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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
46/105

7

 

 座敷童管理省東北支署の一室。

 旅館の一室を思わせる六畳一間、丸型のテーブルと三組の畳まれた布団が壁際に置かれ、ショルダーバックが口を開いて桃色の小袖をはみ出す。

 部屋の中央には山盛りになったオロチの鱗、俺はこの黒い鱗を弾丸に加工する方法を考えているのだが…………

「井上さん。自分の部屋に行ったら? それか昼飯時だしアーサーみたいにみんなと合流するとか」

「後学のため、鱗の加工を……」

「見せれないから松田家では口伝にしてるんだけど?」

 井上さんが後学後学と言って出ていかない。居座れば教えてくれると思っているのだろうか……いや、違うな。

「黒の鱗は一枚百万円の価値があります。一枚が吉法師さんと龍馬さんの知識と経験からの授業料一ヶ月分です。私は鱗を管理する者として一六三二八八枚を数え、一○万枚一千億円の価値があるかを見定めます。加工方法は見ません。『試作に使った数』だけ確認するだけです」

 鱗を管理する者なら今回の問題に対して事後に一千億円の価値があったのかを判断しなければならない。それは俺にもわかる。だが、オロチという災害を事前に知り一千億円で片付けれるなら安いもんだ。それを井上さんがわかっていないという事はない。おそらく、試作に使った数と言ってるから……

「試作に使った鱗の分で俺に貸しを作ろうとしてない?」

「今回の問題は松田さんあっての対抗手段です。座敷童管理省に松田さんがいなければ今日中に撤退すれと言われてました。好きなだけ試作に使ってください」

 井上さんはいつもどおりの変化の薄い表情で言ってる。本当にいつもどおりだ。しかし、先ほどの御神籤事件がなければ素直に井上さんの言葉を受け入れたかもしれないが、今は……変化の薄い表情の裏では貸しを作る気でいる、と勘ぐってしまう。

「作ろうとしてないんだね?」

「……、……さぁ」

「作る気満々だな」

「……、………………」

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げお地蔵さんのようにピクリとも動かなくなった。うん、これはアレだ、こっちの話を聞かなずに無言を貫いて折れるのを待つめんどくさい対抗だ。鱗を持って別の部屋に行っても付いてくるだろうな。悪足掻きにしか思えないが、一週間しか時間がない俺に対しては有効な手段だ。井上さんの根負けを狙うという手段もあるけど……まぁ、仕方ない。どのみち『加工だけ見てもわからない』し、無知を利用して八慶の会話の誘導みたいに要点を逸らせばいい。

「わかった。もういいよ」

 ため息を吐き、

「試作には黒の鱗を大量に使う。その使った分を貸し一としてもかまわない」

「私は押し付けている訳ではありません」

(井上さん……押し付けてますよ。無意識にやってるとしたら天然と書いて悪女ですよ)

 ため息を吐きたい気持ちを抑えて、

「その俺への貸し一は加工を見せる事で清算。前提に『見なかった事にできるなら』になるけどね」

「そんなやすやすと見せてもよろしいのですか」

「ダメだよ」

「見ても私には理解できない。という事ですか?」

「加工方法がわかればオリジナルの真似はできる……けど、あくまでもコピーだからオリジナルでは無い。便利な物にはリスクがあるという言葉どおり、知識のない人がこの加工を知るとリスクで自業自得な悲劇を生み、他人にもその被害が広まる。加工方法は絶対に松田家から出せない」

「私に貸しを作ろうとしてませんか?」

 疑いを含んだ視線を向けてきた井上さん。

 おいおい、俺は『貸し一は加工を見せる事で清算』と言ったのに……人間不信になっているのか? だとしたら巴が原因だが、その不信を俺に向けるという事は友達ではないと言ってた事に真実味が出てしまう。井上さんは俺をどんな人間と思っているのだろうか? 友達かどうかを確認したいけど、友達ではありません協力者です眼鏡クイッと面と向かって言われたら立ち直れないな。今は進行を優先することにしよう。

「座敷童管理省から見れば黒の鱗は価値があるみたいだし、俺は今ある座敷童管理省に対しての貸し一を清算したくない」

「わかりました。松田さんと私の間にだけはwinwinが成り立ちます。松田家と座敷童管理省にはマイナスになりますけど、黒の鱗の価値と換算すれば線引きとしてはこの辺ですね」

(いや、井上さんが頑固一徹だから折れただけで、俺にもマイナスなんだけどな……まぁ、思ったとおりに事が運んだからいいけど)

