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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【中部編•想いふ勇者の義】

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 三◯分前。
 生まれ付きの白髪に疑惑を持った理子と眼前に巨乳を押し付けられて動揺する翔が口喧嘩している頃、達也との電話を終わらした梓はレトロなイタリア製の受話器を置いてふぅと一息吐いていた。
 梓がいるのは滋賀県のとある地域にある梅田家。純日本家屋の豪邸だ。といっても井上文枝宅とは趣きが異なり、先祖代々継いできた建て構えは門構えから庭一面に至るまで時代を感じさせる。平安時代の貴族屋敷をイメージしたらわかりやすく、映画やドラマで縁側を歩く殿様のワンカットが撮れそうな風情ある屋敷だ。
 時代を感じさせる外の趣きを裏切ることない総畳の室内に梓はいる。
 縁側で吉法師は素麺を食べながら風情ある庭を眺めている。
 振り返った梓の視線の先では、ご飯をたかりに……いや、貰いに来た数人の座敷童が長テーブルを囲んで素麺を食べている。のだが、せかせか、そわそわという感じで何かを警戒しながら素麺を食べている。
 その中に、色彩豊かな着物を着ている少女がいる。吉法師の正室であり梅田家の先祖、お濃。少女なので『おのう』と呼ぶべきか。
 おのうは寝ているのか半寝状態なのか、目を瞑り、鼻ちょうちんを作りながら素麺を食べているのだが、寝巻きの浴衣に羽織っているだけの着物に麺つゆをこぼしている。
 ご飯をたかりにきた座敷童がせかせかそわそわしているのは、八童レベルの吉法師やお濃がいるからではないし、梓が原因でもない。警戒する理由は他にある。
 サァッと襖が開く。
 突如、吉法師とお濃以外の座敷童は立ち上がり、素麺が入る大器から手に持つ器に素麺を入れられるだけ入れ、縁側にいる吉法師の側まで逃げる。
「ああ、ああ」
 部屋へと入ってきた女性は逃げていく座敷童に動揺し、大器にある素麺をこぼさないように小走りで縁側へと向かう。
「タッくんはお出かけしてるんだから、逃げないで、逃げないで。梓ちゃん、捕まえて捕まえて」
 襖を開けて現れた女性はお濃と同じ絵柄の着物をきっちりと着ている。
 色素の薄い茶色の髪を頭頂部で纏め、気弱な顔立ちは実年齢よりも若く、世間を知らずに育ったお嬢様のような幼さを感じさせる。
 手にある大器の中では小走りの振動で素麺を浸す水と氷が揺れ、ピチャと跳ねた水が畳を濡らす。
 梓は親しい人へ向けるような柔らかな表情を女性に向けると、ため息を一つ。呆れた表情を作り、
「奥様。追いかけたら逃げます。社長がいないとわかれば素麺を食べ始めますので、素麺を食べましょう」
「逃げない? 本当に逃げない? いつもおかわり持ってきたら逃げるけど、本当に本当に逃げない?」
「今日は怒られ役の吉法師がいますので、社長が現れても余程の激怒じゃない限り逃げません」
「梓、夏美(なつみ)。我は怒られ役ではなく、達郎(たつろう)を怖がる座敷童の相談役だ。自業自得で達郎に怒られた話しか聞かんがな」
 吉法師は梓の言葉を訂正する。
 座敷童が警戒する理由とは、梅田達也の父であり梅田家当主、梅田達郎が原因だ。
 東北の災害時、座敷童に怯える竹田小夜に切意した事から怯えられ。全国の座敷童、特に滋賀県の座敷童に第六天魔王と恐れられているのが梅田家当主、梅田達郎。なのだが、彼はけして意味なく切意したり怒ったりしない。
 小夜には小夜の竹田という立場から落ち度があり、座敷童に関したら一◯◯パーセント座敷童が悪い。
 例をあげると、座敷童は達郎に怒られた腹いせに屋敷中を荒らし回り、仕事で使う資料に悪戯書きし、夜中に天井裏でドタバタと走り回る。達郎に懐いているのではなく、怯えながらも怒られた腹いせに復習しているのだ。これを座敷童側の世界では【第六天魔王の根性試し】といわれている。傍迷惑な事に、梅田家は根性試しという名の肝試しスポットになっているのだ。
 そんな達郎と座敷童の板挟みなのが達郎の嫁、達也の母親、梅田夏美なのだ。
 夏美は大器をテーブルに置くと、敬うというよりは嬉しそうに梅田家のご先祖様おのうを見る。何かを問いかけようとするが、今にも寝そうなおのうに気を使ったのか何か思うところでもあるのか梓へ向き直ると、
「梓ちゃん。この着物どう?」
 ニコニコしながら嬉しそうに袖を広げて、色彩豊かな絵柄を見せる。
「加賀友禅ですね」
 夏美はこれもこれもと帯に指差し、頭にある簪も自慢気に見せてくるため、
「帯も……加賀友禅ですね。簪も金沢で作られた高価なモノですか?」
 梓は夏美が高価なモノを自慢する趣味はないのを知っている。本当は、寝ていなかったらおのうと話たかったのだろう。また始まる、と思う梓に始まるのは……
「着物も帯も簪も、タッくんが、お誕生日にプレゼントしてくれたの」
 そう、自慢話。
 夏美のタッくん自慢。
「よかったですね」
 梓は死んだ魚のような目で返答する。
 タッくんとは、親不孝者の達也の愛称ではなく、夏美限定の達郎への愛称。厳格な達郎がタッくんという愛称を気に入ってるかは語るまでもない。達郎大好き夏美には第六天魔王と恐れられている達郎の威圧感も、少女漫画の背景のようなキラキラに変換されているのだ。達郎は話にならない妻に諦めているのだろう。
 そんなキラキラ達郎からのプレゼントを自慢するのが夏美の趣味になり、一度スイッチが入れば現在過去の自慢話が続く。未来の予想(妄想)まで語りだす。達也が実家に帰りたくない理由の一部でもあり、達也なら反抗的に夏美を避けるところだが、現在死んだ魚のような目になっている梓は左耳から右耳に聞き流す術が備わっている。ソレは、幼少期からタッくん自慢する夏美から達也が逃げ回り、その度に梓は捕まり、夏美のタッくん自慢に付き合うことが多かったからなのだが。
「社長もその優しさを座敷童に向けられたら、とは思いますが」
 チラッと縁側に視線をやり、不在の達郎をビクビクしながら警戒する座敷童を見て、
「手遅れですね」
「達郎は自分を鞭とし、梓や達也を飴とし、座敷童へ飴と鞭を与えているのだ。達郎はおらぬ」
 吉法師は素麺を食べながら会話に割り込む。前半は梓に、後半は達郎を警戒する座敷童への言。
