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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
53/105

2

ページを開いていただきましてありがとうございます。拙い文章ですがよろしくお願いします。

 井上文枝としずかと八慶と龍馬は毛越寺本堂で参拝した後、参道を歩いていた。

 文枝としずかは手を繋ぎ、龍馬は二人の前を後ろ向きに歩き、その隣を歩く八慶の右手には白蛇、オロチがぐったりとしている。

 そんな四人の向かう先に慌ただしく参道を走る二人がいた。最初に気づいたのは八慶。

「あれは八太と達也殿だな」

「んっ? ……」

 龍馬は振り向き、息を切らす達也に合わせながら走る八太を見つけると、

「八太のヤツ、文枝殿が見えると知ったら驚くぜよ」

 金鶏山から走って毛越寺に来た八太と達也。四人が参道を戻ってくるのに気づくと、

「兄者! もう封印したのか?」

「封印はこれからだ」

 右手にいる白蛇を見せる。

「倒したのか⁉︎ 達也!」

「文枝さんお金貸して!」

「?」

 文枝は袖から財布を出し、真っ黒なカードと一万円札を五枚出して達也に向ける。

「ありがとう! 出世払いするから! 八太行くぞ!」

「おう!」

 間髪入れず踵を返して参道を戻って行く。一目散に突っ走る八太だが、達也は疲れきっていたのもあり足がもつれ、盛大に転び、ポケットの中にある物が散らばる。

「達也、早く行くぞ!」

「おう!」

 八太の急かす声音に達也は散らばる物を拾うことはせず、起き上がって走って行く。

 そんな慌ただしい二人を見送った四人は疑問符を浮かべ、文枝は達也が落とした物を拾い集める。

「なんじゃあいつら?」

「金鶏山に戻ったのかもしれない」

「それならワシ等と一緒に行けばいいぜよ」

「それもそうだな」

「八太が慌てるのはさとの事じゃ」

 文枝は達也の落とし物を拾い終わると、

「行った先が金鶏山ではないのなら青の鱗を取りに奈良へと行ったんじゃろ」

「今から奈良にちゅうても……八慶、この時間から奈良へ向かう飛行機はあるんか?」

「花巻空港から大阪の伊丹空港行きになるが……たしか最終便は一八時台。時間的に間に合わない」

「あいつ等バカじゃからのぉ。タクシーで奈良へ行くかもしれんぜよ」

「高速を走り続ければ深夜には東大寺に到着する。費用は交渉さえすれば安くなると思うが……出世払いの出世が大出世でなければならない」

 呆れながら会話する八慶と龍馬。

「達也は出世しないでありんす」

 達也の落とし物で文枝の手が塞がり手が繋げなくなったしずかは不貞腐れる。

 しずかが普段のように文枝の背中に乗らないのは、八岐大蛇の櫛で見える側の人間になった今の文枝は座敷童の体重をそのまま感じられるようになったから。なのだが……御膳台を一◯段重ねて運べる文枝の背中にしずかが乗る事はできる。それでも年相応の負担はあるため、甘える行為から過剰な遊びにならないように八慶が目を光らせ、しずかは持重しているといった感じだ。

 四人が参道入口を出て金鶏山へと向かうためのタクシーを探していると、一台のタクシーが停まった。

「真ボンとあずっちぜよ」

「加納殿と梅川殿も慌ただしい様子だ。何かあったのではないか?」

「八太と達也も金鶏山に行ったのかもしれんのぉ」

「はぁはぁ」

「はぁはぁ」

 息を切らす加納と梓は四人の前で息を整え、

「「さと、がいる」」

「さと? オロチの封印を破壊できたんか?」

「違います。大臣がお茶を買いに行って、さとを連れてきました」

「言ってる意味がわからんぜよ」

「とりあえず、さとがいます!」

 ピピピピピと着信音がなると、加納はポケットから携帯情報端末を出し、画面に表示された通話ボタンをタッチする。

「……大臣? ……もしもし、今、合流しました。……八太ですか? いえ、いませんが……わかりました。スピーカーですね」

 加納は携帯情報端末の画面に表示されているスピーカーボタンをタッチする。

「スピーカーにしました」

『八慶君。八太君に会ったら怒らないように説明して欲しいのだけど……』

「加納殿。座敷童の声は携帯では届かない、とアーサー殿に伝えて欲しいのだが?」

「大臣。携帯では座敷童と会話ができません」

『それもそうね。……』

 一拍間を置いた後、

『一方的に喋るわね。オロチが脱皮した時に八太君がさとちゃんにかくれんぼだって言ったから、今まで外にいたけど隠れていたのよ。今、さとちゃんとかぼちゃちゃんは私達と一緒にいるから、八太君に会ったら怒らないように言ってあげて』

