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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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2

 

 梓とお濃が船内ロビーへ歩を進めた頃。

 佐渡島へ向かっていた翔一行は、海を泳ぐオロチを見かけることなく、無事に佐渡島の両津港へ到着した。

 目的はツーリングではないが、両津港からとある場所へと向かう道のりでは「うむ。良い土地じゃ」と好奇心旺盛ないち子も風景を楽しんでいた。対向車線を走るライダーがいなかっただけ、かもしれないが。

 現在、翔一行は朱が剥げた鳥居が並ぶ参道を歩いている。

 苔の生えた石畳は歩行を鈍らせ、背が低く形が不揃いな鳥居は気をつけないと頭を打ち付ける。


【二つ岩大明神】


 数多い伝承や伝説があり、団三郎という狸が祀られていると伝わっている。

 その伝承や伝説には一人の座敷童が深く関わり、佐渡島を守るためにやってきた事が伝説になり、人々は座敷童三郎に気を使うように少しだけ真実を変えて伝承にしている。

 そして【二つ岩大明神】には三郎の家が……かつてはあった。

「あれ……?」

 翔の記憶では、参道の先には【お籠もり堂】があった。しかし、現在、目の前には【お籠もり堂】があった形跡しかない。

 翔は辺りを見渡し、疑問符を浮かべ、困惑した表情になっていく。そんな中、達也は携帯情報端末の画面に指を付け、何度かタッチする。

「翔。三郎の家は火事で焼失したみたい」

 達也は携帯情報端末でお籠もり堂に何があったかを調べて、翔に伝える。

「か、火事? そんな話、聞いてねぇぞ!」

 翔は眉を吊り上げて達也の胸ぐらに掴みかかる。

「梅田も……いや、俺も知らなかった。ごめん、ちゃんと調べておけば……」

「三郎はどこ行ったんだ⁉︎」

 八童の一人、三郎がいない。

 翔は過去に、八童の三郎が家主も持たずに【お籠もり堂】に住んでいると知り、その不便さに胸を締め付けた。それが、今では家さえも失っている。三郎の不便を考えただけで焦燥し、無意識に達也の胸ぐらを掴んでしまった。

 達也は何も悪くない。それに気づいた翔はハッと我に返り、達也の胸ぐらから手を離す。

「わ、悪い。ごめん」

「大丈夫。気にしてないで。それより、三郎がどこに行ったかだよ」

「そう、だな。吉法師、わかるか?」

 翔は吉法師に聞く。が、この場に吉法師が一緒に来ている時点で答えは期待できるものではない。

「三郎は他の座敷童が佐渡島に住むのを法律で禁止し、長く滞在するのも嫌うため、我の家臣を佐渡島に置いておく事もできない。三郎の動向は不明だ。それと、我に三郎の家が焼失した情報が無いという事は御三家当主にも無いと思っていい」

「御三家当主も座敷童の事で知らないことあるのか?」

 達也は意外感を表情に出して聞き返す。

「家が焼失するという大事を御三家当主、特に達郎が知っていれば何かしらの対処をするために我へ相談しにくる」

「あっちにも小屋があるみたいだけど」

 三人の会話に割り込んできたのは理子。

 いち子を胸に抱きながら、お籠もり堂跡の先へ指を差している。その先には、朱色の鳥居と灯篭があり、手摺付きの下り階段の先には朱色の壁と瓦屋根の小屋、(やしろ)がある。

 翔は地面を蹴り、けっ躓く足を躍らせながら社に向かう。階段を二段三段と飛び下りると、社の扉を乱暴に開け放つ。

 室内には千羽鶴が飾られている。太鼓が置いてあり、小綺麗にされているが薄暗く湿っている。

「三郎! いるか!」

 声を挙げながら千羽鶴をかき分けて奥を見る。三郎はいない。狭い室内を隅から隅まで探すが、三郎が住んでいる形跡さえ見つからない。

「火事で三郎も……いや、ありえない。三郎はどこに行ったんだ?」

「引っ越したんじゃないの?」

 理子は見たままの現状から予想を口にする。

【お籠もり堂】が焼失し社にもいない。単純に考えたら、引っ越したと考えるのが妥当だ。

 翔は理子の軽口に焦燥を浮かべると、そのまま振り返る。

「おにぎり女、簡単に言うな。常駐型座敷童が理由なく思い入れのある場所から引っ越してたまるか」

「ここに常駐していたって事は家主はいないって事よね。それなら三郎が引っ越した理由は【お籠もり堂】が焼失したから。それだけの話よ」

「それだけの話って……。とりあえずお前は喋るな」

「あんたさぁ、心配するのはいいけど心配の仕方を少しは考えなさいよ」

「心配の仕方?」

 理子の言葉に疑問符を浮かべる。

 翔は達也と吉法師に視線を向けるが、二人は首を横に傾けて怪訝な表情を作る。

 そんな想像力のない三人に理子はため息を吐くと、

「あんた達ねぇ。家主がいない、思い入れのある場所から離れない、っていうなら近場に引っ越してるだけでここには来ているかもしれないって事でしょ?」

「なるほど。うむ。理子に一理ある」

 吉法師は納得すると、理子に目線だけで先を促す。

「今日はもう夕方だし三郎は引っ越し先に帰ったのよ。明日の朝にもう一度来て、一日中張っていたら三郎に会えるかもしれないわね。会えなかったら三郎を探すのは後にして、とりあえず小木でお仲間と合流し、オロチを封印してから探せばいいだけの話よ」

