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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 小さな池に浮いている緑色の葉は中尊寺蓮。七月中旬から見頃になり、五月の今は蕾も無く、池に葉を浮かせているだけだ。
 そんな中尊寺蓮がある大池跡を、厚い雲の中で泳ぐ稲光りが時折照らしている。
 今日が昨日と同じ平和な日常なら、中尊寺蓮が見頃でなくても風景を見た者に癒しを与えていたに違いない。
 現在は、中尊寺の参拝時間を過ぎた夕刻。
 薄暗く、ましてや厚い雲に稲光りが走る天候では、大池跡に立ち寄る人は関係者ぐらいだろう。
 そんな大池跡の地面から、小動物が現れる。
 ゾンビが土を掘りながら現れるというような光景ではない。地面からすぅと、幽霊が壁を通り抜ける、そんなイメージが当てはまる。
 小動物は猫。しかし、ペットショップや図鑑で同種を探しても見つけられない。例外として、座敷童の世界で生きる御三家の書庫には、座敷童の歴史と一緒に魔獣の記録を残している。
 猫の魔獣。その体格は大型犬ほどある異形。不揃いな歯はノコギリのような切れ味を想像させる。
 肩から盛り上がる四肢には、引っ掻くよりも抉ぐると言った方が正しい刃渡り五センチの爪が伸びている。
 顔立ちや瞳に特徴があるから猫だと判別できるが、種類を判別できないほどの異形は初めて見た者には魔物、知る者には魔獣と認識させる。
 猫の魔獣は鼻をヒクヒクと動かし、周囲を仰ぎ見る。その仕草は剽軽な猫を思わせるが、視界に人魂を思わせる赤い湯気を捉えた瞬間、猫の運動力を超越した速度で地面を蹴る。
 刹那——
 猫の魔獣は不揃いな歯をむき出しにして、人魂のような赤い湯気に飛びかかる。
「主人が天で待っている」
 一言だった。
 猫の魔獣が視認していた赤い湯気は眼前にいない。
 声に反応するように右耳が背後へと向く。
 猫の運動力を超越した肉体は耳の向く方へ従うように反応し、中空で身体を右にひねる。
 背後を見たその瞬間——
 自分の意思とは無関係に左の視界が地面へと落ち、意思に従う右の視界だけが背後にいる人魂のような赤い湯気、ポニーテールの座敷童を捉える。
 しかし、肉体が背後へ反応する前、耳が背後に向く前、彼女の一言が耳に届く前に猫の魔獣はその生涯を終わらせていた。
 一閃だった。
 猫の魔獣は御自慢の牙や爪を使う事なく、猫の運動力を超越した肉体でも捉えられない速さで、額の中心から二等分に斬られていた。
 断末魔は無い。それ以前に、自分が斬られた事さえ理解していない。
 物理的に事切れた左半身が重量に従うように地面へ向かい、右半身の首だけが先頭本能に従うように背後へ向こうとする。
 しかし、全ての行為は虚しく、物理的な存在が終わる。
 ふっと瞳にある生気が消えると、四肢は地面に付く寸前に黒い湯気となり、霧散した。
 猫の魔獣を天へ還したのは元八童巴。
 腰まであるポニーテールとセーラー服のスカートを揺らし、真っ黒の直刀を右手、和傘を左手に握る。その姿は、辞書であらゆる美を表現する言葉を探しても見つからない。
 あえて例えるなら【華道家が砂漠に一本の薔薇を立てる】というイメージをしてほしい。
 薔薇は散る。ただそれだけだ。
 しかし、その時の薔薇の散り際は我が身に残る生命を使い切り、薔薇園に咲き誇る百万本の薔薇よりも、生きた証を残そうとするのではないだろうか?