 警戒していた座敷童は吉法師のお墨付きに安堵の表情を見せ、長テーブルに戻って行く。
 吉法師は、誰も聞いていない達郎の自慢話を続ける夏美を横目に梓と視線を合わすと、
「平安、戦国時代は農業氷河期だったため、食の貧しい時代が、世情が、鞭だった。そんな世情でも、人間は生きるための苦労を背負いながら、座敷童を家族同然に想っていた。その貧しさから生まれた裕福な気持ちが、座敷童には大きな飴になった。しかし今の時代は、食や物が溢れ、裕福な世情に人間も座敷童も甘えている。そんな時代に飴しかナめていない座敷童がオロチと対峙すれば、結果は明らか」
 一拍置き、麺つゆで口の中を潤すと、
「オロチだけではない。平安や戦国のような農業氷河期、災害や戦争……平和な世の中だから忘れられているが、明日に災いが無いとは誰もわからない。達郎はその災いに危機感を持ち、気持ちとは飴を与えるのではなく、裕福になった分、人々の気持ちが薄れた分、相応の鞭が必要だと考えているのだ」
「社長は、飴の座敷童管理省、鞭の梅田家にしようとしてるの?」
 梓は表層的な面さえほじくる事なく適当な言葉で返す。が、ソレは座敷童と人間、双方の世界を一つに考えた愚答でしかない。
 吉法師は瞳を閉じることで梓に対して呆れを見せると、
「違う」
 きっぱりと否定し、ムッと子供染みた焦燥を見せた梓に(梓は何故、昔から我に対しては反抗的なのだ)と思いながら、
「座敷童管理省とは達郎が人間側と座敷童側の世情に必要と考えて作った組織。だが、座敷童の世界に座敷童管理省の活動など関係ない」
「座敷童の世界に関係ない? どういう意味? 東北では……」
 吉法師の否定に訝しむ梓。しかし、続く言葉を吉法師の視線に止められる。
「梓。『東北では』の先には『災害が』という座敷童と人間の世情が含まれていると思う。だが、やはりソレも座敷童の世界には関係ない」
「災害で座敷童も不便していたし、座敷童管理省に集まっていたけど?」
「座敷童は家主や縄張りが災害で不便しているなら立ち去ればいいだけだ。立ち去らずに残っているのは、立ち直ろうとしながら座敷童を想う家主の気持ち、荒れた縄張りを復興しようとする人間達の気持ちが嬉しいからで、自分達の小さな幸運という目に見えない形で応えているだけだ。そして、梓や達也が梅田家として勘違いしてはならないのが、座敷童管理省に座敷童が集まるのは文枝殿が来ていたからで、座敷童管理省や梅田家の活動が生んだ結果ではない。文枝殿がいなくなり居心地悪くなれば、今いる大半の座敷童は去る。それが座敷童だ」
 それはそうだけど……と言葉を濁す梓だが、吉法師は本題に戻すために淡々と続ける。
「『災害が』起きたから不便になっただけで、農業氷河期や戦争の貧しい時代を知る座敷童から見れば、経験上まだ裕福な方なのだ。だが……そんな人間の不幸に非情な感性を持つ座敷童だが、災害に呑まれた縄張りや人々の不幸に直面すれば哀しい。世話になっているなら尚更。しかし、人間が哀しみを背負いながら生活のために前へ進むように、座敷童も前に進む」
 ソレは大昔から人間も座敷童も変わらない。と加えると、本題に戻すため、まとめに入る。
「先にも述べたように『災害が』起きても、座敷童の経験上では食べる物があるだけ裕福な時代なのだ。食べる物がなく我が子を売り、娘なら売られ、働けなくなった年寄りを山に捨てる時代では、三歳まで生きている事に親は感涙し、五歳まで生きている事に親族は歓喜し、七歳まで生きている事に家の安泰を臨める。そんな時代を座敷童は見てきているのだ。直面した不幸は哀しい、辛い、慣れるものではない。それでも前に進むしかない。その進み方を、気持ちの進み方を座敷童は人間よりも経験した分、強いだけ。座敷童の世界では『災害が』あっても、今の時代、今の世情は経験上では飴なのだ」
「前に進むのは人間と座敷童も同じ。でも、座敷童は……いえ、考え方としては、農業氷河期や戦争で貧しくなった時代を経験している座敷童は、現代だけを生きる人間よりも前に進むのも早いってことね。でも『座敷童の世界に座敷童管理省の活動など関係ない』っていう吉法師の言葉には矛盾があるわよ。座敷童管理省は座敷童のために、座敷童と一緒に活動していくんだから」
「座敷童と一緒に活動していく、か」
 吉法師はやれやれと言いたいように微笑を浮かべる。その反応にまたしても梓はムッとするのだが、
「梓は巴が杏奈に協力したのを……いや、あの巴が座敷童デジタル化計画というのに協力したので勘違いしているだけだ。八慶が必要性を感じたように我も必要性を感じるが、巴は東北を去った座敷童を小夜のために戻すため、東北でのオロチ被害を減少させるためであり、人間側と座敷童側で奔走する竹田家のために座敷童側から竹田家を助けるという巴ならではの座敷童らしくない奇行なのだ。梓が言う座敷童と一緒に、とは違う」
「そうかもしれないけど、巴と参謀が、座敷童と人間が穂先を揃えているのは変わらないし、これからも違う形で協力していける道筋ができたって事じゃない」
「うむ。違う形で協力していける道筋ができたな」
「それなら……!」
 勝ち誇るように『吉法師の考えは間違っている』と言おうとした瞬間……
「世情が飴だというのに、協力という飴を、座敷童管理省という飴を達郎が用意したというのか?」
「……んっ……なっ⁉︎ 性格悪っ! あんた性格悪すぎ!」
「杏奈は文枝殿のおこぼれで巴を協力者にできただけ。座敷童管理省は文枝殿のおこぼれを掬った杏奈のおこぼれを分けてもらっているだけ。これは傑作」
 誘導されていた会話に焦燥する梓をはっはっはっと笑う吉法師。
 最初から二人の会話はかみ合っていなく、梓はソレに気づいたのだ。
 吉法師が話ているのは『座敷童の世界に座敷童管理省の活動など関係ない』という極論。極論なのだ。本題を曲げて協力という心情を吐露する梓だが、この時点で論点は脱線している。座敷童が求めるのは人間個々の気持ちなのだから。
 座敷童管理省という組織が座敷童のために衣食住をお供えしても、それは座敷童から見れば『ご飯をたかりに行く場所』が増えただけ。座敷童の世界に何か変革があるかと言えば、変化の兆しもない。世情が飴なら座敷童管理省の今の活動は甘え腐る座敷童が増えるだけで、オロチに備える八童としてはありがた迷惑。現状、座敷童管理省の活動は座敷童の世界には……必要なく、関係ないと言われて当然なのだ。
