新しい出会い
―15日後
俺が見つけた狐の抜け穴は、この屋敷でも特に辺鄙な場所にあった。
その為誰もこの穴の存在に気を配らなかったらしい。
実は、3日に一回位食料の買い出しの手伝いの為、俺はママに屋敷の外の街へと連れていかれる。
その際、狐の抜け穴の出口はこの辺りじゃないか?と目星をつけた所を遠くから覗いてみたが、そこはまるで崖のような森の急斜面だった。
おそらくだが……だから誰も興味がなかったのだろう。
ここから人が入ってくるとは考えずらい場所だ。
そして屋敷を囲む壁の上から見える建物の形から、この急斜面でたぶん間違いはないと確信した俺は、来る脱走の時に向けて計画を練り直す。
そうして着々と資材をかき集め、準備を進める。
そしてついに作業開始から15日目の今日……壁の下を潜り抜け、白い氷の塊にまで掘り進めた。時刻は夕方である。
遂に凍った土を砕き切った俺は、やっと目途がついた作業の終わりに思わず涙がこぼれる。
……やっと苦行が終わる。
おそらく何事もなければ明日には森の急斜面にたどり着くだろう。
この二週間を思い起こす、すると独りぼっちの作業がもたらす尋常ではない苦しみだけが胸をよぎった。
大変だった“時折俺がやっていることは世界の役に立つのか?”とか意味不明な哲学に思いを馳せたり”脱獄王に俺はなる!”とか、そろそろ腕が伸びそうなこと考えたりと、何回も頭がおかしくなった。
あれだね、単純作業を延々繰り返すのって、心と自分の戦いだね、普段考えたこともない妄想が頭を埋め尽くしていったよ。
さらに言うとさ、穴を掘る以外にもいろいろな事に気を使ったわけ。
例えば穴が見つからないように雪を掘り上げて隠したり、日差しで穴の中を照らし、凍った土を柔らかくしてから作業したり、さらに穴を隠すために皮の袋に干し草を詰め、それを穴に詰める詰め物にしたりとか……
で、その詰め物の上に板に膠を塗って、さらに土をぶちまけて地面に偽装したモノを乗せてさ。
そんなこんなで、ここまでやると“なんで俺こんなに頑張る?”のか途中で分からなくなる。
こうして、とにかく役にも立ちそうもないノウハウを蓄積しながら俺はここまで来た。
……苦労がようやく終わりを迎える。
こうして俺は翌日氷を砕き切り、屋敷の外へと出た。
外に出た俺は、以前予想した場所に出られた事を確認し、次に近くにあった大木にロープを巻き付け、それを伝って斜面の下に降りる。
こうして辿り着いた、雪で覆われる白い平坦な地面。
作業用に泥で汚れつぶした服もそのままに、俺は街に向かう。
ガーブウルズの町は相変わらずの白い風景で、そしてその白さは活気に満ち溢れていた。
この街はセルティナよりも小さいが、やはり人口1万の大都市と言うのは、旅の途中で見たどの街よりも華やかに見える。
防寒着を厚く着込んだ熊みたいなおっさんが歩き回り、店を覗けば見事な食べ物や日用品は所狭しと並んでいる。
そんな街並みやそこに並ぶ店を、外から眺めるだけで十分楽しかった。
泥だらけの服で店に入るのは躊躇われたので今日は外から見るだけにとどめよう。
そう思ってつつましやかにウィンドウショッピングを楽しむ俺。
ふと目にした大きな武器屋では見た事が無いほどの量の武器、防具が所狭しと並べられているのが見える。
それを見ると(あれが全部売れるのか?在庫が余らないんだろうか……)と、いらぬ心配が頭をもたげた。
前職が100円ショップだったので、売場で不動の地蔵様みたいな商品を幾らか抱えた事を思い出し、ついつい心配になったのだ。
……21世紀になってタペストリーを売り場に置いたときは、どうしたら良いのか本当にわからなかったよなぁ。本部のバイヤーはは何を考えていたんだろう?と、いまさらながら疑問を感じたのを思い出す。
こうして昔の事を思いだしていると。不意に誰かのはしゃぐ声が聞こえてきた。
「いやったぜぇ!今日はゴブ共を6匹殺したから金貨が入ったっ」
近くでおっさんが仲間に自慢げに何か気になることを言っている。
耳をすませると二人組のおっさんが嬉しそうに、話していた。
「やったぜボッツ、これで来週までは遊んで暮らせるぞ!」
「馬鹿野郎、お前に奢るとは言ってねぇって」
「そこを何とか!」
「しょうがねぇな、今日だけは奢ってやろう!エッ、ウワァーッハッハッ」
「さっすがボッツさん、男っぷりが今日は一段と……」
「いつもいつもっ、さぁ行こうぜ!
