野生……車輪斬り。
「お前本当に来るのかよ?」
俺の目の前を歩く男の子が、振り向いて俺にそう尋ねた。
「おう、これから剣を教えてやるぜ!」
俺は親指をサムズアップさせながら、明るく答える。
すると目の前の男の子は「はぁ……」と物憂げな溜息を一つ吐くと、肩を落として言った。
「来るのは別にいいけど、ウチには病人がいるんだ。
伝染されても知らないからな……」
彼は“来るのは良い”と言いながら、その表情からは“お前来なくていいよ”と言うニュアンスを漂わせる。
病人が居ると言う単語はかなり強調したから間違いなく……本当は来てほしくないのだろう。
俺が言うのも何なんだが……諦めてほしい。
「ママさんが病気なのか?」
「いや、妹だ。
親父もおふくろも俺が3歳の頃無くなっている。
だからガーブウルズに来たんだ、親父が世話をした人が俺と妹を育ててくれた」
想像していたよりも重たい話に、思わず息を飲む。
て、言うかガチやんけ……
思わず黙る俺。
……歩くとギュッと鳴り響く新雪の音だけがやけに響いた。
「そ、そうなんだ。
じゃ、じゃあそのお世話してくれた人に、俺も挨拶しなきゃ……」
「爺さんはもう死んだ、俺の身内は妹だけだ」
ぬうぅオッ!
重いぜ、コイツますます重いぜ。重い過去を持っている。
「だからよ、俺はゴブリンを狩って、妹を養わなければならないんだ」
「孤児院とかに助けを求めた……」
「嫌だっ!俺はちゃんと妹を養っていけるんだっ。
毎月金貨3枚ぐらいは稼げてる!
きちんとした武器や防具を揃えて剣の学校にだって通えるようにだってなる!
妹は俺のたった一人の肉親なんだぞ……
孤児院なんか行ったら、離れ離れになってしまう」
ああ、うん。これはなんかしんどいな、明るくファンキーにはイケそうもないな。
この空気に思わず沈黙が広がる、すると奴の方から質問が来た。
「お前、家族は?」
「俺の家族?今はママと暮らしている。
俺は末っ子で兄貴と姉貴が居る。
兄貴も姉貴も故郷だ、離れ離れになってる。
親父は……浮気して今別居中だ」
「だからガーブウルズへ?」
「ああ、叔父さんがいるし、ママの故郷がここだから来たんだけど……
叔父さんは今眠っているんだ、死んではいないけど意識不明らしい。
で、援助が期待できないから、俺も稼ごうと思ったのさ」
彼は「ふーん」と言った後、俺への警戒を少し和らげて同情したように呟いた。
「お前も大変だな。
それでゴブリン狩りをしようと言うのは、なんで?って思うけど……」
「ああ。俺勉強はしたけど、だからと言って稼げる知識も無いし、社会に出て役立つものは何も知らないんだ。
だけど剣は結構自信がある!
実は故郷では、8歳の中で一番強い剣士なんだぜ、俺!」
「故郷でね……まぁ、どれ位のモンなのかは。フンッ、やらせてやれば分かるさ」
……オラ、一言も嘘ついてないのに、嘘つきだと思われている気がするだ。
フンッ、てなんだよ、フンッ!って……
彼は思いを口に出すこともなく、再び黙り、そして居眠りしている門番が守る……いや居眠りしてたら守れてないか。
とにかく小さな門を通って街の外へと出た。
そう言う訳で、こいつの家に行くはずが、なぜか街壁の外に出たので、疑問に思い尋ねてみた。
「町の住民じゃないの?」
すると彼は先に歩きながら、チロッと俺の方を振り返り、そして足早に、新雪を細かい足捌きで踏みしめながら答えた。
「ああ、市民権は持ってない。
でも領民としては登録があるから、すぐそこにある山の中に住んでる」
市民権の解釈はいろいろあるし、定義も様々ある事は先に言っておく。
だからここガーブ地方では……だけど。
ガーブウルズなどの都市に住むには、その都市が発行する市民権が居住者に発行される。
逆にこれがないと居住はできない。
と言うのも都市インフラが脆弱で、上下水道に燃料、食料とそれを運ぶ道路がロクに整備されて無いからだ。
その為過度な人口の集中は、あっという間に都市の資材を食いつぶす結果になる。
だからどこの都市でも、人口はあまり集中させず、その郊外の農村に人を分散させている。
王都のセルティナの様に例外的な街もいくつかあるが、あの街は都市インフラが整っているから可能なのだ。
だから王家の直轄領並びに現在のセルティナ在住者(シルト大公配下の人間は、王都内の大公私有地に住んでいるため)は。セルティナの街にいつでも滞在していい決まりになっている。