 先にも述べたように、座敷童が求めるのは人間の気持ち。
 常駐型座敷童には——
 井上文枝のような、旅館こよかの女将さんのような、座敷童がお世話になっている家主のような、座敷童を家族として想う気持ち。
 放浪型座敷童には——
 遊びに来る座敷童に対して、近所の子供が遊びに来た時に煎餅や団子を与える気持ち。怒りすぎな達郎には恐怖しかないが、盆栽の枝を折られた雷親父のように愛ある説教をする気持ち。
 座敷童は形ではなく気持ちを求めているのだ。
 そんな座敷童に対して現状の座敷童管理省の活動。梓の言う協力とは——
 協力という時点で損得があり、穂先を揃える時点で双方の利が関わる。形のある利であり、利を計算した気持ちでしかない。本来なら、そんな利を計算した気持ちに座敷童は協力しないし、双方に利があろうとも協力しない。
 それなら何故、巴や八慶や龍馬は座敷童デジタル化計画に協力するのか?
 座敷童デジタル化計画に協力する巴の行動は竹田家を想っての活動になり、やはり座敷童の中では奇行なのだ。それは人間寄りな考えが濃い八慶や元人間の吉法師や龍馬も同じ。他の座敷童と言えば、座敷童管理省東北支署で座敷童デジタル化計画のプレゼンを真面目に聞いていたのは、さとがチャチャを入れただけで取り合ったのは人間の松田翔だけ。他の座敷童は、携帯端末というオモチャをくれるんだな、というぐらいにしか思っていない。
 そのため、巴、八慶、吉法師、龍馬は携帯端末を時流の遊び道具として座敷童の世界に広め、『たて前』ではオロチ対策に使おうとしているのだ。
 その真意には——
『たて前』の裏に、仲間意識が強い座敷童ならではの、各地の八童がしずかに頼らないシステムを構築する目的がある。
 しずかは旅行好きで各地を飛んで回っているが、家主であり大好きな文枝と一緒にいる時間を減らしてまで、しずかの表向きな性格上、そこまで旅行をしたいのか? という疑問がある。しずかの性格上、旅行と文枝なら文枝を選び、文枝と旅行したいに決まっている。それなら何故、文枝と旅行しないのか?
 しずかの旅行とはオロチ対策なのだ。非常識女と言われてもソレは普段の行動が非常識なだけで、座敷童の世界で八童第二席の力と本質を見失わない活動は、大好きな文枝、寿命がある人間と一緒にいる時間を減らしても座敷童の世界に貢献しているのだ。あのしずかが、だ。そんなしずかに、友達にそんな事をやらしている現状は……
 文枝が大好きなしずかに頼らないとならないジレンマ。
 しずかが大好きな文枝にしずかと一緒にいる時間を減らしている罪悪感。
 気持ちがわかる座敷童だからこそ、自分達といる時間を心から大切にしてくれる文枝と自分達のために飛び回るしずかの気持ちに甘えるしかなかい自分達が情けなくなる。
 しずかを……いや、綺麗にまとめると『なんだかんだで座敷童全体のために動くしずかと座敷童のために心から動く文枝の負担を減らし、二人が二人でいられる時間を座敷童側から増やしたいという気持ち』が、座敷童デジタル化計画に協力する『たて前』の裏にある本音なのだ。
 吉法師は梓を見る。もちろん梓は巴や八慶や龍馬の行動の裏にある本音には気づいていない。だが「座敷童の世界に座敷童管理省の活動など関係ない』という言葉の本質は理解しているように見える。子供染みたムッとた表情はしているが。
「何故、達郎が世情という飴に浸かる座敷童に対し、座敷童管理省という飴を必要としたのか。人々の気持ちが薄れ、忘れ去られていく座敷童のために座敷童管理省が必要だと思ったのか。そして、座敷童管理省の活動を自分は指揮をとらず達也に丸投げし、知識の足りないアーサーや杏奈に任しているのか。並べれば他にもあるが……達郎の真意、梓にわかるか?」
「…………」
 わからない。だが、達郎の真意はわからないが(座敷童管理省の必要性は……)と考えたところでハッと気づく。
「座敷童は希薄になっている人間の気持ちに困っているから、座敷童管理省という人間側の気持ちを伝える土台を社長は作った。今は私達の世代に経験を積ませているのね」
「それは座敷童管理省の表面的な必要性であり、達郎の真意ではない……いや、喋りすぎたな」
「なに中途半端に終わらしてるのよ。社長の真意を教えなさいよ」
「我が達郎の真意を教えたところで、今の梓や達也では夢物語としてしか伝わらぬ。何故、人間側と座敷童側、双方の将来に座敷童管理省が必要なのか……は次の代の者等が自分達の目で見て足で探し辿り着いた先で御三家の一家、梅田家当主として達郎は答える。いや、次代の答えが達郎の真意以上なら、座敷童の世界に座敷童管理省の活動が必要になるかもしれないな」
 座敷童管理省を設立した達郎の真意は伏せたまま、吉法師は素麺を啜る。
「次代、私達が自分達で見つけてこそ意味があるってことね。気にくわないわね」
「気にくわないと達郎が聞いたら怒るぞ」
「違うわよ! なにが気にくわないって、あんたがRPGみたいに意味深なワードだけ出して『我は全てを知っている』みたいに重要キャラぶってるのが気にくわないのよ!」
 ここで問い詰めても吉法師の重く並べた言葉から語られることはないだろうと思った梓は、吉法師のモノマネ付きで毒を吐き、手前にある器を乱暴に取る。
「!」
 ビシッと額に青筋が浮かべながら吉法師を睨む。
(梓は何故、昔から我に対しては反抗的なのだ)
 と内心で幼児期の梓にローキックされるのを思い出しながら、
「我ではない」
「わかってるわよ!」
 梓の手にある器はネギが山盛りになり、ツユが見えなくなっていた。吉法師と話し込んで周囲に気が回らなかっただけなのだが、なんだかんだで達也に甘い吉法師と達也に幼児期から今に至るまで被害を受けるている梓としては、何もしていなくても吉法師を睨んでしまう。
(吉法師や達也以外で、私にこんな悪戯をするのは……)
 チラッと夏美を見る。しかし、第一容疑者の夏美は誰も聞いていないのに一人二役で達郎の自慢話をしている。犯人は夏美ではない。ペットボトルのキャップを落としたら自分のペットボトルのキャップをくれて、このままキャップを飲み口に付けたら間接からの間接キスになってドキドキしたという自慢話という惚気はどうでもいい。思い出のキャップを出されても興味ない。それよりも、
(座敷童が私に悪戯? 何故?)
