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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
81/105

4

 岩手県平泉、金鶏山。


 藪を騒つかせる風が足場の悪い山道を通り抜ける中、歩を進める者達は木々の間から暑い雲を見る。

 渦のような不自然な動きを知らない者が見れば異常気象だと思うが、知る者が見れば座敷童しずかが創った気象だとわかる。

 金鶏山の山道を進む座敷童の一団、一軍と言ってもいい人数は東北座敷童の三分の二は居る。

 座敷童には放浪型やノラもいるため正確な人数の確認はできない。現在、東北にいる座敷童が一〇〇〇人だとすると、その内の七〇〇人近い人数が金鶏山の頂上へと向かっている事になるのだが。

 標高九八.六メートルの金鶏山。その山道の中腹から麓まで作る座敷童の列は、隊列が雑で伸びているように見えるが七〇〇人以上に思える。

 その一軍の先頭を歩く者が足を止めると乱れている列も歩みを止める。

 先頭を歩く者。その体格は『短身の相撲取り』を思わせる。短身と言っても相撲取りの短身は最低でも一六七センチメートルになり、日本人男性の平均以上なのだが、彼の身長は平均を優に超えた一八八センチメートルある。

 日本人男性の平均身長を越えているだけでなく、相撲取りの最低基準を大幅に越えている。しかし彼は『短身の相撲取り』に見える。

 たしかに、周りには相撲取りのような体格の者がいる。一人や二人ではない。大関が二人、横綱が一〇人の付き人を引き連れるように、彼の後ろには五人いる。その五人の中には一人だけ二メートル前後の者はいるが、残りの四人は彼と同じかそれ以下の身長だ。なのに、彼の身長は彼等と比べて『短身の相撲取り』に見える。

 その理由は、筋肉。他の五人に比べて両足の間が開いているのだ。加えて、肌が筋肉の形に盛り上がっているため、相撲取りの体型として見たら肉厚が少ない。他の五人が一三〇〜一八〇キログラムの相撲取りらしい肉厚ある体型なら、彼は一二〇キログラム前後の筋肉増強型。人間の世界の相撲歴史に名を刻む英雄、狼と言われた大横綱の全盛期を彷彿とさせる体型だ。

 引き締まった顔立ちに吊り上がる目は、闘争心が顔の筋肉を吊り上げているからできあがる。

 睨み上げる先は金鶏山の頂上。口元がニヤつくのはライバルの気配、巴の尻に敷かれて東北から近畿に行ってしまった八慶がいるからだ。なによりも、今、八慶が出している気配は平安時代までの『大悪童弁慶』だった時の荒々しいモノ。彼が内に秘め続けている憧れ、目標にしている漢の気配なのだ。

「横綱。口元をお直しください」

 長身の付き人が彼の行為をたしなめる。横綱たる者、無闇矢鱈に表情を変えず、心技体の体現者であるべきだと言葉に込めたのだ。

 もちろん彼は理解している。頂点に君臨する者は頂点にいるべき人格者でなければ横綱という最高位には登れないのだから。従って、付き人を咎める事はしない。それよりも逆に、

「御苦労」

 今後もたしなめてくれ、と含むと、口元を直すように手を被せ、

「八慶も久々の喧嘩に気が高ぶっているようだ。無意識……いや、懐かしさに乗せられてしまった」

「角界唯一の横綱なのです。女の尻に敷かれるような脆弱な者など、本来なら相手にされるべきではないのです」

「いや、それは違うぞ」

「その心は?」

「女、家族という守りたい者を得た漢は強くなり続ける責任を課せられる。友人や親友という仲間意識には無い、女の気持ちを掴み、守り続ける漢の力だ」

「その女の気持ちを守るという力は、横綱に勝る力なのですか?」

「八慶は惚れている女に八童へ推薦されたのだ。もちろん期待に答えるために無限に漢を上げてくる。お前らは認めていないようだが、そんな漢だから、俺は最初から八慶を八童として認めている。この勝負は勝ち負け以上の価値、漢を見せ合う俺と八慶の喧嘩だ。横綱の土俵とは違う」