「…………、」

 八慶は額にピシッと血管を浮かせ、

「加納殿。詳しくは後から聞くとして、八太は怒らない、と伝えてくれ」

「大臣。八慶は、詳しくは後から聞くとして、八太は怒らない、と言ってます」

『よかったわ。今、巴ちゃんといっちゃんが金鶏山の中にいるけど、落とし穴の先にはいっちゃんの迷路があって、そこは空洞だから脱皮した皮があっても楽器の神器か鱗を宿した神器があれば出入りできるみたいだから』

「…………、」

 八慶の褐色な肌が赤くなる。ゆっくりと視線を携帯情報端末からしずかに向け、

「や、八重。いち子の迷路とはなんだ?」

「わからないでありんす」

 自分は知らないと言わんばかりに無表情を作って答える。

「そういえば、近畿のオロチを倒した後、龍馬が八重に黒の鱗を持っているかを聞いた時……鱗を集める趣味は無い、と言っていたな。この件に関して座敷童管理省に迷惑をかけないため、と私は思ったが……」

「わっちはわからないでありんす」

 蝋人形のように表情を変えず、台本を棒読みするように、

「いち子とさとに憤慨でありんす」

「八重はこの件には関与していないのだな?」

「してないでありんす」

「……、わかった」

 ホッと安堵しているしずかも関わっていたと疑う八慶。しかし、証拠がない以上疑わしくは罰せずと今は棚置きするしかない。

「とりあえず……、んっ?」

 体感でもわかる地震が起きると、

「また地震か。先ほども……」

 ズズンと金鶏山の方角、地下から響く音が耳に届く。

「巴の御立腹ぜよ。まぁ、穴に入ってさとがいなく地下道があれば、誰でもいち子とさとの悪戯じゃと気づくぜよ」

「加納殿。アーサー殿と合流した後、私と龍馬は中尊寺へオロチを封印しに行く。さとが逃げないように鎖で繋いでおいてくれ、とアーサー殿に伝えてもらいたい」

「それなら、白黒が子供を捕まえて飛んでいるから大丈夫だと思う」

「あの悪ガキがおとなしくしてるとは思わないが……白黒なら大丈夫か。それに、ジョンがさとと弥生の匂いを覚えただろうから逃げ切るのは難しいだろう。加納殿、さとと弥生は油断できない事だけ伝えてくれ」

「わかった。……大臣。さとと弥生には油断しないでください」

『弥生でなくかぼちゃよ』

「かぼちゃではない弥生だ」

「弥生だそうです」

『かぼちゃは譲れないみたいよ?』

「知らん。めんどくさいから夫婦で決めろ」

「八慶はめんどくさいから夫婦で決めろと言ってます」

義兄様(あにさま)は巴ちゃんと同じかぼちゃ頭だって』

「よく言った。加納殿。その義兄様が合うのを楽しみにしている、と伝えてくれ」

「義兄様は合うのを楽しみにしている、と八慶が言ってます」

『そういえば八太君は? 先に特務員梅田と毛越寺に向かったはずだけど?』

「あの調子なら何も知らずに奈良へと向かったのだろう」

 八慶と龍馬はしずかを見る。しずかの事情もあるため、ひとっ飛びして二人を連れ戻して来い、とは言葉に出せず、視線にだけ込める。

「わっちはばあちゃんといるでありんす」

 バカ二人に割く時間は無い、と言うように扇を横に振り、二人の視線を切る。

「まぁそうじゃな。……そうじゃそうじゃ。達也に電話すればいいぜよ」

「達也の電話はばあちゃんが持っているでありんす」

 しずかが文枝の手元に扇を向けると、龍馬はため息を吐き。

「八太も達也も間の悪いやっちゃなあ」

「間は悪くない。青の鱗は今後の巴に必要になる」

 文枝の言葉に一同は、なるほど、と納得。八太と達也を探し出して東大寺行きを止める事はせず、八太一家の団欒は帰って来てからのお楽しみという事になった。


 その後、金鶏山の麓で合流すると、青年の姿になった八慶はアーサーの背後に隠れているさとを一瞥する。視界の端では、頭に白黒を乗せたかぼちゃが一目散に逃げる、が羽を広げた白黒に軽々と戻されていた。