 自分は座敷童に懐かれない。というのが梓の認識であり、座敷童管理省特務員全員が共有している。サーカス以外では座敷童を喜ばせられないのが自分達なのだ。しかし……
「…………」
 チラッと隣を見ると五分刈りの座敷童が「くししし」と口元に手をやり、回りの座敷童もにやにやと梓を見ては口元を笑わしている。
(龍馬と奈良県から北海道まで行脚した成果……?)
 内心で吐露しつつ、この山盛りのネギは五分刈りの悪戯で間違いない、と確信する。そして、座敷童の悪戯や遊びには遠慮する必要はない、と東北支署での白髪鬼と座敷童の遊び(?)を思い出し……
 梓はおろしワサビが入った小皿を取り、五分刈りが握る箸を奪い取ると、反抗しようとした五分刈りの口に向けておろしわさびをぶち込む。
「ビャビャアァアああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 絶叫する五分刈り座敷童。梓は更に。
「これも食べなさい」
 山盛りのネギを五分刈りの器に移す。少量のネギを残し、おろしわさびをひとつまみ入れ、素麺を啜る。
「梓ちゃん。いじめたらダメよ」
 自慢話を独り言のように語っていた夏美だったが、急な虐待(?)に驚愕。梓に対してプリプリ怒りながら、蒸せ返る座敷童の口元にハンカチを置き、五分刈り頭を撫でる。
「いじめではありません。座敷童のやったらやり返すというルールに従っただけです」

 ******************

 キャンピングカーの車内。
 お濃をお姫様抱っこする吉法師は、再奥にあるベッドにお濃を寝かせた。
 運転席にいる梓は、五分刈り座敷童の反抗的な復讐に対して容赦ないローキックをぶち込み乱れてしまった髪に櫛を入れていた。
「吉法師。お濃様は朝みたいに暴れないのはなんで?」
 ローキックでぶっ飛んだ五分刈り座敷童が襖に突き刺さるという騒動でもお濃が起きなかった事に疑問になり、なんとなく吉法師に聞く。
「食事をして満たされていたからだ」
「ほとんど寝ていてそんなに食べてなかったと思ったけど」
「食卓に豪華絢爛な料理を飾っても、そこに気持ちが無ければ座敷童は満足しない。食事の量と気持ちの量は比例しないということだ。夏美がお濃にくれたこの着物も同じ。職人達の気持ちから始まり、達郎から夏美への気持ち、夏美からお濃への気持ちがこもっている。お濃は、その気持ちに満足しているのだ」
「実体の量と非実体の気持ちは比例しない、か」
 梓には思い当たる節が多々ある。
 東北座敷童が文枝の作った小さなおにぎりを貰った瞬間、食べた瞬間、汚れていた衣服は綺麗になった。食事の量と気持ち量は比例していない。
 他にも、文枝が座敷童の頭を撫でただけで衣服が綺麗になった。これは比例していないどころか神の所業だ。頭を撫でる、それだけの所作にどれだけの気持ちがこもっているのだろう。神様が手を添えただけで傷や病気を治したという本を読んだ事がある、やはり神様……と梓は考えていると、ふと横から声が届いた。
「思えばその朱槍も……」
 吉法師が視線向ける先、ベッドの斜向かえにはIHコンロや炊飯器がある立派な調理台。
 梓も視線を向けると、調理台の上には収納スペースがあり、調理台と収納スペースを支えるために床から二本パイプが天井に固定されている。そのパイプに交差するように表は赤色、裏は黒色になった鞘に刀身を納めた朱槍が横向きで置かれている。
 吉法師は朱槍を見ながら、
「織田家臣……いや、織田軍の中で一番の武の者が握ることを許されたこの朱槍には、織田家を支えた武の者達の気持ちがこもっている」
「その朱槍って梅田家の家宝って聞いてるけど、梅田家って吉法師の物置小屋になってない?」
 過去を懐かしむ吉法師に本音を投げる。
「否定はしない。だが、梅田家が落ち込むところまで落ち込んだ時、織田信長の隠し財産が十代先まで梅田家を安住させる。そんな事態にはならないでほしいがな」
「腐っても織田信長ね。それで、一の武の者って吉法師の時だと明智光秀?」
「…………」
 腐っても、とは? と聞こうと思った吉法師だが、梓の言葉には混じりっ気なしの綺麗な気持ちしかない。隠す気のない本音ということだ。何故、我に対しては……と思うところはあるが、口に出したら反抗的になると思い、話を進める。
「キンカンは文武に長けていたが武の一番ではなかった」
「誰だったの?」
 梓はナビに直江津港を入力しながら聞く。
 吉法師は助手席まで歩を進めながら、
「父の代で朱槍を握っていた勝家に、利家や成政や長政が挑み、ことごとく痛い目にあっていた。サルも悪知恵を働かせていたが、その度に木に釣らされていた。皆々、晩年には勝家に挑んだのは若気の至りだと笑い話にしていた……うむ、懐かしい」
 助手席に座り、シートベルトをする。窓の外を見ると、夏美や座敷童達が見送りに手を振っているため、手を振る。
 梓はナビのアナウンスに従って右にウインカーを出すと、
「その豪華なメンバーで誰も勝てなかったなら、吉法師の代も柴田勝家が一番だったのね」
「うむ。我の代でも勝家より武が優れた者はいなかった。だが、その者は、代々織田家臣の中で一の武の者が握るに相応しいとなっていた慢心を、家臣ことごとくを倒す事で潰し。勝家に自分の全盛期以上、剣神だと認めさせ。織田軍一の武の者が朱槍を持つに相応しいとした。もちろん我も含めてな」
「吉法師より強いってこと?」
「うむ。今でも勝てるかはわからぬ」
 簡単に返答する吉法師。
 梓はその者への興味が膨らみ、
