幕間 裏切り者のラリー……
―一カ月後アルバルヴェ王国王宮
ガーブウルズに雪が降り始め、そして王都セルティナにも秋の終わりがやって来る頃。
玉座の前の謁見の間に、実に3年ぶりに一人の貴族が拝謁の為に訪れた。
……貴族の名はガーブ地方の領主、ガルボルム・バルザック男爵。
彼がアルバルヴェ王国軍の最高責任者である、ホーク元帥に伴われ、王の前に進み出た時、周囲の貴族は騒然とした。
……間もなく死ぬと、皆で噂をしていた彼が、以前より逞しくなって出仕しに来たからだ。
何が起きた?と話し合う貴族達。
彼の死後を睨んで、方々(ほうぼう)を巡り様々な勢力と交友関係を深めていた者も多い。
その中で気が早い者は、北部方面軍司令官の要職にある、彼の後釜を狙って、猟官活動をしていた者も居る。
彼等はその努力が無駄になったと、ガルボルムの元気な姿で痛感した。
……バルザック家が事実上代々世襲している、将軍と言う位は旨味が大きい。
説明すると、まずその地位がもたらす年金収入がまず挙げられる。
次に、バルザック家は北部軍の物資の発注先を、自分で決める権利を持っていた。
その為バルザック家は、軍需物資の製造元を自領の工場に指定している。
そこから上がる莫大な税収こそが、バルザック家の面々がガルボルムの延命を諦めてでも、確保し続けたかった利権なのだ。
彼の領地の中心都市であるガーブウルズに、大量の武器屋が軒を連ねているのは、これが理由である。
これが荒れ地のガーブで、飢え死にする者が居ない理由となり。
同時にジリの様な流れ者が、あの過酷な大地に定住している理由なのである。
基本ガーブでは体さえ動けば飯にありつける。
それに逃げ出す者が後を絶たないガーブ地方では、基本転入者はウェルカムなのだ。
ただし気性の荒いガーブ人が雇用主なので、優しいと言う事も無いが……
「陛下、病に伏してお近くに赴く事が出来ず申し訳ございません。
このガルボルム・バルザック、これからは陛下のお傍でお仕え致しますので、どうか末席に連なる事をお許しくださいませ」
進み出たこの将軍が跪き、そして王に頭を下げた時、王は嬉しそうに微笑んだ。
ガルボルム・バルザック……
辺境の荒れ地とは言え、その所領の面積は伯爵に匹敵すると言われた男爵だ。
王国最精鋭と名高い荒くれ者の集まり、ガーブ軍の総帥。
そしてかつて行われたマウリア半島統一戦争の英雄の一人でもある。
当時まだ後継者候補の一人に過ぎなかった、王子ホリアンの軍の先鉾を常に務めた、王の最も古い家臣の一人だ。
王であるホリアン2世は、健康を回復した彼が、以前の様に太い首と逞しい腕を持った、強そうな男であることに嬉しそうに頷いた。
「ルバーヌ(ガルボルムの愛称)、病に長い事伏していたと聞いたが、最後に見た時よりも随分と逞しくなったではないか!
これなら存分にこき使う事が出来そうだなっ」
ガルボルムは嬉しそうに笑うと「何ならこれからドラゴン退治にでも参りましょうか?」と冗談を言う。
王はゲラゲラと笑うと「ああ行って来い行って来い、ただし溜まった仕事を片付けてからだな!」と、いたずらっ子のような顔で言う。
ガルボルムはそれを聞くと顔をしかめて「しまった、もうバレたか……」と言った。
王は笑いの分かる男が好きである。
ホリアン2世は玉座から立ち上がると、跪いたガルボルムの肩に手を置いて言った。
「貴公は私の剣である、よくぞ戻った」
ガルボルムは王の言葉を聞いて答えた。
「ありがとうございます陛下!」
◇◇◇◇
「わーっはっはっはっ!」
その夜、王宮内に於いて、いつも集まる王党派貴族の主だった面々(めんめん)を集め、ささやかな宴会が開かれた。
その日、王の機嫌は、人生最高に良かったと言っても過言ではない。
ホリアン2世の権威、権力は王として戴冠して以来、最高に高まっていた。
股肱の家臣ともいうべき、鬼のバルザックも自身の元に帰ってきたし。
そしてライバル関係にあったシルト大公も、最近は王に恭しい。
もちろんかつてとは違い、王自身も大公をかなり尊重しているのだが……
この日、ハッキリとこの国に於いて、もうこれで自分を脅かすものが無いと思った王は満足感に包まれていた。
……昔の自分に、お前は立派な王になると、言ってやりたい……
かつては色々なモノに失望して投げ槍に生きた事もあるホリアン2世。
今は昔と言える事を思い返していた……
少しだけホリアン2世の昔を説明しよう……
先代の王のただ一人の息子として生まれたホリアン2世。
しかしその地位と人生は盤石、順風満帆とは行かなかった。
