イェカチェリーナ二世vs沖田総司(2)
「俺の動きを、こんな毒の糸程度で制限できるとでも思ったのか?」
抜き放った菊一文字則宗が目にも止まらぬ速度で動く。
周囲に張り巡らされた毒線が鎧袖一触に切り飛ばされる。
「行くぞ」
沖田総司は椅子に腰掛けたまま身体をたわめ、反動で弾丸のように飛び出した。
「王手だ、イェカチェリーナ」
右から振り抜く日本刀が目の前に迫る。
「く……っ」
糸を張って防御しようとするが、反応が間に合わない。
死んだ。
そう思った瞬間、隣から火炎瓶が飛んできた。
「っと!?」
沖田総司は火炎瓶を避けるようにして飛び上がり、天井に張り付いた。
「ハイパティアか。雑魚はすっかり忘れていた」
侮るような言葉に、火炎瓶を投擲したハイパティアは、柔和な目でしかしぎろりと沖田総司を睨む。
「先にお前から殺してやろうか? ハイパティア」
「できるものならやってみることですわ、沖田総司」
ハイパティアは語気鋭く言い放った。
「今のあなたのことを、わたくしは認めません」
「別に認めなくていい。貴様が認めなくても、俺を王だと認めるものは大勢いる」
火炎瓶がごぉ、と音を立てて燃え上がるのを見て、慌てて執事が逃げ出した。
「あーあ。人の家を燃やすのは良くないぞ? ハイパティア」
ハイパティアはそれには答えず、袖から針を取り出して投擲した。
もちろん、これも毒針だ。
「俺を相手にそんな生温い攻撃が通るかよ」
飛来した毒針を、沖田は刀で打ち払う。
「ここで戦うのは分が悪いわ、ハイパティア」
ケイトは放とうと構えた鋼糸を、再び懐にしまった。
「一旦、離れましょう」
「……仕方ないか」
ハイパティアは悔しそうに歯を食いしばったが、皇帝からの命令にやむを得ず頷いた。
「こっちよ!」
ケイトとハイパティアは二人で走り出した。
今まで和睦交渉に使っていた広間よりも狭いところに逃げ込めば、大幅に沖田総司の動きを制限できる。
「狭いところに逃げ込めば俺の動きを制限できるってか?」
二人の考えを見透かしたように、沖田総司は口にした。
木造の壁を、沖田総司はサクサクとバターでも切るようにして切り刻む。
室内なら日本刀を自由には振るえないだろうというのは完全に誤りだった。
沖田総司にとって、室内であるということはなんの障碍にもならない。
剣の軌道に障害物があるのなら、その障害物ごと切り捨てるのが沖田総司の剣。
「永倉に曰く、沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣、ってな」
沖田総司はニヤリと笑みを浮かべる。
「何者にもとらわれず、そのまま断ち切るのが俺の剣だ」
狭い部屋に逃げ込んだケイトとハイパティアに、ゆっくりと沖田総司は迫った。
鋼糸や毒線にひっかかるのを防ぐために、剣を振って糸を切りながら慎重に迫る。
「ルドウィジアに冠たる皇帝陛下も、今は袋のネズミだな」
「……罠にかかったネズミは、あなたのほうよ」
すっと踏み出した足下が、唐突に爆発した。
「地雷……だとっ」
ケイトは咄嗟にハイパティアをかばうようにして身を縮める。
対人地雷。
ルドウィジアには存在しないはずの兵器だ。
誰かが持ち込んだ品ということになるが、ケイトはどういった経緯の代物なのかを知らない。
首都モスコをイースキールから奪還し返した際に、残された兵器として入手したものだ。
「並みの人間なら、戦闘続行不能のはず……」
もともとは屋外に設置するものを、室内で爆発させたために爆音も衝撃も相当だった。
ハイパティアが何か言っているようだが、キーンと耳鳴りがして耳がよく聞こえない。
ガタガタと衝撃が走ったかと思うと、屋敷が倒壊してしまった。
青い空が見え、急に長閑な光景になった。
元々老朽化していたのもあるのだろうが、凄まじいまでの破壊力だ。
「対人地雷は普通……人が死なないように威力を絞っているはずなんですけどね」
ようやく聴覚が戻ってきた。
ハイパティアが埃まみれの身体をぱんぱんとはたく。
「人が死なないようにって? 人道的見地?」
「いえ、そうじゃなくて……」
建物が倒壊した土ぼこりに、ハイパティアはけほけほと咳払いをした。
「例えば、片足欠損くらいでとどめたほうが、被害者のみならず衛生兵も拘束できるぶん相手の労働力を削れるし、重傷を負った兵士がその姿をさらし続けることで士気を下げるとか、そういう意味があるようです。もちろん、私の時代には地雷なんてなかったのでアスクレピオスのメンバーからの又聞きですが」
「うわー」
ケイトは素で引いてしまった。
戦術的には正しいんだろうが、発想が悪魔だ。
「でも、この威力はそういう調整をしていないタイプに見えますね」
「じゃあ……」
ケイトの言葉に、ハイパティアは言いづらそうに目を伏せた。
「沖田総司は、死んだようですね」
ケイトは言葉を失っていた。
こんな簡単に、沖田総司は死んだ。
いや、もちろん。
彼だって生身の人間だ。
ポル・ポトやチャールズ・カフリンとは違う。彼に超常の天恵はない。
斬られれば血が流れるし、致命傷を負えば死ぬ。
対人地雷をまともに受けて、無傷でいられる道理はない。
しかし、死んだという実感を、ケイトは持てないでいた。
「なんだか、フクザツな気持よ、あいつが死んだというのなら」
ケイトは目線を下げた。
「結局、彼が何を思って反旗を翻したのかはわからないままだった」
「……そうですね」
ハイパティアも沖田総司ほどではないにせよ、最初期からの仲間だ。
沖田総司との付き合いも長い。
単に敵の頭目を倒した、というだけではない入り交じった感情が胸の内に渦巻いている。
「陛下。まだ戦いが終わったわけではありません」
ハイパティアは気持を切り替えるようにして言った。
「首都は今、攻撃を受けているところです。すぐに戻りましょう」
「そうね……沖田総司を倒せた以上は、戻らないと」
「俺を倒せただぁ?」
どこからともなく、声がした。
いや。
どこからともかく、ではない。
上だ!
「俺を倒すなど、百年速い」
上から突っ込んで来た剣閃が、ケイトの肩を貫いた。
「ぐ……あ……っ」
ケイトは身体を捻って、なんとか日本刀から身体を引きはがす。
肉が千切れるぶちぶちっという嫌な感覚があった。
本来ならば、鎖骨から胸にかけてを両断する一撃だったのだろう。
直前で反応が間に合ったがために、即死は避けられた。
「どうして……」
「どうして地雷を踏んでも生きているかって? そりゃ、お前」
沖田総司は嘲るように言った。
「俺もお前と同じだ。為政者故の悪業が、俺の肉体を強化している」




