこまで説明しなければならない?)
俺を苦しめたこいつにそこまで言うのは馬鹿らしかった。
俺は「話して欲しかったら殿下、俺に勝ってくださいな……」と言って、彼を挑発した。
その言葉を聞いてギロッと俺を睨むフィラン王子。
俺は静かにその目を睨み返した。
「下がれ!」
俺と彼の前に、審判の裁杖が差し込まれる。
それに従い、下がる俺達。
「これより白銀の騎士決勝を行う。
全員国旗に注目!」
審判が叫び、俺も殿下も掲揚台に翻る国旗に目を向けた。
青と白、そして紫の三色旗の中心に、王家の紋章であるグリフォンのマークが描かれる、アルバルヴェ王国の国旗がみんなの前ではためいた。
青は海とシルトを、白は女神フィリアを、そして紫はアルバルヴェの大地を意味するこの旗。
手を胸に当て、それを見ていると荘厳な空気が胸に満ちる。
そして誰が言うとも無く、国歌が人々によって唄われていった……
―手を携えて我等は敵に立ち向かう。
―敵はシルトの港に押し寄せた。
―王はこれまでを忘れ、彼等を助けんと駆け付ける。
―手を携えた我らの前に恐れる敵など居はしない。
―ホルン岬で、ヴィクラフの平原で、奴らは子ウサギの様に逃げ惑う。
―神よ、アルバルヴェの王に祝福を。
―撃滅する敵に慈悲はいらぬ。
―ホルン岬とヴィクラフの平原……
―誇りを示した我らに、女神フィーリアの恵みが降る。
二重王国ともよばれるこの国の歴史の一幕を唄ったこの歌は、今から75年前に起きたダナバンド王国と当時独立国だったシルト大公国の戦争を唄ったものである。
圧倒的大軍を前に命運尽きたと思われたシルト大公は、独立を諦めアルバルヴェ王に臣従を誓った。
アルバルヴェ王国内には、シルト大公の要請を断るべきだと言う言葉も多かった。
むしろそうでないとシルトを巡って、大国ダナバンドと戦争状態に陥る。
……これをシルト戦争と言う。
ところが当時の王はマウリア半島から、外国を叩きだすと宣言した。
そして、半島の有力国から一転、外国軍の侵攻を招き、滅亡寸前となった、シルト大公を救うために連合軍を結成して参戦する。
こうして行われた戦いがホルン岬要塞を巡る戦いと、最終決戦が行われたヴィクラフの会戦である。
この2つの戦いに勝利し、マウリア半島からダナバンド王国の影響力を排除したアルバルヴェ王国。
この国は、シルト大公領を自領に組み込み、加えて信頼に足る王国だと言われたことで、他のマウリア半島諸侯の臣従を勝ち取る。
結果シルト戦争によって、アルバルヴェ王国は一躍大国として国際世界に名乗りを上げたのだ。
シルト大公と、アルバルヴェ王家の関係を現したこの歌は“手を携えて”と呼ばれ先々代の王の時に正式な国歌になった。
だからシルトの領民も、アルバルヴェの国民も共に、敬意をもってこの歌を唄いあげた。
歌い上げた後、全員が『アルバルヴェ王万歳!』と何度も叫び、そして拍手喝采を上げた。
セレモニーを終え、いよいよ高まる決戦の機運。
唄い終えた俺は、腰から下げた木剣を抜き払い、そして開始線の手前につく。
「…………」
沈黙の中、熱くなった胸の内で“俺は勝つ”と言い聞かせた。
そして俺を睨みつけるフィランの目を見る。
……お前を斬る、と心の底で呟いて。
「それでは決勝を始める、いかなる決着となっても、アルバルヴェの戦士として、互いに遺恨を残さない事をここに誓うか?」
審判が最後の念を俺達に押す。
「誓う……」
「問題ありません……」
俺とフィランは互いに目を見据え、睨みつけながらそれを誓った。
それを見て審判は「はぁ……」と溜息を軽く吐いて叫んだ。
「それでは始め!」
次の瞬間、俺は踏み込んで鉄門の構えから剣を切り上げる!
そしてフィランの剣が腰だめの犂から突きを放つ。
ガシャーン
二人の剣の激突音が同時に成った。
突きが俺の胸を、切り上げた俺の剣が相手の胴体に深々と撃ち込まれる。
「相打ち!」
審判が叫び、俺達は続く一撃を俺は牡牛からこめかみを狙い、フィランもまた牡牛に構えて俺の剣を制す。
「ぐ、ぐぐぐ……」
「グガ、ギギギギ、……」
力と力、バインドされた剣で互いに押し合う。
(ち、力が強い!)
