第二章 重なる予想と暗雲の気配
達也が地方紙や全国紙問わず新聞を手に取り精算台に置く中、翔はふと店内の食事スペースに視線をやる。
動揺し瞳を泳がせた先には、両手にスナック菓子を握りしめたいち子。チョコレートが塗られた棒を持ちここぞとばかりにむさぼっている。
「ううおおおおい!」
翔は咄嗟に声を挙げ、食事スペースへと走る。
「おにぎり女、なにしてんだ!」
いち子の隣にいる女性ライダーへ言い放つ。
女性ライダー改めおにぎり女は鼻息荒く声を挙げる翔をため息混じりに一瞥すると、テーブルにある大量のお菓子から適当に一つ取り、
「見てわからないの? お菓子食べてるのよ」
「座敷童は食べ物を与えたら無限に食うって言ったよな? わがままになるって言ったよな?」
「気持ちをいただくとも言ってたわね。そして、このお菓子は、棚にあったのをレジに持っていって、お金を払って、私が買った御供物。それは私の気持ちってことよ」
「開き直るな。つか、高校生にこんな大量のお菓子を買う金……!」
ハッと如何わしい交際が脳裏をよぎり、
「お前、まさか、第二次性徴期の女子を好むおっさんをその巨乳で騙くらかして援助を!」
バシンと店内に響くと同時に、如何わしい妄想に猛る翔の首が跳ね上がる。
「失礼ね! クリスマス、バレンタイン、ホワイトデー、全てのイベントを返上して、ピザ屋でめっちゃ働いてるわよ!」
「いってぇな! んなイベントを返上してまで稼いでる金ならお菓子に使うな!」
「御供物よ、気持ちよ、気持ち!」
「おにぎり女。その気持ちとお金をクリスマスとバレンタインにつぎ込め。このままだとお前の行く末は、変人団長みたいな彼氏も友達もできない残念な女になるぞ」
「すみませぇん。肉まんとあんまんください」
余計なお世話と言わんばかりに翔を無視し、店員に向けて注文する。
(なんでアーサーもおにぎり女も、人の話を聞かないんだ)
翔が苛立たしく肉まんとあんまんを受け取るおにぎり女を見ていると、横から達也の声音が届く。
「お待たせ……って、なんかいっぱいお菓子があるね」
「おにぎり女がいち子に買ったんだ」
「それはありがたい事だけど」
テーブルの上にある大量のお菓子を見て額から一滴の汗を流すと、
「これはちょっと多すぎだね。これがレシートかな……」
達也は大量のお菓子の中にあるレシートを取り一瞥すると、精算台へと歩を進める。店員と一言二言交わし、一枚の紙を受け取ると、財布を手元に持ちながら戻ってくる。肉まんとあんまんをいち子にお供えして両手を併せているおにぎり女に、
「一二◯◯三円。はい」
「私が勝手にお供えしたお菓子なので受け取れません」
「無限に食べるの知ってて、大量にお供えする必要がないのも知ってて、大量にお供えするのは、君の気持ちはお金をかけないといち子に伝えられないってこと?」
「そんなことは! ない……です」
達也の言葉の意味を理解し、言葉を尻すぼみに笑顔の達也から視線を逸らす。
「人間が座敷童に与える気持ちにお金はかからない。たとえ、おにぎり一個でも、座敷童はその気持ちで満たされるって勉強になってくれたなら、座敷童を守る俺達みたいな団体の人間としたら幸いかな」
「でもお金は、受け取れない」
「大丈夫大丈夫。経費だから」
先ほど店員から受け取った紙、領収書をおにぎり女に見せる。
「座敷童、管理省?」
「団体名だよ。もちろん、座敷童を見えない人が大半だから大声で座敷童座敷童って言ったら変な目で見られるし、説明しても妄想としか思われない。さっき翔に貰った名刺あるよね?」
「汚い字で携帯番号しかわからないナンパ目的の名刺なら」
「汚い字ではなく、達筆と言うんだ。日本人なら誰でも知る歴史上の偉人が手書きしてくれてんだぞ」
「読めなかったら意味ないわよ。それに歴史上の偉人ってなに? 歴史上の偉人なら死んでますけど。あなたは白髪だけでなく脳ミソまで老化してんですか」
「なんだとコラッ!」
「まぁまぁ。それじゃ、その名刺を店員さんに見せて『なんて書いてある?』って聞いてみて」
「…………」
達也の言葉に訝しむおにぎり女は精算台へ行くと、翔から渡された名刺を店員にバッと出し、
「なんて書いてあるでしょう!」
「はい?」
「この名刺になんて書いてあるでしょう!」
「名刺? ……」
店員はおにぎり女の指先を見て疑問符を浮かべると、困惑したように視線を動かし、
「どこに名刺が?」
「なんですってぇ!」
「はいはいぃ、終わり終わり」
