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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 中尊寺と毛越寺の現状をある程度把握し、金鶏山の縄張り争いが始まったのを確認した杏奈は、キーボードから手を下ろすとふと視線を前にやった。
 大広間の真ん中では、怒りの変顔を杏奈に向けているしずかがカボチャの煮物をもしゃもしゃと食べている。
 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると(いつものにらめっこより長い)と思いながら、すっと視線をモニターに移した。
 しずかの変顔には本を炙ったのを謝れと込められているのだが、普段から変顔で杏奈を笑わそうとしているため、その思いは届かない。だが、ここで挫けるしずかではない。あらゆる変顔に謝れと込めながら、ジワジワと杏奈に近寄っていく。謝罪すれ、と言えば良いだけなのだが、要求してから謝罪されるのを気にくわないと思うのは座敷童も人間と同じだ。
 もちろん針の穴分の協調性しかない杏奈にはしずかの無言の要求は届かないし、せいぜいが変顔に勤しむしずかに遊んであげた方が良いのかなという気持ちになるだけ。しかし、杏奈は軍師として戦場を正確に把握しないとならないため、今は遊んでいられる状況ではない。従って、すでに眼前一〇センチメートルの位置で変顔しながらカボチャの煮物をもしゃもしゃ食べているしずかからモニターへ視線を移す。
 モニターには平泉の地図が写し出されてあり、戦況を把握するための青い駒と赤い駒が中尊寺•毛越寺•金鶏山に表示されている。一見して戦場を十分に把握できる駒振りだが中身に正確性が無い。
 中尊寺大池跡に青い駒(小)が一個、赤い駒が〇個。この駒振りからは、巴が一人で魔獣を圧倒している事がわかる。更に、中尊寺の駐車場や座敷童管理省東北支署までの道筋にも青い駒(小)がポツリポツリとある。
 毛越寺は、大池が池に青い駒(大)一個と赤い駒(大)が一〇個、外に青い駒(大)一個と赤い駒(小)一個。この駒振りからは、毛越寺の中では座敷童一人に対して魔獣一〇匹と戦闘し、外では座敷童一〇人に対して魔獣一匹という具合だ。
 金鶏山は青い駒(小)と向かい合うように青い駒(大)を一〇個を置いている。この駒振りに関しては問題視していない。八慶を信用しているのもあるが、金鶏山では魔獣戦ではなく縄張り争いをやっているため、早く終わって魔獣戦に参加してほしいという気持ちはあるものの、危険性は中尊寺や毛越寺ほど無いと判断できるからだ。
 駒振りは状況を把握するために駒を大小に分けているのだが、今の駒振りは戦況をある程度理解できても、作戦の組み立てにもっとも大事な座敷童の人数に正確さが無いため、データで判断する杏奈には致命的という事になる。
 座敷童デジタル化計画の恩恵で携帯情報端末から現場の声が大広間に流れていても、人数を把握していないと穴だらけの作戦になり、犠牲者を増やすことになりかねない。座敷童と座敷童管理省が友達や仲間という関係性を築いていないからできる状態、まさに今の戦場は座敷童同士だけの相互で動いている現状であり杏奈から見ればただの乱闘になっている。
 もちろん杏奈は健と彩乃に確認する。だが二人も座敷童と相互関係かと言えば違うため「正確な人数はわからない」と返ってくるだけだった。(特務員を現場に行かせるか?)と頭によぎるが(座敷童の世界の戦場でも動ける茅野さんや高田さんが数えられないなら特務員では無理)と改めて二秒ほど思考し、先ほどまで毛越寺にいた座敷童の存在を思い出し、チラッと眼前一〇センチメートル、しずかを見る。
 顔のあらゆる筋肉をつっぱらせ、瞬きできないのか目は充血し涙が浮く、すでにどんなメッセージを含んでいるのか不明な変顔だ。杏奈から見れば、眼前一〇センチメートルでの変顔は全体像が見えないため、目の充血具合から(邪魔するのに一生懸命だな)としか思えなく、黒縁眼鏡を右手中指で押し上げるだけの普段と変わらない反応になる。
