とある家族の物語(後)
pvがなんかとんでもない事になってます。
何か起きたのでしょうか?
俺はガーブウルズに来てからこれまでの事についてボグマスに話した。
すると彼は静かに頷き言った。
「お前が居なくなってから、男爵も相当苦労したのだ。
父親の気持ちは考えたことはあるか?」
「いえ……」
「だろうな、お前は形こそ青年だが、実際には9歳だ。
そう言うモンだろう、今は理解できなくても、いつか大きくなったら理解できる」
「分かりました。
マスターありがとうございます。
……お父様に怒鳴られたのが生まれて初めてで、それで正気を失っていたかもしれません」
「ん……」
「いつかまた謝ります、仲直りしたいです」
「そうだな。
そして留学の話だが、やめておいた方が良い」
「ど、どうしてです?」
「お前の話を聞いていると、セルティナに来たら弱い男になりそうだ。
後2年、いや1年と4カ月は
狼の家に居ろ。
ゴッシュマは勇者だ、剣術では俺の方が上かもしれないが、戦争ならばどうなるか分からん。
……彼は戦え、そして勝てる男だ。
そんな彼がお前は素質があると言うのだから、お前はそこで腕を磨いたほうが良い。
じきに“武装免状”は貰えるだろう。
ラリー、過ぎ去れば1年と少しなんてあっという間だ、それまで楽しむのは諦めろ。
分かったな?お前の剣の為だ……」
正直嫌だった……だが有無を言わせぬボグマスの威厳のある目線に抵抗できず、俺はうなだれて「分かりました……」と答えた。
話はそれから様々な事を取り上げた。
ボグマス自身もかつては“狼の家”で修業していた事もあり、くそったれなガーブネタは尽きない。
二人でやけに盛り上がる。
そんな高い温度の会話の最中で、ボグマスはふと、こんな事を聞いてきた。
「それと、ラリー……話は変わるが。
お前ルシェルが剣術学校を辞めたのは知っているか?」
「えッ!知らないです……
どうしてですか?
あんなに剣が上手かったのに!」
辞めたと言う一言にショックを隠し切れない俺は、食いつくようにボグマスにせまり、そして尋ねる。
俺のその様子に、ボグマスは背をのけぞらせながら苦しげに言った。
「さぁ……
キンボワス伯爵のご意向だそうだ。
詳しい事は俺も知らん、逆にラリーが知っているかと思ったのだが……」
俺は気落ちしながら、ボグマスから体を離した。
ルーシーに会えないと知ってがっかりした。
彼女に会いたくて、ここまで来たと言っても過言ではないのに……
そんな落ち込む俺を見て、ボグマスが殊更明るい声でこう言った
「よし、それじゃあ餞別でもやろう。
元気づけにぱぁーッとな!
何が良い?
皆と飯を食うか?」
ボグマスはそう言って俺の肩を叩き、励ました。
(飯かぁ……)
ルーシーの代わりの飯と言うのは、正直気が進まない。
だがボグマスは俺を励ますためにそう言ったのである。
それを無下に断ると言うのも、申し訳ない気がする。
(皆と飯を食うのも、良いか……)
そう思った時、不意に俺の頬の傷がうずき始めた。
“ま・た・あ・う”
そして思い出される“母無し子”の記憶。
俺はその様子を見ながら、真剣な眼差しでボグマスに言った。
「マスターそれならお願いが……」
「なんだ?」
「奥義を一手教えて下さい。
斬らなくてはいけない奴がいるんです……」
「…………」
それを聞いた瞬間、ボグマスの目がスゥーっと細くなる。
そして底冷えするような殺気を放ち、そして俺の目の奥を覗き込んだ。
俺は“母無し子”そして、憐れにも死んでいった、男達の姿を思い返しながらその目を見返す。
やれるもんならやってみろと、思いながら。
やがてボグマスは低く掠れた声で呟いた。
「武装しろ、ラリー……」
ボグマスは立ち上がり、俺を鬼のような形相で睨みながら、教室に向かう。
……剣を取る気だろう。
付き合いが長かった、彼の感情が手に取るようにわかる。
……ボグマスは、教えると言うよりも、出過ぎた俺を叩きのめすつもりなのだ。
「ああ、やってやる……」
俺は負けてたまるかと思い、周りに聞いて従者用の鎧置き場に向かった。
もう子供用だと入らないのだ。