ちなみに犯罪を犯すと、直轄領に住む者に付与される臣民権が停止・剥奪となり、直轄領に滞在する事が出来なくなる。
……まぁ話はここまでにしよう。
こうして俺と彼……ネザラスは山の斜面をゆっくりと昇りながら、開けた所にある一軒の丸太小屋に辿り着いた。
小屋の裏の斜面を降りると、冬場でも凍らない川が流れているのが見える。
「ただいま」
ネザラスがそう言ってその小屋に入ると、中に一人の女の子が居た。
「お帰り。兄さん後ろの方は?」
抜けるように肌が白く、汚いネザラスとは対照にめちゃくちゃ美しい子がそこに居た。
そしてその子が小首をかしげて俺を見る。
「ああこいつは……」
「初めまして妹さん、お兄さんの友人のラリーです!」
かぶせ気味にそう答えるとネザラスは、茫然とした表情で俺を見た。
なので俺は彼の手を取り「よろしく」と言って奴の不安を解消……
「離せテメェ!ふざけんなよクソがっ」
「なんでクソなんだよ!」
「お前……
お前妹にあった瞬間手のひらを返したように……」
「大丈夫だよ、俺達は友人じゃないか!」
親指を立てて、ウィンクしながらそう言った俺に対し、彼はワナワナと震えながら「お前、後で話がある」と呟いた。
俺達のその様子を見ながら、妹さんはコロコロと笑い「兄さん、こちらの方は面白い方ですね」と言った。
「ああ、こいつはラリーって言うんだ。
ゴブリン狩りを教えてほしいと言うから連れてきた」
「へぇ、でも背も大きくて強そう……」
「ふん、どうだか……剣は使えると言うから連れてきたんだ」
俺はにっこり笑って「こんにちは、ラリー・チリです。聖騎士流を学んでいるんだ」と自己紹介をした。
可愛いなぁ……病気だって聞くけど、声も明るくて朗らかな子だ。
ルーシーと言うよりイフリアネに印象は近い、そう言えばルーシーはどうしているかな?
ふとかわいい子に会ってテンションを上げた後、俺は故郷の剣友達の事を思い出す。
特にルーシーに会いたくなった……
「グラーナ、病気なんだから寝て居ろ……」
「兄さん寝て居ると退屈なんです、少し外の空気を吸っている方が……」
「ダメだ!また血を吐いたらどうするんだっ。
とにかく寝てろっ!」
フムフム、妹さんはグラーナと言うのか……
彼女は可愛く口を尖らすと「はーい……」と言って、しぶしぶベッドの中に身を横たえた。
「今日はお前の為にウサギの肉を狩ってきたんだ、これで体を丈夫にするんだ」
「嬉しい!お肉は久しぶり……」
「ああ、もうすぐゴブリンのお金も溜まったら、狩猟ギルドに正会員として入れる……
そうしたら俺も狩りに出られるから今よりも楽になるぞ!」
「凄いお兄さん、これならまた騎士家になれるのもすぐだね……」
「あ、ああ……もちろんだっ!」
そう言って彼は荷物の中に入っていたウサギの肉を手に取り、塩や胡椒を振りかけながら手早く、暖炉の中の火を竈に移して調理を始める。
部屋の中に焼けた肉のいい香りが立ち込め、そして皿に盛った肉とふかした芋をベッドで目をキラキラさせていた妹に差し出した。
妹のグラーナは美味しそうにそれを食べる。
「じゃあ、俺とラリーは外で剣の訓練をするんだ。
お前はそれを食べたらもう寝るんだぞ」
「はーい、分かりましたぁ」
「うん、じゃあラリー……そこの壁に俺の親父の剣があるんだ。
それと盾を持って外に行こうぜ」
ネザラスが指さした壁には、ぼろ屋に似つかわしくない、銀色に輝く片手剣と、滴型の盾があった。
俺はそれを手に取ると、ネザラスに誘われるままに外に出た。
外は昼で、太陽の光にキラキラと輝いていた。
ネザラスは「少しだけ待ってくれ……」と言うと、火は通してある白い豚か何かの脂身と、黒い酸っぱそうなパンを手にして口に含みだした。
「二日ぶりなんだ……ムグモグ。
ああ、しょっぱい。だけど……モグモグ、美味い」
冬に入る前、農家では家畜の豚を潰して、肉を塩漬にし。冬の保存食として食べる。
彼が食べているのは、おそらくその塩漬け肉の脂身の部分なのだろう。
「ウサギの肉は?」
「ああ、あれは……
実はグラーナは塩漬け肉の匂いがダメなんだ、だけど肺病に掛かっているから肉は食わないと治らない。
治らないかも……とは言われているけど、猟師の子供は肉を食べるからなのか治る子は多いと聞く。
だから胡椒を手に入れて、新鮮なウサギの肉も入った時だけ、食べさせてる。
肉の匂いが消えたら、グラーナも食べる事が出来るからな」
「お前の分は?……」