 しずかの無言の謝罪の要求と期待する反応は無く、笑ってあげるのが人情だろと加納と美代が思う中、笑いなど微塵も見せなく悪気など芽生えてさえいない杏奈はしずかに聞く。
「しずかちゃん。毛越寺には座敷童が何人いるのかな?」
「知らん!」
 くわっと変顔に気合いを込める。横からぶっと吹き出す加納と美代の反応が耳に届き、家主の孫に無反応という形でへし折られていた変顔への自信を取り戻し、心が満たされた。しかし、家主の孫は笑わない、クスとも言わない、希薄な表情のままジッと見てくるだけ。こんな強敵は八岐大蛇以来だ……とさすがのしずかも負けを予感し額から汗がにじみ出てくる。
「…………」
 しずかが何を思い何を目的にしていたとしても(話にならない)と思うには十分な変顔なため、杏奈は(さてどうしようか……)と思考をしずかから移す。すると、横から美代が口出しする。
「各地から遅れて平泉に来てる連中を数に入れなくていいなら、毛越寺の座敷童は約ホニャニャラ人。しずかが配陣したとおりなら、中は能力無しがホニャ人で外は能力有りがラニャ人」
 美代は手にある用紙に筆を走らせながら、携帯情報端末のスピーカー機能で大広間に流れていた今までの情報を自分なりにまとめる。
「中尊寺は巴が配陣したとおりなら、山形座敷童一五人の内五人は巴四天王のかよこと駐車場に待機。残り一◯人は追尾に特化した神使を連れて中尊寺に待機。秋田座敷童二◯人は二人一組で関山の周囲に待機し、巴四天王のさなだけは第二の関所として駐車場から離れた位置に一人で待機。同じく巴四天王のみきは、青森座敷童三◯人と座敷童管理省東北支署とさなの間で待機。残りの巴四天王、ななは座敷童管理省東北支署の門前で寝てる。金鶏山は、八慶と自称東北座敷童最強派閥【大悪童】の五人と秋田のお祭り男坂田金時率いる相撲協会と反八慶派……たぶんホニャホニャ人はいると思った方が良いかな。……こんなもんかな?」
 用紙に走らせていた筆を止めると、その用紙を隣にいる加納に向ける。
「助かったよ美代」
 加納は美代の頭を撫でる。
「お手伝い!」
 美代は拳を天井に向ける。あくまでも、杏奈や座敷童管理省のためではなく加納のお手伝いを美代はしている。それは加納に懐いているからであり、座敷童の現状を把握しといた方が『座敷童管理省の中では加納の出世に良いかも』という座敷童らしい考えからだ。
 加納は用紙を一瞥するとじとぉと見てくる杏奈を見る。
「さ、参謀……?」
「その用紙、ください」
「ダメ!! 加納の出世!」
 美代は加納と杏奈の間に仁王立ちする。
「いや、美代。この用紙は俺より参謀の方が……」
「ダメ! 出世!」
「美代ちゃん。私は座敷童管理省の人事にアドバイスできる立場にいます。その用紙をいただければ、最高権力者であるアーサー大臣に座敷童管理省東北支署の署長には是非加納さんを……と熱く推薦します」
「加納、出世!?」
「ほぼ出世は間違いない、と思ってください」
「いや、人間の世界の人事はそんなに……」
「署長への昇進はあくまでもアーサー大臣の判断にゆだねる形になります。が、私のなけなしの権限でアルバイトリーダーに昇格させられます」
「加納、出世確実!!」
(署長への昇進は兎も角、アルバイトリーダーに昇格しても東北支署にアルバイトはいないから何も変わらないんだが……)
「加納さん、アルバイトリーダーへの昇格おめでとうございます。美代ちゃんとの交渉は成立しましたので、用紙をください。ちなみに月五〇〇円の役職手当が付きます」
アルバイトリーダー(五〇〇円)に恥じないよう精進します」
 昇進と昇格を理解していない社員が喜びそうな出世(?)に、責任だけ(五〇〇円)を背負わされて実質何も変わらないのを理解している加納は(美代と美菜の駄菓子は買ってあげられるか)と前向きに考える事にする。
「はい。幅広い分野に目を向け、研鑽を積んでください」
(五〇〇円の責任が重い!!!!)