やがて武装を終えた俺は、木剣を手に練習場に足を踏み入れる。
すると、そこには子供たちの円陣が出来ており、その輪の真ん中で、武装もせず木剣一本携えたボグマスが、鬼の様な形相で俺を待ち構えていた。
「覚悟は良いかラリー……」
「もちろんですマスター」
武装は?とは聞かなかった、俺如きでは要らないと言う事だろう。
俺は円陣の中に進みそして、ボグマスと相対した。
「いつでも来い、小僧……」
ボグマスにそう言われた時、思わずまるで鉛のような唾を飲み込んだ。
……ボグマスは、明らかに激怒していた。
軽々(かるがる)しく奥義を知りたいと言った、出過ぎた俺に怒り心頭なのだ。
いつもと違い、彼が恐ろしく、そして大きく見える。
そして心の中では、自分が切り伏せられる未来しか見えない。
(ビビるな、ビビるなラリー……)
心に吹き荒ぶ臆病風、手が震え始め、足がワナワナと笑い出す。
剣を突きに構え、体を遠くに置いた。
それを見て鼻で笑ったのがボグマスだ、彼は俺を嘲笑うように言った。
「なんだそのへっぴり腰の構えは。
ハン、狼の家の教えも廃れたものだな。
あそこでは最近、お前みたいなちんけな男しかいないのか?」
あ、あの野郎……
思わずカッとなった俺は踏み込んで突きを放つ。
それをわずかな動作でいなしたボグマスは、片手で俺のこめかみを剣ではたいた。
「雑な剣だラリー……お前は一体何を学んだのだ?」
「クソがぁ!」
おのれぇ、さっきから聞いていれば散々(さんざん)に俺を馬鹿にしやがって。
怒りで心が塗り替えられる、見下されてたまるか!と頭が叫ぶ。
そして奴の顔に“母無し子”の顔が重なって見えた。
……息を深く吐いた。
そして剣を天に向けて立てる。
『…………』
屋根に構えた剣、周りの空気が変わる……
「生意気なラリー、それでいいのか?」
ボグマスの挑発に誘われるように俺は足を前に出す。
片手で俺の強撃をいなすボグマス、それがチャンスだと思った!
片手でバインドしようと軽率に動いたボグマス、俺はそれ見逃さず片手を離して、ボグマスの元に駆け込み、相手の体に抱き着きながら足をボグマスに膝の裏に掛ける。
剣術とレスリングの合わせ技“駆け込み”。
「…………」
「それだけか、小僧?」
ボグマスに抱き着いた、技もかかった!
だがボグマスを投げ飛ばすことはできない……
「非力だなラリー、レスリングとはこうするのだっ!」
上からグッと力を込めて覆いかぶさるボグマス。
首の裏から手が回り、肩そして股間を掴むと軽々(かるがる)と俺を持ち上げて、頭上高く俺を投げ飛ばした。
背中から地面に叩きつけられた俺、息も出来ずむせ返る。
「これで終わりか、ラリー?」
「げほっ、げほっ……まだまだ」
これで終わってたまるか、これじゃ痛めつけられただけで終わってしまう……
俺は立ち上がり、剣を構える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ボグマスは静かな目で俺を見下ろした。
先程とは打って変わった静かな気配。
フンと鼻で笑い、大した事が無い人間だと言わんばかりの、ひどくつまらなさそうな目で俺を見下ろしてきた。
(俺と戦うのに飽きたのかよ、テメェ……)
その様子がひどく俺を苛つかせる。
怒りと屈辱で頭がどうにかなりそうだ!
もはや奥義とかどうでも良いとすら思い始める。
再び剣を屋根に構える。
俺はコイツに真剣に勝ちたいと思った。
「どうしたラリー?早く来い」
「たまにはアンタから来いよ……」
俺のこの言葉を聞いた瞬間、ボグマスはブチっと切れた。
片手の突きの構えから凄まじい速度と、威力の剣を繰り出す。
それをいなし、足を使って逃げる俺。
それを追ってドンドンと俺に一撃を食らわせて行くボグマス。
やがて彼に押し出されるように円陣の外へとはじき出される。
ボグマスはそれみて苛立たし気に「早く戻って来い!」と叫んだ。
(言われなくても戻ってやるさ……)
俺はそううそぶくと、円陣の中に戻り、そし再び屋根に構える。
「芸のない男だ……」
ボグマスは呆れた様にそう呟いた。
そして再び剣を振るう!
