2
場所は佐渡市某旅館の一室。
理子といち子はベッドの上でテレビを観賞し、翔と達也と吉法師はテーブルを囲んで談笑していた。明日には小木海岸に白オロチは到着するため、体裁としては談笑ではなく作戦会議的なニュアンスが必要なのだが。
吉法師は三郎に認めてもらいたい二人に過度な協力はしないものの『行き当たりばったりでも作戦は作戦だ。行き当たりに何が起こるか、ばったりと何が起きるかをイメージし、対策を考えておくのが良い』とアドバイスした。翔と達也は戦場を小木海岸と仮定し、海の上で闘う前提に作戦を並べた。
A作戦、海にタライを浮かべて足場にしながら闘う。
B作戦、A作戦を引き継ぎ、翔は松田家秘伝を使い、達也は梅田家の家宝朱槍を使って闘う。
C作戦、AB作戦が失敗した場合、佐渡島のオロチの封印を解いて三郎を召喚する。
D作戦、最初から三郎を召喚する。
翔と達也が並べた作戦は茶番劇になるとしか思えなく、練ったところでタライを足場にするという前提から現実的ではない。そのため、作戦会議は談笑へと変わり、今に至る。
現代の戦争のようにシステマチックになっていればドンパチする前に主要人物の死亡か拘束で終わるのだが、オロチとの闘いは単純な武力と武力のぶつかり合いになる。極論を言えば正面衝突の行き当たりばったりな闘いになるのだ。そして、システマチックではない正面衝突の戦争では、綺麗な陣形を敷いたとしても、敵の前に立つ者は行き当たりばったりの中で右往左往しなければならないし、運が良ければ生き残れるという状況で立ち回らないとならない。配陣図を見て語る事はできるし、綺麗事も言える。だが、配陣図からでは一人一人は見えないし、語るとしてもせめて旗印がある武将の名前が出る程度だろう。何故なら、一人一人の戦況など作戦の大筋には関係なく、名前の出てこない者達は陣形の中で闘ってはいても冷静に作戦を遂行しているのは一握りの者だけ。大半の者は行き当たりばったりに敵の旗印と色を見て闘い、逃げ回っている。それが配陣図からでは見えない一人一人の戦況になり、ソレらを踏まえて作戦は練られているモノなのだ。現代のようにシステマチックに戦争をできるのは、それだけの犠牲を生み、科学が進歩してきた結果ということになる。従って、オロチとの闘いには、犠牲を減らすための陣形は必要だが、正面で闘う者達の選択肢は個人の力量を踏まえて闘うか逃げるしかない。極論になるが、喧嘩から始まり戦争に至るまで、大筋の作戦はあってもその中の駒は力量により行き当たりに右往左往し、ばったりに右往左往しなければならないのだ。
何を言いたいのかと問われたら、翔と達也は東大寺で青オロチ戦は経験していても、翔は戦線離脱し達也は逃げ回っていただけなので、実質、明日のオロチ戦が初陣『大筋の中で自分達が闘わなければならない』。二人はソレをわかっていても怖じけていない。しかし、初陣に気持ちが昂ぶるのは勇敢になれる男の証だが、その昂ぶりが初陣の危険性を上げる事を理解していない。
吉法師は初陣の昂ぶりを理解している。翔も達也も東大寺での青オロチ戦を経験しているのに、どこからそんな自信が出てくるのだ? と若さからの無謀さに微笑ましくなる。怖じけるよりも昂ぶっている方が良いと思うが、初陣の前夜に昂ぶりすぎて闘えなくなった者を何人も見ている。冷静な判断ができなくなった者に待っているのは行き当たりに重症になりばったりと死ぬという、運任せの生死なのだ。そのため、作戦会議にもならない談笑など死亡率を上げるだけのフラグの回収なため、今の昂ぶりを明日に残さないために翔と達也の性格を理解した上で熱を下げる作業に入る。
「我と達也は部屋へ戻る。翔、女の身体は魔性ゆえ若い内は猿になってしまうものだが、明日に響くまで楽しむでないぞ」
「楽しまねぇし!」
翔といち子と理子は同室なため、いち子が寝た後に初陣前夜の昂りを発散する男女の行為に至り、吉法師は男女の行為に至っても初陣に響くような猿にはなるなと言っているのだが。翔の性格上、お風呂場で理子の全裸を見ているため、モンモンとしていないと言ったら嘘になる。そして、時間が経つにつれてあわよくばと思ってしまうのが男になり、そのストッパーが外れやすいのが思春期。吉法師は翔の性格を利用して自制心のストッパーを解くボタンに鍵をかけたのだが、思春期の男子はそんな鍵を簡単にこじ開けるため、更に施錠作業をする。
「戦の前に女も抱けん腑抜けでは先が思いやられる」挑発するようにはぁとため息を吐く。