 井上さんには松田家口伝という言葉が頭の隅にあるから引き時を『自分個人だけ』にしたようだが、それは加工を見た後に座敷童管理省にその技術からの物品を投資すればいいという『自分が生産者になれる』前提の考え。無知な井上さんを騙すようで心苦しいが、見せれる加工よりも大事なのは『加工方法』なのだ。

「口約束だけど契約成立でいいかな?」

「はい」

「……、よし」

 一瞬、素直すぎる井上さんを勘ぐったけど……たぶん、線引きに納得してるから疑っていない。それだけでなく、本来なら誰も知り得ぬ松田家口伝に好奇心が向いている。巴が井上さんを箱入り娘と言っていたのは『無知な事には無警戒』という危機管理能力が働かない浅はかさがあるという意味も含まれていたのかもな。

 例えば、外の世界を知った箱入り娘が無警戒に野良犬を触る。するとどうなるか? 噛まれる。血が出る。痛い。までなら箱入り娘もわかるけど狂犬病までは考えない。『無知な事にも警戒するのは体験や傍観からの知識』になるのだ。だからこそ体験もなければ傍観もない箱入り娘には野良犬に対して警戒心が無いし、家の中の飼い犬しか知らないから無警戒に狂犬病を体験する事になる。それが違う形でどのような体験をするかは、巴に凹まされた井上さんを見れば明らかだったと思う。

 経験しても尚、井上さんに無警戒な部分があるのは、やはり機械的に分析した会話力しかなく人の気持ちを見ない弱さにあると思う。その中には箱入り娘特有の純粋という二文字の言葉も含まれている。巴の言うとおり大臣の参謀としては未熟だし、吉法師の言うとおり卵から生まれたばかりの雛という事だな。あいつ等の洞察力には脱帽だ。

 俺は井上さんから視線を移して山盛りになった黒の鱗を見やる。右手を伸ばして一枚の鱗を取り井上さんに向ける。

「錬金術って知ってる?」

「化学的手段を用いて卑金属(ひきんぞく)貴金属(ききんぞく)に精錬しようと試みる語、その語は金属の他にも人間の肉体や魂を対象にして完全な存在に錬成を試みる事も含まれています。近年では、錬金術と化学を分離しない伝統を指す言葉としてキミアとも呼ばれたりしてます」

「……、……」

 キミア、なんだそれ? と思いつつ、井上さんの知識には触れないように、

「それならオリハルコンとミスリルは?」

「現実には無い文献にある言葉です」

「……、……」

 井上さん、堅いよ。もっと夢を見るように軽く考えてよ。いち子と出会う前は座敷童だって文献にある言葉だったんだからさ。この辺はアーサーの方が素直に受け入れそうだな、と思いつつ、

「これがオリハルコンだ」

「……、……、はい?」

(す、すげぇ怪しんでる)

 内心で戸惑いながら、

「八枚の鱗を錬成して八岐大蛇の櫛ができる」

「それは本当の情報ですか?」

「オリハルコンやミスリルは現実には無い金属、オロチの鱗は座敷童が見える側の人間だから見えるだけで現実には見えない非現実のモノ。その非現実のモノを精錬するのが松田家口伝の技術、錬金術だ。そう考えればわかりやすいかな?」

「中二病のお話ですか?」

「い、いや、そういうのじゃなくて……」

 かなり怪しんでる。確かに、錬金術から始まってオリハルコンやミスリルなど言葉を並べれば精神疾患を疑われても仕方がない。でも……目の前には非現実の鱗があるし、八岐大蛇の櫛も……いや、そうか……実際に井上のばあさんが装着して座敷童を見てない以上は半信半疑なんだ。なるほどなるほど、女子的な感覚で精神疾患を疑ってないなら現実に見せればいいな。

「それじゃ、これを手に乗せてて」

 右手にある黒の鱗を井上さんの左掌に乗せると、

「火は水で消えるけど水は火で蒸発する。水の量、火の量でその時の結果は変わるって事だけど、その時に出る蒸気を霧と仮定する。その霧になる条件は湿度が関わるけど……この辺は説明しなくていいよね?」

「水分量を多く含む暖かい空気が冷やされると水蒸気が水粒となり、空中に浮かんだ状態が霧。数字的な発生条件は……」

「いやいや、数字的な発生条件はいいよ。ええ……と、それなら川霧も理解してるって事かな?」

「川霧は霧の発生条件とは異なります」

「そう、その異なる発生条件が鱗を加工する上で大事になる」

「……、説明の意図がわかりません。今の説明だと加工に関するメカニズムは不明というものになります」

「不明、だね」

 井上さんの左掌にある黒の鱗に右手人差し指の先を付ける。

「見ててね」

「?」

「融解ぃ〜〜……」

 言ったと同時に井上さんの左掌にある黒の鱗は中心から溶け始め、左掌に溜まるように液状化、黒いスライムになる。

「……って感じで溶かして、このスライムを…………」

「トリックです」

「いや……」

「トリックです」

「いや、違う」

「トリックです」

「気持ちはわかるけど……」

 そんなにムキにならなくても、と思いつつ、

「黒の鱗は井上さんが龍馬に盗まれないようにずっと管理してたし、俺が種を仕掛ける暇なんてない。それにオロチの鱗は非現実のモノ、座敷童にお供えした食べ物を座敷童が非現実のモノとして食べるのを毎日見てるしょ?」

