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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
80/105

3

 毛越寺、大池が池。


 座敷童が見える側の人間が今の光景を見たら、どう思うだろうか?

 空を飛ぶ少年や池を走る少女。

 猫みたいな獣に引っ掻かれる幼児とソレを助ける女性。

 そして大池が池から溢れるように現れる獣と老若男女が乱戦していたら、まずは絶句するだろう。

 ここは自分が生まれ育った世界なのか? ……と。

 片腕が異常に太い月の輪熊。

 爪が異常に伸びている異形の猫。

 羽根のような耳を広げて滑空する兎。

 全身の毛が剣山のようなリス。

 鋭利な牙を自慢気に出しながら少女を追いかけるイノシシ。

 刃物のような角になった鹿は膝を折って勢いを付けると跳躍。

 中空にいる鳥類は種類を識別できないほど異形になっている。

 人間が自分の生まれ育った世界だと認識できなくても、目の前の光景は現実。

 信じるか信じないかは人それぞれだが、遠い昔から神隠しや異世界に迷い込んだという伝承や物語など、真実だと立証するような伝説が各地域に伝わっている。

 今、もしも何も知らない人間が大池が池の光景を見たら、自分が生まれ育った世界ではなく、物語の世界、いわゆる異世界だと判断するだろう。そして、その人間の言葉が伝承され、書物になり、伝説になっていく。

 毛越寺の本堂から懐かしむように大池が池を見ている僧侶や老夫婦がいる。毛越寺の関係者と座敷童の家主だろう。

 一昔前なら、空や池を走り回る子供はいなくても、大池が池の回りで遊び回る子供はいた。そんな子供達と座敷童は遊んでいたのだ。

 今の光景は物語の中の世界みたいだが、彼等には魔獣と闘っている座敷童を一昔前に自分達と喧嘩していた(遊んでいた)座敷童(ともだち)に見えている。

 現代の少年少女に失いかけているバイタリティは、座敷童の遊び相手さえ減らしているのだ。そんな人間への物足りなさを発散するように、座敷童は魔獣と闘う。

 空を飛ぶ少年座敷童の第一陣は、あらゆる方向に烈風を放ち、気流を乱す。鳥の魔獣は飛行がままならなくなり、第二陣が武器を手に鳥の魔獣を黒い湯気にし、天に還していく。まるで異世界の魔法戦だ。

 地上では、幼児が突如プロレスラーのような体型になり、月の輪熊の魔獣にラリアット。昭和の高度成長期に民衆を湧き上がらせたレスラーを彷彿とさせる。

 その横では泣きながら逃げ回る少女が突如跳躍。中空でモデル体型になり、イノシシの魔獣にハイヒールでかかと落とし。な、なんという事だ! 派手なかかと落としという技なのに、横にいるレスラーにパンツを見せない! まるで見せるつもりでいるくせになかなか見せない昭和のクラブ風景! アワを喉へと流しこんでお立ち台よろしく。イノシシをぶっ倒したチャンネーは昭和の舞姫、ボディコンだぁぁぁぁ!

 今の光景に相応しい言葉は昭和の常識、平成の非常識。空は常識と非常識という考えさえ皆無の異世界、混沌だ。

 しかし、この場はまぎれもなく地球、日本の東北地方、岩手県平泉町だ。


 今は平成。バイタリティは建設的という言葉に変わった世情に、変態的な推論を現実のように語るアイルランド人女性がいる。

 その女性は自分を座敷童研究家と自称しているのだが、その行動力はまさに変態的。日本で座敷童友人会というNPO法人を設立するために高度専門職ビザを領事館へ希望し、日本の法務局に申請した。その時に、日本の法務大臣宛に提出された直訴状のような研究レポートがある。その中の一文に、


【座敷童とは、人間と同じ次元に生きる生命体であり、その場に存在しているが認識され難い存在である】


 その内容、行動力、まさに変態。

 アイルランドの法務を預かる官僚が、とある世界的な大財閥の御令嬢に頭髪の危機を与えられたのは別の話だが、今の現状はまさにNPO法人座敷童友人会を必要とするモノだ。

 異世界でも、異世界の少年少女でも、魔法でもない。場所は日本、少年少女は座敷童、魔法ではなく家の盛衰を司る座敷童の能力。

 日本に生まれ、日本に滞在すれば人種など関係なく入国よろしく。意思とは無関係に足を踏み入れているのが、座敷童の世界。

 ただ、その世界は、自称座敷童研究家がレポートに記載してあるとおり、認識され難い。


【座敷童VSオロチ•魔獣】

 天変地異の前触れに起こる日本の風物詩。その風物詩は魔獣よりも座敷童とオロチを中心に語られているのだが、その意味を理解できるのは座敷童が見える人間だけ。一般には出回ることのない、信じてさえもらえない風物詩だ。