達也は怒るおにぎり女の肩を掴み、店員に謝罪の会釈をしながら食事スペースへと歩を進め、
「座敷童が見えない人には見えない名刺なんだ。団体の特務員は、座敷童が見える人かをこの名刺で判断し、家の盛衰を司る座敷童と関わって大丈夫か判断するんだ。見えない人には……」
レジの中へと視線を向け、
「あのとおり、変な人を見るような目で見られる。気をつけてね」
「…………」
「それじゃ、俺達は新聞を見て調べることがあるから、いち子のお世話をお願いね」
「…………」
おにぎり女は呆然と名刺を眺める。
翔だと口喧嘩になるおにぎり女への対応を、達也は座敷童への気持ちと自分達の立場からわかりやすく説明した。達也のそんな対処に思春期真っ盛りの高校生、翔は自分のデリカシーの無さを改めようとは……しない。
「達也。よくあんな自分勝手な女とまともに会話ができるな」
「自分勝手というよりは座敷童の知識が無いだけだと思うよ」
達也が翔に新聞一部を渡すと、二人は新聞を広げる。人為的な事件以外の、オロチが原因であろう不自然な記事、異常な記事を探しながら会話を続ける。
「知識は、さっき座敷童の事を教えたんだけどな」
「翔から見た座敷童はいち子だからね。お菓子をあげると後からわがままになるって言っても、祖母に対して子供にお菓子をあげないでって言う母親と同じだよ。祖母は隠れて子供にお菓子をあげるし、ソレが母親にバレても祖母は軽く聞き流す」
「座敷童と生活する苦労を知らないから聞き流せるんだ」
「それは違うと思うよ」
疑問符を浮かべた翔に視線を向け、
「翔が苦労してるってわかるから、いち子は好きなだけお菓子を与えられていない、って思っちゃうんだ。だから、大臣もあの子もお菓子をあげるんだよ」
「苦労をわかっていてお菓子をあげるって事は……どのみち座敷童に甘いだけだろ」
「そうだね。でも翔だって、大臣と杏奈ちゃんに対して似たような感じだよ。二人は同じように座敷童を大事に思っているのに、大臣には厳しいけど杏奈ちゃんには甘いところあるしょ?」
「アーサーは大臣という立場だ。井上さんは座敷童の事を知らな……い……」
言葉が尻すぼみになる翔に、達也は口端をニヤつかせる。
「わかった? 二人共、座敷童を知りたいし座敷童を大事に思っているから、座敷童の知識がある翔に頼っているんだ。大臣の性格上、翔は大臣に厳しいから、座敷童にも厳しくしていると思われているって事かな。一方、杏奈ちゃんは、性格上わからない事はそのまま受け取る傾向があるから、外で見せる翔の厳しさを真似したような厳しい部分がある。特に親しみやすい龍馬に厳しいよね。二人の極端な対応は、翔が何気なく言葉にしている何気ない対応から反映した甘さと厳しさじゃないかな」
達也の言葉はアーサーやおにぎり女への対処に繋がる答えではない。そして、いち子を中心に考える翔にはその言葉が、
「俺、いち子に不便さしてるのかな?」
という内心にある不安が言葉になる。
翔の杏奈への対応が甘いという事は、わからない事はそのまま受け取るであろう杏奈の性格上『座敷童は甘やかしてはならない』と言われれば座敷童に対して厳しくなる。ソレは第三者から見て、翔は座敷童に対して厳しい事を意味する。
翔のアーサーに対しての対応は厳しい。ソレは大人であり責任ある大臣という立場だからと考えての事だ。
(アーサーはバカで浅はかだ。でも……)
ただのバカで浅はかな人間が大臣に任命されることはない。と変人アーサーから一人の人間としてアーサーを考えてみると、
(アーサーはアイルランドから日本に推薦留学をしてきていた秀才。何を専攻していた大学院かはわからないけど卒業もしてる。日本の政治家もバカでない。そのトップの総理大臣がアーサーを大臣に任命している。アーサーが何歳かはわからないけど、年齢的な部分を考えると異例、いや、異常だ。ソレは座敷童が関わる組織だから異例としても、政治の経験がない人間を抜擢するのは異常だ)
考えれば考えるほどアーサーという人間がわからなくなる。想像に想像が重なるとロクな考えに至らないと思い、今までに見てきたアーサーを分析する。
(座敷童のお世話に必要な知識や経験は井上のばあさんから得られると言えば、即弟子入りしたな。知識への探求、その行動力が普段のバカっぷりで消されてるけど改めて考えると、異常だな。それに、井上さんでさえ通訳ソフトに頼る南部弁を三日で小夜と会話ができるようになったし、もしかして井上さん以上なのか……?)