「そんな人なら歴史に名前が残っているわよね。戦国時代の武勇に優れた人といったら……」
「歴史に名前は残っていない。ただ自分が一番強い事を証明するためにお濃と旅をしていた。あの者が織田家ではなく他の家にいたら、歴史書には武田か上杉か、毛利……いや、名前も残っていない地方大名が歴史に名を刻んでいただろう。たまたまお濃が我の元に……織田家に常駐し、一緒にいたにすぎない」
「お濃様と旅をしていたって事は梅田家の御先祖様?」
「いや。我の説明が悪かったな」
 話す順番を考えるように一拍置き、梓も知るとおり、と前置きすると、
「放浪型座敷童と旅をする梅田一族の中には梅川家や加納家もいた。その者は座敷童と共に全国を旅する梅田家の食客……と言っても、食うに困っていたところをお濃に拾われ、飯をたかるために梅田家に付きまとっていたただけなのだが」
「座敷童みたいな人ね」
「うむ。飯の礼かはわからぬが、旅芸人の金や荷物を狙う盗賊や落武者を倒していたらしいから、食客としての対面は守られている。歴史に名が残っておらぬのも、家臣として仕えられる家がなく、武を競う正規の決闘であっても家臣が女に負けた事を外に出せなかっただけなのだ」
「女だったの!」
 戦国の世、それも織田家一の武の者と認められたのが女。その事実に梓は驚くが、吉法師の昔を懐かしむ口は動きを止めていなかった。
「家の名折れだと闇討ちや暗殺、大勢での待ち伏せなど度々あったようだが、芸の一つだと笑っていた。その者、弥生(やよい)としては食客というより、梅田の一座に入った気でいたようだな」
「弥生? 弥生って八太が自分の子供に付けようとした名前よね?」
「うむ。ここからは我の思い出話ではなく、弥生と座敷童の関係と我が今回の騒動に肩入れする理由になるが、よいか?」
 吉法師は真剣な表情を作り、梓に確認する。
「吉法師が肩入れする理由って?」
 梓は名前を聞いているだけの話なのに、回りくどく話ていると思っていた。弥生という名前ではなく人物を知ってほしいような。興味を持ってほしいような。
「うむ。まずは弥生と座敷童の関係からだ」
 一拍置いてから、ジュースホルダーにあるペットボトルを取り、お茶で口の中を潤すと、
「八太はさとが金鶏山に封印された後、自分の未熟さに悔やみ、お濃に弟子入りした。そして、戦国時代にお濃が弥生を東大寺に連れて行き、八太の修行相手をやらせていた。当時、すでに八童レベルだった八太を子供扱いしていたのを見た時は、盗賊や落武者を相手にする時と同じく、織田家で見せていた決闘さえも芸の一つだったのだと感服し。普通の人間として産まれた我はその時に、勝家が弥生を剣神と言っていた意味を理解した」
「八童レベルの八太を……あの八太を子供扱い。でも、東大寺じゃ八太は……」
「うむ。東大寺では本気で闘えない。そのため、離れた場所で本気の八太は弥生に修行をしてもらっていた」
「修行をしてもらっていた、ということは……?」
 八太の本気とは、八童としての力を失った巴がオロチへの対処に必要とした武力。それを子供扱いする武力を人間が……と訝しむ。
「うむ。兄者が入れば勝てる、と修行の意味を忘れて泣き虫遮那になっていた。今思えば、お濃は、弥生が悪の道に行かないように拾ったのかもしれんな」
「そ、そんな人がいたなら、なんでお濃様がオロチに飲まれたの?」
「日本一の軍である織田軍一の武の者になり、八太と闘った事で人類最強だと自負し、織田軍から離れた。その後は人間相手に闘わなくなり、座敷童と闘うようになった。お濃が計らってか計らずか、弥生という脅威は人間には無害になったということだな」
「座敷童の世界に危険因子を入れたようなものじゃない」
「うむ。その危険因子は、手始めに東大寺へ遊びに来たしずかに挑んだ。だが、しずかに空を飛ばれ、突風を浴びせられ、刀を抜く価値のない愚か者とバカにされていた。途中、しずかの性格の悪さに八太や近畿の座敷童が割り込んだが、弥生に向けていた突風は八太や座敷童への悪質な風撃に変わり、弥生は弟子や座敷童を庇う事しかできず、しずかとの決闘は座敷童に多大な被害を生むと諦めた」
「悪質だけど、それって、しずかなりに、弥生って人が座敷童の世界の危険因子しかどうか試したとかじゃないの?」
「うむ。だが、弥生が危険な心を持つ人間だというのは、座敷童ならわかる。しずかの性格上、弥生を座敷童の世界から追い出そうとしたというのが本筋だと思う。だが、八太や近畿の座敷童がしずかの性格の悪さに憤激したように、正々堂々の決闘を好む座敷童が好きになる人間性を持つのも弥生なのだ。たぶん、と付けなければならないが、しずかは弥生を試したのかもしれない」
 弥生の気持ちを写すような悲しみを含んだ表情になり、
「武を生業とする者が水を得た魚のように生きられるのが戦国時代。しかし、才能に恵まれながらも血を流し積み上げてきた技は、女というだけで認められない。それが人間の世界だった。だが、座敷童の世界は違う。しずかはそんな弥生の心情をわかりながら、弥生を相手に刀を抜かなかった。その意味、梓にわかるか?」
「八太や近畿の座敷童を決闘に割り込ませるため。座敷童を弥生が助けるか見るため。私は、しずかは弥生を試していたと思う」
「なら良いが、刀を鞘から抜かず、決闘を蔑ろにする行為は、弥生を認めないという意思表示にも受け取れる。しずかが弥生を試していたなら、空を飛ばず、刀を抜き、弥生の土俵で向かい合う。それが武の者だからな」
「もしかして、しずかって武とか勝ち負けに興味ないとか?」