 その鮮やかに散らす様が、今の巴に当てはまり、魅せられる。
 湯気が漏れる赤い瞳が捉えるのは異形の小動物。
 黒刀の切っ先を向けると同時に放電。
 猫? リス? 感電した魔獣の種類を判別する間も無く黒い湯気に変え、天に還す。
 更に地面から、胸に三日月がある毛深い魔獣が現れる。が、それも一閃。異常に太い右腕ごと首を切り落とし、黒い湯気変えて天に還す。
 地面から魔獣、一閃、地面から魔獣、一閃。見ている者がいたとしたら、ただそれだけの光景だ。しかし、その華麗な様は魅せられる。
 今の巴に声をかけて止められるのは同等の力がある者か、それ以上の存在だろう。
 従って、文明の利器とも言える携帯情報端末を利用しているからこそ、井上杏奈は巴に魅せられず、巴の耳にあるイヤホンマイクから言葉を届けられる。
『巴さん。現状を教えてください』
 巴はイヤホンマイクから杏奈の声音を確認すると、周囲を見回す。
 魔獣は大池跡の至る所から現れている。
 文明の利器とは無関係な座敷童と魔獣が闘う戦場では、現状は現場にいる者が理解すればいい。普段の巴、今の巴もだが、座敷童デジタル化計画に協力していなかったら、周囲を見回す事もせずに杏奈を無視していただろう。しかし、現状を現場の者以外が共有する利便性は、平安時代や戦国時代の戦争を知るからこそ理解できる。そして理解できるからこそ、
(もし、災害の前に座敷童管理省が……いや、箱入り娘が座敷童の存在を認識し、この端末を座敷童へ……)
 座敷童同士の連絡は簡潔化し、人間と座敷童の意思疎通ができていたら、被害を減らせていたかもしれない。今では憶測にしかならないが、八童としての力を失うことも無かったかもしれない。
(後の祭りだな。私らしくない、元とはいえ八童として恥ずべき思考だ)
 微笑し、地面を蹴る。向かう先には猫の魔獣。左手にある和傘を盾のようにして上半身を隠し、黒刀を猫の魔獣から隠すように構える。
 猫の魔獣から見れば巴の身体は和傘に隠れている。自分の武器は牙と爪、そして猫の運動力を超越した肉体。対峙した瞬間、この座敷童には負ける、を悟るには十分だった。
 猫の魔獣が和傘越しにいる巴へ牙と爪を喰らわすには和傘越しの足元、和傘から赤い湯気を泳がせた瞳を覗かせている頭上、和傘の左右、このどれかからしか攻めなくてはならない。しかし、どこから攻めても、武器を構えているであろう座敷童が和傘で視認できない時点で、移動>視認>攻撃という流れになり、半呼吸から一呼吸遅れる。
(魔獣の性か……いや、知性がある。希少種か)
 和傘越しに猫の魔獣が地面を抉り、顔面へ一直線に爪を向けてくる。
 顔面へ一直線。知性があるから刀は振らなければ斬られない事が解り、猫の運動力を超越した肉体があるからこそ刹那の時の中では刀を振り抜く前に爪を顔面へ届かせられる……と過信する。
 電光石火——
 猫の魔獣は見えただろうか?
 そして知性はあっても理解できるだろうか?
 猫の魔獣は回転した視界で巴を捉えた。しかし、身体が動かせない。何故……?
 知性があるから考えられる。そして次の行動に移せる。もちろん、力の差は歴然なため逃亡だ。そして、その決断ができるのが希少種。
 だが、次の行動を考えた時に、首の無い自分の身体が見えては、自分の行動は足元でも頭上でも左右でもなく逃げる事だったと気づく。
 巴は和傘を空に向ける。猫の魔獣の首は和傘に落ち、コロコロと転がりながら黒い湯気になり、霧散した。
(そういえば、箱入り娘への報告を忘れていた)
 ふと気づく。そして、不慣れを自覚しながら、対応するために魔獣と闘いながら杏奈へ報告する。
「オロチの前に敵がいない以上」
 黒刀の腹を肩に置くと、背後にいる魔獣へバチィと放電。
「魔獣は一気に蘇らない。今のところ私一人で足りている」
 簡潔に現状報告する。
『魔獣の数を教えてください』
 杏奈の言葉を選んでいたような返答に巴は、(携帯は便利だが……めんどくさいな)と思いながら、
「猫が八……」
 バチィン! 放電で、
「一になった。リスが……」
 ズバッバッ! 斬撃で、
「猫とリスが〇になった。鳥が四……」
 ズドンッバチチチィン! 落雷と放電で、
「〇になった。熊が……むっ、アレは、————希少種ではないな。魔獣の数は〇だ』

 元八童巴。
 その実力は八童を引退した今も健在。

 しかしその姿は、酔狂な華道家が立てた砂漠に咲く一本の薔薇であり、粋狂な家主の喜怒哀楽に酔っている酔狂な座敷童。けして良い光景、良い傾向として見てはならない。
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