それよりいつも来ているあのガキ、今日もゴブリンを一匹狩っていたな……」
「ああ、まだ学校も終わる年ではないのに大したモンだな……」
子供がゴブリンを狩っている?
今すごく気になる事を聞いたぞ!
俺は彼らのこの話に強い興味を抱いた。
一応この国では子供は10歳までは義務教育で学校に通う。
もちろん経済的、地理的要因で通えない人も中には居る……ガーブ地方の様に犬ぞり使わないと移動できない場所とかがあるからだ。
集落と集落の間をバスが走っているわけじゃないし、物理的に無理がある。
それに道端でゴブ共が襲われたら、通学どころの騒ぎじゃない。
そう言う訳で、学校が終わる年とは、通常10歳以下の子供のことを指す。
と、言う事はその子供もまた10歳以下であると言う事だろう。
それに重要な事に、あのおっさんの話を聞くとゴブリンは殺すとお金が手に入るらしい。
しかも6匹殺すと金貨一枚!
そしてその仕組を使って収入を得ている子供がいる。
それはつまり、上手くやれば俺も稼げるかもしれない!
俺はこのおっさんが歩いてきた道を遡り、例のおっさんが、ゴブリンを換金した場所めがけて歩く事にした。
場所はすぐに見つかった、大通りと広場に面した一等地に、ハンターギルドがあったのだ。
これで冒険者ギルドがあれば完璧である。
ファンタジー的に完璧である!
ただ残念ながらギルドは他にパンや日用品、武器、運搬業だけで冒険者ギルドは無かった。
さてアルバルヴェ王国におけるギルドの役割について説明しよう。
ギルド、それは同業者ごとに集まって作られた組合の事である。
この世界の街では、行商人以外の商人は勝手にお店を構える事が出来ない。
行商人だって一部の街では市の日以外だと勝手に商売してはならない町が多いのだ。
さて、それではお店を新たに構えようとしている場合どうなるのか……
実は、過当競争を起こさないために、お店を作る時は組合のメンバー全員の賛成を得てからでないとお店を作る事が出来ない。
じゃあそれが無い場合はどうなるのか?
それ以外だとアルバルヴェ王国では、王の勅許または領主の許可証のいずれかを持っていればお店はできる。
ただしその場合ギルドに参加できない場合も多く、その後の運営に支障をきたす場合も多い。
なので通常は、やはりギルドを通して店を構える人が多いようである。
猟師だって狭い区域にたくさんの猟師がいたら、獲物の取り合いになるから縄張りを調整してもらう必要がある。
それをする役目がハンターギルドだ。
他にもギルドの役割として、猟師が自分で客を見つけて来れない場合は、ここを窓口にして獲った獲物を売却する事もある。
まるで農協の様だね。
ちなみに狩猟道具も幾らかココで販売している。
……兄貴からはそう教わりました。
ギルドの周りは獲物なのだろうか、血の匂いが漂っている。
そしてその匂いを嗅いだ時、中に入るのに躊躇いが胸に沸いた。
そして誰かに話しかけるのも、この中に入るのも怖くなる。
初めて訪れた場所に怖気づいた俺。
だけれども俺は勇気を振り絞って行動を移さなくてはいけない。
そう思っていると脳裏にママの言葉が思い浮かんだ。
『ここでは弱い男に与えられる名誉は、この鉋屑程も無いのですよ』
(……そうだよ、ビビってんじゃねぇよラリー、一歩前に足を出すんだ!)