実は王位継承権は父ではなく、実母が持っていたからである。
すなわち父は入り婿だった事が、彼の地位を怪しいものにした。
実は王家の血筋的には、王の直系に近いのは叔父達の方である。
その為若き日のホリアン王子の継承権の順位は、たったの4位に過ぎない。
だから大きくなった彼は、叔父達との間で熾烈な政治闘争を繰り広げる運命にあった。
誇り高い彼は、自分が王になると信じて疑わなかったし、その野心を隠そうともしなかった。
そんな若き日の彼は、野心を叶えるためにも軍務を積極的に行おうとしていた。
それは若年者でも名前を挙げるならまずは軍務か結婚か……と言うのがこの国の常識だったからだ。
結婚の方は……と言うと、まだ正直遊んで居たかった彼は未来に延期してしまう。
となると残るは軍務で名前を挙げる事である。
元々興味があったので、むしろこちらの仕事につくことを望んだ彼は、自分を支持する貴族を探すことにした。
ところが子供頃から素行が悪く、多くの貴族の支持を得られなかった若き日の彼は、なかなか軍を揃える事が出来ない。
貴族の支持を集められなかった彼を助けたのが、子分である若き日のグラニール・ヴィープゲスケである。
ホリアン2世は彼の伝手で、最終的には3個の部隊を自らの配下に置いて手柄を立てた。
1つはグラニール・ヴィープゲスケが所属する、大学の学閥を利用し、魔導士の支持を集めて編成した魔導部隊。
2つ目が、このグラニール・ヴィープゲスケを殺すと言ってはばからなかった、グラニール・ヴィープゲスケの岳父であるマウーレル伯爵を中核にした貴族の軍隊。
彼は娘が若き日のグラニールと、外国に向けて駆け落ちしてから、グラニールを心底嫌い、また憎悪していた。
だが事ここに極まっては、とにかく主の為に貴族の支持を取り付けるしかないグラニール。
彼は仕方なく命がけで王の為に、和解を取り付けた。
……土下座である。剣で脅された事も一度や二度ではない。
こうして仲直りするのに相当時間はかかったが、孫である現在のシリウス・ヴィープゲスケ男爵が可愛いので、伯爵は結局許した。
こうして彼はホリアン王子の派閥に参加する事になる。
そして3っつ目が、身内のゴタゴタで王に近寄る伝手を探していたガーブのバルザック家である。
基本的に野蛮人とみられていたこの家は、これまで中央政界とは関りが無かった。
そこで若き日のホリアン王子の金魚の糞としか見られていなかったグラニールに、自分の妹の家庭教師を頼むことでホリアン王子に近付いたのだ。
こうしてインテリと、正統派の少数の貴族と、野獣の集まり。
この三つの集団を従えたホリアン2世は、自らの王位継承の対抗となる物を蹴散らし、王位を確実なものとしたのである。
それだけに若き日の、どうなるか分からなかった時代の自分を支えた、野獣軍団のボスである旧知のガルボルムの出仕は、王に大きな喜びをもたらす。
それと同時に他の貴族に、自分がこの国最高の暴力装置を手中に収め続けている事をアピールする契機にもなったのである。
それは無言の圧力となって、貴族たちの行動を慎重にするよう促すのである。
「諸君、ルバーヌの帰還に乾杯しよう!」
上機嫌の王がそう言うと、集まった王党派の面々が、杯を掲げて王に続いて同僚の帰還を祝った。
参加した面々は以下の通り。
アルバルヴェ王ホリアン2世。
アルバルヴェ王国宰相クラニオール卿。
アルバルヴェ王国元帥ホーク将軍。
アルバルヴェ王国ホーマチェット伯爵。
アルバルヴェ王国内務卿マウーリア伯爵。
アルバルヴェ王国王太子で、ラール・アルバルヴェ公爵のリファリアス。
アルバルヴェ王国の魔導士のトップであるヴィープゲスケ前男爵。
そして、アルバルヴェ王国北方司令官代行のガルボルム・バルザック男爵。
グラニールには、王から「グラニール、足りないものがあったらお前が手配するのだ!」と言ういつもながらの酷い命令が下った。
なのでグラニールは、出席者でありながら、幹事と給仕とを兼ねる雑務に従事する。
……この中で成り上がりは彼だけなので大変だ。
宴会もこれだけの人数があると、席の近い者同士で、自然と何人かの集団に分かれる。
王の座る席から若干遠かったガルボルムも、周りの貴族と内々(うちうち)で歓談を始めた。
「ルバーヌもう体は良いのか?」
ホーマチェット伯が心配そうにそう聞くと、ガルボルムが「ご心配かけて申し訳ございません、この通りピンピンしております」と元気に答えた。
「もう治らぬかと思っていたがどうやったのだ?