ここだと思った、ボグマスの剣めがけて強撃を放つ、そしてその姿勢のまま剣を摺り上げて同時に足を一歩踏み込んで、相手の目めがけて切りかかる。
変則の流し目斬り!
(とった!)
俺はボグマスの顔を、斬りつけたと信じた。
剣は片手でだらしなく構えられた、ボグマスの剣をその威力でもって押し込む。
決まったと確信した!
(奢り高ぶったのがお前の敗因だ!)
……だが俺の剣は空中で止まる。
(嘘だろ……)
ギ、ギチギチ……
きしむ木剣の音、失敗した奇襲……
ボグマスの顔まで迫った剣は、だらしなく構えられていた筈の、彼の剣で止められる。
自らの剣の刃を、ボグマスはいつの間にか、もう片方の手で持ち、俺の剣を力づくで抑える。
ボグマスはそのまま俺の剣を支点に体と剣を半回転させ、剣ではなく柄頭で俺のこめかみを強打する!
喰らった俺は、横倒しに吹き飛ぶ。
「ラリーっ、小癪な真似をしてくれたな!
10にも満たないガキに、ハーフソードを使わせられるとは思わなかった。
誇るがいい、小僧っ!」
ハーフソードとは自分の剣刃を掴んで、相手の剣をいなす技である。
てこの原理が働き、剣の先でも力が加わり相手に力負けはしなくなる。
ただし剣を握る手は、鍔で守られている訳ではないから危険も大きい。
「クソぉ、まだまだだっ!」
俺は再び剣を天に向けた、芸がないと言われようが何であろうが、必ずこの構えで斬ってくれる!
体格差が大きく、技量にも隔絶した差があり、経験も向こうが豊富……
だけどそれがどうしたと言うのか、剣の長さは向こうもこちらも一緒。
斬られるのを覚悟で踏み込めば相打ちには持ち込める、このまま一矢報いずに終わってたまるかっ!
「野郎……」
「どうした小僧……」
「小僧と言うなっ!」
「ほう?」
見てろよ……ボグマス。
死ぬ気で殺してやる!
もはや奥義の事なんか一ミリも頭に残っていない!
ボグマスはそんな俺を見てにんまりと笑うと、ライオンのような笑みを浮かべて言った。
「いいだろう、両手で構えてやる」
するとボグマスはすっと剣を天に向けて構えた。
周りの子供達から「おおっ……」と言う同様の声が上がる。
屋根の構え……
ボグマスとの練習で、彼が本気でこれを構えて俺達と相対したことは無い。
少なくとも俺は見た事が無かった。
屋根の構えは大きく、2メートルに満たないはずの彼の体を、本当に大きな家のように見せる。
それに押しつぶされそうな俺。
(相手の方が強いのは分かっていたじゃないかラリー……
一撃は必ず喰らわす!)
俺がそう思って足に力を入れた瞬間、ボグマスの腕と足が同時に動いた。
構わず切りかかる俺。
ボグマスは踏み込む事で俺の攻撃線を躱しながら、腕を交差し、自らの剣を手首の動きだけで、俺の剣の背後に柔らかく差し込んでくる。
そしてその剣でもって、俺の剣の背後を動かないように抑えた。
(なっ?)
剣の背後にボグマスの剣があるのである、そこから剣を戻そうとしても、俺の体の傍に剣が戻るはずがない。
バインドも出来ない!
そのままボグマスの剣は、俺の目の前で俺の手首を砕くかのように撃ち落とされる。
バッチィーン!
激突した鉄と木剣の音、そして落ちる木剣。
手甲の上からでもそのあまりの衝撃が、俺の体を貫いていく!
骨が折れたのではないかと思うほどの激痛が走った俺の手首。
俺は手首を抑えてうずくまった。
「ラリーこれで終わりだ……」
「まだだ、まだ終わってない!」
「往生際が悪いぞ……」
「これで終われないんだ!」
せめて一撃、一撃……
ボグマスはふぅと溜息を吐くと「だからゴッシュマの弟子は嫌なんだ……」と呟いて円陣の中央に戻る。
俺は握力が無くなった手に最後の力を込めて、剣を持つと再び屋根に構えた。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
痛みが俺の全身に脂汗を浮かび上がらせる。
(まだ戦える、まだ戦える……)
ボグマスはそんな俺の様子見ていると“フッ”と笑ってこう言った。
「ああ“狼の家”で育った狼よ。
お前は俺の知り合いによく似ている。
アルローザン・バルザックを知っているな?」
「知らん!