 幅広い分野に研鑽を積む。アルバイトリーダーに向ける言葉ではない、と思っても後の祭り、コレがブラック企業体質のブラック管理省の人事だと割り切るしかない。
 用紙を受け取った杏奈は紙面を一瞥する。達筆な字で中尊寺•毛越寺•金鶏山の座敷童の人数が書かれていた。
「美代ちゃん。ありがとうござ……」
 感謝を言葉にしようとすると、邪魔するように、眼前一〇センチメートルでくわわっと変顔を更に険しくするしずかが現われる。杏奈はしずかをスルーしながら、加納に頭を撫でられて満足している美代への感謝をそこそこに、キーボードへ両手を置く。
 中尊寺、毛越寺、金鶏山にいる座敷童の人数が把握できた。今後人数が増えるという正確性に欠けるモノはあるが、ソレはこちら側が優位になる事を決定した情報であり、現時点の基本陣形を大幅に変える必要は無いという長期戦に好都合な展開だと判断できる。座敷童の人数の把握と今後の増援がわかっただけだが、この情報を得た意味は大きく、それは被害を減らしつつ優位な作戦を展開できる事を意味する。そして、『もし加納が美代に懐かれていなかったら?』と考えると、情報力が大きな分、加納を出世させるのは人間側の人事としては妥当になる。そのため(アルバイトリーダーではなく主任かチーフへの昇格でも良かったかも)と杏奈は思う。
【紙切れ一枚されど紙切れ一枚】
 座敷童が関わる紙切れ一枚には小さな幸せがあり、その小さな幸せを大きな幸せにするのは受け取った人間。
 杏奈はモニターに写し出されてある地図上でカーソルを踊らせると、駒振りをやり直す。青い駒(大)を座敷童一〇人として(小)を一人にして地図上へ駒振り、同じ条件で魔獣の駒も置いていく。しかし、魔獣の頭数は不明なため、座敷童一人に対して魔獣一〇匹と交戦している毛越寺にだけ駒振りする。
(魔獣の頭数に関しては正確さに欠けるけど、それでも初期段階から現場にいないで戦場を把握できるのは強みになる。それに、この魔獣戦で携帯情報端末が座敷童と人間が相互になるツールだと示せれば、座敷童デジタル化計画の必要性を御三家当主に伝える武器になる。こんなにも作戦が考えやすいんだから……!)
 ぞわっと寒気が首筋に走り、カーソルを動かしていた手が無意識に止まる。
(今の寒気は……なに?)
 人数の把握ができたため、大広間に響いている戦場の声から作戦を考えなければならない。だが、意識すればするほど作戦を考えるための思考が鈍り、寒気からの結露ような気持ちの悪い汗が首筋を通る。
(しずかちゃんに言われた死の覚悟が無いから物怖じしている? いや、違う。この寒気はそんな感情的なモノでは無い。もっと現実的な……)
 わからない。自分の中の何かが、何かを伝えているのはわかる、なのにその何かがわからない。今、現在進行形で重大な見落としをしている。わからないという嫌悪感は焦燥感に変わるが、無駄な感情は思考から排除し、何を伝えているのか頭の中にあるデータから呼び起こす。
(マークシートのチェックがズレているのを後半に気づいた時みたいだ。私は何を見落としているんだ。茅野さんと高田さんに……ダメだ。現在進行形で何かがあると言っても、私の感覚的なソレを説明できるだけの根拠が無い)
 無意識に打った舌が鳴る。
 杏奈は嫌悪し焦燥しても冷静でいられるだけの経験をしている。文武両道と言われるたびに嫌悪し、努力を『天才だから』という言葉で終わらせられる日々に焦燥していたのだから、嫌悪と焦燥は当たり前の感情になっている。同じ評価に、同じ顔で、同じ言葉をかけられる、そんな日常にいつしか同学年の連中や教師の顔を区別しなくてもいい『モノ』になっていたのだ。同じなのだから区別は必要無い、誰でも同じ間違いを何度もされたら諦める、そんな感情が生んだ協調の欠落だ。
 だが、今の杏奈の内心では当たり前になっている嫌悪や焦燥にジワジワと侵食していくような『モノ』があるのだが、それが不安だとわかっていても何が不安なのかわからない。協調の欠落が無ければ根拠が無いモノでも松田翔や茅野健や高田彩乃に『わからない事がわからない』と言えるのだが、一人で解決する事に慣れてしまっている杏奈には『根拠』が無ければその答えを出せない。
 杏奈は冷静さがジワジワと削られていくのを実感しながら、頭の中でデータ整理をする。
(現状、毛越寺と中尊寺に緊急性はない。金鶏山の座敷童が毛越寺と中尊寺に行ってくれたら形成逆転。でも、その分の兵糧が……!)