いい薬が手に入ったのか?」
直属の上司である軍部トップのホーク元帥がそう尋ねると、彼は胸を張り、そして遠くで王に弄られているグラニール・ヴィープゲスケ男爵を見ながら言った。
「甥が助けてくれました。
グラニールにも今回は大きく世話になった」
そう聞かされた周囲の貴族は『甥?』と言って目を見合わせた。
ヴィープゲスケ家もそしてバルザック家も子供が少ない。
唯一の例外がグラニールであるが、彼の子供で成人しているのは、現在男爵位を引き継いでいる長男のシリウスだけである。
そこでマウーリア伯が「シリウスが何か?」と尋ねた。
その問いに対し、ガルボルムは被りを振るって答えた。
「今回はシリウス殿ではなく。
エウレリアの息子のゲラルドの方です」
全員が顔を知っていたので『ああ……』と言って頷く。
やがてマウーリア伯は「あの子ですか?」と怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「内務卿(マウーリア伯の役職名)は逢った事があるのですか?」
「ええ、シリウスが大変可愛がっておりましてな、兄を支える良い弟に成れればと思っているのですが……」
「なるほど確かに家族思いの子ですな。
実は今回の薬はラリーが……失礼、ゲラルドが飼っている喋る猫が持っていたエリクサーを飲ませて貰いました。
それで治ったのですよ!」
「喋る猫ですか!
アレも知ってますよ、面白い猫ですな。
たしかにあのネコはゲラルドと仲が良かった。
なるほど、そんな物まで持っていたのか」
「ええ、霊薬の効果はてきめんで、この通り元に戻りました。
また今回恥ずかしながら我が一族でゴタゴタがあり、私が目覚めるまでに私の延命処置を辞めようと言う話もあったのですよ。
なので甥が、父であるグラニールを連れてガーブウルズにまで来てくれまして。
その時、薬を持参して私を助けたと言う事なのです」
『ほう』
この話に全員が意外そうな顔を浮かべ相槌を打つ。
“えっ、グラニールが?”と思ったのだ。
次に彼等は、興味深げにガルボルムの顔を見た。
視線を集めたガルボルムは静かに笑いながら彼等にこう言った。
「それに目覚めたばかりで状況が全く分からず。
そんなボケた私の代わりに、グラニールに我が家を締めて貰いましてね。
……今回ばかりはグラニールに助けられました」
『……あのグラニールに』
マウーリア伯、ホーマチェット伯、ホーク元帥、そしてガルボルムは遠くで王の傍に侍る彼を見た。
王に手ずからパンを食べさせてもらい、悲しげな顔でモグモグとパンを食べているグラニール。
そんな彼の頭を、王はゲラゲラと笑いながら、実に楽しく撫でている。
いやいやアレは無いだろう……と。
誰もが思いながら、彼等は口をそろえて『信じられん』と言った。
意見がぴったり合ったので、たまらずゲラゲラと笑う彼等。
その中でホーマチェット伯は「グラニールも頭は良いのですが、なんと言うか頭でっかちで根性が座ってないと言うか……」と言ってニヤニヤ笑った。
「いや、伯爵様。アレはウチの婿殿……」
ガルボルムがそう言うと。隣でマウーリア伯が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「私もアレの岳父ですが、アレはあんなモンですよ」
すると隣で聞いていたホーマチェット伯が「確かにあんなもんですな」と……
「貴様っ、私に喧嘩売っているのかっ!」
聞いた瞬間、いきなり激高したマウーリア伯に、面食らうホーマチェット伯。
すると近くのホーク元帥が「まぁまぁ、内務卿、(酒の)飲みが足りませんぞ。さぁ飲んで飲んで……」と言って彼に杯を持たせる。
「さぁ軍団長殿、一気にイキましょう……」
マウーリア伯は昔金鷲軍団の軍団長も務めていたので、昔の役職名を囁きながら、ホーク元帥が飲むように促す。
マウーリア伯は杯の中のワインを見ると、やけになった様に飲み干す。
「おお、ご立派な飲みっぷり」
ガルボルムがそう言うと「老人を茶化すな」と言ってマウーリア伯が気持ちを落ち着かせる。
それを見たホーマチェット伯が「偏屈なジジイだ……」と呟いた。
「じ・き・に、じきにお前もそうなるんだよ」
そうマウーリア伯が返すといつの間にか、近くに寄ってきたホリアン2世が声を掛けた。
「随分と盛り上がっているじゃないか、どんな面白い話があったんだ?」
「ああ、陛下」
マウーリア伯がそう言って、いましがた話した内容を説明した。
聞いたホリアン2世は、遠くで宰相に肩を掴まれて、王太子と歓談しているグラニールに目を向けて言った。
「良い所があるだろう?私のグラニールは。
それはそうと、グラニールの息子のラリーが今回活躍したと言うのは本当か?