俺はゲラルド、ヴィープゲスケだ!」
「……生意気だ」
俺は先ほど見た足と剣の動きを思い出しながら、慎重に足を進めようとした。
(!)
足が震えるばかりで動くのを拒否した。
こんな事は初めてである、俺の意志に反する自分の肉体……
(クソっ忌々(いまいま)しい!)
俺は構えた剣の柄頭を力いっぱい、言う事を聞かない腿に叩きつけた!
「クソがぁっ!」
痛みが全身を走る、震えながらも俺の気迫を恐れて動き始めた俺の両足。
俺は再び剣を屋根に構えて、ボグマスを睨みつける。
「ああ、生意気なラリー……
剣を捨てなければ、お前は何かに成れるだろう」
俺の愚行を見たボグマスはそう言って愛おしい物を見るような目を向けた。
おれは意味が分からず戸惑う。
だが次の瞬間奴は再びライオンの様な獰猛な笑みを浮かべて踏み込む。
それに合わせて打ち込む俺の剣!
俺の打ち込みと同時に再び剣とボグマスの足が動き出す。
(同じ手を食らうか!)
俺もまた同時に足を動かし、そして何度も練習した得意の強撃からの車輪斬りを試みる。
剣はボグマスの剣を上から抑え、今度は俺の剣の背後を回らせないようにする!
ボグマスはここで再び足を動かし、手首を交差させてその柔らかい動きだけで剣を動かし始めた。
(さっき見た動きをまたしても!)
同じ手は食わない……
ここで抑え切り、自爆覚悟で踏み込んで車輪斬り……
ところがボグマスの剣がぬるりと変わる、俺の剣に吸い付くように、彼の剣が切っ先を地面に向けて倒れだしたのだ。
俺の攻撃線が防がれる、下から上への切り上げが、この地面に向かって垂直に立った剣が防ぐ。
そのうち俺の剣は上から下に落ちきり、肘が伸び切った。
この体勢のまま剣を摺り上げても体を叩くだけで斬る頃が出来ない。
俺が攻撃能力を失った一瞬のスキを突き。
交差したボグマスの手首が俺の剣を外しながら元に戻る。
そして剣をまっすぐ天に向けて立てた。
澱みなく目の前で動く、複雑で高速なボグマスの剣の動き……
(憤撃《強撃の別名》かよ!)
もはや剣は間に合わない。
思わず首をよじって逃げようとする俺。
その俺の兜を砕くようにボグマスの一撃が振り下ろされた!
喰らった瞬間世界から音が消えた。
そして風景から色が抜けて行く。
顎が落ち、激しい痛みの中で水の中で聞いた誰かの声の様にボグマスの声が響いた。
「小僧、最初に見せた技が……ボゥンボゥン
おい、ボゥン……ラリー……
聞いているかボゥンボゥン……」
(聞こえてるよ……眠い)
そして俺はこの場で眠るために体を横たえた。
◇◇◇◇
目が覚めるとそこは良く知る医務室の天井だった。
ランプの薄明りが仕切りの向こうからこぼれ、その柔らかな間接照明がどこか心地良い。
「あれ?なんでこんな所に居るんだ……」
気持ちよく目覚めたが、いまだに頭がボーっとする。
手首も背中も、そして頭も痛かった……
何故ここに眠っていたのかも理由が思い出せない。
「ラリー、良かった分かるか?」
俺を誰かが呼んだ。
そこで声のした方を見てみると、そこにはパパが居た。
もう二度と会わないと思っていたので驚いた俺は、素っ頓狂な声を上げた。
「なんでパパが居るの?」
パパは俺のそんな問いに安心したような表情を見せると「お前が重体だと聞いたんだ」と言った。
「え……ああそうか。
僕は、マスターにお願いして、奥義を教えて貰っていたんです。
そうしたらカッとなってしまって、そして……」
何となく思い出した俺が、何の気も無しにそう言うとパパが言った。
「アレには責任を取らせる!」
パパが底冷えのする声が聞こえた時、その内容に驚いた。
俺は慌てて彼に言った。
「やめてください、お父様……
そんな事をしたら、俺はひ弱な人間になってしまいます。
ゴッシュマやジリに合わせる顔がありません」
俺のそんな言葉は意外だったらしく彼は「いいのか?」と言って首をかしげた。
俺は改めて彼にお願いをした。
「むしろこれから僕は学んだ事を習得しないといけません。
お願いします、誰の助言も受けられなくなります。
何もしないでください」
「そうか、だがなぁ……」
「お父様、お願いします。
後生ですから……」
パパは俺がそう言うと、ポンポンと俺の頭を叩きながら「分かった……」と言って立ち上がった。
そして目線を誰かに向ける。
目線の先には、青ざめた顔のボグマスが立っていた。
パパはそれ見ると深く怒りの籠った溜息を吐きながら「聞いた通りだ、ボグマス……以後気を付けるように」と言ってこの部屋を出て行った。
パパ特有の、重みがあって優しい声音の恐ろしい恫喝に息を飲む、俺とボグマス。
ボグマスは俺の傍らに来ると「すまない、ラリー」と言った。
「やめて下さいマスタ―……
ソレよりも記憶が曖昧なんですが、あれは何ですか?
