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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
78/105

第四章 座敷童の世界に保身は無い

1


 岩手県平泉、座敷童管理省東北支署。


 大広間、冂の字に並ぶ長テーブルの上座にはノートパソコンとプリンターがある。

 杏奈はノートパソコンを前にし、両耳にコードレスイヤホンマイクの実体と非実体を付けながら、キーボードを叩いている。ノートパソコンの横には実体と非実体の携帯情報端末とタブレット式携帯情報端末が向かい合わせに置いてある。

 杏奈の隣には、非実体のノートパソコンを前にした座敷童美代が人差し指を立てながらキーボードを叩いている。その隣には、パソコン操作を教えている加納がいる。

 一見して異様なのは、杏奈と美代から見て左右の長テーブルに並べてある携帯情報端末。三◯台以上あるのだが、先ほどから喧騒のように声が流れている。

 杏奈はイヤホンマイクに左手を添える。同時に、大広間にある実体と非実体の携帯情報端末の中から、

『魔獣が出た』

 巴の声が響く。

 杏奈はその報告に、

「了解しました。端末を所持している皆さん、中尊寺、巴さんから魔獣の確認が入りました。現在、一八時三分、長丁場になると予想していますので、前線の皆さんは多少の手傷でも救護班の指示に従ってください。しずかちゃん、毛越寺はまだ魔獣が出ていない?」

 キーボードを叩いて座敷童管理省緊急メールを作成しながらしずかを呼ぶ、が。

「呼んだでありんすか?」

 小豆飯おにぎりを食べながら厨房から顔を出したのはしずか。トコトコと杏奈のところに歩を進める。

「し、しずか、ちゃん?」

 目の前の現実、東北支署に居るはずのないしずかに動揺していると、非実体の携帯情報端末から座敷童らしい身勝手な言葉を投げられる。

『しずかならずっと前に帰ったぞぉ』

『いない方が安全だからこっちに来させるなよ』

『おっ、魔獣が出たぞ』

『げっ! なんか最初から大きくないか!』

『お前が子供のままだからだ……うおっ! しょっぱなから第二かよ!』

『ヒャッホォウ、猫を捕まえガリガリガリ、イダァ!!』

 毛越寺で待機している座敷童からの応答はしずかの不在としずかの援護を拒否するもの、そして第二形態の魔獣出現だった。さっそく猫の魔獣にひっかかれたお調子者の座敷童に杏奈の中で不安が一気に上がる。

「か、茅野さん。しずかちゃんが帰ってきちゃいました」

『しずかは魔獣とは闘わないからな。縄張り争いで不在の座敷童が多いから参加すると思っていたけど、しずかがそっちにいるなら毛越寺側としては心配事が一つ減った』

「先ほどから第二形態の魔獣に襲われている座敷童がいるのですが……しずかちゃんがいない事で生まれる戦力差は大丈夫なのですか?」

『大丈夫だ。座敷童は現代の子供みたいに猫にひっかかれたぐらいで泣き出すような虚弱ではないし、潔癖症でもない。もちろんPTA(家主)からの苦情も無い。それに、しずかが【八重の恩恵】、風の加護を毛越寺に残している。能力が無い座敷童でも風を使える』

「しずかちゃんには座敷童の戦力を底上げする能力があったのですね」

『それが八地方の座敷童を守る八童と個人的な強さが八童レベルの座敷童との違いだな。オロチが三首以上になった時にしか使った事がないって聞いてるし、破格の御助力だぞ。詳しい事はしずかに……いや、井上さんにはまだ話さないだろうな』

「まだ話さない、ですか。わかりました。茅野さん、その能力の範囲だけ教えてください」

『範囲、範囲は……』

 言葉に詰まる健に変わり、彩乃の声音が大広間に流れる。

『中尊寺方面には風の加護は無い。おそらく巴が八重の恩恵を必要としていないからだ。毛越寺だけ、と判断していい』

「高田さん、ありがとうございます。それでは皆さん。救護や補給が必要な場合は端末所持者に言ってください。くれぐれも無茶はせず、長丁場になることを前提に闘ってください」