ラリーはうちの息子のフィランと仲が良くてな。
共にボグマスの元で剣を習っているのだが……」
王がそう言うとガルボルムが、驚いた表情を浮かべて言った。
「本当ですか陛下?」
「ああ」
「ああ、そうですか……ではラリーを王都に戻しましょうか?」
「うん、どういう事だ?」
「実は……」
「と、いう事があったのです」
ガルボルムはそう言ってこの10か月間に起きた事を話した。
そこで語られたのは、不世出の悪童。ラリー・チリこと、ゲラルド・ヴィープゲスケの信じられない生活だった。
「なので、ガーブウルズで鍛えようと思っていたのですが、いかがいたしましょうか?」
ガルボルムがそう言うと、他の誰よりも縁があるマウーリア伯が「うーん」と言って考え込んでしまった。
……親戚にこんな奴が出たと言うのが信じられなかったのだ。
さてガルボルムが何を話したのかを列記してみよう。
まずラリーは喋る猫と鳥と会話する、不思議な少年である。
次に手先が器用で、防寒着も下着も衣服も自分で作って着ていた。
次に毎朝練習は欠かさず、剣の振りも忘れない勤勉な少年であり。
屋敷の壁をよじ登って脱走する、脱走の名人(あの後、警戒したラリーが、寒くなるまではこの手法で脱走を繰り返した)でもある。
次に脱走しては偽名を名乗ってハンターとして、ゴブリン・オーク・魔獣などを狩猟し。
しかも冬場ゴブリン専門としてはもっとも稼いでいた、ギルドの有力なハンターだった事も紹介したついでに。
計算が得意で、ギルドから厄介だと思われていたと説明。
その後ガーブウルズのチンピラで、ハンターや傭兵界隈では特に有力な顔役(バームス)に雇われていた。
その縁で“狼の家”に入門し、ゴッシュマの元で再び剣の修業を始め。
その結果現在10歳以下の少年たちの中では、3本の指に入るほどの腕前となる。
そして剣士達を幾人も殺害したゴブリンである“母無し子”と死闘を繰り広げ、手傷を負ったが、子供離れした手柄も上げたと説明した。
で、その結果当然ながらそれがばれて、自分の妹であるエウレリアを激怒させ、ひっぱたかれ。
会って話したことも無いガルボルムを守るために。
『このゲラルド・ヴィープゲスケ。
男爵になる時は叔父の不幸ではなく、自分の剣でなってやる……』
と啖呵を切ってグラニールに助けを求める為に、一人でガーブ地方を出奔。
そしてどうやら途中のホーツリッツの街で宝石の密輸商人と揉め、一人の男を投げ飛ばし、二人の男を剣で切り伏せてその街を逃げてきた事。
そしてグラニールに会って、霊薬を手に入れ、グラニールを連れてガーブに帰還した……
と、まぁ以上の事である。
「なんだそれは!
それは本当に9歳の子供がやったのか?」
聞いたホリアン2世は、目を真ん丸くして呟いた。
「はい、私も嘘ではないか?とは思ったのですが……
どうやら全部本当のようでして……」
ガルボルムがそう言うと、ホリアン2世は「宝石の件は、実はボグマスから聞いてはいたのだが……」と呟いた。
次に苦笑いを浮かべて首を振り「私も子供の頃は相当の悪だと自覚しているが、アレの息子はそれを超えるな」と楽しげに言った。
それを聞くホーマチェット伯が「はて?大后妃様(ホリアン2世の母)から伺った話では、悪事の殆どはグラニールがやったと……」と言って首をかしげる。
聞いたホリアン2世は急いで周りを見渡し、自身の母親に告げ口を言いそうな女官がいない事を確認してから小声で言った。
「アレに、殆ど肩代わりさせたのだ……」
彼が親指で肩越しに示した方向には、グラニールが居る。
ホーマチェット伯は「なるほど……」と言って首を振るってグラニールを見た。
その目に同情の念が籠る。
「でもアレを出世させたのは私だぞ!
文句はあるまい!」
「確かに……いつも彼は大后妃様に殴られていましたな」
「大丈夫だ、母は私に厳しいがグラニールには甘い。
アレは私にとっては弟の様なものだ」
王がそう言うと、皆コクコクと頷いた。
騎士階級出身のグラニールは戦争で手柄を立てた英雄の一人ではあるが、男爵にまで彼を引き上げ、力をつけさせたのは、間違いなくホリアン2世である。
あまり国事には関わらず、軍部と学校関係の仕事の他は、王家の仕事ばかりをしているグラニールは、王家からも半分家族だと思われている、唯一例外の存在だ。
この王国でも、評判があまりよろしくない、グラニール・ヴィープゲスケと言う貴族は、寵臣として悪名高く、王を陰で操っているとまで言われる。
……ちなみに操った事は無く、ただのイエスマンがその正体である。
王党派貴族は皆その事を知っているし、グラニール本人も、その事を悪用しようとはしないので、皆特に何も言わず親しく付き合っている。
ただ王が王家の財産を増やそうとする時「グラニールからの提案でな……」と、昔と変わらぬ手口で彼に罪を擦り付ける。
その事を想像して皆“ああ、そういう事かぁ”と思った。
その後しばらくホリアン2世は“昔、俺は悪かった”話を自慢がてら披露し、皆はそれに付き合っていた。
やがて話は再びグラニールの息子、ゲラルドの話に戻る。
マウーリア伯が心配そうに言った。
「その、ラリーと言うのはどうなんですか?