最後の技です!学んだ事が無い技だった……」
「あ、ああ……あれがお前が望んでいたものだ。
最初の技は“撓め斬り”。
そして次に見せた防御の技は“撓め斬り”より発せられる技で“防壁”と言う」
「あれが奥義?」
「そうだ、その内の一つだ……」
「そうか、そうだったのか……
最初に足と手を……こう、交差?させたのが“撓め斬り”で。
そしてあの垂直に地面に向かった剣、あれが“防壁”なんですか?」
「そ、そうだがラリー、体の様子は……」
「そうかよかった体は無事です。
マスターありがとうございます、感謝します。
良い土産が出来た、あれが奥義かぁ、へぇ……
練習しよう、俺に使えるかなぁ?」
俺が興奮してそう早口でしゃべると、ボグマスはそんな俺の様子が意外だったらしく。
戸惑ったように俺に尋ねた。
「それでいいのか?ラリー……」
「なにがです?」
「うーん……」
彼の問いかけの意味は分からない……どう答えたら正解なんだろうか?
ソレよりもひどく眠い。
そして頭と手首が痛い。
「マスター……」
「なんだ?」
「もっと、強くなりたい……」
俺がそう言うとボグマスは黙って俺の手を握った。
俺はコイツの手はでかいなぁと、妙な所に感心しながら、眠気がまた襲ってきたので再び眠りにつくことにした。
ボグマスは染み入る様な優しい声で「お前なら成れる、お前なら……」と呟いた。
……その声が、まるで子守唄の代わりの様に、俺を眠りへと誘った。
◇◇◇◇
再び目が覚めたのは朝になってからである。
窓の傍に立ち、そこから練習場を見渡す。
練習場にはボグマスと、イフリアネ、殿下、イリアンにシドと言った連中がいて、全員朝稽古の真っ最中だった。
声を掛けようかと思ったけど、この風景が美しくて、俺は黙ってこの様子をここから見守る。
見ているだけで心が洗われるようだった。
……そう言えばイリアンとシド、俺の時は来なかったのに殿下の時は朝練やるんだ。
フーン……なんかモヤモヤするべ。
こうして俺はしばらくここで時間を潰す。
やがてこの医務室の扉を叩く音が聞こえ、次に見た事が無い程、身軽な服を着たパパが入ってきた。
「お父様、おはようございます。
一体どうしたのです……」
「ラリー、私もガーブウルズに行く事にした。
シリウス(現在男爵の兄貴)もそれが良いと言ったしな。
ラリー、一緒にエウレリアを迎えに行こう」
「え?」
「勇気を貰った、何もせずに時を過ごすのではなく。
今どんな結末になっても、前に進む時が来たと思う。
パパも愚かだったと、認める事が出来たんだよ、ラリー」
「そ、え?
だってママがあんなにパパに邪険にしたのに、良いんですか?」
俺がそう言うとパパは、難しい顔で一つ大きく頷き、そして彼自身激しく葛藤した事を物語る表情でこう言った。
「エウレリアだけが問題ではない。
あの夜、私も欲望が抑えられなかったんだ。
私も愚かだった……詳しく聞くか?」
「いえ、いいです」
俺はミランダと浮気したパパが、その後酷い目にあっていた事を、思い出しながらそう言った。
……ママは怒らせると相当きつい女なのだ。
でもパパ……浮気辞められます?