アーサーは、座敷童に対しての知識や常識がないだけで、一般的な知識や常識はある。ソレは、大臣として責任ある立場に任命されるようなレベルの人物になり、頭脳、探究心、社交性、立場ある人間に必要な能力を認められた結果の大臣就任。
(アーサーが大臣として、大人として見た結果、座敷童補正はされているけど、俺がいち子に対して厳しく、不便さしているように見えている……)
達也の言葉から、アーサーや杏奈の反応から、翔はいち子に厳しく不便さしていると答えを出し、無意識に奥歯を噛み締め眉間に皺を作っていた。
だが、達也の考え方は翔とは違う。
「翔らしくないね。いち子は、いや、座敷童は不便させる人間にお世話されるの?」
「…………?」
「それに、しずかや八慶、八太やさとやかぼちゃだって俺から見たら翔に懐いているし、東北支署に来ていた他の座敷童も翔の周りに集まってる。俺や他の特務員の周りにはご飯の時にしか来ないのに……。それっていち子の世話役だからって理由じゃないよね?」
「どうだろうな……」
自信なさげに苦笑いする翔だが、今、達也が言った言葉は……
らしくない、と翔の背中をバンと叩いた達也は、
「俺が今言った事は、先日、バスの中で俺がお土産を出した時に翔が言ってた事と類似してるよ」
「…………!」
達也が言ったとおり、
「は、はは……バカだな俺」
自分がどれだけ盲目だったかを自覚し、苦笑いしながら白髪をワシワシと掻く。
翔が言った事と類似している。それは、座敷童は気持ちを見ることに繋がり、懐いている時点でソレは座敷童の答えなのだ。
答えが出ているモノに悩み、悩まなくてもいい事を考察し、自分で自分を追い詰めていた事に気づいた。気づいたからこそ疑問になる。何故、不安になっていたのか……
翔は高校生なのだ。難題に直面すれば、普段から当たり前にしている事さえ不安になり、自分の中で難題にしてしまう精神力しかない、ただの高校生なのだ。
その点、達也は翔よりも大人だと言える。言葉を変えれば、ずる賢い。
述べたように、難題に直面し盲目になる翔はやはり高校生目線。一方、ずる賢い達也は、難題の抜け穴や裏道または逃げ道を探ることを得意とする。それはそのまま、難題に直面した時は人生経験からの目線が翔よりも広いということになる。だからこそ、『今は』ただずる賢いだけではない達也なら、翔の抱く不安の対処、答えを言える。
「いち子が翔と二人になった時にわがままなのは、翔に甘えたいからだし。座敷童が翔の周りに集まるのは、翔と遊びたいから。大臣や杏奈ちゃんはそんな翔を頼ってるし、俺も翔を頼る。だからさ、今回みたいな難題が起きた時ぐらいさ、翔も頼ってほしいな。……」
塞ぎがちに頭を掻きながら立ち上がる翔を見ると、
「どうした?」
「いや、ちょっと……お茶でも買ってくる」
「お茶なら……」
竹の水筒に入ってると言おうとしたが、苦笑いをしながら顔を逸らした翔を見て言葉を止める。
ジュース売り場へと行く翔を見送っている達也の斜向かいでは、同じく、おにぎり女が翔の背中へ視線をやっていた。
「あの子、周りの人に自分がどう見られているか表面的にしか理解してないわね。話を聞いた限り、私から見て問題なのは、周りのあの子に向ける過剰な期待ね。普段やってる事が当たり前にできていると思っているって感じかな。達也さんだったわね? 難題ってのが何なのかわからないけど、私から見たら、難題を翔に背負わせすぎる周りの大人が悪いわよ」
おにぎり女は呆れるように見ていた翔の背中から達也に移し、瞳を厳しくして言葉を投げる。