俺はフィラン王子の力に戦慄した。
押し込めると思いきや、全く力負けしないのだ。
バインドにおいては力を込めてバインドした手筋を“剛い”、力を抜いて相手から仕掛けた拘束から抜ける手筋を“柔い”と言う。
非力な相手は当然“柔い”バインドで対抗すると思った俺は、そこにつけ混んで相手を討ち取ろうと思っていた。
ところが力には自信がある俺のバインドに対し、フィランは全くの互角の力で対抗する。
俺は高い身長を生かして上から押し潰すように、バインドを“剛く”する。
「つ・ぶ・れ・ろ・よぉ……」
「だ・ま・れ・クソ野郎……」
顔を真っ赤にし、互いに一歩も引かない俺とフィラン、その姿勢のまま長い時間を過ごす。
「離れろっ!」
そんな俺達の間に審判の裁杖が突き入れられる。
「離れろ、お前ら離れろ!」
審判のその声で、俺とフィランはようやく剣と剣を離し、そして互いに殺意の沸いた眼で相手を睨む。
(ぶっ殺してやる、あのチビ……)
俺は彼のこの不遜な様子で、頭に血がる。
フィランもまた俺に口の動きで“殺す”と告げてきた。
殺されるのはテメェだと思って睨みつける。
「たがいに敬意を持て、分かってるのか?」
審判がこの一触即発の俺達の雰囲気を見て、いらぬ茶々を入れる。
俺は儀式だと思って「分かってます」とだけ答えた。
フィランは何も答えない。
それでお咎め無しだった、それが社会のルールらしい。
この様子に思わずこの審判も“後で絶対殺すリスト”に名前を書き連ねてしまいそうだ。
……いや、むしろ書いてしまおう。
俺の心の健康の為にはそれが良い……
こうして開始線に戻った俺達、再び「始め!」の掛け声で試合を再開する。
俺は剣を空に向けて立てた。
屋根の構え……
フィランもまた屋根に構える。
俺達はそこから何合も剣を放った、強撃、そこから切り返し、突きも放ち、そこから相手の剣を掴んで剣取りも狙う。
カーン、カン!
木剣が激突し乾いた音が響く。
(クソッ、巧いっ!)
剣技が巧みなのは知っていたが、まさかこれほどとは思わなくて焦る俺。
俺を襲う剣が俺の剣に触れた瞬間くるっと1回転して、下に落ちて俺の胸を上からついてくる。
“返し”と呼ばれる技だ。
このままでは一本取られると思った俺は、強引に切り下げてその剣を叩き落とす。
そしてそのまま足を使って逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
まさか、俺が逃げるだなんて……
息は荒くなり、いまだに一本もとれていない事に焦りを覚える。
フィランはそんな俺の様子を見て「ふん」と鼻で笑って言った。
「剣の聖地で身に着けたのは、剣技じゃなくて逃げ足の方だったみたいだな」
「なんだと、もう一遍言ってみろ!」
「聞こえなかったのか、がっかりだよラリー。
ガーブで習うのは剣じゃなくて逃げ足だとはね」
「!」
ロクでもない連中ばかりだが、俺の愛すべきガーブの事まで笑われて俺は我慢が出来ない。
連中はすぐに殴る、報酬の金はごまかす、世間にちっとも優しくなく、川を渡る子供をまずは逃亡者扱いして捕まえるが、お前よりもマシな連中だ。
……と、思いたい。
……ついでに平気で嘘をつく奴も居たっけ。
いや、あまりガーブの事を考えるのはやめよう、このまま考え続けると俺がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ……
マジでアイツらあそこから外に出す訳にはいかない気がしてきた……大丈夫かな。
「ガ、ガーブには良い所がある」
「どんな?」
え、そう言う質問する?
答え、見つからないんだけど……
雪だるまが大量に作れるぐらい?
「喋るなっ、貴様ら!」
俺達のお喋りを、怒りも露に審判が止めた。
この時ばかりはこの小うるさい審判に感謝を心で述べた俺。
何故なら。
……ガーブの良いトコ、見つからなかったからだ。
夕方まで滞在すると、死の危険がある温泉では、王都の魅力には勝てないよなぁ……
そう思っていると、フィランが「ラリー、本当の実力を見せろよ……」と声を掛けた。
どうやらガーブの事は忘れてくれるらしい。
俺はもう一度剣を手に取り、開始線に戻って息を整えた。
……俺もガーブの事はもう忘れたい。
愛すべきガーブに、愛せるものが見つからなくなりそうだ。
「ハァハァ……ハァ」
降りた兜の面頬の奥、自分の呼吸音がやけに響く。
日差しの中でフィランの鎧兜が黒鉄色に光り輝き、面頬の奥の暗がりから、ソレがやけに眩しく見えた。
彼が着る青紫と白の美しい色で彩られたホバークは洗練された美しさで、それが俺の野生的なホバークと対照を作る。
剣を構えた、俺と彼、ほぼ同時に……
観客席から溜息がこぼれ、重々しい空気の元、俺とフィランは回転するように歩き始めた。
右回りに、1周、2周……
互いに右肩をわざと上げ、撃つぞと見せかける。
こうして見せたフェイントの果て……
奴が飛んできた!