俺がそう思ってパパに微笑んでいると、パパはさっぱりした表情で言った。
「それに子供に会いたい。
何人いても……みんな可愛い」
その言葉を聞いた時、俺は彼がそう言ってくれる事を、心の底から期待していたと気が付いた。
俺は微笑むパパの元に近付き、そして彼を抱きしめながら「ありがとう、お父様……」と呟いた。
彼は「ああ、ラリー……」と言って俺の背中を何度もさするのだった。
◇◇◇◇
―2週間後
旅立った頃はかろうじて夏だったガーブウルズも、この時期になるとすっかり秋だった。
この時期、冬を恐れるように、さっそく厚着の連中が野原や街をうろつきだす。
ガーブ地方の連中は、寒い所だから寒さに強いかと思えば、ほんの少しの寒さに耐えられない連中が多い。
かと思えば他の地方の連中がたじろぐ寒さでも、平然と狩りをする……
ガーブの連中て、なんでああも矛盾しているのかと思った俺は、早速この事に詳しそうな人に聞いてみた。
生まれも育ちもガーブウルズの、バームス親分である。
彼にそれを尋ねると『命に関わるから寒いのは嫌いなんだよ!』と機嫌も悪そうに吐き捨てた。
俺に聞くなと言わんばかりの、バームス親分……
理屈ではなく感覚だと言ったゴッシュマの息子様らしい、素敵なご回答ありがとう。
まぁ、そう言うもんだと言う事が分かりました。
高い山の山頂には雪がもう降り積もっていた、その景色を見ながらパパが一言呟く。
「ああ、懐かしい……」
馬車の中のパパが、何とも言えない表情で、言うので俺はびっくりして尋ねた。
「お父様、来たことがあるんですか?」
「ああ、何度もね。
エウレリアの家庭教師だったし、冬の間も勉強がしたいと言われて来たものだ」
「よく陛下と離れられたね……」
何度かうちのパパと王様は、デキているのではないかと、ママと俺は邪推した物である。
それ位いつもベッタリなパパと陛下。
……もちろん本人には何も言わないが。
俺のそんな疑念に気付くはずも無く、パパは懐かしそうにこう語った。
「陛下は良く遠征に出たり、外交使節の代表として参加したりしていたんだ。
先代の陛下がご存命の間は色々国外の仕事が多くてね、まだ爵位も無く、小姓でもなかった私はこの国に留まる事が多かったんだ。
それで、まぁ留守番がてら、ここに来たと言う事だ。
恥ずかしい話だが、収入が無かったんでね」
「そうなんだ……」
「よく絡まれたよ、ひ弱だから鍛えろとかなんとか……
ここの連中は野蛮だ」
「うん、間違いないよね……」
異なる意見が1パーセントも無いっす、パパ!
「まぁガルボルムが元気だった事もあって、助かった。
エウレリアを泣かせたら殺すとか言っていたけどな……」
ああ、パパ。
エリクサーは、ママと仲直り出来てから使うね。
そうでなければレナ川から脱出できた時に……
そうこうしている内に、ズーンとかドーンってしている、あの武骨なガーブウルズとバルザック邸に辿り着いた。
到着するなり俺は、バルザック邸内の離れにパパを案内した。
俺は勝手知ったるこの家の扉を押し開き、そして中に入る。
「ママ!ただいまっ」
「ラリー!あなたは……」
早速怒られそうな俺は、急ぎしれっとママの前にパパを連れて行く。
ママは入ってきた俺の姿、そしてその後ろからやってきたパパの姿に驚き、そして目を見開いた。
「お母様、お父様が助けに来てくれました。
お母様、僕や叔父さん達を救いに来てくれたんです……」
「嘘……」
パパは居心地が悪そうな目を一瞬浮かべた後、大きくなったママのお腹を見て、そして遠慮がちにママに尋ねた。
「ラリーから、もうすぐ生まれると聞いた」
「ええ……」