 さとの背後ではジョンが監視しているため、二人が簡単に逃げられないのを確認した八慶は、オロチの封印のために龍馬と中尊寺へと行った。

 文枝が座敷童管理省東北支署に到着した時には、薄暗い空に星がまたたいていた。

 門前では二◯人の座敷童と特務員が文枝の帰りを待っていた。

 頭一つ背の高い座敷童が文枝に一礼すると、回りにいる座敷童が駆け出して文枝を囲う。

 文枝に優しく微笑まれ、頭を撫でられ、満たされなく曇っていた気持ちが晴れたようにボロボロだった服が綺麗になり、文枝に付いて行くように屋敷へと入って行った。

 それを見せつけられた特務員は、神使ジョンもいるし本当はすでに神様なのでは? と文枝の背中に向けて拝礼した。

 さとはというと終始アーサーの背後に隠れ、八太がいないか回りを警戒していた。

「遮那王が帰ってきたら(わらわ)だけでもかくれんぼ再開じゃ」


 一階の大広間は座敷童で埋まり、鼻血を出したアーサーが人生に悔いは残さないと言わんばかりに、強要する愛を向けた鬼ごっこが始まっていた。

 二階の一室にいる杏奈と小夜は大騒ぎな一階大広間へ行こうと試みるが、立ち眩みで起き上がれなく、毛虫のように畳の上を這いずっていた。

 その時……

「なんだ、うるせぇな」

 松田翔は頭を押さえながら起床。毛虫のような二人を視界に入れ、

「新しい遊びか?」

「オロチの鱗にあおられて立てません」

「翔! だすくわらすだ!」

「だすくわらす?」

「……、」

 杏奈は携帯情報端末の画面を見ると、

「座敷童だと言ってます。一階に大勢の座敷童がいるのか……と」

「聞き覚えのある声だな」

 言いながらあっさりと立ち上がる。

「何故、立てるのですか?」

「いや。キツイよ。今にも倒れそうだ」

「気合い、ですか?」

「そうだね」

 窓から暗くなった外を見て、

「暗くなるまで寝ていて言えたもんじゃないけど、オロチの鱗にあおられている間にオロチが蘇ったり、いち子に何かあったらそれこそ一大事だ」

「わも立でる!」

 翔の言葉に小夜はバッと立ち上がるが……

「無理するな」

 翔は倒れそうな小夜を支え、布団を担ぐように左腕を小夜の腰に回して持ち上げる。

「松田さん。私も下に連れて行ってください」

 黒縁眼鏡を右手中指で持ち上げる。

「井上さん。俺もフラフラなんですけど?」

「尚更です。左右のバランスが悪いと歩行が困難になります」

「人間を持った方が歩行が困難になると思いますが?」

「私の計算ではなりません」

「どんな計算だよ」

 ため息混じりに杏奈の腰に右腕を回して持ち上げると、

「小夜だけなら階段から飛び降りられたのに……」

「東大寺での跳躍から計算した結果。私と小夜さんを担ぎながらでもイケます」

「鱗にあおられているのは計算に入ってないね」

「入ってます」

「その計算式は組み立て直した方がいいよ」

 小夜と杏奈を担いで部屋を後にし、階段を一段一段降りて、大広間へと行く。

 翔が最初に目に入ったのは、かぼちゃを頭に乗せ、さとを背中に貼り付け、鼻血を出して走り回るアーサーと大勢の座敷童。視界を右側に移すと、厨房では文枝と梓が食事の準備、しずかが摘み食い。他の特務員は露天風呂だな、と状況から判断する。