 と頭の中でまとめたところで、すうっと松田翔の顔が脳裏をよぎる。
「あ〜〜ん〜〜な〜〜〜〜」
 しずかは杏奈の膝上に後頭部を乗せて顔を見上げる。
「しずかちゃん……」
 松田翔に頼ろうとした気持ちをしずかに見抜かれたと理解するのに時間は必要無かった。
「私、きっと何かを見落としている。毛越寺は座敷童一人に対して魔獣一〇匹だけど緊急性はない。中尊寺は巴さんが魔獣を圧倒。金鶏山の縄張り争いが終われば毛越寺は形成逆転。見落としも緊急性も無い、はずなのに……」
「ふむふむ。ふむふむ」
 しずかはモニターを見ながら頷くと、悪戯な変顔を杏奈に向けて口端を吊り上げながら、
「このままでは清盛の本が役に立ちそうでありんすなぁ」
「やっぱり何かを見落としているんだ。しずかちゃん、私が何を見落としているかわかる?」
「〜〜〜〜」
 自分で考えたらぁ〜? と言いたげに変顔を深くするしずかに教える気は無い。
「…………」
 話にならない。と杏奈は思いながらも、平清盛の本が必要になる事象に気づかないという自分に(このまま何を見落としているかわからなければ……)と内心で一つの諦めと一つの覚悟を決めながら、隣へ視界を移し、先ほど助言してくれた美代を見る。
「美代ちゃん。私は何かを見落としている。でも、ソレが何かはわからない」
「加納、大出世チャンス! 教えてあげなよ!」
「加納さんにも私が何を見落としているかわかるのですか?」
「参謀」
 加納は自分を見上げてくる美代の頭を撫でると、膝を滑らせながら杏奈の横に移動し、モニターにある地図、中尊寺へ指を差す。
「何を見落としているかは中尊寺にあります。そして参謀の、何を見落としている、という違和感は本来なら異常事態だと判断するのが適切です」
「異常……ですか?」
「はい。毛越寺大池が池と中尊寺大池跡を見てください」
 加納の真剣な表情からの言葉に杏奈はモニターへ視線を向けると、
「大池が池は座敷童一人に魔獣が一〇匹。大池跡は巴さん一人ですが魔獣を圧倒してますし、駐車場やその先にも……」
「参謀は巴を信用しすぎです」
「巴さんは元と言っても八童です。吉法師さんのように……!」
 先ほどよりも悍ましい寒気がゾワッと首筋に走り、脳を締め付けるような思考停止を求める感覚に、
「な、なんですかこの気持ち悪い寒気。嫌な予感……? ダメだ!」
 ダメだ。この一つの言葉で自分の無力を受け入れ、そして一つの諦めを受け入れる準備を心にしていたからこそ、即、加納に頼る決断をする。
「加納さん、巴さんに何かあるんですか!?」
「今の巴は八童としての力を失っているのを忘れてはいけません」
「そんな答えはわかっています。でも、巴さんには吉法師さんと同じ八童レベルの力があります!」
「たしかに力の差から大丈夫だと判断するのが妥当です。オロチではなく魔獣なら尚更、ですが今の巴の力は吉法師と同じくオロチの鱗という制限があるモノです」
「青と黒の鱗は十分にあります」
「鱗は十分にあります。更に、中尊寺や駐車場や東北支署までの道中に仲間もいます。魔獣に対応する武力が十分にあると巴なら理解しているでしょう」
「あっ……!」
 嫌悪と焦燥を侵食していた不安が全身に鳥肌を作ると同時に、何を見落としているかを杏奈に理解させた。
「参謀。序盤から魔獣を圧倒する鱗の乱用、仲間を頼らない闘い方は『巴の冷静さを欠く事が起きている』と思いませんか?」
 加納は敢えて疑問系で言った。何故なら、杏奈の武器であるデータには無い個人の心情が関わっている事であり、杏奈に協調性があれば簡単にわかっていた事だからだ。
「ははは……」
 乾いた笑いとは言えない掠れた声を漏らすと、黒縁眼鏡を外して強く握り締め、ピキッと音を立てたレンズにヒビが入ったのを掌で感じながら、
