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小木海岸の反対側、太鼓橋を挟んた海岸の沖では、戦国の三英雄と昭和の三姉妹艦が激闘を繰り広げている。正確には、白のオロチVS三英雄&三姉妹艦の闘いなのだが、一方的に砲弾が飛んでいる海上戦は三英雄&白のオロチVS三姉妹艦に見えてしまう。
ドンドドンと発射音が響く中、砲弾は止むことなく空を飛び、キシャァァと奇声を挙げる白のオロチに炸裂する。
昭和の三姉妹艦は座敷童美菜が原型サイズにしたラジコンなため、砲弾といっても火を吹いていない。火薬で弾丸が発射される弾ではなくバネとツマで飛ぶ玉と言った方がわかりやすい。そのため、玉自体の威力は期待するほど無い。炸裂と表現できるのは、座敷童美菜の能力が付与されている分の威力だと伺える。
ラジコンを巨大化させるのは座敷童の能力だが、ただのオモチャの玉を砲弾と呼べる威力にする能力は、単純に考察したら強化付与に思える。しかし、少ない情報からでは正確な能力は判明できないため、この場では美菜の能力の説明は割愛するが、何かしらの付与は能力の過程から生まれていると言っておく。
兎にも角にも、今は激闘の真っ只中。それも膠着状態が続いている。
戦国の三英雄、吉法師、虎千代、勝千代は白のオロチの頭頂部にいる。
甲冑姿の吉法師は白のオロチの頭部に巻いた縄を握り、さも馬を操るように手綱をさばき、白外套の虎千代は長弓を手に、砲弾を矢で打ち落とす。浴衣姿の勝千代は自分達に当たりそうな砲弾を拳で打ち落している。
三人の腰には縄が巻かれ、吉法師に二人の縄がそれぞれ繋がっている。こんな事を言ったら三人は否定しそうだが、死ぬ時は一緒だ、と縄の繋がりと見事な連携を繰り広げている姿から伺える。
白のオロチは空に頭を向ける。飛行前に必要な助走——揚力を生む作業——に入るが、大きな鳥や飛行機と同じく、体格に比例した助走が必要になる。それは風という能力があろうとも、助動作に差はあれ、小鳥のようにゼロタイムで飛行に移れる訳ではない。
しずかは扇一振りで飛行準備は終わるが、八慶や八太と三人で飛んだ際、南大門が軋むほどの力を必要とした。それが体長一〇〇メートルを越えた白のオロチだとしたら、風の能力で強風という助力を得たとしても、ゼロタイムや扇一振りとはいかない。
「せいやっ!!」
吉法師は手綱を横に振り、白のオロチの上昇を阻止。
助走中、飛行中、どんな時でも飛ぶためには揚力が必要になり、『前に進むための力』が必要になる。単純に言えば、前に進むのを阻止すれば飛べなくなるのだ。助走段階では尚更。
だからと言って、単純な対処とその方法をやるのは見た目ほど単純ではない。
吉法師の足場は静止した足場や馬上ではないのだ。激しく動く白のオロチの頭頂部、それも跨る物もなければ下半身はバランスを失い、手綱をさばくのは容易ではない。対処法は言葉に出せば単純に聞こえるが、その詳細は単純ではないということだ。
そこに砲弾が斜向かいから強襲しても、吉法師に躱す余裕さえない。
ズガッ——
吉法師の眼前で砲弾はピタリと止まる。
手綱をさばきながらチラと見るのは、顔横に伸びる毛深い腕、勝千代。
勝千代は砲弾を鷲掴みすると、更に飛んでくる砲弾に投げて打ち落とし、がははははと大笑いしながら三六〇度から強襲してくる砲弾を拳と掌で迎え討つ。
吉法師が手綱をさばくのに専念できるのは、強襲してくる砲弾から勝千代に守られ、そして勝千代が三六〇度に注意を向けられるのは、あらかじめ虎千代が矢で砲弾を撃ち落として数を減らしているからになる。
見ている者がいたとしたら、安心して、いつまででも見ていられる防戦。
だが、戦国の三英雄の相手は昭和の三姉妹艦ではない。
白のオロチの胴体に雨霰と砲弾は炸裂するが、元がラジコンの玉では爆砕しない。美菜の能力が付与されているためダメージは蓄積されるが、しかしそれも再生力を上回るダメージではない。
そんな戦場を管制室の屋根から見ていた神使白黒は、ため息をするように嘴から息を吐く。
白のオロチの頭頂部にいながら防戦一方の三英雄だが、空に行かせないだけでも功労賞。問題なのは、ラジコン空母【信濃】の甲板で他の戦艦や駆逐艦をリモコンで操作している二人、美菜とお濃。この二人に関したら完全に遊んでいる。しかし、ラジコン艦隊それも実寸サイズにして一斉砲撃するなど、それこそオロチが相手でないとできない本気の遊びだ。白黒は電光石火での追撃を考えるが、岩手県花巻市から佐渡島まで飛び続けた疲労と開戦時の電光石火の負担は、そうそう回復しない。
白黒の追撃は期待できない。言うまでもなく遊びに夢中な美菜とお濃に今以上の戦力は期待できない。それでも戦況は常に動いている。
もう一つの戦場、太鼓橋で橙のオロチが現れたのは気合いの入った理子の声からわかっていた。三人がそのまま放置していたのは、第一形態の橙のオロチなら理子や八太に丸投げしても大丈夫だと判断したからだ。だがその判断は、信頼からではない。
最終ラインの太鼓橋を越えるまで橙のオロチは脅威にならないから? 否。
能力を使えない第一形態のオロチには巻きつきや突進しか攻撃手段はないから? 否。
オロチは第二形態にならないと封印の外に出られない。それは残り八匹のオロチも同じ。しかし、その常識が、理子の声という開戦の合図から無くなった。
第一形態の橙のオロチが太鼓橋を前に、現れたのだ。
今までの常識が崩れた事に動揺するのはしかたない。しかし、それでも三人が動かなかったのは八太の能力が健在で理子の戦闘力を評価したからだ。信頼というなら、この時の行動力から、すでに信頼はしていた。
理子と八太には、第一形態のオロチが封印の外にいるという未知に対して動揺はない。単純に、脳みそ筋肉なだけかもしれないが。それなら三人も動揺している場合ではない。
第一形態の橙のオロチが封印の外にいるのだから、懸念はある。
現状では原因究明する時間はない。
否、する気もない。
何故なら、情報が皆無だからだ。
今は考察よりも橙のオロチが太鼓橋を越えてきたら動けばいい、それが三人の判断だった。それに、何よりも、いつ封印から外に出たのかわからないが、『自由すぎる』現状を佐渡島の縄張り主が知らないわけもない。
戦況が動き出したのは、そんな時。
『自由すぎる』橙のオロチを放置している佐渡島の縄張り主に対して、理子が槍を向けた。
理子は弥生の子孫。その心の在り方は吉法師も認める。その理子が——
三郎を敵だと判断した?