「そうだね。翔ならスーパーマンみたいに助けてくれるって俺も周りも思ってる。俺だけはそれじゃダメなのに……」
「翔はワタキが助けるから大丈夫じゃ」
二人の会話に麩菓子をモサモサと食べていたいち子が入る。
普段と変わらない、食いしん坊ないち子なのだが……
「翔はいち子を助けたいって思ってるよ」
「うむ。ワタキは翔に助けられてばっかりじゃ」
モサモサと麩菓子を食べる普段と変わらないいち子なのだが……
「いち子ちゃんは翔君の事、好きなんだね」
「うむ。ワタキは翔が好きじゃ。だから、ちと、不機嫌じゃ……」
いち子は達也の手元にある新聞に目をやり、右手にある麩菓子を向ける。
「達也。オロチの足は『ワタクシ』等よりも遅い。梓には直江津へ向かわせ、翔を相川の三郎の元に連れて行くのじゃ」
「「!」」
二人の耳に届いたいち子の言葉、口調、発声、その表情は見た目そのままの幼女なのだが、小さな身体から底の見えない威圧を覗かせ、不機嫌という言葉を隠す気のない雰囲気が『覇者の命令』だと思わせる。達也とおにぎり女は心臓を掴みされる感覚に動揺した。
「い、いち子、ちゃん?」
乾いた喉から、先に言葉を出せたのはおにぎり女。だが、その斜向かいでは、テーブルに額をぶっ叩く勢いで頭を下げた達也が、
「神童様の御言葉! お濃様が子孫、梅田達也がありがたく頂戴し、神童様が世話役共々、御期待にお応えします!」
「よきにはからえ。……」
いち子は、頭を下げながら声を挙げた達也からチラッと横に目をやる。その瞬間、テーブルにある山盛りのお菓子を達也とおにぎり女の手元に投げ、
「達也! おにぎり! ワタキのお菓子じゃ!」
「「?」」
不意に投げられたお菓子と一八◯度変わったいち子の雰囲気に達也とおにぎり女は疑問符を浮かべる。そんな二人の背後から、
「いち子。お菓子を独り占めする王様ごっこでもしていたのか? みんなで仲良く食べないとダメだぞ」
ペットボトルのお茶を人数分買ってきた翔は、達也とおにぎり女の前にペットボトルを置いて、いち子を抱き上げる。そのまま、いち子が座っていた椅子に座る。
「おにぎり女、いち子にお菓子を買ってくれてありがとな」
ジュースを買いに行った事で頭の中を整理されたのか、おにぎり女にお礼を言ってない事に気づいた翔は素直に感謝を伝えた。
「い、いや、そんなことより……」
目を泳がせながら見る先では、達也はいち子が差した記事を黙読している。更に視線を移した先では、いち子が先ほどの雰囲気など微塵もない威圧した顔、ドヤ顔をしている。そんな二人を見て、
(王様ごっこ……だったのかな。それにしては雰囲気が変わりすぎていた。まるで……)
おにぎり女が言葉を切って塾考していると、翔はバツ悪い表情を作り、
「その、なんだ、アレだ。デリカシーなくて悪かったな」
「そんなのいいわよ。それと、おにぎり女でなくてリコだから。川崎理子」
「俺は翔で、こっちが達也だ。その、なんだ……身近にいる変人と同じ巨乳だし、頭の悪そうな感じまで同じだから、初対面なのに失礼な発言が多かった。おにぎりのリコで覚えておく」
「なにがおにぎりのリコよ。それが失礼な発言なのよ」
「巨乳のリコか?」
「普通にリコで覚えなさいよ。白髪天パのガンタレ翔で覚えられたいの?」
「その辺はなんでもいい。とりあえず、バイクで一人寂しく自分探しの旅をしているなら、秋田県や岩手県に向かうルートはオススメしない。長野県の温泉地か石川県に向かえ」
「あんたワザと人の心を抉ってるの? てゆーか言われなくても岩手や秋田に逆戻りしないわよ」