 自分を鼓舞するような八慶への賞賛。抑えられない気持ちは、喧嘩を想像しただけで口元目元を吊り上げる。

 付き人は改まるようにゆっくりと瞳を閉じて会釈すると、

「失礼しました。八童八慶への非礼を訂正させていただきます」

 彼が八慶に敬意を持ち続けている。その気持ちを見抜けなかった自分の浅はかさから、彼の敬意を無碍にしていた事を謝罪する。

【八童に最も遠いお祭り男】

【回りくどい妹の馬鹿兄貴】

【東北座敷童の恥部】

 などなど、色々な二つ名で呼ばれる事が多かった彼だが、それらは【大悪童弁慶】と競い作り上げてきた悪行から。しかし、八慶が東北を去った後から彼は変わった。

【八童に最も近い男】

【超回りくどい妹の兄貴】

 そして、

【いち子の無茶振りを実践したお祭り男】

 その大義の褒美に、

【座敷童相撲協会理事長】

【角界唯一の横綱】

 と名乗る事を許され、いち子に座敷童の世界に相撲協会を作ることを任された勇者、金時。

 彼、金時の顔横を風が通り抜けると、一枚の葉っぱが風に乗って行く。

 木々の間を踊るように抜けていく葉っぱは頂上へと向かう。その先に居るのは、地面に座って座禅する褌一丁の青年、八慶。

 八慶は眼前にきた葉っぱを右手人差し指と中指で挟めると、風に混ざる金時の気配に微笑を浮かべる。

「漢を上げたな、金時」

 気配を呑み込むように向かい風を鼻から吸い込むと、ゆっくりと立ち上がる。

 八慶が座禅していた位置は、いち子の迷宮へと繋がっていた落とし穴があった場所。座敷童にはハードトラップになり、座敷童を見える側の人間にはトリモチが仕掛けられたお笑い芸人御用達の落とし穴に見えるため、巴がいち子と迷宮から出てきた日に塞いだ。

 八慶は風に味を付けるような気迫を感じながら、吸った分の空気を吐き出す。

(気迫に気合いで返すか……〜)

 と思った時、八慶は自分を笑いたくなった。昔の自分なら気迫を向けられたら間髪入れずに気合いで返していた、と。

 自分の変わり様を実感し、昂ぶっていた気持ちを落ち着けると、自分がこの場にいる意味を再認識するためにコードレスイヤホンマイクへ集中する。

 座禅を邪魔していた大勢の声音が流れている。慣れないチャット通話、正確には東北支署の大広間で流れている喧騒から目当ての座敷童を探す。

 目当ての座敷童とは巴なのだが、杏奈と何度かは会話するものの自分への激励は無い。白オロチの尻尾切りを見逃した自分に愛想を尽かした……などなどヘタレな考えが脳裏に過る。なんでもいいから一言欲しい。携帯で繋がっているのだから『激励をくれ』と言えばいいだけなのだが、その一言が言えないのもヘタレ八慶。そして実績で示せば良いと心に強く持つのも八慶だ。

 そんな八慶の耳に聞き覚えのありすぎる連中の声音が入ってくる。

 巴四天王の一人、かよこ。旅館こよかに常駐する座敷童。

『姉様、暇です。姉様、暇です。姉様、暇です。姉様、暇です。姉様、暇です。姉様応答無し、かよこ、確認に行きま〜……』

『邪魔になる。駐車場から出るな』

 巴はかよこの言葉を散々無視した後に、かよこの言葉を切る。

 八慶はかよこが可哀想になる反面、羨ましさもあり、願わくば自分にも一言と思い、

「かよこ。巴の能力は周りに被害が出やすいのだ。邪魔者扱いではなく、一人の方がやりやすいということだ。そうだな、巴?」

 かよこを利用して巴と会話しようと試みる、が。

『…………ドガァァァァン!』

「かよこ、そうみたいだ」

『八慶。雷が落ちた音に姉様の言葉が含まれているとか思ってるの? 違うから。八慶は無視されてるだけだから』

「!!?」

 かよこの言葉が心音を跳ね上げる。そんな八慶の耳に更に声音が入る。

 巴四天王の一人、さな。金時の超回りくどい妹だ。

『かよこ。八慶は無視されているのは検討していた。誰が見ても検討剤なのに、言葉に出されないと認められないバカ。八慶、姉様に、シカト、されて、いる。検討剤』

「さ、さな。巴は無視してい……」

『バチィバチチチチィ!』

「このように、巴は放電で答えてくれている」

『『八慶は喋るなってこと』』

「!」

『『もしくはわかった気でいるな』』

「!?」

『あっ、みきからメールきた。なになに、八慶バカすぎウケるんですけどカッコ笑カッコ閉じる。だって』

『私の方に、ななからメールきた。検討剤。八慶がキモすぎて起きた。空気読めよ。八慶、検討』

 巴四天王、みき。巴四天王、なな。からのメールをかよことさなは読み上げる。縄張り争いを控えているナーバスな八慶に気を使う事はない。何故なら、巴四天王は八慶が嫌いだから。

「ま、まぁ、お前達に、言われるまでもなく、わ、私は……わかっていたがな」

 八慶は巴四天王に嫌われている事を再度認識する。しかし、一人一人が八童レベルの巴四天王がいるから、八慶は東北から近畿に行くことができた。感謝はしてる。感謝はしているが……。