「いち子がいないな」

「巴もいねえでがんす」

「八慶君と龍馬さんは大池が池だと思いますが……いち子ちゃんと巴さんがいないのはおかしいですね」

 三人が疑問符を浮かべていると……

「「「白髪鬼だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」

 数人の座敷童が翔に対し指を差して叫ぶと、二◯人の座敷童は大広間の端で固まり、頭一つ背の高い座敷童が全員を守るように先頭に立つ。

「なにが白髪鬼だ、悪ガキ共が。また泣かすぞ」

 座敷童の行動を気にする様子なく小夜と杏奈を下ろし、アーサーを見ると、

「アーサー。八慶と龍馬はオロチを見に行ってると思うけど、いち子と巴はどうした?」

「いっちゃんと巴ちゃんは金鶏山に空けた穴から中に入ったわ」

「……、ちゃんと説明すれ」

「オロチの封印に穴を空けて中に入ったのよ。今はいっちゃんの迷路を探検中よ」

「封印に穴を空けたという事は梅田さんの方法が成功したのですね。オロチまで倒すとは……」

「オロチはおばあちゃんが圧倒したみたいよ。今は龍馬君と八慶君が中尊寺にオロチを封印しに行ってる。オロチの封印に穴を空けたのは特務員梅田の方法だから……」

「待てって。いち子と巴はさとの所、金鶏山の中にいるって事か?」

「いっちゃんと巴ちゃんは金鶏山の中だけど、」

 アーサーは頭に乗ったかぼちゃを抱き上げて前に出すと

「八太君の娘かぼちゃちゃんと奥さんのさとちゃんよ。脱皮した皮に閉じ込められる前、八太君にかくれんぼだって言われたから隠れてたの。怒ったらダメよ」

「かくれんぼ? ……たしか修学旅行の時にいち子がそんなこと言ってたな」

「妾はさとじゃ」

「かぼちゃだ!」

 のほほんと自己紹介するさとに続いて、かぼちゃは強がっているのか怒っているのか翔を睨みながら自己紹介する。

「白髪鬼は皆に恐れられているようじゃ。遮那王とどっちが危険が危ないかえ?」

「んで。いち子に小豆飯おにぎりは持たせているんだろうな?」

 さとを無視して話を進める。さとがどんな座敷童か聞き知っているため、会話の意味がないと判断したのだ。

「特務員加納が持っていたのを全部渡したみたいよ」

「白髪鬼。妾はかぼちゃが好きじゃ」

「何個?」

「かぼちゃは実としては個や玉、植物としては本と株じゃ」

「一九個」

「かぼちゃ、大盤振る舞いじゃ!」

「かか、味噌汁と煮付けと味噌汁だ!」

 さととかぼちゃが脱線して盛り上がる中、翔は二人を無視していち子と巴の状況を予想する。

「巴がいるから無駄に食べたりはしないと思うけど、一九個なら明日の朝には食い終わる。もし、昼までに帰って来なかったらいち子の御立腹が始まる……そこのバカ嫁に出入口を教えてもらって探した方がいいな」

「白髪鬼はバカ嫁かえ?」

「うるせぇ。八◯◯年以上も振り回しやがって。結局はかぼちゃか弥生のどっちかで揉めてるだけの家庭問題だろうが」

「白髪鬼の家庭は問題が危険かえ?」

「内戦状態だバカヤロウ。バカ嫁と脳天気亭主が作る家庭には負けるけどな」

「かぼちゃ。白髪鬼はバカヤロウみたいじゃ」

「かか、白髪バカなのか?」

「…………」

「そうじゃ。白髪鬼は脳天気バカヤロウじゃ」

「白髪脳天バカ!」

「…………」

「白髪鬼は……」

 座敷童達が大笑いするとプチっと何かが切れたような音が混じる。その瞬間、さとは顔面はガシッと鷲掴みされ、天井に向けて上げられる。松田家奥義【反抗期の座敷童封じ】俗に言うアイアンクロー。

「脳天気バカヤロウはテメェだバカ嫁。……」

 ギロリと大笑いする座敷童達を睨み、

「なに笑ってんだクソガキ共。また泣かすぞ?」

「今こそ白髪鬼に復習する時! 全員でかかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 突如、頭一つ背の高い座敷童の背後にいる生意気そうな座敷童が声を挙げ、翔に向かって突進する。

「上等だクソガキがぁ!!!!」

 さとをアーサーに向けてぶん投げると、突進してきた座敷童の顔面を鷲掴みする。続けて、頭一つ背の高い座敷童の左右から次々と座敷童が突撃してくるため、鷲掴みした座敷童をぶん投げ、ゲンコツや頭突きで対抗する。