陛下から見て、その……見込みがあるとお思いですか?」
ホリアン2世はまっすぐ壁の一点を見ながら「分からん!」と言った。
「だがあの子は戦場で会えば、敵ならばこちらを困らせよう。
味方ならばどうだろうな……戦える男だと思うが。
ルバーヌ、お前はどう思う?」
ホリアン2世はそう言うとガルボルムに話を振った。
ガルボルムは躊躇いながら「そうですな、宮仕えは向いてないかもしれません」と答えた。
ホリアン2世は「そうか」と呟いた。
ガルボルムはそこで「ただし……」と付け加えて言った。
「私はあの子がクレオン・テアルテ(聖騎士流の剣術の別名)を引き継ぐ者になれると思っています」
「ほう、あの子が?」
「男爵は無理かもしれませんが、剣士としてなら“狼の家”を引き継ぐかもしれないと、期待をしています」
「ルバーヌ、男爵家と聖騎士流の宗家を分けるのか?」
「それを迷っております、他の者は戦えない者ばかりです。
ラリーは違います、まだ子供ですが、アレはまさしく狼として生まれた男です。
今一番バルザック家に一番近い、バルザックらしい人間です」
ガルボルムがそう言うと、ホリアン2世は首を何度か振るって言った。
「その話は息子からも聞いてる。
あの子が王都に戻って来た時、ボグマスに叩きのめされた話を知っているか?」
「いえ、知りません……」
「なんでも奥義を一手教えてくれと頼み込んだらしい。
それで激怒したボグマスが叩きのめしたそうだが、気絶するまでボグマスに挑んできたそうだ。
ボグマスはその時、ついつい奥義を使ってあの子を叩きのめしたそうだ」
「もしかして“撓め斬り”ですか?」
「聖騎士流の奥義はそう言う名前か?」
「いえ、奥義は幾つかあって、その一つなのですが……
ずっと練習していたのはそのせいか」
一人勝手に合点が言ったガルボルムは、静かに何度も頷いた。
「難しいのか?」
その様子にホリアン2世がそう尋ねると、ガルボルムは「まぁ、非常に技巧的な技ですが……」と言って、言葉を濁す。
ホリアン2世はその様子を見て静かにこう言った。
「そうか、未来のソードマスターをシルト大公の元に贈るのは気が引けるな」
「どういう事でしょうか?」
「実はうちのフィランが、大公の一人娘で大公位継承権序列一位の娘に惚れ込んでいる。
どうやら悪い感じは無いようでな、大公も息子を気に入っているそうだ。
そこで私は息子をその娘の婚約者にしたいと思っている。
現在王家とシルト大公家の中は歴史上類がないほど良好で、フィランが大公の娘の伴侶となれば、その間の息子は未来のシルト大公と言う事になる。
むしろ婿養子として送り込み、次の大公と言うのも良いな。
まぁ、気の早い話だ……
とにかく『腕が立つならフィランの身辺警護の為に、その子を騎士にしてみれば良い』と、リファリアス(王太子)が言っていたのだ。
……だが、ソードマスターで“狼の家”が付いてくるとなると持参金にしては豪華すぎやしないかと思ってな……」
「はぁ……」
「私も欲が深い、デキる男に目がない。
貴公等を見れば分かるだろう?
王国にお前達の様な、デキる男が必要なのだ、お前達はよく頑張ってくれた……」
「そんな、私はただの田舎者で……
陛下のお引き立てがあればこそです」
「まぁ引き立てて見たかったのだ、一緒に統一戦争で活躍できると思ったしな。
見込み通りであった」
「恐縮です……」
「で、次世代にもだ……
王家に力を貸してくれる者が必要だ。
フィランにも、リファリアスにも……」
「…………」
「ガルボルム、その子は面白そうだ。
それに幸か不幸か生まれてより王家に近い。
そう言う子がこの王宮に仕えるのも面白い、良く育てよ。
狼か……子狼を飼うのも面白そうだな。
その子は王都ではなく、武者修行の方が良いのではないか?