「…………」

「これは非現実の中の現実。種も仕掛けもない錬金術」

 納得してないな。俺も初めて見た時はトリックとしか思えなかったからな。松田家当主から細かな融解方法を教えられて俺は納得したが……言うわけにはいかない。何故なら、松田家口伝だし加工を見せるとは言ったけど教えるとは言ってないからな。言葉の揚げ足をとって性格が悪いと思われようとも、これは松田家口伝、どんな理由があっても教える事はできないのだ。

「鱗の融解と川霧を同じに考えてみて。その発生条件、融解値が松田家口伝なんだ」

「加工自体が口伝というわけではなく融解値が口伝…………その融解値は感覚的なモノではないですか?」

「そうだね」

「見てるだけの私にはわかりませんね」

「そうだね」

「騙しましたね」

「騙してないよ。見せるとは言ったけど教えるとは言ってないし、井上さんの感覚まで俺はわからないし」

「松田さん、いえ……松田家はオロチを溶かせるという事ですね」

「……、そうなるけど、そうはならない。何故なら、オロチは再生するから」

「今の間はなんですか?」

「秘密。松田家口伝」

「やはり、龍馬さんと同じく頭髪が性格を表してますね」

「……………………」

 遠慮ねぇな! 本来なら見せるだけでも大サービスなんだ。井上さんが頑固一徹だから見せたのに……

「なぜ、鱗が手に触れただけで溶けるのですか? 有り得ません。科学的に有り得ません」

「松田家口伝と言いたいけど、それは勘違い。オロチは人間側の生物じゃないから科学は関係ない。理屈は科学を例にして説明はできるけどあくまでも非現実のモノを扱う技術、松田家の錬金術だからこれ以上は教えれない」

「なぜ、人間にそのような力があるのですか?」

「……、井上さん……松田家口伝なんだから…………うおっ!」

 怒ってる! 井上さん怒ってる! 親の仇のように睨んできてる! 騙し討ちみたいにしたのがプライドを傷付けたか! でも、松田家口伝なんだ……そんな憎々しい顔を向けられても俺から言えるのは『座敷童と関わっていたらわかる事』だけだ。なんとか騙されてくれ。つか、騙す。

「座敷童が人間側の物を非現実として食べて着ている。そうなると、座敷童が食べて着ている非現実の物に対して人間が干渉できない理由はない」

「それはわかります。ですが溶けるという理由にはなりません」

「しずかの扇はばあさんの作った物だけど、御供えした時は通常の扇と同じ大きさだ。でも、しずかが子供の時は小さくなり大人の時は大きくなる。闘う時なんて上半身を隠すぐらい大きくなる」

「形状に限りは無い。という事ですか?」

「気持ちだからね。その気持ちが大きければ力も大きくなるから扇も力に合わせて大きくなる」

「その理屈ですと、人間の松田さんが座敷童みたいに気持ちの形状を変えたという事になりますが?」

「そうなるね。でも、今見せた技術はあくまでも融解であって形状変化ではない」

「どういう意味ですか?」

「座敷童だと大小の形状変化はできるけど、松田家は融解して元の形状には戻せても大小の形状変化はできない。人間がその形を気持ちとして座敷童に御供えしたから同じ人間ではその形を変える事ができないという理由らしい。納得できない理由かもしれないけど、それが事実。この理屈はオロチの鱗にも通じる」

 そして、と加え、

「融解は座敷童が大事にしてるモノの形を無くす技術になるため、松田家が口伝にしてる理由の一つになる。何故なら、座敷童が見える側の人間が全て座敷童に対して友好的というわけでは無いからだ。富に目が眩み座敷童を家出するまで追い込んでおきながら、その自業自得の結果を見直さずに座敷童を逆恨みしてるんだ。……そんなバカで御都合主義な人間ほど目ざとく耳がいいから口伝にしてるんだ」

「……、……口伝にする理由としては十分ですね」

 納得する表情をすると、

「それでは、人間は……いえ、松田家は座敷童に御供えされたモノとオロチの鱗の融解しかできないという事ですね?」

(なかなか本題から逸れてくれないな……仕方ないか)