俺は自分自身を鼓舞し、早速ギルドから出てきたばかりのおじさんを捕まえて尋ねてみた。
「あのすみません!」
「うん?」
「こんにちは、少しお尋ねしたいんですけど、ゴブリンを狩る子供はどちらに居ますか?」
「うん、あの子の知り合いかな?」
「知り合いではないですけど、どうしても会ってお話ししないといけないんです!」
知り合いか?と聞かれて一瞬パニックになりかける。
……まだどこか心が委縮しているのだ。
彼はそんな俺の言葉を聞くと「ふーん」と言った後。
「朝来たり昼来たりだな。
なんせゴブリン専門だしな……」
と、それだけを言うと、サッサと俺の元から立ち去った。
多分彼の目に俺は怪しい奴だと映ったんだろう。彼の様子からそれを推察した。
だけれどもその中で幾つかの収穫もあった。
間違いなくそのゴブリンを狩る子供は居て、そしていつか必ずここに来ると言う事が分かったのだ。
それだけでも来た甲斐はあったかもしれない、俺はそう思ってこの場所を離れて、ママの待つ屋敷の中に帰って行った。
さっきおっさん達が子供を見かけた話をしていると言う事は、たぶん今日はもう来ないのだろうと思ったからだ。
次の日、俺はパパに宛てた手紙を書き上げ、庶民の子供が着る用の服を着てハンターギルドを目指した。
パパに自分の無事を知らせたかったからだ。
朝も早い時刻にギルドに辿り着いた俺は、大量の犬がギルド前にうろついているのを見てびっくりしながら中に入る。
中は無造作に積まれた汚れる動物の毛皮が、どんと積み上がり、その傍らでおっさんたちが矢継ぎ早にお金を受け取って立ち去っていく。
見た事が無いおどろおどろしい怪物も毛皮になっていて、実に野蛮で面白い光景がそこに広がっているのだ。
怪物の死体を見て思った。
(ああ言ったものも狩猟対象なのか……ゲームのモンハ〇みたいだ)
そうなって来ると、俺もぜひとも巨大な鳥を探し出して一狩りしたいものである。
そう思って周りを見回していると、周囲ではギルドの職員と思われる人と、ハンターと思われる人が商談をしているのが聞こえてきた。
「ゴブリンは12匹だ、炭街道沿いで大きな集団を潰してきた……」
彼はそう言って、ゴブリンの耳をギルドの女性職員に差し出した。
「ありがとうございます、ゴブリンは現在運搬ギルドで報奨金が出ますので、2400サルトです」
そんなに貰えるの!
ゴブリンを倒すと、12匹で御者のワナウが一か月働いてセルティナで貰っていた給料と、同じ金額が稼げるって事?
「坊主、おい坊主!」
「えっ!」
頭が別の人の商談内容に夢中になっていると、俺の事を別のおっさんが、呼んでいるのにようやく気が付いた。
「坊主、ギルドに何か用か?」
不機嫌そうに俺を見るおっさんの表情に、思わずたじろぐ、それに押されるように俺は答えた。
「あ、うん。手紙を送りたいんだけど、出来ますか?」
「手紙?それならここでも大丈夫だぞ。
どこ宛の手紙だ?」
「王都のヴィープゲスケ男爵家です」
「ヴィープゲスケ?
するとお嬢様の嫁ぎ先か、坊主はご当主様の縁者か何かか?」
「少しだけですね。実は自分はこの街に剣術の修業の為に来たんです。
ですが兄は男爵様の元で魔導の修業をしてまして、それで手紙を送りたいんです」
俺はこの時の為に、昨日作ったウソの言い訳を述べた。
うっかりママにばれてアノ抜け穴を発見されるのが怖いからだ。
俺のこの説明を聞いたこのおっさんは、溜息一つ吐くと「こっち来な……」と言って俺をカウンターに案内した。
「一通100サルトだが、どうする?」
「それじゃぁ一通お願いします」
「ああ、ちなみに手紙が届くのは2か月ぐらいかかる。
旅行者に知り合いが居ればそちらの方が早いが大丈夫だな?」
「そんなに時間がかかるんですか?」
「ああ」
「……分かりました、仕方ありません大丈夫です」
「それと手紙は途中でなくなる事もある。
なので大事な手紙なら、幾つかのギルドで、同じ内容の手紙を複数枚書いて渡すことだ。
分かったか?」
ええっ!マジかよっ。
郵便業者……適当だなぁ、しかも高いし。
まぁでもそう言うもんかぁ、うーん日本の郵便は凄かったのかもなぁ。
「分かりました、それでいいです。
後それと……」
ゴブリン狩りの少年の事を尋ねようと口を開きかけた時、子供の声が耳に届いた。
「なぁ、俺に剣を教えてくれよ!」
思わず銀貨をカウンターに出しながら、その声が聞こえた場所に目を向ける。
俺のいるカウンターから離れた所で、一人の男の子が、食って掛かるように職員に頼みごとをしている様子が見えた。
俺は急いで職員のおっさんに「あの子は、ゴブリンを狩る?」と尋ねる。
「ああ、そうだ」
俺はその話を聞いた瞬間、急いでお金をカウンターに置き「その住所に送ってください!」と言って、封筒の住所を指さしながらその子の元に向かった。
運が良い事に、来て早々お目当ての少年を見つけたらしい。
そんな俺のお目当ての男の子だが、彼は今真剣な目でギルド職員に食って掛かっている。
だいぶくたびれた服を着た、汚れた顔と、荒んだギラギラと光った目が印象的だった。
そして俺よりも背がだいぶ低い。
年齢は年下かな?と思った。
彼は真剣なまなざしを職員に向けながら、必死な声で頼みごとをしている。
「なぁ、たのむ!俺に剣を教えてくれよ」
「ダメだ、お前は俺に謝礼を用意できないだろうが」
「大きくなったら払うよ!