狼は野原で育つ……
王都の貴族は……ホーマチェット、お前の息子もウチのフィランと仲が良いな」
いきなり呼びかけられたホーマチェット伯は「はい!」と言って答えた。
「いろいろな男が居た方が良い、私もそれに助けられた。
ガルボルム、王家への忠誠はその子はどうだ?」
そう尋ねられたガルボルムはチラッとグラニールを見ながら言った。
「大丈夫か、と……」
ホリアン2世もグラニールをチラッと見ながら言った。
「アイツみたいに駆け落ちしたら、面倒でも見てやるか……」
そう言った瞬間皆がドッと笑った。
「わーっはっはっはっ。
ああ、可笑しい……
ラリーの処遇は今後考える。
ガルボルム、いい修行先を選んでやれ。
王都に戻す必要は、今は無くて良かろう。
フィランには私から言っておく」
「かしこまりました、ご配慮痛み入ります」
「うむ……」
こうして本人の預かり知らぬ処で、ラリーの運命が勝手に決まる。
ラリー・チリ又はゲラルド・ヴィープゲスケと言う名前が、剣術学校各所に広まったのはこの日の宴がきっかけだった。
マスターボグマスの元門下で、現在“狼の家”のゴッシュマの弟子である“北の子狼”がとんでもない子だと噂になる。
……それが一人の少年に焦燥をもたらした。
◇◇◇◇
ラリーがマスターボグマスから奥義を使って叩きのめされた日。
あの日の医務室には実は父親と、ボグマス以外にも人が待機していた。
仕切の向こう側に、フィラン王子と、イリアン、シド、そしてイフリアネにクラリアーナと言う、学校が始まって以来ずっと一緒にやってきた仲間が居たのだ。
彼等は仲間であるラリーの事が心配で、夜が更けてもそこに留まっている。
やがて目を覚ましたラリーが「パパ、なんでいるの?」と声を上げた。
その声を聞き、仕切の向こう側でホッとした子供達。
彼等は顔を見合せてラリーの無事を喜び合った。
彼等はその耳でラリーがボグマスをかばい立てした事までも聞く。
子供達は安堵する。
ボグマスに対しもしラリーが激怒したら、理事長である父のグラニールが、ボグマスを処罰するだろうと思ったからだ。
そして彼等はラリーが「ゴッシュマや、ジリに顔向け出来ない」と言った事を聞いた。
……自分の知らない名前に対し、ラリーが顔向けできないと言った事に、王子のフィランはショックだった。
自分達の事を忘れたのか?と……
許されたボグマス、そして立ち去ったグラニール。
顔面をこわばらせるフィランと、その表情に恐れおののくイリアンとシド。
彼等は残されたボグマスが、贖罪の念を込めてラリーと話す声を静かに聞く。
自分を失神へと追い込んだ、奥義の話を夢中になってし続けるラリー。
やがて彼は言った。
「もっと、強くなりたい……」
その声を聴いた時、隣に居るイフリアネが涙ぐみ「凄い、ラリー……かっこいい」と言って鼻をすすり上げた。
……もう我慢の限界だった。
フィランは、再び寝息を立て始めたラリーを尻目に言った。
「皆もう行こう……」
大人しく従うイリアンとシド、そして戸惑うイフリアネとクラリアーナ。
外に出てそれぞれの家の馬車が係留されている場所に向かう最中に、遂にフィランが吠えた。
「ラリーは何なんだ!」
『!』
全員が黙って彼の顔を見た。
「アレは自分だけで生きているつもりか!
心配した僕達をよそ眼に、知らない奴の名前を挙げて!」
イリアンとシドはその顔から表情を失くし、イフリアネがラリーを弁護した。
「待ってよフィラン、ラリーは今日気を失ったんだよ?
それにガーブウルズにお母さんに連れていかれて仕方がなかったんだよ?
何をそんなに怒ってるの?」
イフリアネはフィランの怒りが全く分からない、フィランは自分を理解できないイフリアネに溜息を吐きながら言った。
「ラリーは師匠を変えた!
同じ道場に通っていたのに、もっと有名な道場に変えたんだ!
そしてあんなに心配していた僕達を忘れ去っていた!
悔しくないのかリア?
シドだのゴッシュマだのがアイツにとっては今一番気にかかる相手だったんだぞ!」
イフリアネはラリーに理解を示そうと「仕方がなかったと思うよ、どうにもならなかったと思うよ……」と言って涙ぐむ。
「……ふぅ」
フィランは息を苛立たしげに吐くとそのまま、皆を置き在りにするように足早に立ち去る。
その背中を見ながらシドがイリアンに言った。
「追いかけよう、一人にすると俺達が裏切ったみたいだ……」
イリアンもそれには賛同し青い顔で「分かった」と言って二人して、フィラン王子に声を掛けながら走った。
『待ってよ、殿下待ってよ!』
イフリアネは立ち去る3人の、その背中を涙ぐんで見つめた。
翌日の朝練習、イフリアネは、フィランはもう来ないかと思っていた。
だがその心配は杞憂に終わり、いつもの様にやってきてボグマスの家で特訓を始める。
……ただしこれまで参加した事が無かった、イリアンとシドも一緒に加わった。
それがその日からの変化だったのである。
……変化は他にもある。
この日からラリーの話は禁句となった。
特に誰が決めたと言う訳では無い、皆フィラン王子が激怒した話は聞いていたので、タブー視したのだ。
魔導大学付属の剣術学校の日常が改まった。
そんな折、一人の女性が“お礼を言いに来た”と言って、この剣術学校を訪ねに来た。