『八慶負けろ。八慶負けろ。八慶負けろ。八慶負けろ。八慶負けろ』

『八慶検討。八慶検討。八慶検討。八慶検討。八慶検討』

 かよことさなの言葉と被さるように、八慶の携帯情報端末からピコーンピコーンとメール音が鳴る。八慶は携帯情報端末の画面を見て、タッチしていく。

【一斉送信】

 《_:(´ཀ`」 ∠):←負け犬八慶》

【一斉送信】

 《おやすみ(( _ _ ))..zzzZZ》

 みきからは血反吐を吐いているような顔文字、ななからはおやすみメールが送られてきた。

「こ、この、ガキ、ども! いい加減にしろ!!!!」

「お頭。巴四天王の心配とは余裕だな」

 携帯情報端末に向けて怒鳴った八慶の頭上、木の上から届いたのは少年の声音。東北支署の大広間で末席にいた貴一だ。

 更に、貴一を含め、次々と木から飛びおりてくる。

 自称東北座敷童最強派閥【大悪童】の五人。

 最大と言わずに最強と自称するのは人数的な問題になり、最大派閥は金時が率いる一軍になる。

 自称東北座敷童最強派閥【大悪童】の五人は、平安時代初期までは群れていた。それぞれが青森県、山形県、宮城県、福島県、秋田県で最大最強派閥を名乗り、馬や牛に乗っては暴走していた。そこに、ふらっと泣き虫の弟を連れて現れた弁慶に単騎で倒され、少数精鋭や一騎当千に魅力を覚えた。当時は度がすぎる程のヤンチャな座敷童なだけだったのだが、現在では八童レベルの座敷童にまでのし上がった。

 八慶は五人を見ると、巴四天王に乱された精神を整えるように深呼吸する。イヤホンマイクから入るかよことさなの声音を無視し、みきからのメール音はうるさいためマナーモードにする。そして、貴一に向き直ると、

「貴一。私には八童の資格は無いと証明しているようなものだな」

「いやいや、巴四天王は巴しか認めないバカ共だ。昔のお頭なら無視してるぞ」

「いや、巴四天王ではなく、金時の派閥にいる座敷童の人数だ。おそらく、一〇〇〇人はいる。それだけ私は八童として認められていないということだ」

「八童は最強の証だ。ぶっ倒して最強になればいい。それに、昔は俺達しかいなかったのに、今は中尊寺や毛越寺にお頭を認める連中がいる。答えねぇと漢じゃないぞ」

「そうだな。負けられない理由を背負い続けるのが八童だ。……皆の期待は、重いな」

 老けるように空を見上げる目は薄く開き始めると、その瞳で空にある厚い雲を見やる。

「軽いわけがない。もっと重くてかまわない。八の字を背負うと決めた日から『俺』は八童だ!」

 拳を握る。一から八までの数字を名乗る意味を理解しているから、八童序列二位の八重の縄張り、近畿を背負ってこれた。

 貴一は八慶の握る拳、その中に込められた熱い気持ちに心音を跳ね上げると、

「お頭! 六対一〇〇〇は楽勝か!?」

「それはいち子に一体一〇〇〇〇、いや、全座敷童は楽勝か? と聞いているのと同じだぞ、貴一!」

「「「「「よっしゃああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ!!!!」」」」」

 自称東北座敷童最強派閥【大悪童】は声を挙げる。

「来たぞ」

 八慶はギロリと暗闇へ向き、山道を睨む。

 心地良い。

 心臓を鷲掴みするような気配に高揚し、心音を跳ね上げる。

 心地良い。

 奮い立つ男の本能が警鐘を鳴らすのは、開始の合図。

 心地良すぎる。

 八慶の威圧感が上がる。

 山道から聞こえる足音からの威圧感が更に上がる。

 殺気とも言える波動が双方の心音を更に躍らせる。

 八慶の拳から漏れる赤い湯気は、喜怒哀楽の喜を思わすように激しく揺れている。

 手加減しないと闘えなかった東大寺。

 近畿を背負い続けてきた数百年のストレス。

 拳から荒々しく腕へと上がっていく赤い湯気は、今か今かと放たれるのを待っている。

【座敷童危険信号】

『赤』は身体が赤くなり。

『真っ赤』は身体と服が赤くなり。

『真っ赤っか』は身体と服が赤くなり、赤い湯気を全身から出す。

 三段階の危険信号は喜•怒•哀•楽それぞれにあり、座敷童はその溢れる気持ちを赤くなる事で表す。

 八慶の拳からの赤い湯気は上半身や顔を赤くし、下半身は褌までも赤くする。

 八慶のギロリとした赤い瞳からは『此処では加減しなくていい』という喜ぶ気持ちが伝わる。

 中尊寺と毛越寺では自分を支持する座敷童が多勢に無勢の魔獣と闘っている。

 目の前には一〇〇〇の敵、その大将。


 そんな今の状況に……歓喜!


「往生!!!!」


「「「「「尽くめんぞ!!!!」」」」」


 普段の八慶からは想像もできない喜声に五人も真っ赤っかになり、山道へ突進。先頭で真っ赤っかになりながら歩を進める金時の左右を通り抜け、後ろにいる付き人五人へ強襲。

【不本意なことを強制的に承諾させる】ために、自称東北座敷童最強派閥【大悪童】の五人は東北最大派閥の幹部五人を挑発するように顔面を足蹴にし、森の中へと散らばる。

 森の中へ散る赤い湯気の数は一〇〇や二〇〇ではない。一〇〇〇。

 金鶏山全体をフィールドにした縄張り争いが、八慶、金時の交差する拳、お互いの顔面をぶん殴る轟音から始まる。


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