「大池が池の戦況が座敷童一人に対して魔獣一〇匹なら、大池跡も同じ数だけ魔獣が現れていると考えなければならない。ソコに巴さんだから、という理由を当てはめるのは信頼ではなく、過信。鱗に余裕がある? 八童レベルだから? なにこのデータ。なんでこんな当たり前の事を……!」
 黒縁眼鏡をバンッと畳に叩きつける。
 加納は畳の上で跳ねた黒縁眼鏡を拾うと杏奈に渡そうとするが、見向きもされなかったためキーボードの横に置く。
 厨房では文枝が心配そうに杏奈を見ている。助けてあげたい、がソレは協調性の無い孫のためにならないのをわかっている。
 携帯情報端末からの喧騒だけが響く大広間、そんな重い空気の中に「チッ……」と雑音が入る。
「しずかちゃん……」
 杏奈は、舌打ちした座敷童、膝上で自分を見るしずかを見ると、
「死の覚悟以前の問題だった。私には……」
「死の覚悟と言うなら、巴に甘えくさっているのは杏奈だけではないでありんすな」
 しずかは起き上がると、首をマッサージするように左右へ動かし、
「東北座敷童、その中でも平泉を縄張りにしている誰かさんが死の覚悟を背負うべきでありんす」
「……貫太君」
 杏奈は厨房と廊下の間にあるカウンターに背中を預けながら赤飯おにぎりを食べている貫太へ、
「巴さんを止められる?」
「無理だな」
 貫太はあっさりと否定すると、
「甘えくさる、というより巴を止められるなら俺達は止めていると思ってほしい」
「チッ」
 しずかは舌打ちする。
「しずか、何か言いたい事でもあるのか?」
「貫太。ソレが甘えくさるとどう違うでありんすか? 呆れてあくびが、ふぁぁ……勇猛果敢と言われた東北座敷童は落ちたでありんすな」
「オロチしか相手にしないしずかが東北を語るな」
「もういっぺん言ってみろやクソガキが」
「何度でも言ってやるぞクソ女?」
 瞳に禍々しい色を混ぜるしずかと貫太の威圧感は、杏奈と加納に大広間の酸素量が減ったと錯覚させるぐらい息を詰まらせ、厨房にいる座敷童は文枝の背後に隠れ、特務員は心配そうに杏奈を見る。
 しずかはゆっくりと立ち上がると大広間の真ん中へと歩を進め、貫太もしずかの歩幅に合わせて大広間へと入って行く。まさに一触即発。
 誰かが止めなければならないのだが、東北支署にいる弱体化した座敷童では八童と八童レベルが即発しそうな空間には入れない、杏奈と加納は大広間の隅から隅まで行き渡る重い空気に呑み込まれて口を動かせない、唯一止められる者が居るとしたらしずかの家主であり東北座敷童の救世主でもある文枝だろう。だが、一触即発に動じていない者が文枝の他に一人だけ居る、それも大広間で八童と八童レベルの座敷童を呆れるように見ている、美代。
「貫太。おにぎりを巴に届けた後、そのまま大池跡で闘ってたらいいよ」
 軽い口調で、更に、なんの威圧も威厳も無い軽口のように、
「というより、貫太も東北を語りたいなら、今後はこんな時のために家主から離れないことだね」
「…………わかった」
 貫太は美代の言葉にしずかへの悪感情を込めていた瞳の色を内に秘め、気持ちを落ち着かせるように赤飯おにぎりを口に詰め込むと、踵を返してカウンターへ戻る。廊下で文枝に風呂敷袋を向けられたため、非実体の風呂敷袋を取り、口を尖らせて文枝を見上げる。
「ばば様。東北座敷童は頑張っているんだ。巴に甘えてばかりじゃ無いんだ」
「わかっておる」
 文枝はカウンターに実体の風呂敷袋を置くと、貫太の頭に手を添えて優しく撫でながら、
「貫太が東北座敷童の中で一番頑張っておるのをしずかもわかるから、貫太ならもっと頑張れると激励しておるのじゃ」
「…………」
 振り向くと舌打ちするしずかを見やり、
「しずか。俺が巴に甘えくさっているのは認める。何を言われても言い訳しない。だが、東北座敷童は頑張っている、今も闘っている、二度と東北座敷童は落ちていると言うな」