「有る筈ないだろ、胡椒が幾らすると思っているんだ?」
俺は彼の話を聞き、頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けた。
今目の前で貪る様に、脂身と黒パンの質素な食事をしているこの少年は、自分を犠牲にしてでも妹に食事を与えている。
妹には栄養満点の新鮮な肉を、おいしそうなふかし芋も添えて食べさせ。
そして自分は最低限の食事だけ……
俺は今日の自分の朝ご飯を想像しながら、彼に対して申し訳ない思いに囚われた。
罪深さが……胸を締め付ける。
俺は、彼に尋ねた。
「お前、騎士家を立ち上げるのか?」
「……難しい事は分かってる。
だけど、ガーブウルズで17歳になったら傭兵に参加できる。
もしくは10歳の部の代表に選ばれたら、従者になれるかもしれない。
そうしたら、騎士家の跡継ぎにどうだ?って話を貰えるかもしれない。
ここはガーブウルズなんだ。
剣が上手けりゃ、何にだってなれるさ。
だから剣を教わりたいんだ」
「ああ……」
俺は野心と、誇りでギラつく彼の目を見ながら、自分がただ漫然と剣を振るっていた事に恥を覚えていた。
剣に自分の夢を込めた事がこれまであっただろうか?
剣はそれを叶えてくれる可能性を秘めている、それを感じ取ったかことがあっただろうか?
答えは否だ……ただ剣を振るう事が好きで、夢中になって良い教師、そして恵まれた環境で学んだに過ぎない。
彼のように人生を賭けてみたいと思ったことは無かった。
とにかく衝撃に心揺さぶられる俺に、彼は「待たせた、さっそく教えてくれ!」と言った。
「ああ、それじゃぁ、まずは歩けるかどうか……」
俺がそう言うと、彼は突如耳をすませ、そして立てた指を唇に当てた。
いきなり緊迫感に満ちた彼の様子に訝しんでいると、彼は方々(ほうぼう)を見回して次に俺に言った。
「おい、たぶんだけどゴブ共が来た。
お前は登ってきた道を守れ、俺は弓でアイツらを狩る!」
「ゴブ共が来るのか?」
「ああ、この時期凍らない川はこの辺だとあそこしかない。
火を失ったゴブ共が水を求めて、ここまで来る事が有るんだ。
俺は家の屋根裏に妹と上がる。
絶対に火種を渡すなよ、渡すとアイツらこの家を焼き討ちにする!」
ネザラスはそう言うと家の中に入って、急ぎ妹を屋根裏に上げ、自分も弓矢を携えて屋根裏に入った。
そして梯子を屋根裏に引き上げる。
俺は持ってきた剣と盾を手に、周りを見回す。
来るなら来い……どこから来る?
気が付くと辺りは静寂に包まれていた。
そしてビンッ!と鳴る弦の音と共に“ギャーっ!”と言う悲鳴が響き渡る。
それが合図だった、次の瞬間“ギャーッ、ギャーッ”と言う威嚇するような叫びと共に、下から高台の上にある家めがけて投石が始まる!
石に込められる(殺してやる!)と言う確かな意志、鋭い投げ方。
それらを盾で弾きながら俺は身を屈める。
「ラリー!絶対に道を守れっ。
崖から来るのは俺がやる!」
屋根裏から姿も見せずネザラスが叫び、そして弦の鳴る音が響き渡る!
そして響くゴブリンの悲鳴。わななく奴らの咆哮。
威嚇する声に、殺気が混じる!
ギャーギャー叫びながらゴブリンが崖の下から遠のく。
それに首をかしげていると、ネザラスが叫んだ。
「ラリー!そっちに向かってるぞっ!」
雪の中で声の反響は抑えられ、ゴブリンの位置が上手く掴めなかったが、どうやら敵は俺の居る場所から攻めるつもりらしい。
俺は盾を構え、足を狭く開きながら、奴らの来るのを待つ。
すると、さして時間も空けずにゴブリンが現れた。
その数3匹、奴らは俺の顔を見ると嬉しそうに、ギャーギャー叫びそして舌なめずりをする。
殺して、食ってやると……
そのゴブ共の様子を見て、俺は恐れよりも怒りと殺意に心が塗られていく。
舐めやがって、テメェらを皆殺しにしてやる……
下等な存在に喜ばれたことに、俺は我慢がならなかった……
血の奥から沸騰するような渇望が湧いてくる……ぶっ殺す、必ずぶっ殺す。
ゴブリンは雑な動きで近付き、そして力任せに手にした棍棒を振り下ろす。
足場が悪く、強く踏み込むのをためらった俺は、その一撃を盾で弾き、がら空きのどて腹に剣を突き刺す。
そして足を止めることなく、斜めに攻撃線を流し、そして別のゴブリンこん棒を、今度は剣の根元で棒先を抑える。
そのままグルんと剣を回してこん棒を空中に跳ね飛ばした。
『!』
驚愕するゴブ共の顔、その顔めがけて振り下ろす強撃!