「逆戻り? ……アレだろ。一人で寂しいから都会を選んでツーリングしてたんだろ?」
「あんたのデリカシーの無さと一言多いのは死んでも治らないレベルね」
翔の発言に慣れたようにため息を一つ吐くと、
「言っとくけど土曜に青森から岩手に行って、一泊。岩手をブラブラして、秋田に入って一泊。そして今日、秋田から山形を越えて新潟に向かうところよ」
言っとくけど、と加え、
「私はテレビやサイトで見れるメジャーな風景なんて興味ないわよ。雑誌にある有名宿に泊まるぐらいなら野宿、てゆーか野宿しかしないわね。風景を楽しみすぎてペースが落ちた結果、今頃フェリーの中のはずがこのとおりよ。ショウの事は言えないけど、明日の学校はサボりになるわね。あっ、因みに、いち子ちゃんにあげたおにぎりは起きた時に飯盒で炊いて作ったから大丈夫よ」
「都会に行かないし、有名宿にも泊まらない。……野宿って公園でか?」
「私の野宿は海や山や森、大自然専門よ。一日二日お風呂に入らなくても、虫が飛び回っていても、バイクのシートで寝るのが真のライダーよ」
たくましいおにぎり女の発言にバッと立ち上がった翔は口調を強くして、
「不潔おにぎり女! 白くてデカい蛇を見てないがぼぼぼ⁉︎」
おにぎり女の左手にある麩菓子がズボボボと翔の口の中に突っ込まれる。
「あんたさ、女子に不潔って、私じゃなかったら殺されてるわよ」
パンパンと手を叩いて麩菓子を払い落としながら、
「てゆーかさ、白くてデカイ蛇はそれだけ幸せを詰め込んでるのよ。でもアレね、私に幸せがくる前兆のはずなのに、あんたみたいなナンパなデリカシー無し男と出会うなんて……お断りよ!」
「腐ったおにぎりとの運命の出会いは土下座してでもお断りだ。それより、前兆って事は、デカイ蛇を見たんだよな? どれだけデカかった?」
翔はいち子を左腕で抱き、おにぎり女改めリコ改め腐ったおにぎりの肩を右手で掴む。
「あんたさ、腐ったおにぎりは腐る前に食べなさい」
言葉をしどろもどろに、翔の熱くなる視線、言葉、その勢いに頬を染めると、
「でもあれよ、私が食べ時を過ぎてるって意味じゃなく、確かにお風呂に入ってないから食べてもらうには気がひけるけど……」
「そんな臭いもん後からおっさんに食わせればいいから、俺が聞きたいのはデカイ蛇がどれだけデカかったかだ!」
「臭くないわよ!」
バシンッと翔の頬に平手打ちし、
「大事な所はウォッシュレットで洗ってるわよ! それと、ライダーはウエットティッシュを常備してるのよ! 誰もいない所を見つけて、大自然に囲まれながら、ウエットティッシュで身体を拭いて、スゥッと身体を冷やすのよ! 大自然の風と白蛇が全裸の私を祝福してくれたのよ!」
「わかったわかった。とりあえず、その祝福してくれた白蛇はどれぐらいデカかった?」
「けっこうな大きさよ」
スクッと立ち上がり、右手人差し指を立てると天井に向け、
「私の背丈が一六二センチ。とぐろを巻いてたけど三倍はあったわね」
自慢気にふふんと鼻息を出す。
「はぁ! 嘘言うな! とぐろを巻いて腐ったお前の三倍って。全長で三◯メートル以上だろ!」
「失礼ね!」
バシンッと翔の頬に平手打ちし、
「せめておにぎりを付けなさい! それに嘘ってなによ、ちゃんと登って計ったわよ! 写メ撮ったら写らないから自慢もできないわよ! 証拠⁉︎ 証拠を見せて欲しいの⁉︎」
ウエストポーチに手を入れ、宝石のような白いモノを出すと、
「白蛇の鱗よ。もっと大きかったのに剥がしたら小さくなったから信用度に……」
「没収!!!!」
間髪入れず、リコの手から白の鱗を取り上げる。