 そして、その風物詩の裏には魔獣の哀しい経緯がある。その一つが、行き場を失った神使は拠り所にする場所を求めて彷徨う。わかりやすく言えば、身勝手な人間が捨てたペットの末路、責任から逃げた人間が見ないようにする現実と同じだ。

 主人を失ったペットは、生きていられたら保健所へ連れて行かれるまで彷徨う。捨てられたペットの大半は、遅かれ早かれ保健所へ行く事になるのだ。

 費用がかかる、それだけの理由で身勝手になれる人間なのだから、捨てたペットの現実など見ようともしないだろう。翌日にはペットを飼っていた事さえ記憶の奥底にしまい込んで無かった事にしていることうけあいだ。

 しかし神使は違う。

 ペットの行き先が保健所になるなら神使の行き先はオロチになる。

 主人の愛を失い、拠り所にする場所を求める間に神使は何を思うのだろう。それはペットも同じ。割り切れない美しい思い出と今の現実に葛藤し、哀しみを膨らませる。人間や座敷童にある感情は神使やペットにもあるのだ。そして、自分達に手を差し伸べてくれる者がいれば、ソコを拠り所にするのは感情を持つ生物なら考えるまでもない。

 オロチが地上に蘇ると、魔獣も蘇る。

 そんなオロチと魔獣から、座敷童は自分達の世界を守っている。

 身勝手から生まれる悪循環、もちろんやむなしに生まれた悪循環もある。

 しかし、どんな理由があろうと、人間が保健所を設立したように、座敷童も保健所と同じ決断をしなければならない。

 捨てられたペットの末路、死。

 使い主を失った神使の末路、死。

 天に還す。人間なら主人、座敷童なら使い主が背負わなければならない業。主人や使い主が背負えないなら、地域の安全のために他者が背負うしかない。それが身勝手から生まれる悪循環を生んでいる業だとわかっていても。

 繰り返されてきた風物詩。その裏にある哀しい神使の末路。オロチを沈黙させれば一時しのぎになるが、終わりのない闘いには変わりない。

 そして人間と違って座敷童は残酷な決断をできる。

 人間なら野良犬や野良猫を見かけたら矢を打つ馬鹿がいるが、ソレは残酷な決断とは言わない。残酷な決断とは、野良犬や野良猫を保健所へ連れて行くという決断。自分が育てる、という聖者の考えは生活にゆとりがあるから言える言葉で、万人に求めてはならない。聖者の考えが浮かんでも、同じ末路を与えてしまうと改めるのが一般人。そこで見て見ぬふりをするのか、自分の手で保健所へ連れて行く決断をできるのかは人それぞれだ。

 先にも述べたとおり、座敷童は残酷な決断をできる。何故なら自分達と同じく神使や魔獣にも寿命が無いからだ。

 捨てられたペットが野生に戻り、人間に懐かなくなるように、神使も魔獣になれば座敷童に懐かなくなる。危険になるという意味では同じなのだ。

 魔獣を天に還す。その終わりのない闘いから、残酷な決断をできる座敷童は魔獣の弱点を熟知している。まさに建設的と言える作業だ。しかし、責任を押し付けられた保健所の職員と同じく、座敷童にもどんな苦悩があるのだろうか。喜びなんてあるわけない。冗談でもそんな事は言ってはならない。そんな業に慣れはなく、あるのは哀しみと苦悩なのだから。