「あんたやりすぎよ!」

 アーサーは止めようとするが、ゲンコツや頭突きをされて泣きわめく座敷童から順に次々と投げられる。

「うるせぇ! 座敷童はマスコットじゃねぇんだ!」

 そもそも、と加え、

「なにを間違えてばあさんとオロチを闘わしてんだ! 東北のオロチは東北の座敷童が何とかしやがれ! 巴だけでなくばあさんにまで甘ったれてんじゃねぇぞ! その根性鍛え直してやる!」

 赤く反抗期になる座敷童の顔面を鷲掴み、泣きわめきながら突進してくる座敷童に容赦なく投げ付け、説教を越えた諫言、体罰ではない折檻が始まった。

 そんな暴力的な翔を始めて見た杏奈は、隣にいる小夜へ視線を向け、

「小夜さん。松田さんはなんであのように怒っているのですか?」

「翔はわるぐね。わがはんかくさいから、だすくわらすサ怒られでるんだ。本当はわが怒らないとダメなんだ」

 悔しがる表情になりながら毛虫のように翔の元へと向かう。

「…………、」

 携帯情報端末の画面を見ると、

「翔は悪くない。俺がアホだから座敷童が怒られているんだ。本当は俺が怒らないとダメなんだ…………、あっ」

 視線を上げると、怒り心頭の翔が左手で小夜の頭頂部を掴み、右手で座敷童の頭頂部を掴んでお互いの額を頭突きさせる。

「いだぁぁぁぁぁぁぁ!」

「わの勝ぢい!」

「次ぃ!」

 座敷童をぶん投げ、次々と座敷童と小夜を頭突きさしていく。

「…………、」

 杏奈が見てきた松田翔はマイペースで冷たい一面もあるけど、頼れば応えてくれるという良い部分だけだった。しかし今は、泣きわめく座敷童にさえ甘えを一切許さないと言うように厳しい。

「なんで松田さんはこんなに厳しく……?」

「座敷童はオロチと闘い続けないとならないからじゃ」

「おばあちゃん……」

 うつ伏せになっていたのを文枝に支えられて壁に背中を付ける。

「オロチに死がない以上は封印しか方法はなく、時が経てば又蘇る。その時、前回のようにオロチを制圧できる巴のような座敷童がいなければ同じ事を繰り返す」

 ……松田家の教えでは、と加え、

「家の盛衰を司る座敷童は、自分自身へ向けられた気持ちのこもる御供物がオロチと闘うための力になり、気持ちを貰う代わりに分相応の福を与える。が可愛いままに甘やかしてしまうと、オロチと闘える力があっても人間に甘えてしまう……と教えられる。気持ちを御供えする人間に寿命がありオロチに死がない以上は、オロチと闘う力と自分自身を守る力が座敷童には必要なのじゃ」

「松田さんが座敷童はマスコットではないと言うのは、可愛さだけで座敷童を甘やかせばそのツケはオロチが蘇った時に支払われる。松田さんがアーサーさんに対して厳しいのは、アーサーさん自身の好意がツケになり、今のまま座敷童の世界を見ていけばいずれは……」

「人間の子供のように、助けた分、気持ちを与えた分、甘えてしまうのは座敷童も一緒じゃ。どこかで律しないとならない……ワシもアーサーと同じじゃ。坊のように厳しくはできん」

「それじゃ、おばあちゃんが見える側でいるのは今日だけ?」

「坊がやっておるように人間が原因で甘えてしまう座敷童を引き締め直すのは八童や竹田家や梅田家の役割じゃ。ワシが甘やかす座敷童を達也や小夜が引き締めてくれたらいんじゃがの」

「八童や竹田家や梅田家が引き締め直す?」

「わあああああん」

 翔にゲンコツをされた女の子の座敷童は泣きながら文枝の元に行く。文枝は膝の上に女の子の座敷童を乗せ、コブのできた頭を優しく撫でながら、

「座敷童問わず人間にも厳しい父親を見てきた達也は自分にも座敷童にも甘い。小夜は、オロチの恐怖と災害で心に深い傷を負った。二人共、まだ座敷童には厳しくできんじゃろうな」