 淡々と言葉を並べる。

「翔。達也。理子の心配の仕方とは、三郎の状況を予想し想像に想像を重ねるより、我等が知る三郎の習性から対処を考えるのが、今できる我等の心配の仕方だということだ」

「翔。心配なら俺はここにいるから、今日はゆっくり休みな」

「いや、大丈夫だ。今の時点で三郎が居ないなら引っ越し先にいる。冷静に考えたら当たり前の事だよな。おにぎり、悪かった。ありがとうな」

「私は三郎って座敷童を知らないから冷静なだけよ。知ってる人が同じ状況になったら、さすがの私も二秒ぐらいは穏やかじゃないわ。そんな知り合いはいないから常に冷静なんだけど」

「ますます変人アーサーに似ているな」

 理子の友達いない宣言にますますアーサーと重なる。しかし、同じ変人でも理子はアーサーと違って現状を見て諭してくれる。

 理子は白髪頭を搔き上げる翔にいち子を渡すと、白髪頭をワシワシと雑に撫でながら、

「あんたは何でも一人で背負い込みすぎ。そんなんだから白髪なのよ。私みたいに何でも一人でできるなんて思わない方がいいわね。あんたはバカなんだから、まずは仲間を仲間として見ることを覚えなさい」

「言い過ぎだろ。と言いたいが、そのとおりだな。おにぎりに気づかされるとは……」

「授業料よ。今日の泊まる場所は奢りなさい」

「それはいいけど……あっ! お金をおろさないと宿泊代が無い!」

「野宿ね。まぁいいけど。お風呂ぐらい奢りなさい」

「宿泊代なら大丈夫だよ」

 達也はポケットに手を入れると、財布を出して中から黒いカードを出し、疑問符を浮かべている翔に見せる。

「なんだそれ?」

「文枝さんのカード。たぶん、戦車とか飛行機を買えるカードだから宿泊代ぐらい余裕だよ」

「なんでばあさんのカードを達也が持っているんだ?」

「八太と東大寺に行く前にお金と一緒に借りたんだけど、返すの忘れてた」

「翔。文枝殿には申し訳ないが、背に腹はかえられぬ、だ」

「吉法師。文枝さんには出世払いで返すって言ってあるから大丈夫だよ。それに、杏奈ちゃんに俺達がオロチの対処に動いているのを言ったから、座敷童管理省の経費になる。もちろん協力してくれてる理子ちゃんの分もね」

「それじゃホテルね」

 理子はポケットからピンク色の携帯情報端末を出して画面を何度かタッチすると、端末を耳に付ける。

「もしもし、これから五人なんですけど、部屋は空いてますか?」

「三人だ。座敷童は無料だ」

「五人ではなく三人みたいです。……三部屋でお願いします。……二部屋しかない? それなら二部屋でお願いします。……ご飯? 大丈夫です大丈夫です。今から行きます。はい。はい。よろしくお願いしまぁす」

 画面をタッチし、ポケットに携帯情報端末を入れると、

「行くわよ」

「行動早いな」

「佐渡島に来る機会があれば泊りたいと思っていたホテルなのよ。運が良かったわ。これはきっといち子ちゃんの御利益よね。御礼に私がご飯を作るわ。スーパーに行くわよ」

「スーパー?」

「部屋に調理台があるホテルなのよ。採ったり釣ったりしたのをその場で食べたい私みたいな乙女のためにあるホテルよ」

「調理台がある? さすがにカマドは無いだろうけど、鍋で小豆飯が作れるな」

「炊飯器で作りなさいよ」

「炊飯器まであるのか⁉︎ なんだそのホテル!」

「あんた佐渡島なめすぎよ。山の幸と海の幸に恵まれた環境は、今の時期なら野宿に最高。でも、ホテルはどこも低価格、その中で調理台まであるっていうんだから心は揺れに揺れるわ。佐渡島は観光客にお金を落とさせるために、野宿をさしてくれない島なのよ!」

「長期滞在する普通の観光客に合わした空間を提供しているだけで、野宿を前提に観光する少数派にお金を落とさせるためではない」


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