次の瞬間ゴブリンの頭がザクロのように割れ、奴の目が飛び出る!そして絶命する。
(ぬ、抜けないっ!)
ところが剣が奴の頭に深々と刺さったまま、抜く事が出来ない。
俺のそんな無様な様子を見て、いまだ無傷のもう一匹が攻撃を仕掛ける!
手にした盾でそれを躱す俺。
これはまずいと判断し、剣を手放して盾で奴をブチのめす!
こん棒の上から叩き、ひるんだところで、盾で奴の鼻頭を打ち抜いた!
『ぎゃ、ぎゃぁぁぁぁぁっ!』
痛みにゴブリンは叫び、そして緑色の下鼻血を流しながら背後に転倒する。
その隙にゴブリンの頭から剣を強引に抜いた。
(クッソ、兜割をするとこういう事が起きるなんて聞いてねぇぞ!)
教えの足りないボグマスをほんの少し恨みながら俺は、再び剣を構える。
ところが俺のすぐそばまでゴブリンはもう迫っていて、俺は盾を奴に投げつけるようにして、決死の一撃を避ける。
一瞬ひるんだゴブリン、守りの要である盾を失った俺。
切っ先の下がった剣を、そのまま斜めに掬い上げる様にゴブリンの首めがけて振り上げる。
車輪斬り!
頭に剣を当てる事を嫌い、首に正確に当てる事を意識する。
剣刃は吸い込まれるように狙い通り首にあたった。
ところが当たった瞬間剣の切っ先がぶれて斜めに入る。
「!」
この為剣で首を切ると言うより、叩く様な感じになった。
焦った俺は、開き直り、まるでバットのスイングの様に剣を横にそのまま振るう。
剣はゴブリンの首を刎ね飛ばせず、ゴキンと言う音を立ててゴブリンを吹っ飛ばす!
(だめか!)
ゴブリンの首は斬れはしなかった。
だが首は折ったようで、奴はビクビクと蠢動しながら雪に横たわっていた。
俺はまだ息があるゴブリンにとどめを刺し、奴の苦しみを取り除いた。
こうしてこの家を襲撃したゴブリンは死んだ。全部で6匹……残りは逃げ去ったそうだ。
俺は剣と盾についた血を拭い、彼に返した。
そしてまた明日ここに来ることにして今日は解散となった。
こうして俺の自由の日は、二日目を終える。
俺は全てを終えた後、今日が初めての実戦だった事に初めて気が付いた。
初めて互いに殺し合うと言う経験をしたのだ……
ドクドクと脈打つ心臓が、いまだに興奮冷めやらぬ俺の心を高鳴らせる。
「俺、生きていたんだ……」
今になって張り詰めた心が、俺に何か充足感と、恐怖心を授けた。
こんな経験は初めてで、自分の手が今になって震え始める。
(なんて楽しいんだ……)
俺の中に流れるバルザック家の血が、俺の中で何かを覚醒させようとしているのだろうか?
そう思えるほどに、俺に変化を授けようと、異様な興奮が胸に渦を巻く。
そして俺は自分の戦いを振り返った。
まず思い出したのは最後の一撃の事だった。
振り上げた剣をぶらせてしまった結果、剣は首筋を刎ねるに至らなかった。
それは王都でバルザック邸のおっさん達に叱責された、俺の悪癖が実戦に出たことを意味する……
今回はゴブリンの首の骨が折れていたからよかったが、もし折れていなかったら奴は盾を失った俺に攻撃を加えた事だろう。
もしそうなって居たら、次は俺が死んでいたかもしれない。
そう思うと、俺はあの一撃の危うさに改めて気が付き、そして首を振るった。
実戦はあの3人のおっさん達の正しさを証明したのだ。
家に帰った後、俺は家の窓からこぼれる明かりを頼りに剣を振り上げる。
あの車輪斬りの感覚……あれをもっと鋭くさせたかった。