な、いいだろ?俺はゴブリンを狩っているんだ。
大きくなったら絶対に払える位稼げるからさぁ、頼むよぉ」
「ダメなものはだめだ!」
「なんでだよ、俺は将来有望だろ?
他の奴でこの年で俺位戦える奴なんかいないぜ……」
「ああ、もういい!早く金を貰ったらここから出て行け!」
子供はそれを聞くと悲し気な表情を一つ浮かべ、そしてそのまま肩を落としてギルドの外へと出て行った。
俺はそれを見て急ぎ後を追い、そして外で彼に声を掛けた。
「ねぇ君」
「アン?なんか用か?」
彼はそう言うなり、俺を斜に見て、生意気そうな目で俺を見た。
コイツは随分と偉そうだ……と思った。
それで、俺も少し挑発するように言ってしまう。
「なんで剣を習いたいの?」
「アン、お前に関係ないだろ……」
そう言うなり彼は俺を避けるように、足を速めてここから立ち去ろうとする。
ここで逃す訳にはいかないと思った俺は「俺が教えてやろうか?俺はこう見えてソードマスターに剣を学んでいるんだぜ」と声を掛けた。
すると彼はそこで足を止めて俺を見て、次に溜息を吐き「うるせぇよ……」と呟く。
「うるせぇって、ひどいなぁ……」
そう答えると、俺の言葉を挑発と受け取ったのか、すぐさま彼から敵意が発せられた。
俺はそれを浴びながら面白く感じ始めてしまう。
喧嘩が始まる前の、ドキドキとした感触が胸を騒がせたのだ。
気が付くと彼は足をこちらに向け、左半身こちらに気持ち振り向け、そして右手の上腕の筋肉を動かす。
服の上からでもそれが分かると(あ、コイツ殴ってくる)と思った。
彼はそのまま何も言わず俺に殴りかかる!
それをバシッと受け止めた俺は、ニンマリ笑った。
「へぇ、生きが良いじゃねぇか。
随分なご挨拶をありがとよ……」
喧嘩腰に挑発するように言った俺に、奴は激怒したように掴まれた手を払い、そして荷物を地面に降ろして殴り掛かる。
それを捌いて逆に投げ、彼を地面に押さえつけた俺は暴れる彼の耳元でささやく。
「おいおい、殴る事はねぇだろ?」
「うるせぇ!離しやがれっ」
「離してもいいけどよ、俺の話も聞いてくれるか?
お前にとってもいい話だと思うんだけど……」
「俺はお前に用はない!」
「だから剣を教えるって言ったじゃん!
代わりにゴブリン狩りの事を教えてくれないか?
俺も金を稼ぎたいんだ」
「え?」
「俺は強いぞ、どうだ?」
俺がそう言うと彼はじたばたするのをやめ、そして俺を初めて敵意のない目で俺を見上げた。
なので俺は彼を離し、そして手を差し出して彼を立たせると、地面に散らばる彼の荷物を拾って手渡した。
「俺は……ラリー・チリって言うんだ。
実はついこの前王都から引っ越してきたばかりで、ここら辺の事を全く知らないんだ」
俺はここでも自分の名前を正直に明かすことに抵抗を覚え、王都で誰かに陰で言われていたあだ名を名乗ることにした。
俺も随分嘘をつくようになったものである。
すると彼は、伺うような目で俺を睨みながらこう言った。
「ああ、俺はネザラス・ジスプラストだ」
「カッコいい名前だね、騎士か何か?」
「あ、ああ……俺は騎士の末裔だ!
俺の親父は、ガルベルのジスプラストと言って、戦場で名前を知られた勇者だったんだぜ!」
そう言うと彼は初めて目を輝かせて自分の誇りなのだろう、自分の出自を語った。
それは今の彼の汚れた姿とは違和感があるモノではあるが、何せ俺も男爵家から出て、ただのラリーになった身である。
……だからだろうか?自分の血筋を誇らしげに語った彼に、俺は親近感を覚えた。
俺も王国でも羽振りがいい寵臣の次男坊で、魔導の名門ヴィープゲスケ家の生まれなんだ。
王子様や伯爵家の人たちと仲もよかったんだ。
……今となっては、まるで嘘みたいな話だけどな。
そう思って彼の言葉を聞いていた。
ネザラス……愛称はジリと言った。
俺にとっては生まれて初めて、自分で見出した友達である。
彼は誰からの紹介も受けず、仲良くなりたいと思って声を掛けた初めての友人だった。
久しぶりに見たら評価をいただいていました。
凄く嬉しいです!ありがとうございます。それが何よりも励みになります。
今仕事が安定せず、更新にに時間がかかり申し訳ございません。励みますのでよろしくお願いいたします。