「本当か?」
「もちろん……」
「私の子供か?」
「当たり前です、あなた以外に居ません」
「そうか……気を悪くしないでくれ。
私はお前が消えてから、嫉妬に取り付かれていたんだ……
いま一度聞くが……
この子は、ワナウの子ではないんだな?」
「当たり前でしょう、グラニール。
私はあなた以外を知らないもの……」
ママがそう言うと、パパは「ああ……」と呻き声をあげ、そして涙を流しながら天を見上げた。
俺は、この時、始めてパパも苦しみのどん底に居たのだと気が付いた……
両手で顔を覆う彼、その悲しさがこの場に居る全員の胸に映り込む。
俺も、ママも目に涙が浮かんだ。
「誤解していたんだ、誤解していた」
「仕方がないのよ、私もあなたを疑わせた……
ごめんなさい、グラニール。軽率だった」
二人が和解をし、そして抱擁したのを見届けた俺は、静かにこの場を後にした。
……やってらんねぇぜ、畜生。
こうしてパパとママが壊れかけた関係を修復し始めた時。
それと隣り合わせにある、バルザックの本宅は、大騒ぎの真っ只中だった。
『ヴィープゲスケ男爵がお見えになったぞ!』とか、『ご当主様を支えに来て下さった!』等の声を上げながら騎士も使用人も走りまわるのがここからでも見える。
……これで勝負は叔母さんの勝ちだ。
有力な親戚が助けに来たことで、彼女の優勢は動かなくなっただろう。
俺はパパとママを放って置いて外へと出た。
外に出た俺は(“狼の家”の方でも見てこようか?)と思って、バルザック邸の中庭を抜けて屋敷の反対側に出ようとしていた。
「げぇーげー、ぐわぐわぁ(おーい、こっち!こっちだ)」
外に出た俺を見かけたペッカー俺に声を掛ける。
俺と一緒にガーブウルズに戻ったペッカーのただならぬ様子に、急いでそちらに向かった。
「どうしたペッカー?」
「げぇーげ、ぐわぁぐわ……がーがーげっ(魔導士が居なくなってもう二日もポンテスが時を止めてる、急いでエリクサーを……アイツが可哀そうだ!)」
忘れていた訳ではないが、まさか魔導士がもういなくなっていたとは思わず、切迫した事態だと知って俺は驚く。
更にペッカーから話を聞くと。
その間どうやらウチのネコが居なくなった魔導士の代わりに、叔父さんの時を止めていたらしい。
「そうなのか?よし分かった!」
もはや一刻の猶予も無かった。
俺は、急ぎポンテスの元へと向かう。
中庭から叔父さんがいる部屋まではほんのわずかな距離である。
俺は急いで叔父さんの部屋に飛び込んだ。
そこには魔導士の代わりに、石板に魔法を流し込むやつれたポンテスと、従妹のフィリアちゃんがいた。
「ポンテスッ、エリクサーを持ってきたぞ!」
俺がそう声を掛けると死にそうなポンテスが微かに笑って「もっと早くに帰ってほしかったニャ……」と言った。
「ポンテス、エリクサーをどうすればいい?」
俺がそう尋ねると、彼は頭をフラフラさせながら言った。
「ニャ……枕元に水差しが在るニャ。
一粒あの男に含ませた後、水差しの水を流して、喉の奥に流し込むだけニャ」
「わかった」
「も、もう限界ニャ……」
ポンテスはそう言うと魔法を注ぎ込むのをやめて、失神するように倒れた。
「助かったポンテス、今回の事は一生忘れないからな……」
倒れた後、身じろぎ一つすることなく、ただ呼吸に合わせて上下する彼の脇腹。
その様子に、彼が払った犠牲の大きさが垣間見える。
……疲労困憊のポンテス。
俺は懐から赤い小袋を取り出すと、その中から丸薬を取り出す。
フィリアちゃんがそんな俺の様子と、消えた時止めの魔法の結界を見ながら、泣きそうな顔で俺に尋ねた。
「パパ、死んじゃうの?