上下左右に動きっぱなしの頭頂部からでは、三郎が橙のオロチを庇い、理子はコンボ技を途中で止められないという事情は確認できない。理子が三郎に攻撃しているという事実だけが三人の判断材料になる。
「あの女子、三郎に仕掛けたぞ。何者ぞ」
「勝千代。理子は弥生の子孫。松田家の忍だ」
「吉法師、勝千代。おそらくだが、橙のオロチへの攻撃を三郎は阻止しているだけだ。封印の外にいるのは不明だが、三郎がいるなら私らが心配する必要はない」
少ない情報からだと、三郎が橙のオロチを自由にし、弥生の子孫が三郎を敵とみなしている、と見てとれる。だが、虎千代の言葉には三郎の裏切りは皆無だと、安堵さえ漂わせる。それは吉法師や勝千代も同じ、一つ頷くだけで三人は考えを一致させる。
裏切りはない。一考さえしない。ただあるのは、三郎がいるという安堵。間抜けに見えてしまうが、狸の置物に絶大の信頼と期待を三人は向ける。
「三郎の参戦は心強い。虎千代、勝千代、橙のオロチがこちらに来ることは無くなった。我らは白のオロチに集中する」
吉法師は了解の言葉を投げてくる二人に更に続ける。
「我らの役目は短時間での勝利ではなく『時間稼ぎ』からの勝利」
「吉法師、勝千代。橙のオロチはともかく、白のオロチに対しては、わかっていると思うが、三郎の助力は期待するな」
「がはははは、それではこの膠着状態をどう動かす!」
「座敷童管理省からの情報から、おそらく、いや、確実に、今回のオロチ騒動には龍馬が絡んでいる。虎千代、勝千代、一つ、我の策にのってはくれないか?」
答えるまでもない。という頷きは今回は無かった。
吉法師はバツの悪い表情に汗を浮かべ、虎千代と勝千代は一拍置いた後、最初は勝千代が、
「あのガキは、またなんぞやらかしておるのか!」
「う、うむ。だが今回は東北の事情を考えての事。怒らないでやってくれ」
「怒るか怒らないかは話を聞いてからぞ。虎千代、お主はどうする?」
「まったく、中部に及ぶ問題事ならはじめに伝えろとキツく言い、言質まで取ったというのに」
「虎千代。今回は……」
「吉法師、あやつの言葉はどこから出ているのだ? ケツの穴か? どう育てたらあの様なうつけになるのだ?」
「龍馬を育てたのは乙女……」
「違う。乙女に任せておけば良いものを、お前が余計な口出しをしていたから、あのようなうつけに育ったのだ。そういえば、あそこにいる梅田の息子もお前が教育に口出ししていたな。うつけ、うつけはうつけにしか育てられないのか?」
「…………そのような話をしている場合ではない」
と、自分に飛び火してきた話を棚置きし、龍馬の事情を話す。
「前回、白のオロチは第三形態のまま毛越寺に封印した。その際、中尊寺から外に出た魔獣も毛越寺に封印されたのだが……」
「うつけ、簡潔に言え」
「現在、毛越寺と中尊寺に魔獣が現れている。龍馬は毛越寺に封印されている魔獣を一掃、いや、全て天に返したいのだ。今後、オロチが蘇った時に戦力が分散されないためにな」
「それで策は?」
「龍馬を許してやれるか?」
「私は、中部に及ぶ問題事ならはじめに伝えろと言った。考えるまでもなく、白のオロチが蘇ったのは偶然ではなく龍馬の仕業。魔獣を全て天に返すために必要だ、と言うなら、自分のケツを自分で拭くようになったという成長に免じて認めよう。だが、白のオロチを平泉に留まらせるならともかく、何かの事情で平泉から出し、野放しにしといて、どうやったら中部に迷惑がかからないようにできるのだ? オロチは近くのオロチの下に向かうのは誰でも知っているだろう? 弥生の子孫が世話役の前にいる時点で、松田家が一枚噛んでいると思うが、結果はこの様。最初から、私に一言あって然るべきだと思わないか、うつけ?」
ごもっとも、と思っている吉法師に嘆息すると、吉法師も被害者の一人なのだろうと長年の付き合いから判断し、これ以上は直接本人に言った方が良いとまとめた虎千代は、先を促す。
「それで、策とはなんだ?」
「うむ。我ら佐渡島に滞在している者に求められるのは『時間稼ぎ』だ」