「勝つことに対しての執着は誰よりも強い。どんな悪質な事をしてでも、卑怯千万と言われても、風を含めた使えるモノを全て使い、圧倒的有利な状況にして勝利を掴む。それが悪童遮那王や大悪童弁慶を越える座敷童一の悪、極悪童(ごくあくどう)しずか。家主の匙加減で傾国(けいこく)となる恐ろしい女だ。戦国時代、しずかが松田家でおとなしくしていなかったら、我は尾張一国の主で終わっていたな」
「弥生はしずかに殺されたの?」
 しずかを相手にした弥生に勝敗はない。吉法師の話を聞いてる以上、試している可能性は限りなくゼロに近い。もし試していたとしても、危険因子がしずかに認められなかった場合は、八太が認めようが近畿の座敷童が認めようが殺されるとしか梓にはイメージできなかった。しかし。
「殺されてはいない。弥生を可哀想に思った八慶が弥生に味方し、しずかを説教した。この辺の関係性は、本気で怒った八慶が八太と協力すればしずかでも無事ではないというのもある。が、しずかが八童の役割を放置し、いち子と自由気ままに遊べるのは八慶がいるからという都合が大きい」
「しずかが八慶の前ではおとなしくなったり説教されたりしていたから、特務員の中で囁かれているのよ。八童第二席は実は八慶説」
「八童第二席はしずかで間違いない。この話は弥生と座敷童の関係性には関係ないため、話を先に進める」
 と言って梓と特務員の予想には答えず、顰めっ面になる梓の表情を見ないようにしながら、
「このままでは弥生の居場所が座敷童の世界にも無くなると八慶は思い、しずかと並ぶ座敷童が東北にいると弥生に教え、自ら文を書き、弥生を東北に向かわせた。……」
「巴なら……」
「だが運悪く、竹田家の子をいじめてしまった座敷童に雷を落としている真っ最中だった。当時では電気は未知、それも自由自在に雷を落とす所業。弥生は巴を神としか思えなかったようだ」
「自由自在に雷を落とせるなんて現代でも神の所業としか思えないわよ。ますます座敷童の世界に弥生の居場所が無くなってるじゃない」
「うむ。八慶からの文を読んだ巴も、すでに自分を神として拝礼する弥生と竹田家の子を見て、正々堂々の決闘はできないだけでなくこのままでは竹田家の子への教育にも悪いと判断し、弥生を北海道に向かわせた。その頃だ、お濃がオロチに飲み込まれたのは」
「あんた、話の順序とかちゃんと考えなさいよ。弥生を北海道に向かわしたって言われたら、お濃様が無事に生還した今は、弥生が東大寺にいなかった事よりも気になる発言になるわよ。神童いち子に挑みに行ったって事よね?」
「うむ。お濃がオロチに食われた事で天下布武から座敷童になると決起した頃——巴の元で修行し着々と竹田家の子に悪影響を与えていた弥生をしずかがおもしろがるようになり、弥生を北海道へ送ろうとしていた巴の責任転嫁に更にしずかがおもしろがり、異例として『とある条件を記した書状』をしずかと巴が書き、同行までして、いち子に会わせた」
 結果は、と繋げると、
「いち子に挑む前に当時の世話役、四歳の幼女が弥生の前に立ちはだかり、いち子も世話役に勝ってからだと言い出したから勝負にならなかった」
「座敷童の世界にも剣神の居場所は無くなったのね」
「我もそう思った。だが、なんの気まぐれか、当時の松田家当主はしずかと巴の書状にある『とある条件』をのみ、当主直々に闘った」
「八童レベルの八太を子供扱いし、人類最強と自負できる実力者……でも、松田家当主が勝ったのよね」
「うむ。武の極みしか見えていなかった弥生に武の極みとはなんたるかを教え、弥生の武があるべき場所へと導いた」
「とある条件って何?」
「松田家への嫁入りだ。だがそれは、松田家は女系だと知っているしずかや巴が出した悪ふざけの提案だ。弥生も男なら松田家や松田一族に婿入りできたんだが、残念な事に松田家の血筋に男子はいない。しかしそこは弥生、自分が嫁入りできないなら、子々孫々松田家を守るため自分の武と血を繋げると勝手に決めた」
「子々孫々松田家を守る血って……茅野家と高田家?」
「それは認識が違うな。茅野家と高田家は将棋でいうところの金と銀、松田家の隣で松田家といち子を守る家だ。勝手に守ると決めた弥生の血には、将棋盤の上でいち子を含めた松田家を守る資格はない」
「将棋盤の上で守る資格はない?」
「将棋盤の上が表なら将棋盤の外は裏。松田家といち子を隣で守る茅野家や高田家が表なら、弥生の血筋は裏。織田軍で朱槍と認められ、八童レベルの八太以上の武力があり、人類最強と自負できる剣神。その武と血は、戦があるなら松田家の命令一つで表に出て飛車になり、裏では忍として松田家を守る」
「戦があるならって……」
「座敷童の戦はオロチ。オロチの被害が広がれば松田家に飛び火する。松田家の隣でしか守れない茅野家や高田家とは違い、弥生の血筋は飛車として忍として動く。先日、東大寺で眠るオロチが蘇り、我等が封印した後、山菜を手土産にお濃と我に会いに来た。東北でも、毛越寺に封印していたオロチが蘇った際、影から見ていたに違いない。この話の本筋、梅田家の後見人、梅川家としてわかるか……?」
 前を向いて運転する梓に厳しい視線をむける。
 梓は吉法師の視線は見ていないが、雰囲気が変わったのを感じ取り、呼吸を整えるように深呼吸すると、
「一首のオロチは梅田家が対処しないとならないのに、松田家……世話役は東大寺と平泉に来ている。それはそのまま、弥生の血筋は世話役を守るために一緒に来ている事になる。でも世話役は何も言ってなかったけど……」