吉法師はあくまでも翔が猿にならないための施錠作業をしているだけで、初陣に支障がない程度なら男女の行為を楽しんでも良いと思っている。何故なら、お風呂に一緒に入るとは男女の行為に至る可能性を上げる行為になり、すでに了解の意を示している節がある。深読みになるかもしれないが松田家当主、翔の母親に女の身体を教えろと命令されている可能性もある。しかし、猿になるのは男だけではない。男女の行為に至れば男女共に猿になり、自制心を鍛えていても男女の行為にある魔力には逆らえない。
翔はチラと理子を見る。いち子のおかっぱ頭に巨乳が乗り、浴衣から覗かせる大腿部に心音が跳ね上がる。いち子を見て自制心を保つが、いち子が寝てしまったら……。(思春期男子の湧き上がる欲望に勝てる自信が無い!!!!)といち子がいないとヘタレになるくせに、いち子が寝てしまったら男らしくなる思春期らしい脆弱な自制心から「吉法師、部屋を変わってくれ」と逃亡を選ぶ。
しかし、初陣前夜に男女の行為もできないヘタレでは熱をそのまま残す事になる。昂ったまま戦場に行き、その昂りを糧にして生き残る者もいるが、大半は相手の元へは帰れずに無念に死後硬直している。そんな無念の硬直など織田信長は許さない。
「我は妻がおるゆえ、妻以外の女と一夜を共にする事はできぬ。二回……いや、三回までなら大丈夫だ」
「達也、変わってくれ」と男女の行為を推進する吉法師の考え方に付いて行けずに達也へ会話を振る、が達也は「翔、青少年育成条例では、二十歳過ぎた大人が保護対象である未成年と遊ぶ場合は、親御さんの了解を直接取り付けないとならないんだ」と予想外にまともな事を言うため理子へ「おにぎり、親御さんに達也と夜を過ごすって連絡すれ」と言った。だが、理子は何食わぬ顔で「私の親が携帯の電波が届く場所にいると思ってるの?」と言い、悪戯な笑みを浮かべながらわざとらしく大腿部に乗る浴衣の生地を摘み、その奥を見せようとする。「親子で野宿かよ!」と言いながらわずかな抵抗として目を逸らし、吉法師を見る。
吉法師と達也はニヤニヤし「「ごゆっくり」」と言いながら立ち上がる。
「ちょっ、待て!」
吉法師と達也を止めようと立ち上がると、同時にピコーンと翔の携帯情報端末からメール音が鳴る。端末を取り、部屋から出て行こうとする吉法師と達也を追い「待て待て待て」と言いながらメール画面を開く。端末画面を一瞥し、んっ? と疑問符を浮かべる。「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ……なんだこれ?」
「翔、なんと言った?」
吉法師は足を止めると翔へと向き直り、歩を進める。
「いや、梓さんからのメールなんだけど」端末画面に目をやり「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ。用を言いつけられなかったからといって、そのまま退出するようでは役に立たない」と読み上げ「いち子に伝えてくれって言ってるけどなんだこれ?」といち子を見る。
「…………〜」吉法師は目元口元を引き攣らせ、ベッドの上で【カケルとコイチの遭難物語/ヒグマとの二週間】を見ているいち子の元に行く。正面を見るいち子の横で片膝を付けると「い、いち子、我は翔と達也の成長のために闘わぬと決めていたのだが、二人の成長を見ているだけではならなくなった」と言いにくそうに心変わりを告げる。
いち子は正面を向きながら瞳だけを動かしてチラと額に汗を溜めている吉法師を見ると「うむ。よきにはからえ」と軽く言い、瞳をテレビに移した。
「感謝する!」いち子に向けて頭を下げると「くるしゅうない」と興味なさげないち子の言葉が続く。ふぅ! と気合いを入れるような息を吐いた吉法師は、ゆっくりと頭を上げながら理子を見る。湧き上がる気持ちに表情はニヤつき、織田信長としての威厳はなくなっていた。
「理子、すまぬが我が闘わなくてはならなくなった」
「そう、私は別にかまわないわよ」チラと翔を見る。
「吉法師、俺らが闘わないと三郎に会えなくなる」
「うむ。座敷童側の都合ゆえ、申し訳ないが今回の手柄は我に譲ってもらう」
「……座敷童側の都合か。それならいち子が許可した以上は、俺と達也は別の形で三郎に御三家だと示さないとならないな」
「うむ。梓への返答に『その点、お前は塵に気付いて拾った。なかなか感心である』とメールで送ってくれ。それだけで我が参戦するとわかる」
「わかった。その代わり、部屋に帰るな。三郎攻略を考える」
「まったく……据え膳と河豚汁を食わぬは男の内ではないという言葉を知らんのか」