「東北座敷童の大半が金鶏山で遊んでいる今の現状をどう解釈したら『落ちていない』と言えるでありんすか? ばあちゃんに免じて今回は目を瞑るでありんすが、また八慶を、八童をおろそかにするような事があれば、いち子は目を瞑っても、わっちは遊びでは終わらせないでありんす」
「そんな時は無い。それでも今後、東北座敷童への戯言を並べたい時があったなら、俺が遊び相手になってやるから、好きなだけ平泉に来い」
 貫太は風呂敷袋を首に巻き付けると文枝に一礼し、美代に目礼してその場を後にした。
 美代は気楽に「いってらっしゃい」と言いながら手を振ると、貫太の影が無くなったのを確認し、はぁと大きなため息を吐いてしずかを見る。
「しずか。貫太が一番悔しいのわかってて突っかかるのは性格悪いよ」
「悔しいなら尚更でありんす。本来なら、八童の八慶ではなく貫太が金鶏山に行くのが筋でありんすからな」
「そうだけど……」
「筋……?」
 加納は思わずという感じに声に出し、しずかと美代の会話を止める。
 しずかは煙たがるような表情を作るが、美代は加納を見上げると軽い口調で、
「八童はオロチや八岐大蛇に備えるために家主から離れられないから、地域での縄張り争いは八童に認められたその地域の一番が対応するんだよ……でも、八慶と金時は喧嘩仲間だから例外だと私は思う。だから巴も八慶を八童に推薦しているのに『八童になる者として決着を付ける』という理由にして、ばば様がいるのに座敷童同士の喧嘩を認めたの。いち子がその理屈をどう判断するかはわからないけどね」
「ただの縄張り争いではなかったんだな。……八童はオロチや八岐大蛇に備える、か」
「人間の歴史でも、小競り合いに大将が参戦するなんて少ないと思うよ」
「なるほど……そう言われるとわかりやすい」
「いち子が知ったら巴も八慶も金時も、もちろん貫太も怒られるでありんす! 怒られればいいでありんす!」
「だ〜か〜ら〜……」
 美代は立ち上がるとスタスタとしずかの元に歩を進めながら、
「平泉を任されている貫太の悔しさをわかっていて突っかかるのは性格悪いって言ってるの! 本来なら貫太が八童なんだよ! 貫太が八童に推薦されていたら縄張り争いだって無かったし、貫太が家主の元から離れていたのが原因だから貫太が悪いんだけど! 悪いんだけど! 八童として長い目でみんなを守るよりも、今のみんなの支えになりたいっていう優しさがあるから、貫太は東北座敷童永遠のナンバー二なんだよ! みんなはそんな貫太に助けられているんだから! 言っとくけど、いち子が貫太に怒ったら私はいち子に怒るよ!」
「…………美代」
 しずかはキッと美代を見やると、
「いち子に怒っているでありんすか?」
「いち子が貫太に怒ったら私はいち子に怒ると言ったのは、いち子は貫太を怒らないと信じているから! 私が怒っているのは、しずかはオロチしか相手にしないのに貫太に突っかかる性格の悪いところ!」
「「…………」」
 杏奈と加納は二人の会話に緊張感を高める。またしずかが怒りを表に出さないか、と。
 だが、二人の不安を他所に、しずかは腰帯に挟めてある扇子を取り、熱くなる頭を冷やすように顔横であおぐと、
「まぁ、常に己を鍛えている近畿座敷童を仲良しこよしの東北座敷童と比べたら可哀想でありんすな。わっちが貫太に言いたいのは、八童が縄張り争いしたり、八童レベルが魔獣を相手にしたりするのは間違っている事でありんす」
「近畿座敷童みたいな個々の実力を重視した考えは七首のオロチに備える東北座敷童には持てない。東北座敷童は個人ではなく、みんな。八童や八童レベルに甘える、ではなく、甘えられる信頼関係があるのが東北座敷童。それが近畿座敷童と東北座敷童の意識の差だからね」