 だが、誰かがやらなければならない。


 魔獣が第一、第二、第三と形態を変えても、その対処を熟知している座敷童は有利。

 だが、弱点を熟知し、魔獣の対処を知っていても、不利になる状況はいくつもある。その一つが、数。

「ダァァァァァァァ! 一〇対一は反則だろ!!」

 レスラー風の座敷童は魔獣の群れに囲まれる。そこに、兎の魔獣を蹴り上げながら現れたのは、ボディコン風の座敷童。

「仕方ないでしょうが! 前回オロチが蘇った時に、こっちに封印しちゃったんだから!」

「わかってんよ!」

 レスラーは熊の魔獣にドロップキックし、倒れたところで両足を脇に抱える。ボディコン座敷童を巻き込むようにジャイアントスイングしながら、

「あっちはこっちみたいなザコでなく、第二第三にならないと出てこないようなガチ魔獣だからな! 前回は来るのが遅くなってゴーメーンーナーサーイ!」

「これだから秋田の連中は脳筋て言われるのよ!」

 ボディコン座敷童は跳躍し、ジャイアントスイングされる熊の魔獣に顔面かかと落とし。

 そんな二人のやりとりを呆れながら見ていた少女、合気道の道着を着ている座敷童は、

「私達、平泉の座敷童が倒し切れなかったのが悪い。申し訳ないが、オロチが沈黙すると魔獣は地に還るから、毛越寺の魔獣は全て天に還すつもりでいてくれ」

 知らない者が見れば、大人二人に対して子供が偉そうな態度でいるように見える。だが、大人にもなれば子供にもなる座敷童に年齢という概念は無い。

 レスラーとボディコンは遊び感覚だった気持ちを変えるように表情を固くし、二人は目配せする。頷き合うと、レスラーは合気道少女へ向き直り、

「こっちは第一から出てくるような知能無しだ。数は多いけど、問題ない」

「でも、希少種になった魔獣は別よ。この数を相手にしながらは無理だから」

「希少種は平泉の座敷童に任せてくれ」

「「そうしてくれ!!」」

 レスラーとボディコンは、合気道少女の背後にやってきた熊の魔獣の顔面に拳をめり込ませ、そのまま乱戦に戻る。

 合気道少女は二人のやる気に満ちた闘いっぷりを見ると、耳にあるイヤホンマイクに手を添える。

「座敷童管理省、魔獣が一◯匹に対して座敷童は一人。被害の心配は老朽化した毛越寺ぐらい……だが、おにぎりを持ってきてくれると助かる」

『わかりました。茅野さん。毛越寺班の補給はどのようにしますか?』

 杏奈は合気道少女の言葉を聞いているであろう健を呼ぶ。

 合気道少女と杏奈のイヤホンマイクから健の声が流れる。

『毛越寺の外なら、闘えない座敷童でも補給班として動ける。中は、乱戦になっているからダメだな』

『茅野さんはどこに居られるのですか?』

『毛越寺の中だな。怪我した座敷童に絆創膏を貼って回ってる。おっ、いたいた。あの合気道の道着は貫太の弟子だな』

『満足に闘えないとはいえ、補給班の座敷童を行かせられない危険な場所なのに、茅野さんには余裕があるのですね』

『中尊寺班より安全を保証してやると言っただろ。とりあえず、毛越寺の外でおにぎりを受け取りながら配って回るから、補給場所を毛越寺の入口に作っておいてくれ。魔獣に食われないように、外で暇してる座敷童に補給場所を守らせといたらいいから』

『わかりました』

「かたじけない」

 合気道少女は杏奈と健に感謝を口にした。

 座敷童からの感謝。誰にでもわかる感謝だ。しかし、感謝の言葉もデータでしか判断しない人間がいる。もちろん井上杏奈、それが井上杏奈だ。

『座敷童管理省の仕事です。恩を売る気も感謝される気もありません。毛越寺、または天変地異から日本を守るための、人間の仕事です』

『『『…………』』』

 イヤホンマイクからの雑音が消える。

 感謝の言葉を素直に受け取らない無礼者。このブレなさは誰に似たんだ? 本当にばば様の孫か? と携帯情報端末を持っている座敷童は杏奈に呆れてしまう。

 合気道少女の元へ来た健は、ため息を吐いている少女の頭を撫でながら杏奈へ、

「お孫殿、今の返答は六〇点ってところだな」

『どういう意味ですか?』

「お孫殿が思っているほど座敷童は人間から離れた存在ではない。言葉を変えると、座敷童は人間みたいに薄情ではないって事だな。『かたじけない』と感謝される事をやっているんだから、座敷童管理省は感謝を受け入れて、座敷童らしい恩返しをされたらいい。それが家の盛衰を司る座敷童の仕事なんだからよ。協調性が足りませぬぞ、お孫殿」

『茅野さんが言いたい事はわかりました。ですが、日本又は文化財を守るのは国民の義務です。その国民からの税金で義務を果たすのが国政に関わる機関です。座敷童管理省もその機関の一組織。座敷童を保護する義務と責任があり、史跡である毛越寺を——————』

『ばば様の孫は今の小夜以上にめんどくさいな』

『めんどくさいとはなんですか? 今言ったの誰ですか? 私は————』

『ズガーン!!!!』

 中尊寺方面から轟音が響く。おそらく、小夜の名前を出した座敷童に落ちた雷だろう。誰が落としたかは明らかだが。

 イヤホンマイク越しに落雷から逃げる座敷童の絶叫と犯人探しする杏奈の声音を聞きながら、健はため息を吐く。

「貫太の弟子。座敷童が感謝してもらいたい時は、座敷童管理省の義務と責任とやらを看破する理屈が必要らしい。このお孫殿は人間の中でも特殊でめんどくさいから、感謝は他の連中にしてやってくれ」

「可愛げのないツンデレということだな。ばば様の孫は小夜……ではなく、しずかみたいにめんどくさい」


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