行間 3
巴の神使、白黒は上空から海を見ていた。
追い風に逆らうように向かってくる雲を躱し、白色で縁取られた羽根で感じる不規則な風圧を切るように右へ左へと旋回する。
後方を見ると、不規則な風が生み出している風が雲を集め、渦を作り、山形県方向、岩手県へと向かっている。
上空は嵐と言ってもよく、視界が悪い。白黒は風と雲から逃げるように下降すると、海面から二◯◯メートルほどで羽を休ませる。
海面は穏やかだ。羽を休ませられるぐらい上空二◯◯メートルも。
不規則な風は上空のみで、海面に干渉していないのがわかる。
不自然な自然現象と言えば語弊になるが、しずかの能力で生まれている現象なため、語弊にする以外に説明はできない。
座敷童の世界を知る者なら、座敷童しずかが風を操り、平泉に雲を集めている。と不自然な自然現象を理解し、不規則であり規則正しい風を感じた時点で考察するまでもない。
『上空二◯◯メートル。もう少し海面へ近づきたいが、これ以上の干渉はオロチを空に出してしまう』
白黒が注視しているのは、船が通った後の白波ではない。白のオロチだ。
使い主巴に佐渡島へ行くように命令された白黒は、平泉から佐渡島へ向かっている。沖でオロチを見つけてからは、オロチを警戒し、観察しながら佐渡島へ向かっているのだ。
オロチの向かう先さえわかっていれば、高度を上げて広範囲を観察し、オロチを警戒しながら佐渡島へ向かえばいい。それ以前に、佐渡島へ行く事だけを目的とするなら、観察や警戒などしないで雲の上を飛びながら佐渡島に向かえばばいいのだ。
だが、白黒はオロチを見つけてから観察と警戒をしている。そして、何度も白のオロチを見失っている。
白のオロチは白黒の目の届かない場所、海中へと潜り、数分したら見当違いな海面から顔を出す、のを繰り返している。
白黒は白のオロチを見失っているのではなく、オロチを監視領域内で監視しているのだ。
白黒は、今ここでオロチを沈黙させて平泉に持ち帰るべきだ、とは考えない。そもそも、海面に近づきすぎた鳥類が海中に引っ張り込まれたら結果は明らか。そして、オロチを刺激して魔獣の出現を早めることになれば、ただの愚行でしかない。
それなら何故、佐渡島へ行くように命令されている白黒が、現状ではオロチの足止めもできないのに、真っ先に佐渡島へと向かわないのか?
その理由は——
佐渡島へ向かえと命令されたため、そのまま佐渡島に向かう。という小学生のテストのようにひねりが無ければ正解だろう。しかし、事はテストのように正解して点数を上げるだけでは無い。オロチの成長という予測する事しかできない事象を警戒し、観察しないとならないのだ。
白黒が観察するオロチは、海中に潜る度にかけ算したように体長を長くし、体格を大きくさせている。
初めに見つけた時には第一形態五◯メートル以外だったのが、今では五◯メートル以上の第二形態。正確な体長は白黒の視界からでは測れないが、甘く見積もっても八◯メートルはある。
成長が早い。それが白黒の経験から導き出した答えであり、佐渡島へ到着した時には第三形態一◯◯メートルに達すると確信していた。
それでも白黒はオロチに対して監視以外は何もしない。
先にも述べた、何故、オロチの足止めもできない白黒は真っ先に佐渡島へと向かわないのか? の答えが、この監視なのだ。
憶測から策を立てて白のオロチと闘うよりも、佐渡島でオロチ対策に先手を取っている連中に正確な情報を持っていく方が吉報になる。これが、巴が白黒を佐渡島に向かわせた理由になり、白黒という戦力を佐渡島へ向かわせた意味に繋がる。だが、思い出して欲しい。
しずかと同じく白のオロチも風を操る。
そう、白オロチも風を操り、空中戦を好むのだ。
空中戦になれば白黒と白のオロチ、双方の土俵になる。そして、体格差からの空中戦は地上の大が有利という概念がひっくり返り、小は小回りできる分有利になる。体制をひっくり返す程では無いし、しずかが闘った時と同じく長期戦にはなるが、空中戦は白黒が有利になる。しかし、白黒は平泉の魔獣被害を考えて長期戦を避けたい。なによりも、オロチは不利となれば海中へ逃げられるため、闘いを避ける理由になる。
鳥類の白黒では、海中からモグラ叩きのように現れるオロチと闘うには不利になるという事だ。……とこの場合の有利や不利を言葉にしても意味はない。何故なら、白黒の目的は監視であり、無事に佐渡島へ到着する事、そして正確に近い情報を提供する事なのだから。
もし、オロチが闘う意思を見せたとしたら、白黒はオロチとは対峙しない。迷いなく、巴の神使らしい能力を発動させて電光石火で佐渡島へ向かう。
如何に風を操るしずかやオロチでも、瞬間的な速さは突風を切り裂く雷には劣る。そこに持久力が関わるが……。
スタミナ力という言葉に変えれば、電光石火とは短距離選手になり、雷を扱うには条件が必要になるためスタミナを使う。一方、風は自然界なら何処にでもあるモノなので、能力として風を使う場合は自然にある風を利用できる。そのため、スタミナという言葉を使うと、しずかや白のオロチは短距離選手ほどの速さはなくても、ある程度の速度なら長距離選手のように持続できるのだ。
ここで一つ、オロチの事情になるが。
オロチの目的は座敷童との闘いではない。近くの地域に封印されているオロチとの融合、そして八岐大蛇に戻る事が目的になる。
座敷童との闘いや自然破壊などはオロチの目的ではなく、結果的に座敷童と闘うことになり破壊に繋がっているだけなのだ。
人間側から見れば、人間を餌として見ないオロチは放っておけば『とりあえず』は無害なのだ。しかし、欠伸をしただけで突風を生み、食べ物が無ければ人間や座敷童と同じく癇癪を起こす。その癇癪が異常気象になれば被害に合う方はたまったもんじゃない。
ソレを天の裁きや運命だとのたまう狂信者もいるが、被害を受ける中には天の裁きや運命だとのたまう事のできない人間もいる。そして人間と共に生きる座敷童も同じになり、東北での震災が生んだ人間と座敷童の被害から、これ以上の説明は不要だろう。
人間には人間の都合があり、座敷童にも都合がある。オロチを狂信する者はオロチにもオロチの都合がある、と言うだろう。
そのため、白黒は座敷童側の都合で白のオロチを監視しているが、同じく、白のオロチも白黒を監視していると考えなければならないのだ。
白のオロチは融合という目的のために佐渡島へ向かっている。風を操れるため、泳ぐよりも空を飛びたい。空を飛ぶのが得意なのだから当たり前だ。
だが、上空には自分を監視する白黒がいる。
白のオロチには、融合という理由から、目障りな白黒と闘う理由はある。が、白黒は羽根にパリパリと静電気を散らし、いつでも、電光石火で逃げる準備をしている。
白のオロチが闘うのは時間の無駄だと思うのは野生の本能か知能からかは判然としないが、監視する白黒を嘲笑うように海へ潜り、餌を食べて、力を上げる。
上空二◯◯メートルからオロチを監視する白黒は『近海の幸は不漁になるな』と呆れを漏らし、大食なオロチにため息を吐く。
双方に今すぐ闘わなければならない緊急性が無い以上、オロチと白黒はお互いに監視し、佐渡島へと向かう。