「その意識の差で生まれたのが金鶏山の小競り合いでありんす。勇猛果敢な東北座敷童は仲良しこよしの東北座敷童に落ちたと言われても仕方ないでありんすな」
「『自分も八岐大蛇と闘える』っていち子に見せたいだけで個人プレーするお子ちゃまの八重ちゃんは勇猛果敢なの?」
「!」
「「!!?」」
 杏奈と加納は美代のしずかへの子供扱いに動揺する。が、先ほどから沸点を越えていると思うのにしずかが怒らないのが疑問になる。
 しずかは目元を引き攣らせ、何かを誤魔化すように熱くなる顔を扇子で大袈裟にあおぐと、強がるように、
「み、美代は、勇猛果敢な美菜がいないと、何もできないでありんすからな」
「そうだよ。唯我独尊のしずかみたいに一人で張り切って八岐大蛇に……」
「だだだだだだだ黙るでありんす!」
「加納。私とお姉ちゃんは八岐大蛇にあっさりと飲み込まれたしずかと神使を助けたんだよ」
「黙るでありんす!」
「貫太に謝る?」
「なんでわっちが謝らないとならないでありんすか!?」
「加納。しずかはバカすぎて神使に愛想尽かされたんだよ。あの神使……」
「謝るでありんす!!」
『しずかの黒歴史が出たところで。井上さん、ちょっといいか?』
 大広間に響くのは、健から杏奈への応答願い。
 杏奈は沸点が低いしずからしくない美代への対応には黒歴史があったと理解し、気を取り直すようにキーボードへ両手を乗せて健に応答する。
「茅野さん。どうされましたか?」
「長丁場を考えているなら、明日から中尊寺と毛越寺を観光禁止にした方がいいんじゃないか?』
「観光禁止にするのは無理かと思いますが……?」
『できる』
 別の声、彩乃が二人の会話に割り込むと、
『座敷童管理省はオロチが封印されている場所にある寺や神社、その地の管理人に話を通していないのか?』
「あくまでも座敷童管理省は秘密裏な組織なので……」
『秘密裏な組織というのは人間に秘密裏なだけで、座敷童には秘密裏な組織ではないだろ。そしてオロチが封印されている場所の管理人は、座敷童とオロチの事情を知っている。私としては東北の事だから小夜に動いてもらいたいが、今回は松田家の要請として私と健が観光禁止にしてもらう。座敷童管理省もそれぐらいのツテは作っておけ』
「わかりました。……一応聞いておきたいのですが、建築物などに破損があった場合、その損害額はどのようになりますか?」
『座敷童側の事象から生まれた人間側の被害は、自然現象からの被害としか判断できない。知らぬ存ぜぬとすれば御三家はお金を払わないでいられる。が、座敷童を知る者の常識、倫理からそうはいかない』
「はい。座敷童が見えていれば自然現象として泣き寝入りできません。協力関係があるなら尚更です」
『理解が早くて助かる。その協力関係から、管理区域内の損害額を御三家が全額支払う代わりに、管理人は座敷童への御供えを絶やさない事を約束している』
「過大な保証ですね」
『そのとおりだ。御三家は座敷童の世界で生きる人間なだけで、どんな被害を座敷童やオロチが生もうとも一円だろうと支払う義務は無い。支払う義務があるというなら、普段から座敷童をお世話し奔走する分の費用を管理人含めた地域住民から支払ってもらわなければならないからな。常識と倫理の範囲から一〇〇〇分の一でも支払えばいいぐらいだ』
「そうですね。全額保証や御供えを絶やさない約束の中に深い理由はありそうですが、今は全額保証を振り分ける御三家の内訳だけお願いします」
『内訳は、中尊寺や毛越寺に被害があった場合は、松田家は竹田と梅田に払わせる。梅田は竹田に全額払わせようとするが、竹田は梅田と折半もしくは六;四にする。ちなみに、松田家は北海道のオロチが暴れたとしても、竹田と梅田に払わせる』