「いち子の家主に相応しい人間になるために励むのが世話役。そもそも、一五の子供に影で守る血筋や裏の知識など必要ない。そのため、翔は、茅野家や高田家がいち子のいる松田家を守る家だとも知らない。梓、話の本筋を見失うな。梅田家の後見人とは、松田家を守る茅野家や高田家と同じ。梅川家として考えるのだ。我等が東大寺のオロチを封印した後、世話役と入れ替わるように訪ねてくる忍は、平泉ではどんな行動をする?」
「八慶と龍馬がオロチを封印し、中尊寺大池跡地から去った後、『自分で確認する』」
 悪い予感しかしない。胸騒ぎがする。梓は表情は引き攣らせながら更に、
「弥生の血筋は、八慶と龍馬が見逃したオロチの尻尾切りを、見ていた。……見ていたのに、何も対処していない」
「うむ。弥生の血筋は松田家を影から守る。いち子や翔が危なくなれば弥生の武でオロチを両断するだろう。尻尾切りを見ていたなら、翔に気づかれる前に再封印するだろう。それなら何故、尻尾切りを見ても対処しないのか。梓は今までの話を聞いて、どういう予想をする?」
「さ、最悪。最悪よ!」
 ハンドルを握る手に力が入りギチギチと鳴らす。
「うむ。一度ならず二度までも、一首のオロチに松田家の世話役が足を運ばなければならないような梅田家など必要ない、と思うだろうな。言葉を変えれば松田家に飛び火する原因は梅田家。梓、尻尾切りに至るまで、達也は平泉で不手際をしていないか?」
「!」
「やはりな」
 吉法師は梓の引き攣った表情にため息を漏らす。
「いや、でも、金鶏山のオロチの封印に穴を空ける方法を提案しただけで、巴が……いや、でも、それは……。梅田家の発言としては至らなかったけど、結果的には……」
「結果的には、か。梅田家は、松田家と竹田家よりも数多い座敷童や各地のオロチの近くにいる。そして、弥生は座敷童お濃に出会った事で人生が変わり、松田家と出会った事で武の居場所を見つけた。……わかるな? 弥生はお濃の時代の梅田家を知り、弥生の血筋は歴代の御三家を知る。考えたくないが、弥生の血筋が弥生と同じような剣神なら、一首のオロチ程度に判断ミスするような達也に代わって自分が各地のオロチを倒し、御三家の椅子に自分が座った方がマシだと思うだろう。そして尻尾切りに気づいた翔が佐渡島へ向かっている以上、弥生の血筋も近からず遠からずの場所から翔を見守っている。ここで問題なのが、翔に危険が及ぶかもしれない白オロチを、何故、弥生の血筋は封印しないのか?」
「まさか!」
「うむ。弥生の血筋は尻尾切りに気づいた時点で『松田家から身近な座敷童に封印をやらせるため』に松田家当主に一報を入れているはず。にも関わらず、オロチを再封印せず野放しにしている。我は達郎から、松田家当主は梅田家を御三家から離すのを一時的に見送った、と聞いたが。達也が平泉でミスをしたなら、松田家当主の良からぬ筋書きがあると思ってしまうな」
「松田家当主の良からぬ筋書きって……吉法師が肩入れするぐらいだから、達也を次代梅田家当主として試す、とか、御三家候補の弥生の血筋と達也を競わせる、とかよね?」
「御三家当主は、御三家当主三人の総意で決まる。達郎が達也に梅田家を継がせられないと言っている以上、総意以前の問題。達也が継ぐ話など当主会の話題にもなっていない」
 小夜に関しては、と繋げると、
「東北の災害直後。竹田家当主と巴が、小夜の代わりに竹田家当主を兼任するよう翔に頼んだ。承諾しながらも『小夜は竹田家当主になる』と突っぱねていた。……梓、松田家当主から良い話を聞いてるはずもない達也の事も、翔は小夜と同じく肩入れしている。……」
「世話役に達也を見限らせるためにオロチを野放しにしている、とか?」
「あの当主の性格上、翔が達也に肩入れしている内は、その可能性は低い。達也に肩入れするなとあの手この手を使った後ムキになられたら、翔の性格上余計にめんどくさいからな。それに達也を潰す気なら、東大寺のオロチが蘇った時に、翔ではなく直接当主が来た方が達也には致命的だった」
 我は思うのは、と繋げると、
「小夜や達也に肩入れする翔に対し、松田家として竹田家と梅田家に肩入れできるぐらいの力を付けさせるために教育している。それか、翔が肩入れする達也への教育か」
 その両方か。と加えると、
「どれにしても、弥生の血筋が動いている以上、達也にミスを重ねさせる訳にはいかない」
「殺されたりしないわよね?」
「殺人ほど愚考な行為はない。そんな事を考える人間をいち子は嫌う。だが、翔や達也を教育しようとして生まれた被害は別。オロチからの被害で翔や達也が死んだとしても力不足なだけだからな」
「あまり口には出したくないけど、達也の悪運が尽きたとしか思えないんだけど」
「うむ。松田家当主が筋書きを作っていたとしたら、翔や達也の悪運を根こそぎ刈り取り、我が身一つになるまで追い込む。それが松田家の教育であり、追い込まれようが死ぬまで『いち子だけは守る意志』を備えるのが松田家の教育。そんな教育を代々日常的にしているのが松田家であり、歴代松田家世話役の中で最年少、一五歳で先代御三家当主等にいち子を守る松田家当主として認められたのが、現松田家当主だ。十代で、七首のオロチからいち子を守る松田家当主だと認められたのだ。この意味、あの天然当主がどんな天災か梅田家を守る梅川家ならわかるな?」
「松田家当主が座敷童なら悪い意味で二人目の神童になる。会う事があれば、神童いち子とは遊んでもいいが、松田家当主とは遊ぶな、関わるな、社長を犠牲にして逃げろ。とお父さんに言われてる」