 健と彩乃の了解という返事を聞きながら黒縁眼鏡を右手中指で押し上げる。ふと、潜り込むようにして膝の上に座ったしずかに目をやると、

「しずかちゃん。危なくなったら助けてくれる?」

「わっちはオロチ以外とは闘わないでありんす。これはなんでありんすか?」

 しずかは魔獣被害よりもキーボードを叩く杏奈とパソコン画面に興味を示す。

「コレは座敷童管理省の特務員に緊急事態を知らせているの。後は……」

 緊急メールを送信し、カーソルを動かしてダブルクリックすると、画面は地図に変わる。

「中尊寺•金鶏山•毛越寺を中心にした平泉の地図。しずかちゃんは、戦争をやっていた時代に軍議を見た事ある?」

「戦争とは清盛や吉法師が地図をひろげてやっていた余興でありんすな。グンギとはなんでありんすか?」

(しずかちゃんから見たら人間同士の血で血を洗う戦争は余興なのか……違う。天変地異を起こせるしずかちゃんには、自分と人間の力の差から遊びに見えてしまうんだ)

 しずかの感性のズレを杏奈なりに補正し、

「その余興で、清盛公と信長公が家臣と作戦会議をやっていたと思うの、それが軍議。その時に戦場の状況を伝えにくる伝令役がいたと思うのだけど」

「身体に矢を刺した者が『親方様ぁぁぁぁ!』とやっていたでありんす」

 しずかは伝令役の顔を真似るように必死な形相を作る。

「う、うん。その伝令役の人の代わりが……」

 携帯情報端末を指差し、

「携帯情報端末を持っている座敷童や茅野さんや高田さん」

「親方様ぁぁぁぁ! は無いでありんすか?」

「無いかな。その代わり、時間の誤差なくこっちにも戦場の状況がわかるから、画面にある地図に赤色の駒(魔獣)を置いて、魔獣がどれだけの範囲に広がっているかで作戦をたてやすくするの。今は大池跡と大池が池から魔獣が蘇ったから……」

 カーソルを動かして大池跡と大池が池をクリックすると赤い駒が表示される。続けてカーソルを動かすと、

「そして、みんなの声を聞きながら、この青い駒をみんなのいる所に置いていく。まずは、大池が池を囲う前衛と毛越寺全体を囲うように後衛がいるから、毛越寺の中と外に青い駒を置く。中尊寺は、巴さんが精鋭四人を駐車場とその外、そして東北支署の前と中尊寺からの道中に配備したから青い駒をその場所に。更に、中尊寺とその周囲、駐車場と東北支署への道中に各地の座敷童を配備していたから、青い駒を置く。コレで、現状の伝令から仮想の戦場が完成」

「コレを作って杏奈はどうするでありんすか?」

「その都度、魔獣が少ない場所から魔獣が多い場所に援軍を送ったり、挟み討ちにしたり、色々な対策を考えて指示を出すのが私の役目。後は、このデータを佐渡島にいる松田さんに……」

「また翔に頼るでありんすか?」

「?」

 杏奈が疑問符を浮かべると、しずかは意地悪な表情を作りながら、

「清盛も吉法師もおばあちゃんも、自分で考えて自分で味方を助けていたでありんす」

「!」

 杏奈は胸に何かを突き刺されたような感覚を覚える。

「東大寺の時は、翔がいたからみんなの命を背負えたでありんすか?」

「…………」

 更に乗せられたしずかの言葉に寒気を感じる。両肩に石を乗せられたような錯覚はしずかからの言葉(プレッシャー)からだと理解はするが、(なんでプレッシャーを感じている?)と無自覚に考えてしまう自分もいる。

 杏奈が無自覚に松田翔という人間をプレッシャーの拠り所にしていたという事実であり、戦場が劣勢になればなるほど松田翔を頼らないと『自分を貫けない』事を意味する。

 しずかはそんな杏奈の弱さを見抜いたからこそ、プレッシャーを与えている。

(平安時代や戦国時代なら兎も角、現代は離れた場所にいる人と連絡できる。松田さんと一緒に練った対策の方が良いに決まってる)

「翔には翔の杏奈には杏奈の闘いがあるでありんす」

「!」

 杏奈はしずかの意図に気づく、が……、

「現代には……〜」

 否定したい。現代には携帯があるから、と否定したい。が、しずかが意図する答えはそんな事ではない。否定すればするほど、自分のプレッシャーの拠り所に松田翔という存在があるのを認めるしかないのだ。

 自分で考えた対策を松田翔と練り直した方が被害を最小にできる、という杏奈が出した答えは、自分の武器、自分を含めた戦力をデータ化して導き出した答えなのだから。

(私がやろうとしてるのは、机上の空論に松田さんという確信が欲しいだけ……)

 ふと杏奈の脳裏に『箱入り娘。マニュアルが完成したところで、中身を実現できなければ机上の空論と変わらない』と巴に言われた言葉が流れる。

(私が机上の空論を進めるのに自信を持っていられたのは……みんながいたから……だ)

 八慶や龍馬に座敷童デジタル化計画を否定されていたら、松田翔に話ていただろうか?