「なにするのよ!」
「お前本物のバカだな! デカイ蛇見たら逃げろよ! 食われんぞ!」
「あんたねぇ……」
熱くなる翔に呆れながらため息を一つ吐くと、
「蛇も生き物なのよ? しかもあんな立派な白蛇なんて滅多にお目にかかれないわよ。それに、私の全裸なんて自分でいうのもアレだけどとんでもないのよ。爬虫類なら、一日二日お風呂に入ってなかったら染み付いたフェロモンで更に食べたくなるってもんよ」
「達也。オロチは臭いと食わないみたいだ」
と言った瞬間、バシンッと頬にリコの平手打ち。お茶のペットボトルで頬を冷やしながら、
「お前さ、あまり言いたくないけど、ウエットティッシュじゃ補えきれてないからな。……まぁいいや。よく食われなかったな」
「食べるなら一晩一緒に寝てる時に食べられてるわよ」
「…………」
ピクッと頬を吊り、リコの訝しむ視線から逃げるように視線を逸らす。
「そうだ……」
リコは足元にあるリュックサックを取ってテーブルに乗せると、中を開く、
「白蛇の恵みよ。起きたら立派なのがこんなにあったんだから。店で買ったら一万円はするわよ」
リュックサックの中には、紫色のまだら模様ある白い茎から緑色の葉が二枚伸びている山菜がぎゅうぎゅうに詰められている。
「お前の臭さは体臭ではなくアイヌネギだったんだな」
アイヌネギ、一般的には行者にんにくと言われる。何を隠そう、松田家の庭で栽培するぐらいの、いち子の大好物。
いち子はアイヌネギを見てダラダラとヨダレを垂らし、
「酢味噌じゃ!」
「朝は素焼きで醤油だったし、私も酢味噌で食べたかったのよ」
リコは翔の腕からいち子を取り上げ、そのまま売り場へ歩を進めると、
「味噌と酢とタッパを買って作ってあげる」
リコといち子はそのまま商品棚へと行く。
翔は額から一滴の汗を流しながら、
「いち子が懐くと思ったらアイヌネギを持っていやがったのか。それとも、いち子のツボを天然で掴んでやがるのか」
「翔。リコちゃんの話だと、オロチよりも俺達の方が一足早いし、新聞にも……」
新聞の記事に指差し、
「岩手と秋田で家畜や熊が神隠しにあった、ってある。秋田に関したら昨日だから、進む早さを考えると俺達の方が一日以上、少なくても半日は余裕ある。……それに、リコちゃんの話だと『やっぱり』オロチは人間は食わない……んじゃ」
「達也。それは口にするな」
威圧を含めるように視線を強め、
「人間を食わないから。山菜などの恵みを与えてくれるから。ただそれだけの恵みを聞いただけで、バカな人間はオロチを祀る。バカを更に拗らしたら、座敷童はオロチを倒すから妖怪だの悪魔の子だのと言い出す」
表情を苛立たしくすると、
「異常気象や大災害の原因になるオロチなのに、祀りだすと神の裁きだと諦め、オロチは神だ、オロチは正しいと……狂信する。達也、オロチを倒す座敷童が悪となる発言は御三家ならするな。過去に、人間が座敷童を悪と判断した時……座敷童が見える側を剪定した歴史書が松田家にあるからな」
「わかってる。その本なら梅田にもある。梅田……いや、親父は、今ではなく将来的にそんな時代が『また』来るって言ってた。そのためにも、座敷童保護の会から今の時代に合わせて座敷童管理省にする必要があるって」
「梅田家当主が、将来的に、って言ってたのか。まいったな。それじゃ……オロチが直接的には人を襲わない事を知ったリコには悪いけど……」
「龍馬と八慶が尻尾切りに気づかなくて座敷童側から発生したオロチの野放しだけど、リコちゃんは御三家の監視対象になっちゃったね」