対応したのはボグマスで、彼はこの女性が帰った後「やはりそうだったか……」と言って頭を抱えた。
たまたまその日は、在籍が古い生徒は座学の時間だった。
座学用の教室で、フィラン王子やイリアン、シドの3人を相手に講義している最中に、ボグマスは「早まったかなぁ……」と言って天を仰いだ。
「マスターどうしましたか?」
その様子を心配してイリアンが声を掛ける。
すると、ポリポリと後ろ髪を掻きながら、ボグマスが言った。
「先ほど針子の女性が、お礼を言いに来たとやってきたんだ」
イリアンが「お礼ですか?」と言って首をかしげる。
「そうなんだイリアン、俺も心当たりがないから聞いてみたら、なんとラリーがやらかしていたんだ」
全員が破られた禁忌に触れて心を凍りつかせる。
禁忌の存在を知らないボグマスは、その様子に気付く事も無く言葉をつづけた。
「ラリーはホーツリッツの街で騒動を引き起こし。
その針子の女性を助けるために、街の顔役とそのチンピラ数十人と、乱闘騒ぎを起こしたらしいんだ。
そして一人の男を投げ飛ばし、二人の男を剣で斬り伏せた。
顔役は宝石の密輸に携わっていて、先程その事も警察にその針子は通報したらしい」
『…………』
「あいつの剣はもはや子供の域を超えている。
ゴブリン狩りをやっているからか?と思ったけど、アイツは9歳にしてもう人を斬っていたんだな。
奥義なんか教えるんじゃなかった……」
その言葉に反応したのはフィラン王子だった。
彼は「マスター!ラリーと僕らの剣は何が違うんですかっ?」と食らいつくように聞いた。
フィラン王子のその様子に面食らいながら、ボグマスは答える。
「あ、ああ……殺意だ、必ず斬ってやると言う気迫だ。
命のやり取りをしたものにしか宿らない、もう一人の自分と言うモノだ。
あの年齢でアイツはもう持っているみたいだな……
お前達はあの時のラリーを横で見ていて思わなかったか?
“クソがぁ”と叫んだ時だ。
あの時アイツの目、見ているとこっちまでも昔に戻りそうだった……
アレは野獣だ、バルザックの先々代の“剣鬼”アルローザン・バルザックかと思った。
まぁ、下手くそだったし、弱かったが……
ただあれはまだ9歳の子供だ。
あれだけの魂の籠った剣をあの年齢で振れるものは、何人もいまい……
ゴッシュマが来年の“白銀の騎士”にラリーをしたいと言っているそうだが、あながち嘘ではないだろうな」
ボグマスがそう言った時フィランは冷めた目で尋ねた。
「マスターは可能だと思いますか?
ラリーが“白銀の騎士”になれると……」
するとボグマスはフィランの目に敵意が宿っているのを見て、面白そうに言った。
「来年の事は分からん、ただ一年前よりも剣の振りが恐ろしかった……
あの調子で成長できれば、来年の最有力候補だろうな」
そう言いながらボグマスは、悔しそうなフィラン王子を見て思った。
(嫉妬したな?可愛い少年剣士だ。
うふふ、フフフ……)
フィランはボグマスがそんな事を考えているとは知らない、からかうように自分を見ていると思った。
その様子にますます苛立ちを募らせていくフィラン。
彼は師の言葉を聞くと、苦々(にがにが)し気にイリアンに言った。
「イリアン、帰りも付き合え!」
「まだ練習するの?」
「当たり前だ!」
ボグマスはその様子をニヤニヤと笑いながら聞いていた。
彼らが次にラリーの詳細を聞いたのは、ガルボルムが王の宴に参加した後の時期だった。
宴が終わった翌日、フィランが家族を囲んで夕飯を取っているとき、父であるホリアン2世が尋ねた。
「フィラン、昨日ラリーの話が出たぞ。
アレは凄いな、ルバーヌがソードマスターになれる器だと褒めていた。
なんでも“狼の家”を継がせるそうだ。
お前達の中で一番剣が上手いのは、やはりラリーだったんだな」
カチ、カチカチカチカチ……
フィランの手が震えた……
握るナイフが細かく振動し、食器を盛んに叩き続ける。
「お、お父様……
僕がラリーに劣ると言うのでしょうか?
この先も勝てないと思っているのでしょうか?」
「うん、違うのか?」
父親の中では息子のフィランは、6歳の頃の本が好きで他人に容易に心を開かない、内向的な少年のままだった。
今の彼がラリーに対し、得体のしれない怒りを覚えている事は知らない。
だから先程の言葉に息子を侮る気持ちは無かった、ただ“ラリーはお前達の中で一番強いなぁ”と思って言っただけである。
フィランは口を真一文字に結ぶと、父親の前で感情を破裂させることに耐えた。
ラリーとの再会以来、ゲラルド・ヴィープゲスケと言う存在が、彼の心に黒いシミのように広がっていく。
父はその後、王家で飼われている喋る猫の、ルーベンを抱いてどこかに向かう。
残された息子は、怒りでワナワナと震えていた。
◇◇◇◇
彼が我慢出来たのはそこまでだった、翌日の早朝、雨が降って練習が中止となった日、彼はボグマスの元を訪れていた。
共の者を一人従え、雨具を被ってボグマスの元を尋ねた王子。
出迎えたボグマスの妻は、驚きながらも彼を中へと招き入れた。
「お前は外で待て……」
フィラン王子は共の者を外で待たせると、ボグマスの家の中に入る。
彼が中に入ると、いまだ支度の整っていなかった、ボサボサ頭のボグマスが出迎えた。
「どうしました殿下?
