イェカチェリーナ二世vs沖田総司(3)
「俺もお前と同じだ。為政者故の悪業が、俺の肉体を強化している」
沖田総司のその言葉を聞いて、ケイトは愕然とした。
しかし、受け入れる他ない。
地雷を踏んでも傷一つないその姿は、人間本来の強度ではない。
生身でも充分すぎるほどの強さだった沖田総司が、悪業を負ったことで肉体強度が爆発的に向上してしまった。
「スター!」
沖田総司が大声で叫ぶ。
次の瞬間、ケイトの脇腹を激痛が走った。
「銃撃……かっ」
「な?」
脇腹をおさえてうずくまるケイトに、沖田総司は見下すように言った。
「イェカチェリーナ、貴様、この程度で死ねないだろ?」
「この程度でって……簡単に言うわね、沖田」
額に脂汗を浮かべて、ケイトは言う。おさえた脇腹から、じくじくと血が溢れ出して、服を濡らして既に腿まで濡らしていた。
「でも、生前の貴様なら、既に絶命していたろ?」
「それは……まあ、そうかもしれない」
沖田の言う通り、この程度では死ねない身体になってはいるものの、既に肩に一撃を受けた上で脇腹を貫かれたのだからダメージは甚大だ。
いくら、悪業により肉体強度が上がっているといっても、血を失っても生きていられるとはとても思えない。
会話を交わしながら、ケイトは油断なく銃撃をしてきた射手を観察した。
「仲間を屋敷の外に潜ませていたというわけね……」
拳銃を手にし、大きなハットを被った赤い髪の女だ。
モスコに残されていた資料の内容と沖田総司が呼んでいた名前から推測すれば、ベル・スターか。
マイラ・メイベル・シャーリー・リード・スター。
アメリカ西部開拓時代の伝説のバンディット。
ケイトが誘発した一揆の鎮圧に忙殺されていたために先のモスコでの決戦には参加できなかった近衛兵長の一人だ。
もちろん、生存している近衛兵長が参戦すること事態は想定済みではあるが、ここで伏兵として潜ませていたのは厄介だ。
「スターの銃撃を受けても痛いで済むのだから、大した悪業だよイェカチェリーナ」
「そんなに悪し様に言われるほど暗君だったつもりはないんだけどね」
少なくとも、前世では。
「結局のところ、王政という形式そのものが悪い、と見なされているのだろうな、この世界においては」
沖田総司は日本刀をケイトに向けた。
「それは……まあ、そういうことなのかもね」
ケイトは答える。
「民主主義では責任は国民全員にあるわけだけど、王制では責任は王の双肩に全て降り掛かる。そして、どんな政策をとっても誰かは割を食うことになる。それを悪業と見なすのならば、王よりも悪い存在はいない」
どんな連続殺人者よりも、戦争を起こした王のほうが殺した人数が多い、と判断されるというわけだ。
いや、戦争なんて起こさなくてもいい。
国家の隆盛のためにとった政策でも、どこかで路頭に迷って首を釣る家族はでてくる可能性がある。
影響力が大きすぎるあまり、どこかで誰かは不幸になってしまうのだ。
それを王の責任だというのならば、王ほど業の深い存在はない。
ポル・ポトのような暴君だろうが、イェカチェリーナのような名君だろうがそこは同じ。
暴君と名帝、暗君と聖王。
そんなものは歴史学者の形而学上の言葉遊びでしかない。
本質は同じ。
王という役割をまっとうに果たせば果たすほどに、業の深さは無限に増していく。
「そのおかげで貴様は悪い奴だ、と見なされているのならば」
沖田総司は燃えるような瞳で言った。
「俺も王になればいい。そうすれば、貴様と同じように悪道に堕ち、同じような強度を得られる。イェカチェリーナ、貴様と戦える存在になれるというわけだ」
地面に足跡が残るほど力強く、沖田総司は踏み込んで突っ込んできた。
「さあ! イェカチェリーナ、貴様の悪業はここで清算してやろう!」
満身創痍の身体で、ケイトは懐から取り出した火炎瓶を投擲した。
「無駄だ!」
驚いたことに、沖田総司は速度を緩めることなくその火炎瓶に突っ込んだ。
「嘘……でしょ!?」
ポル・ポトやチャールズ・カフリンの如き不死に近い生命にも炎は効く。
王になったことでいくら人間の強度が増していると言っても、炎をまともに浴びれば物理的にタンパク質が変容して動きが鈍るのだ。
だが、沖田総司は驚くほど繊細な動きで剣先を払い、火炎瓶を割る事なく遠くへ弾き飛ばした。
「……ッッッ」
王となって為政行為を行い、悪度が増してことで沖田総司の剣の切れも飛躍的に向上しているのだ。
だが、ケイトも黙って見ているばかりではなかった。
沖田総司のスローモーションの縦横無尽に翔るような自由な動きを見て、ケイトは自分でも信じられないほどの速度で懐から鋼糸を取り出し、四方から沖田総司を取り囲むようにして放つ。
もちろん、沖田総司は剣を翻して鋼糸を刻んで拘束されるのを避ける。
だが、同時にケイトの左腕が自然と鞭を抜き放ち、剣のない沖田の体の左側から回り込むようにして厳しく打ち据えていた。
沖田総司が悲鳴をあげて、その場に動きを止める。
この攻防が、一秒にも満たない間だった。
ハイパティアも、ベル・スターも全く援護する暇のない、イェカチェリーナ二世と沖田総司、二人だけの世界だった。
「やるじゃねえか、イェカチェリーナ」
重い鎖鞭を、しかも凄まじい速度で振るわれたのだ。
二人とも、同じ悪業を背負っているのならば差し引きで肉体強度は生前とほぼ変わらない。
沖田総司は分銅の直撃した左腕が動かないのか、右手だけで菊一文字を構えている。
「沖田様。無事ですか?」
遠くに控えていたベル・スターが気遣わしげに沖田総司の背後に近寄って言った。
「折れているな」
沖田総司は眉をひそめた。
「一度、撤退しますか?」
「いや、いい」
沖田総司は半身に構えたまま言った。
「イェカチェリーナも手負いだ。あっちのほうが傷が重い。ここで決着をつける。スターはハイパティアに邪魔をされないよう、牽制を頼む」
「御意」
頷いたベル・スターは油断なく拳銃を握りしめる。
「手負いの私には勝てるって? 沖田総司」
肩と脇腹の傷がずきずきと痛む。今、全力で鞭を振るったせいで、痛みがますます増してきたようだ。
頭の中で、どっくん、どっくん、と脈の音がいやに大きく聞こえる。
「ここで決着をつける、は私の台詞よ」
「そうか」
何が楽しいか、沖田総司は笑みを浮かべた。
「では、やろうか。イェカチェリーナ」