真横から強烈な薙ぎ、電光石火。
はたき斬り!
来たと思った俺はすかさず反応して、彼の剣の下に薙ぎ払いの剣を滑り込ませる。
はたき斬りに対してのはたき斬り!
「!」
目を見開いたフィランははたき斬りの剣を押し下げて、俺のはたき斬りを抑えてバインドに持ち込む。
(くそ、勘が良いっ!)
上に、下に、強く押してフィランのが持ち込むバインドから俺の剣を自由にさせようともがく。
「ぐぎギギギギ……」
お前は王子だろ?と言いたくなるほど、野生を剥き出し、奴は俺を押し返す!
はたき斬りに対して、無理な姿勢ではたき斬りした俺は体勢が安定しない。
右腕が腫れていく。
見た目以上に力が強いフィラン相手に、このままだと押し返されると思った俺は、再び逃げる。
遠ざかる俺に向けて、1つ、2つと彼の斬撃が空を切る。
「ちょこまかと、貴様……」
フィランの腹の底から出る様な、低い声にゾッとする。
俺を殺そうとしている目で俺を見た……
「いい目してんじゃねぇか、後悔させてやる!」
コイツ、ぶっ殺してやる!
俺にそんな目を向けてタダでは済まさねぇっ!
俺は屋根に剣を構え、そして背中に剣を倒し、振りかぶる。
『おおおおおおっ!』
観客席から上がる動揺した人々の声。
俺は誇り高き“貴婦人”に構えた。
一撃でコイツの息の根を止めてやる!
『恐れ多い……』
『なんという激しい気性……』
一撃でフィランを粉砕しようとする俺の意図。
それを正確に理解し、観客が俺の構えに様々な感想を漏らす。
その声がやけに試合会場に響いた。
その声に煽られ、フィランが右目を怒りでひくつかせながら呻いた。
「生意気なんだよ、貴様……」
「いいから来いよ、ぶっ殺してやる……」
俺の気の利いた返答は彼の気持ちを随分と昂らせたようで、フィランは顔を真っ赤にしながら屋根に構えて近付いてくる。
「……うん?」
遠くでボグマスが満足そうに頷くのが見えた……
そんな俺に元文学少年のフィランが、嘲笑うように囁いた。
「貴様が来いよ。
お前程度が構えたんじゃ、その“貴婦人”は“灰かぶり”だ……」
その一言に頭がブチっと切れる。
「上等だっ!」
俺は踏み込み、大きい上背から必殺の一撃を奴に向けて切り下げようとした。
フィランが“ニッ”と笑った……
「?」
次の瞬間光のような速さで俺の顔に剣が突き入れられる。
俺はわずかに首を動かし、その突きを皮1枚で躱す。
こうして俺の顔と、俺の剣との間に彼の剣が差し込まれた。
フィランはそのまま澱む事も無く、自分の剣の腹を使って俺の剣を外に押し出す!
(しまったっ!)
奴の手首が回転しながら空に伸び、がら空きとなった俺のこめかみ目掛けて上から引っ掻けるように薙ぎ払う!
ガッシャァーン!
強烈な衝撃、周囲の音を奪うような破裂音が兜の中に響く。
思わずよろめいて、地面に手を置く俺。
そんな俺を荒々しく肩を上下させながら呼吸するフィランが見下ろす。
「見たか……奥義・流し目斬り」
「!」
そう言うとフィランは俺に背を向け開始線に戻る。
そして腹の辺りで小さくガッツポーズをして見せた。
「……クソ、尊敬するぜ」
これは、俺の傲慢が招いた結果だと理解した。
いつまでも地面に手を置いて良い筈も無い。
弱い男だと思われる。
俺は立ち上がり、今の一撃でどっと沸く観客席を一望した。
王都の連中にとっては、王都で剣の修業をし続けたフィランは、王国の未来の象徴である王子であると同時に、身内なのだろう。
そして俺はガーブの色をひっさげて王都に殴り込んだ、余所者と言う訳だ。
フィランの雄姿は彼等の喜びであり、俺の敗北は心がすくような出来事。
だからその中では、観客の中では勝ち馬の尻にまたがり、俺を嘲る連中もいる。
(その悪ふざけ……後悔させてやる)
俺はいい意味でも、悪い意味でも頭が冷めた。
二本先取で勝利者となるこの大会。
戦いはこれからだと、自分に言い聞かせる。
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