 松田翔から後押しされ吉法師に自信をもらわなかったら、東大寺のオロチと闘えていただろうか?

「私は、私だけだと、動けない……?」

 自覚した自分が導き出した答えに、動揺する。

 しずかは呆れを含んだ息を吐くと、

「杏奈の自信は翔からの借り物でありんす。その程度の覚悟で清盛や吉法師の真似事をしても、死者を増やすだけでありんす」

「……借り、物。そ、それなら、今は私が指揮するより、おばあちゃんに……」

「ばあちゃん孝行は健と彩乃に任して、杏奈はばあちゃん不幸をするでありんすか?」

「…………」

「仕方ないでありんすな」

 と言いながら懐に手を入れる。題名も著者名もない一冊の古本を出すと、そのまま杏奈に向ける。

「清盛が戦に興じたことで死を与えてしまった者、清盛の代わりに死んだ者の名前が書かれているでありんす」

「平清盛が残した本……?」

 古本を受け取った杏奈は表紙を開く。

「それ見ながら『命の覚悟』を学ぶでありんす」

 しずかは杏奈の膝の上から下りると、隣にいる美代と加納の元に行く。

 杏奈は白紙の一ページ目を摘むと次ページを開く。白紙になったページに怪訝になりながら次ページを開くが、墨どころかシミさえない綺麗な白紙。次々とページを開き、パラパラと最後のページまでめくると、

