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はじまりのおわり

「誰……!?」

「なんだ、貴様は!」

 ケイトが眉をひそめ、ハイパティアが戦き、イザベラがナイフを構える。ずっと後ろで控えていたアスクレピオスの構成員は様子がわからないようで、困惑する様子でこちらを観察している。

 そんな中、俺だけが状況を理解していた。

「僕の名前は『運命の道標』さ」

 ちっちっちと『運命の道標』は指を振る。

 なんでもない仕草なのに、この世界に生きる生き物とは異質さを感じさせる。『自分はお前達とは格の違う存在なのだ』と全身で語っているかのような凄みがある。

 まるで、ネズミを前にした獅子のように、最初から格が違うのだ。

「あるいは、この世界の神と思ってもらっていい。もしくはこのゲームのルールってところかな」

「何を偉そうなことを言っているの」

 ぱしーん、と『運命の道標』の頭をはたくものが生じた。

 そう、今まで何もなかった空間に文字通り生じたのだ。

 これには俺も緊張感を高め、刀を抜いた。

「誰だ? 貴様は。答えろ」

 そこに生じたのは、白銀の髪をした女だった。肌の色も、まとっているドレスも、色という色が抜け落ちたように全てが白い。まるで、空間のその箇所だけがくっきりと切り取られたようだった。