昨日のうちに練習は中止にすると伝えていたと思うのですが……」
その様子を見ながら、フィランは熱気を帯びた目で言った。
「うん、それは聞いている。
だけど今日は相談に来たんだ、大丈夫か?」
フィラン王子のただならぬ目つきに、ボグマスは頷き、そして自分の妻に「席を外しなさい……」と言って遠ざける。
……フィランの目に鬼が宿っていた。
「どうなされました、相談とは?」
「正直に言って欲しい、僕はラリーに勝てないのか?」
「どうしたんです?」
「質問は僕がしてる!
僕はラリーに勝てるのか!」
抑えた声音ながら激しい苛立ちの籠ったその声に、ボグマスは戸惑いそして被りを振るって言った。
「今はラリーの方が強いでしょう……」
「どうしてだ?
あいつの方が上手いのか!」
「いえ、殿下の剣は非常に巧みです、威力も申し分ない。ただ……」
「ただ?」
「今ラリーと戦えば、奴が発散する恐怖に心を貪りつくされて、そのまま斬られてしまうでしょう。
これは上手いとか下手の問題ではないのです。
ラリーは野獣がなぜ恐ろしいのかを、その本質を我が物にしているのです」
「……練習は無駄だったと言うのか?」
「いえそうではなく……」
「嘘をつくなっ!
今たしかにそう言ったではないかっ!」
フィランは叫んだ、怒りのあまり、悔しさの余り!
「僕はいつまでもアイツの下に居るつもりはない!
イフリアネもラリー!
父もラリー!
そして今あなたもラリーと言った!
何故誰も僕がアレよりも強くなると思わないのだ!
僕だって努力はしている!
あなたは悔しくないのか?
ラリーは僕らの学校を去って名門の学校に向かったんだぞ!
ラリーが居ないから白銀の騎士を諦めると、あなたは言っているのと同じじゃないのか!
僕は目指しているんだ!
アレ以上の男に!
ラリーが居なくても僕が“白銀の騎士”になれるとどうして思わない!
あなたも教師としてあいつらに戦いを挑んでないのかっ?
……狼の家が何だ!
だとしたら私はホリアン2世の息子のフィランだ!
今あの学校で一番強いのは僕だ!
何故僕が“白銀の騎士”になると思わない!
努力が足りないと言うならさらに努力をする覚悟はある、ゴブリンを殺して強くなるなら汚れた服に身を包んで狩りにだって出る。
ラリー以上に成れるなら何でもする!
いつまでも下に見られるのは、もうウンザリなんだっ!」
ボグマスは驚いた、これまでフィラン王子にこれほどの熱い魂が籠っているなんて、考えた事も無かった。
ただしボグマスも宮仕えの身である。
彼はうつむき「ですが殿下、あなたとラリーでは立場が違います……」と言った。
「何故だボグマス?」
「あなたをゴブリン狩りに駆り出すことはできません、アレは民衆の生業ゆえ……」
フィランはその話を聞くと裏切られたと思い、そして涙を流して言った。
「何故だボグマス……ラリーはやっていただろう?
ラリーは、偽ってでもやっていただろ?
偽れば出来るのか?
正直に言えば馬鹿みたいに弱くなるばかりだと言うのか?」
「その様な事は……」
「嘘をつくなボグマス!
正直に言え!
あのままの練習を続けて、来年僕はラリーに勝って“白銀の騎士”になれると思うか?」
「……天分がありますから」
「ふざけるな!
あなたは私の師だろうが!
出来ない理由を聞いてるつもりはないっ、どうしたら勝てるのかを聞いているのだ!
お前は私を欺き、その日私を敗者にするつもりなのか!
答えよ、ボグマス!」
半狂乱になり涙を隠すことなく、ボグマスの胸ぐらをつかんで悲鳴のように叫ぶフィラン王子。
その言葉に打たれ、教育者として自分がどれだけの絶望を目の前の少年に与えたのかを初めて知り、ボグマスもまた涙を流した。
“その日私を敗者にするつもりなのか!”と言う言葉ほど、彼の心を痛めつけたものは無い。
ボグマスは涙を流しながら言った。
「分かりました……殿下。
陛下に私からお願いいたします」
そしてフィラン王子の目をまっすぐ見てから言った。
「ラリーはもはや我々の敵である、それでよろしいですね?」
「そうだ、そうだよ、ボグマス……」
「分かりました、彼を倒しましょう。
私の全てを教えて差し上げます」
「ありがとう、ありがとうボグマス……」
剣士が二人、かつては友達、今は敵……
剣に魅了されれば答えは一つ、いつかは雌雄を決するのみ……
誤字報告ありがとうございました、システムにて適用させていただきました。
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