皆いなくなっちゃったよ、二日前からずっと……」
俺は彼女を安心させるためにニッコリ微笑んで言った。
「うちのポンテスがパパ(ガルボルム)を守ってくれたんだ、安心して……
パパを治すために薬を持ってきたから」
俺はそう言うと丸薬を昏睡した叔父さんの口に含ませ、そして近くの水差しでその丸薬を体の奥に流し込む。
「薬の神様、ジスパニアス。
頼む、叔父さんを助けて……」
俺は喉の奥に丸薬が消えたのを確認して、そして不意に薬の神様の名前を口から出した。
その時である、叔父さんの体から青と白い光が発せられ、そして黒い気体が口から零れ始めた。
「げぇー、ぐわぐわっぐぅーわ(窓を開けろ、毒が体から抜けて部屋に籠るぞ)」
俺は急いで言われたようにこの部屋の窓を開け放つ。
凄い異臭が叔父さんから発せられた。
入れ替わる空気がその、匂いを薄めて行く。
次に叔父さんの体が赤やらオレンジ色の光を放ち始める。
「ペッカー。これはどういう事なんだ?」
「げぇ―ぎゅわ、ぐわぁあぁ、げーげぐわぁ(毒が無くなった後、体の欠損部位を“再誕”させているんだ、エリクサーの特徴は“再生”させるのではなく“再誕”させる事にある)」
「どう違うの?」
「ぐわーぐわー、っぐうぅわぁ。ぎゅうわぁーぐわ(つまり体の細胞などを生まれた頃からやり直し、一番本人にとって望ましい時期まで成長ないし老化させる。
だからエリクサーは必ず治るんだ)」
「え、再誕するっていう事は……
エリクサーを使えば不老不死も出来るの?」
「げぇ(そうだ)」
なんと言うチートアイテム……
俺はこの丸薬の薬効に驚きながら、目まぐるしく色を変えて発光する、叔父さんの様子を見守る。
フィリアちゃんもビックリしてその様子を眺めていた。
……やがて光は収まり、そして静かな部屋へとまた戻る。
庭から聞こえる秋の声が、ひときわ大きく風となって開かれた窓から入った頃、遂にその時が来た。
「う、うう……ここは?」
この屋敷の主が目を覚ましたのだ。
その声にフィリアちゃんの目が大きく見開かれ、ペッカーが大きく頷く。
屋敷の主は、病床に体を横たえたまま、ゆっくりと俺の顔を見た。
「君は?」
叔父が、俺に掛けた最初に第一声がこれだった。
「初めまして、エウレリアお母様の息子のゲラルドです」
「……見た事あるぞ、確か」
「パパっ!」
フィリアちゃんが叔父さんの声を聴いて、叫び声をあげた。
「フィリア!」
叔父さんはそう言うなり体を起こして、ベッドから立ち上がろうとした。
そして途中で動くのをやめ、驚いた顔でこう呟いた。
「どこも痛くない……」
「パパぁぁぁぁア!」
フィリアちゃんは泣き叫びながら、叔父さんの足にしがみつき、叔父さんはそんなフィリアちゃんを抱っこしながら立ち上がった。
「嘘だ、信じられない。
立てる、動けるぞ!
まるで生まれ変わったみたいだ!」
「げぇ……(大正解……)」
ペッカーがこっそり茶々を入れる。
「ああフィリア、可愛い私のフィリア……」
「パパぁ、パパぁ……うわぁぁぁぁあん」
俺はこの様子を見ながら(良かった、本当に良かった)と心の中で呟いた。
「君が、やったのか?」
「はい、礼ならそこのネコにも……
彼がエリクサーを持っていたから、出来たんです」
叔父さんは斜に苦笑いを浮かべながら「エリクサー、あの伝説の?」と尋ね。次に首を振りながら言った。
「ああいや気を悪くしないでくれ。
信じるとも、今私の体に起きたことだ。
エリクサーでなければ私の体は治るまい。
内臓は腐り、吐く息がいつも嫌な臭いがしていた。
全身が痛くてもう生きる事すら諦めていた。
それがどうだ、まるで翼が生えたようだ」
「叔父さん、良かった……
そうだマルキアナさんにもこの姿を見せて下さい。
叔父さんの事を本心からずっと心配していましたから」
叔父さんはマルキアナさんの名前を聞くと「ああ、そうだ!この元気な体を見せに行こう」と言って、フィリアちゃんに微笑んだ。
フィリアちゃんは「うふふ」と笑って、叔父さんの首に抱き着く。
離れたくないとの、意思を込めて。
叔父さんは俺の顔を見ながら「それじゃあ、なんと言っていいか……」と呟いて笑う。
「行って来て下さい。後で父と母とで挨拶に伺います」
俺がそう言うと叔父さんは「なんだ、グラニールも来てたのか。あいつエウレリアを泣かせてないだろうな!」と言って笑った。
……背筋が凍りつきましたよ、ええ。
こうして叔父さんは、引きつった笑みを浮かべる俺を残し、フィリアちゃんを抱いたまま、叔母さんの元へと向かった。
お話して初めて分かったのだが、あの叔父さん、だいぶガーブ特有のワイルドなお匂いが漂いますな。
これはパパをレナ川の向こうに、脱出させたほうが良いかもしれない……
ちょっと真剣に、大真面目に……
ほんの少し掛け違えただけで、人は容易に壊れ、そして後戻りが出来なくなる。
更に言うと人間関係ならば、なおの事壊れやすい。
その事を俺自身が痛感するのは、実はむしろこれからだった。
俺はここから、長い月日をかけてゆっくりとソレを学ぶ運命にある……
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