「命の覚悟を学ぶのに全ページが白紙?」

 疑問符が浮かぶ古本だった。意味がわからず一拍考える。しずかの悪戯なのか、何か意味ある白紙なのか、それとも。

「もしかして……」

 杏奈はゆっくりと立ち上がり、厨房へと行く。

 厨房の調理台では、特務員四人が小豆飯が入ったタライを前にして、座敷童に合格不合格と言われながら、小豆飯おにぎりを作っている。

 炊事場では、特務員二人が座敷童二人に注意されながらお米を研ぎ、小豆を洗っている。

 そんな特務員を、文枝はかぼちゃの煮物を作りながら見ていた。他の特務員は平泉の農家の元へ食材を取りに行っている。

 補給用の小豆飯おにぎりを作る厨房は、中尊寺、毛越寺に続く第三の戦場と言っても過言ではない。

 杏奈はかぼちゃの煮物を作っている文枝の隣に行くと、空いているガス代を点火させる。そして、なんの躊躇もなく、しずかから渡された古本を開いて炙り始める。

 文枝は孫の意味不明な行動に疑問符を浮かべながら、

「杏奈、何をしておるんじゃ?」

「しずかちゃんに命の覚悟を学べって言われた」

「しずかはそんなことまで杏奈と話すようになったか」

 嬉しそうに微笑む。が、命の覚悟を学ぶために本を炙るという行動の意味がわからない。再び疑問符を浮かべると、

「それで、その本はなんじゃ?」

「この本は、平清盛が戦に興じたことで死を与えてしまった者、代わりに死んだ者の名前が書かれているって」

「!」

 文枝は動揺し、さえ箸をカボチャの煮物に刺す。

 動揺する祖母に気づかない孫は炙り作業に勤しみながら、

「おばあちゃん。私は松田さんに頼ってばかりだったみたい。八慶くんや龍馬さんが肯定してくれていなかったら、座敷童デジタル化計画も進められたかわからないし……」

「あ、杏奈、なぜ、本を炙っておるのじゃ?」

「? ……白紙だから炙り出してる」

「…………」

 文枝は額から大量に汗を流しながら、孫の脱線した考え方に愕然とする。

「杏奈、その本は炙り出しでは……」

「ばあちゃん。カボチャの煮物はできたでありん、すぅぅぅぅぅぅぅぅ!!?」

 摘み食いに来たしずかの目に、大事な本が炙られるという驚愕が映る。

「あ、杏奈! な、なな、何をしているでありんすか!?」

「炙り出し。でも、人間側の火で座敷童側の本を炙り出しできるのかな?」

「あ、炙り出し? 炙り出しではないでありんす!」

「杏奈……命の覚悟とは心で学ぶモノなのじゃ」

「心で学ぶ?」

 祖母からの言葉に疑問符を浮かべる。

 文枝はガス台の火を消し、さえ箸を鍋に置く。杏奈と向かい合うと、

「戦死者の名前や生前の想いが記された本はいくらでもある。それ等の本から第三者が学べるのは、心の記憶ではなく命の記録なのじゃ。どんなに崇高な心を持っておる者が命の記録を学ぼうとも、戦死者が家族と語らった心の記憶には劣る。命の覚悟は本からでは学べないのじゃ」

「本では学べないのに、なんでしずかちゃんはこの本を私にくれたの?」

「命の覚悟を学ぶには実践しかないからじゃ。そして実践には挫折が付き物。しずかは今の杏奈を見て、命を背負う覚悟が無いと思ったから、大事な本を貸したのじゃ」

「挫折から命の覚悟を学べって事?」

「命が原因の挫折は生易しいものではない。その原因が自分にあったなら、学ぶという考えは失せる。もしも杏奈が今回の騒動で挫折したなら、白紙の本を心で読み、今の心、白紙だった心を思い出して初志貫徹せよ、という事じゃ」

「白紙には白紙の意味があるって事か……なるほど」

「座敷童は多くは語らぬ。少ない言葉や白紙の本から、座敷童が何を言いたいのかを心からわかってあげるのが大切なのじゃ。杏奈がしずかをわかっていれば……」

 チラッと文枝が視界に入れたしずかは怒ったような変顔で杏奈を睨み、杏奈はしずかを視界にも入れないで古本をペラペラとめくっていた。

「熱さが無いという事は、人間側の火では座敷童側の物は焼かれない。それは座敷童も同じって事になる。新たな発見だ」

 杏奈は古本を脇に挟めて歩を進める。ふと、横で足並みを揃えながら変顔で睨んでくるしずかに気づく。黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら、左手でしずかの頭を適当に撫でると、

「しずかちゃん。古本ありがとうね」

「杏奈、わっちにあやま……る!」

 何事も無かったように厨房を後にした杏奈を、しずかは変顔のまま見送った。

 一部始終を見ていた座敷童は、赤くはなっていないが怒り心頭の変顔をするしずかを見ながら大量の汗を流し、特務員は杏奈のマイペースさ——正確には本には何も被害がないため——に冷や冷やし、協調性皆無の孫に愕然とする文枝を見ていた。

 しずかは気持ちを落ち着かせるために深呼吸すると、文枝へ向き直り、

「ば、ばあちゃん。杏奈はちょっとだけ協調性が芽生えたでありんすが……」

 親指と人差し指で針の穴ぐらいの隙間を作ると、

「わっちへの悪気はこれっぽっちも無いでありんす」

「ワシもここまでとは思っていなかった。すまんな、しずか」

 カボチャの煮物を小皿に乗せると、しずかに向ける。

「ばあちゃんは悪くないでありんす。翔が杏奈を甘やかしているからでありんす」

 しずかは非実体の小皿を取ると、プリプリと怒り心頭の変顔を作りながら大広間に行く。そして杏奈の正面、大広間のど真ん中でカボチャの煮物を食べ始める。

 美代と加納はしずかの変顔、禍々しい雰囲気に気づくと、その視線の先でキーボードを叩く杏奈を見る。

 そんな二人の視線に気づいたのか、杏奈は美代の方、加納を見ると、

「加納さん。私がいない間に変化はありましたか?」

(しずかと何かあったのか?)

 変顔へのスルーぷりに訝しみながら、問いに対してだけ返答する。

「携帯から流れる声を聞いている限り、毛越寺は遊んでいるように聞こえます。中尊寺は無言……というか寝ている座敷童もいます。斬撃や電撃の音がありますから、巴が無言で圧倒していると思われます」

「確認が必要ですね」

 怒り心頭の変顔を作るしずかをチラッと見ると、

「しずかちゃん。変顔ばかりしてるとシワが深くなるよ」

「!」

 しずかはお前の言うことは聞かないと言わんばかりに、更に変顔を濃くした。


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