「松田さんは松田家として二人の代わりに……?」

「坊は次代の松田家当主であり、松田家はいち子をお世話する家じゃ。二人の代わりなど本来ならしない」

「松田さんが個人的に二人のために……?」

「災害の時に松田家と合流した竹田家当主と巴が、本来なら小夜が受け止めなければならない荒ぶる座敷童の相手を坊に頼み、松田家といち子は引き受けた。坊はその時の小夜を見て、竹田家への貸し一として承諾したようじゃ」

「突然言い出した竹田家への貸し一にそんな理由が……それなら、座敷童管理省も小夜さんのバックアップになれば……」

「座敷童管理省がバックアップになれるほど御三家は甘くない。見てみるんじゃ」

 文枝は真っ赤になって翔に立ち向かう座敷童を指差すと、

「打ち拉がれて荒ぶる座敷童を相手に、厳しくも心優しく、ガキ大将のような遊び相手になれるのは坊だけじゃ。座敷童が人間の心を理解するのを忘れてはいかん。心がわかる相手との遊びはバックアップとはいえ利を求めては見抜かれて相手にされん。座敷童管理省は座敷童管理省ができる事を座敷童のためにすればいいんじゃ。それに、小夜は小夜らしい竹田家を作るじゃろ」

「どういうこと?」

「巴はさとに代わって竹田家に常駐していただけじゃ。今の竹田家は、巴が常駐する前の竹田家に戻ろうとしておると聞いておる」

「巴さんが常駐する前の竹田家?」

「竹田家は代々、座敷童を数多くお世話するために東北を中心に旅館や不動産経営を生業とし、座敷童と家主を繋げ、座敷童に住みやすい環境を与える。人間と座敷童の仲介をするのが本来の竹田家じゃ。そして、二首三首……七首のオロチであろうと常駐型や放浪型の個々の力、数の力で圧倒するのが本来の東北座敷童じゃ」

「それじゃ小夜さんらしい竹田家っていうのは?」

「巴が小夜の常駐型座敷童になるんじゃ。八童としての力は出せなくなるが、いつか巴が八童としてオロチと闘えるようになれば小夜の竹田家じゃ。坊はそれまでの兼任じゃ」

「でも旅館や不動産経営は?」

「坊は蕎麦は打てても経営は知らん。人間社会としてはきのこ汁を作れる小夜と一緒じゃ。そもそも、そんな心配は地域に根付いた竹田家には小事じゃ」

「何から何まで先に先に手を打ってる。…………おばあちゃんはどうするの?」

「ワシはしずかの家主じゃ。御三家や座敷童管理省とは違う。今までと変わらん」

「…………」

 杏奈は頭の回転が早く、知識が豊富にある。無いのは協調性と座敷童の知識。そのため先ほどのような事後の会話でも、予想の範囲で自分達が部屋でゴロゴロしていた時に何があったのかがわかる。

【オロチはおばあちゃんが圧倒したみたいよ】

 アーサーが何気なく言った圧倒という言葉。

 杏奈が東大寺で見た四◯メートルのオロチが第一形態。そして今回、東北のオロチは前回蘇った際、被害を広げないため第三形態のまま簡易的な封印をするしかなかった、と聞いた。

(第三形態、それも一五◯メートル以上はあるオロチをおばあちゃんが圧倒……? 人間にそんな力が? 松田さんの跳躍も異常だし……疑問しかない。疑問しかないけど、しずかちゃんは自分を守ってくれると思ったからおばあちゃんを家主に選んでる。松田さんもいずれはいち子ちゃんの家主に……。八童の家主は第三形態のオロチを圧倒するのは当たり前って事になるけど……)

 杏奈が現状での予想を頭の中でまとめていると、玄関の方から「ワシぜよぉぉぉぉ」という龍馬のお気楽な帰宅の挨拶が届いた。

「龍馬と八慶が帰ってきたようじゃ。巴の代わりに東北の八童に八慶がなれば、座敷童管理省は忙しくなる」

「八慶君が八童? 忙しく?」

「平安時代、いち子以外はしずかの武力しか認めなかった近畿の荒くれ座敷童を倒して回っていたのが悪童遮那王。鎌倉時代、しずかの代行を実力で掴んだのが大悪童弁慶。八太はさとと結婚し丸くなったようじゃが、八慶は今の坊より厳しいじゃろ。常駐型は竹田家に任して、座敷童管理省は放浪型やノラの受け皿になってやるんじゃ」