「やだ、そんな怖い顔をしないで。私は『星読みの審判』。『運命の道標』の、そうね、姉みたいなものよ」

「姉……!?」

『運命の道標』がまずどんな存在かよくわかっていないのに、姉と言われても面食らう。『運命の道標』を知らない他の仲間にしてみれば、混乱は俺以上だろう。

「今回は弟がご迷惑をかけたみたいでごめんなさいねえ」

 と、『星読みの審判』は『運命の道標』の頭を掴んで無理矢理下げさせた。

「私のほうからきつーくお説教しておきますんで」

「僕を弟扱いするなってば! 『星読みの審判』は、もう!」

 超然としていた『運命の道標』がすっかり子供扱いされている様は、不思議なようでもありおかしくもある。

「それで、あの」

 すっかり雰囲気に飲まれていたのを突き破ったのは、イザベラである。

「結論から聞くと、あなたたちは敵なの? 味方なの?」

 イザベラの声はほんのわずかだが、震えが混じっている。こんなわけのわからない存在が突然現れた以上、当然だ。しかし、震えを押し殺して確かにナイフを握りしめている。

 ふざけた答えをするなら殺す。そんな気概がこもっている。

「敵だというのなら、相手になるけれど」

「またまた、冗談を」

 イザベラの覚悟を、『星読みの審判』はあっさりと笑い飛ばした。

「この子が、『運命の道標』がいったでしょう。私達は神。私達は支配者。ゲームに介入するのは本意ではない」

「ゲーム……ですって」

 ケイトが絶句する。

 今まで必死に生きてきたのに、この存在は、それをゲームだと言い捨てるのかと。

「質問を変えるわ、あなたたちの目的は何」

 次に質問をしたのはケイトだった。ぎゅっと手を握りしめて、ケイトは必死で言葉を紡ぐ。

「答えなさい。ゲームマスターだというのなら、プレイヤーの質問には答える義務があるはずよ」

「答えられないわ」

『星読みの審判』はケイトの覚悟を嘲笑うように言った。

「つまらないことを言わせないで、イェカチェリーナ。あなたの頭脳から出る質問はそんなことなの?」

「はぐらかさないで」

 脂汗を流しながらも、ケイトは必死で反論する。

「質問に答えて」

「ゲームマスターがプレイヤーの質問に逐一答える道理はないわ。あなたの世界では、奉ろうた神は返事をしてくれたかしら?」

 ケイトは眉をひそめて、唇を噛む。

「それに、答えてしまったら面白くならないもの」

「面白くならない……?」

 ケイトの腕を握りしめ過ぎて、ぶるぶると震えている。

「それじゃあ、『星読みの審判』。あなたたちは面白みのためにこの世界を築いたように聞こえますよ」

「……あら。口が滑ったわ」

『星読みの審判』は口元を抑えて上品に微笑んだ。

「なにやってんだよ、『星読みの審判』。言葉尻を捉えられてやんの」

 悪態をついた『運命の道標』の頭を、『星読みの審判』は再びはたいた。

「さて……イェカチェリーナと、その仲間達。私達はあなたたちをいじめるために来たわけでも、おちょくるためにきたわけでもないのよ」

「じゃあ、なんだって……」

 ぱちん、と星読みの道標は指を鳴らした。

 途端に、炎上していたポル・ポトの肉体が消滅した。

 まるで、最初からこの世界にポル・ポトなんて男は存在していなかったみたいに。ただ、地面が焦げた後だけが残る。

「念のため、消しておきましょう。私にしてみれば、ポル・ポトは脱落扱いですけれど、あなたがたにとってはポル・ポトが脱落したかどうかは明確にしておいたほうがいいでしょうからね」

「ポル・ポトを消すために来たっていうのか?」

「違うってば」

『運命の道標』がおかしそうにクスクスと笑う。

「君たちは本当に面白いことを考えるね。流石だなァ……僕たちが来たのはね。君たちを誉め称えに来たんだよ」

「誉め称えに……だと?」

「いや、ホントにね。君たちは大穴だったんだよ。イェカチェリーナの率いる暗殺者たちと、ハイパティアのコミュニティ・アスクレピオス。奇跡のような大番狂わせだよ。まさか、鉄血のオズワルドも、夢幻の殺戮者ポル・ポトも破るのは君たちとはね! ご褒美をあげよう」

「ご褒美なんていらないわ」

 即答したのはやはりケイトである。

「あなたたちのことが気に入らない。番狂わせとか、大穴とか、まるで私達をゲームみたいに扱うところが本当に嫌い。この場から消えてもらえれば結構」

「うわあ、気が強い女だなァ。『星読みの審判』みたいだ」

『運命の道標』は笑い声を上げる。

「だから僕は剣客のほうにアプローチしたんだよなー」

「まあ、聞きなさい、イェカチェリーナ」

 子供に諭すようにして、『星読みの審判』は言う。

「あなた達はきっとこのルドウィジアで一大勢力になる。その点では大いに期待を寄せているわ。だから、大サービスであなた達と同じくらい、このゲームを進めているプレイヤーを教えてあげる」

 ケイトはもういい、とは言わなかった。ここで話を打ち切りたい、しかし情報だけは得ておきたい、プライドと損得勘定が混ざった複雑な表情をしている。

「『コンキスタドール』フランシスコ・ピサロと『教祖』チャールズ・カフリン。この二人が現在あなたたちと並ぶトッププレイヤー。あなたたちの仲間にも知っている者がいるかもしれないわね。彼らと見応えのある闘いをするためにもこれからもがんばってね」

 気安く手を振ると、しゅわしゅわと光に包まれて『運命の道標』と『星読みの審判』は消えてしまった。

「フランシスコ・ピサロとチャールズ・カフリン……」

 ケイトは胸に刻むように、この二人の名前を呟いた。

「その二人が今後の敵ってことか?」

「そんなわけないでしょ」

 ケイトはこつん、と手を伸ばして僕のこめかみをつついた。

「私達の敵はこの大地よ。今、私達はアスクレピオスに食事さえお世話になっているってわかっている? ポル・ポトを倒すという共通の目的がなくなった以上、今から今日の夕食を狩りにいかなくちゃいけないのよ」

「ええ……マジかよ』

 思わず声がもれた。

 確かに、ケイトの言う通りだ。

 思わず力が抜けそうになる。今からハンティングか?

「食事ぐらいは提供しますよ」

 ハイパティアが切り出した。

「それに、ポル・ポト以外にも危険な勢力があるみたいですしね……今後とも、協力関係は維持していただければ幸いです」

「ありがとう! やったっ ご飯が食べられる!」

 後ろでイザベラが喜びでぴょんぴょん跳ねている。

「ともかく、一度拠点に戻りましょう」

「そうね……今まで、ありがとう、みんな」

 ケイトが改めて全員に会釈した。

「急ごしらえの関係で、今までも、きっとこれからも、大変なこと続きではありますけど一緒に頑張りましょ?」

 微笑むケイトと、それを囲む仲間達。

 前の世界では仲間と最期まで戦うことはできず死を迎えてしまったけれど。

 今度こそ、最後まで一緒に生きていたい。

 そう思った。

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