「現実的に考えて、座敷童管理省を設立した梅田家の事情を理解できました。今回の損害額は松田家•竹田家•梅田家そして座敷童管理省で振り分けるため、松田家と話し合う場を設けます」
『箱入り娘。それは考えが甘い』
 杏奈の発言に巴は割り込むと、更に、
『彩乃。箱入り娘に松田ズガンッゴロゴロゴロ』
 雷が落ちる轟音に巴の言葉は消される。
『巴、ワザとじゃないと思うけど雷で何を言ってるかわからねぇよ。とりあえず働きすぎるな』
 健は会話に入ると、
『彩乃。松田家にお金を求めるといち子が御立腹する、と付け加えろよ。座敷童管理省が無くなっちまうぞ』
『愚答だな。八童最強のいち子でも御利益は一般の座敷童と変わらなく、翔が野草と蕎麦屋の余り物しか食わしてもらっていないと知っていれば、松田家の懐事情はわかりきった事。そもそも、竹田•梅田•座敷童の手に負えない事情はいち子が解決しているから、竹田や梅田はいち子をお世話している松田家に強く言えない。今回も、いち子が平泉や佐渡島に行ってなかったら……』
『わかったわかった! とりあえず井上さんはいち子が何もしてないように見えても、座敷童側ではいち子という存在だけで多大な影響を与えているのを理解してくれ。たとえば、災害級座敷童のさとが今までおとなしかった事や、かくれんぼに負けて八太に逆ギレして暴れなかったのもいち子がいたからだ。そして、翔の飯を今以上に減らさないでくれ。遠足の弁当は現地調達と言わんばかりにガスコンロと鍋を持参した翔の姿なんて涙ものだったんだぞ』
「……理解しました。ですが、座敷童管理省の負担にも限界はありますので、御三家と話し合う場を作らなくてはなりません。正確には、どこまで負担すれば良いか、になりますが」
『健。遠足にガスコンロ持参はフリなのにお孫殿はスルーしたぞ』
『何を食べていました? タンポポの葉。ドカーンつうてっぱんネタなのにな。とりあえず笑いのわからないお孫殿、御三家との話し合いは兎も角、今は翔達がオロチを沈黙させるまでどうやって乗り越えるかだ』
「……。乗り越える、ですか……」
 大広間に流れている座敷童の声は遊んでいそうで、戦場の緊張感を感じないほどに余裕が伺える。だが、余裕が伺えるという時点で自分には指揮を取る資格は無いと理解しなくてはならない。従って、人や座敷童の気持ちをデータでしか判断できない自分を一つの諦めとして、指揮から降ろす決断をする。
「申し訳ありませんが、私に背負える範囲を越えていますので、茅野さんと高田さんに現場を任せても良いですか?」
『急にどうした?』
「そのままの意味です。私の判断だけで乗り切るには危険度が高くなるとわかっただけです」
『お孫殿は座敷童管理省の特務員を動かす事に専念し、俺と彩乃が魔獣対策って事だな。翔が言ってたとおりになったな』
『健。お孫殿は吉法師の期待に応えたい一心だったが、思慮の無さを理解して自分の程度を知ったのだ。私達はお孫殿に収穫があっただけマシだったと受け入れ、私達に頼るしかない、と答えを出せたお孫殿を褒めてやればいい』
「違います。おばあちゃんの脛をかじっていたなら孝行すれ、という事です。とりあえず、私は……」
 ピリリリリとパソコンの横にある携帯情報端末から着信音が鳴る。
「松田さんからです」
『お孫殿。翔に泣きついても良いのですぞ!』
『健。お孫殿は挫折中なのだ。てっぱんネタにはならんが、終わってから爆笑してやるのが優しさだ』
「私は適材適所を弁えただけです。勘違いしないでください。それでは松田さんと繋げます」
 杏奈は携帯情報端末の画面にあるスピーカーボタンを押す。
『もっしもーーーーーーーーーーし』
 大広間とイヤホンマイクを装着している全員の耳に頭の悪そうな女性の声音が響く。

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