「! ……そういうことか」

 杏奈は文枝の言葉に座敷童管理省の先行きを見た。

 しずかの家主が応用問題で放浪型やノラのお世話は基本問題だとしたら、現段階の座敷童管理省では応用問題の解答は不可。そのため、今は応用問題を解くよりも放浪型やノラのような一般的な座敷童の受け皿になり、基本的な問題を解いていく事で応用問題を解くための経験をしていくのが最良と杏奈は考えた。

(おばあちゃんは積み上げてきた努力からオールマイティなお世話ができるけど、座敷童管理省はこれから積み上げていかないとならない。学ぶ期間としておばあちゃん以外の常駐型座敷童の家主からも学び、放浪型やノラの座敷童を常駐型にしていけばいづれ八童の家主に…………)

 と杏奈が考えていたら、龍馬が現れる。

「あちゃあ。東北の座敷童もぬるくなったもんじゃなぁ」

 翔に頭突きされて泣きわめく座敷童を見た龍馬が呆れていると、その背後から青年八慶が現れる。

「教育が足りないようだな?」

 泣きわめく座敷童を、仁王像顔負けにギロリと一睨みする。

(…………、これは難問だ)

 八慶が一瞬で大広間にいる座敷童を沈黙さした姿を見て、アーサーを筆頭に座敷童に対して厳しさや実績のない座敷童管理省では基本的な問題でさえ難問だ、と思うのだった。

 しかし、そんな状況でもお気楽な座敷童が二人いた。

義兄様(あにさま)プンプン! 義兄様プンプン!」

「オジプンプン! オジプンプン!」

 さととかぼちゃは青年八慶の足元をバカにするように回る。

「さと。弥生……」

「かぼちゃじゃ!」

「かぼちゃじゃバカオジ!」

 間髪入れず否定したさととかぼちゃだが……

「教育だ」

 ゴンッ! ビシッ! と八慶はさとにゲンコツを放ち、かぼちゃにデコピンを打ち込む。

「さと。今後の弥生の教育は私がする。お前と八太に任していたら八太みたいなバカになる」

「八太は義兄様より危険が危ないかえ?」

 頭を押さえ、不貞腐れながら返答する。

「八太とは遮那王だ」

 脱線しそうな会話を立て直そうとするが……

「遮那王はバカ義兄様の八太かえ?」

「弥生が遮那王みたいなバカになる、と言っているのだ」

「義兄様といたから遮那王はバカなのじゃ」

「!」

 確かに、さとと出会う前から八太はバカだった……と八慶は思うしかなかった。

「遮那王が悪童なのは義兄様が教育したからじゃ」

「…………」

 普段は会話が成り立たないくせに、こんな時だけ会話が成り立つ腹立たしさが八慶の額に血管を浮かす。

「かぼちゃは妾が悪童にならないように教育するしかないようじゃ」

「バカオジ! バカオジ!」

 かぼちゃはゲシゲシと八慶の脛を何回も蹴る。

「…………、」

 悪ガキであろうとも姪っ子なため可愛がってやりたい気持ちはある。しかし、脳天気な弟と天使爛漫な女から生まれた子供、それもかぼちゃという名前まで気に入ってるアホっぷり……、

「遮那の子供の頃そのままだ。私には遮那を悪童にした経験から弥生を悪童にしない」

「義兄様は遮那王の双子の兄じゃ」

 ぷいっと頬っぺたを膨らましながら横を向いて否定を見せる。

「だからなんだ?」

「妾は知っている。泣き虫遮那が悪童を目指した切っ掛け。大悪童弁慶が一人の女子(おなご)のために…………」

 キラーンと瞳を輝かせる。

「誰に聞いた」

「去年、いち子と八重から聞いたのじゃ」

「八重!!!!!!!!」

「さと! わっちは知らないふりをしてたでありんす!」

 ズダダダダダダダとしずかは一目散に逃げる。続けて、八慶の隙を突くようにさととかぼちゃも逃げようとするが、さとは八慶にがっしりと頭を掴まれ、かぼちゃは龍馬に捕まった。

「八慶。文枝殿がいる間は座敷童同士の喧嘩は無しぜよ。今は我慢じゃ」

「………」

「モジャモジャ。義兄様は我慢と根気が足りないのじゃ」

「バカオジ! モジャモジャ! かかってこい!」


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