「うむ。そんな松田家当主が筋書きを作っているかもしれないため、達也から連絡きたら『誰かが接触してこなかったか?』と聞いてくれ。我の予想が当たっていたら、今回のオロチの野放しは高い可能性で翔と達也を教育するためだ。戦やオロチとの闘いを遊びと勘違いできるいち子みたいな人間が考える教育など我は考えたくもないが、言える事は翔や達也だけでなく全人類に乗り越えるのは無理だ。数年前、いち子と幼少期の翔がオロチの雄叫びに飛ばされて山の中で遭難したのも、翔が初代松田家当主以来、松田家に生まれた男子という理由から、わざわざオロチを封印から出した。その上、何を言うと思ったら、幼い翔にオロチと遊ばせながら危険性を教えるのびのび教育だと平然と言う始末なのだ」
「それを教育と思える松田家当主の中ではオロチの野放しなんて小事ね。……とんでもない悪趣味にしか思えないけど、本人は大真面目なのよね?」
「いち子をお世話し何かあれば命をかけて守るのが松田家だ。その松田家当主なら、将来の松田家も考えなければならない。達郎は将来のために座敷童管理省を作ったように、松田家当主は将来のために翔と達也を教育するつもなのかもしれない。黙って蕎麦の研究だけしていてほしいものだ」
 長話に疲れ、松田家当主の事を考えて疲れ、深いため息を吐く。ペットボトルのお茶で口の中を潤すと、再度、深いため息を吐く。
 そんな吉法師を横目で見ていた梓は、松田家当主からでも達也を守ろうとする吉法師に訝しみ、
「昔から気になっていたんだけど、なんで吉法師は達也に肩入れするの?」
「むっ?」
 脈絡のない話に疑問符を浮かべると、途切れた話の間を取り持つ話題ではなく本音で聞いているとわかり、本題は九割ぐらい話したから良いかと棚置きし、梓の疑問に返答する。
「御三家とは松田家、竹田家、梅田家、三者三様の考えがあって成り立つ。松田家当主が浅はかでないのはわかるが……翔や小夜の将来には、今の、今までの達也の経験が必要なのだ。何度も梅田家として失敗しようとも、座敷童に嫌われようとも、無自覚で座敷童に好かれる翔と小夜には無自覚で座敷童に嫌われる達也の言葉が必要なのだ。達郎のように恐がられながらも座敷童が近づく人間ではなく、気持ちが薄れた今の時代だからこそ、座敷童に嫌われていても座敷童が好きな達也の言葉が必要なのだ」
「吉法師の気持ちは達也の幼馴染として嬉しいけど、座敷童に好きになってもらえない性分を高評価しているのは達也に言わない方がいいわよ」
「うむ。サルのように異常なほど座敷童に好かれる性分も悪くないが、キンカンのように座敷童に好かれようと努力し、空回りしながらもやはり報われない残ね……座敷童に対して要領が悪い者が座敷童に好かれる連中の輪の中には必要なのだ。達也は座敷童に好かれたい人間の反面教師になり、それでも座敷童が好きな達也は御三家の見本になると思うのだ」
「達也はキンカンのような残念な者って言いさいよ。座敷童になりたいから死んだ事にするって言い出したバカ殿の戯言を、家臣全員が大反対するなか真面目に取り合ってくれたキンカンのような残念な者って言いなさいよ。歴史的にも優秀な人物を裏切り者の残念な人にしたバカ殿の口から、残念なキンカンに似ているって言いなさいよ」
「それは勘違いだ。キンカンは最終的には乙女に気に入られた。だが、達也にはキンカンのような貫く根性はない」
「明智光秀は初志貫徹する優秀な者だけど、達也はただの残念な者って事ね」
「アーサー、達也、加納と残念な者が集う所には、天秤を保つように杏奈や梓のような優秀な者も集まる。織田軍はまさにその様だった」
「織田軍は、バカ殿一人が乗る皿の反対側の皿に優秀な家臣が全員乗ってやっと保っていられる天秤のような軍だったのね」
「我が載る皿の反対側の皿に家臣全員が乗ろうとも、天秤は保てぬ。国を、世情を変える者の反対側には、家臣、領民、他国の主やその領民、日本国の民、その大半に乗ってもらわねば天秤は保てぬ。そして、国を時代を変えた者は、国を作る者に皿を譲る。国が作られれば、国を発展する者へ皿を譲り。国が発展したら、国を維持する者へ譲るのだ」
「国を変えるのは吉法師が一番だったってことね。それに日本の大半の人が吉法師を指示していたって自慢話という過去の栄光は聞いててムカつくわね」
「…………」
 何故、我に対しては……と思いながら、
「大半の人に指示されるには、我と同じく国を変える者がいなければならぬ。そして民は、国を変える者が乗る天秤を見て、誰が国を変える者かを計らなければならない。今の時代の民意、選挙のようなモノが戦国時代では戦だったのだ」
「選挙が戦争、か。今の時代で口に出しても選挙と戦争では論点、着眼点が違うとか言われるわね」
「長い年月で生まれた学習から選び、良い所を並べた結果論で述べられても、その時代にはその時代のモノしかない。そして現実なのだ。梓、人間として座敷童の世界で生きていくなら、座敷童の現実しかない事を忘れるな。人間の常識で論点や着眼点だと吠えても、座敷童に論点や着眼点など関係ないのだからな」
「私ってよりは参謀に伝えたい言葉よね」
「…………」
「あっ、先読みされてふてくされた。ちゃんと伝えとくわよ。んっ?」
 ピリリリリリ、ピリリリリリという着信音と共にナビの画面にコール•公衆電話と流れる。梓は吉法師と視線を合わせて頷くと、ナビの右下のボタン、通信時は通話になるボタンを押す。
『梓、達也だけど』
 車内のスピーカーから達也の声音が響く。
+注意+
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