 内心ではこれ以上の話はしたく無い。何故なら、俺の脳みそが話せる範囲の言葉を選んでるから沸騰しそうなんだ。

「融解なら座敷童の持ってるモノとオロチの鱗はできる。……スライムからの形状変化に疑問を持ってるんだよね?」

「はい。融解からの加工、今回は弾丸になりますから……今までの説明だと、このスライムを元の鱗に戻す事はできても弾丸にする方法が無いという事になります」

(よし、これで加工に話が逸らせるな)

 全体的には非現実の御供え物は融解できるけど元に戻す過程で扇から刀や槍などへの形状には変えれないというだけだが、井上さんは新しい知識を取得したからなのか先ほどまでの怒りは無いようだ。今後、普通に知る事ができる知識だったとバレた時は怖いが……今はそんな事を気にしても仕方ない。とりあえず、俺の脳みそが沸騰する前にとどめを刺せる準備ができた。

「井上さんは薙刀が得意だよね?」

「はい」

「薙刀は刀身、鍔、長柄と大まかにあるけど、どの部分が重要?」

「刀身、鍔、長柄、全てです」

「それはそうなんだけど……」

 その中でどれが重要かを答えて欲しかったな。まぁ、仕方ない、話を進めるか。

「まぁいいか。それなら真剣の薙刀の刀身、鍔、長柄にスライムを塗ってみな。オロチの力を宿した魔法剣ができるから。それが加工に……」

「中二病ですか?」

「…………」

 中二病中二病って……中二病に関わる何かがあったのか? 確かにオロチの力が宿った魔法剣なんて中二病発言だが……でも、井上さんは東大寺でのオロチ戦の時にその力を見たんだけどな……

「吉法師が東大寺のオロチを両断したのは、両断した刀にオロチの力が宿っていたからなんだけど……」

「吉法師さんは座敷童です」

「いやいや。座敷童と人間には肉体自体の強弱の差はあっても武術や剣術の技術に差はないよ。吉法師と龍馬が人間だった時も座敷童としても異例なのは認めるけど、昔はオロチの力を利用して人間もオロチと闘っていたんだ。融解とは違う方法、刀を打つ過程の玉鋼に混ぜるという方法を使ってね」

 魔法剣じゃわかり難いな、と加え、

「オロチの力に持ち主が振り回される事から妖刀と呼ばれていた事もある」

「文献のような魔法陣や詠唱などが無いので魔法剣よりも妖刀の方が納得できます。持ち主が振り回されるというのは危険だと思いますが?」

 井上さんは薙刀を妖刀化する前に不安材料を取り除きたいんだな。毎回これくらいの質問だと気が楽なんだけどな。

「妖刀が危険じゃなくて持ち主が未熟だと扱えないだけ。車と一緒だよ。運転手で車は危なくもなるし安全にもなる。それと、鱗の量は車で言うところの馬力になるから量が多ければ持ち主にその分の負担がある。まぁ、一枚分の黒の鱗を宿した薙刀だと……井上さんなら素振りを一○回できればいいかな」

「……素振り一○回、ですか。薙刀を持ってきます」

 井上さんは部屋を後にする。

 素振り一○回、たぶん一回もできないだろうな。座敷童の中でも扱えるのは多くないし、人間なら強靭な肉体とオロチの力を扱える才能に恵まれてやっと一枚の鱗が宿った刀を触れるぐらいだ。侍と呼ばれた強者でさえ才能の壁に挫折していたみたいだからな。

「生まれつきオロチの加護がある龍馬は異例としても、才能の無い吉法師は当時の松田家当主が座敷童にする試験として提示した難題を乗り越えた結果だからな。……お濃のためとはいえ、織田信長はとんでもない男だな」

 あっ、しまった。と思い返し、

「井上さん……妖刀化した薙刀を使い熟したいって言うだろうな。おそらく吉法師や龍馬に鍛錬方法を……いや、龍馬は井上さんが座敷童の世界に入ることを反対してるから大丈夫だ。問題は吉法師だな……あいつ無駄に面倒見いいからな、早めに手を打っとくか」

 とりあえず今は……と山盛りになった黒の鱗の中から一枚取り、

「刀や薙刀のような現実のモノと非現実の鱗の融合はスライムを塗ればいいだけだが、融合中に枚数分の負担があるから一○万枚分になると……一週間では現実のモノに宿すのは無理。八岐大蛇の櫛に使う木材を木刀に……いや、アレは作成者と使用者の負担を軽減する効果があるだけで封印を破壊する程の威力には耐えられない。そもそも一○万枚という質量を宿すとなると大きさが必要だ。なんなんだこの難題はちくしょう! ……いや、頭に血を登らしても意味はない……まずは一○万枚を宿す器を……」

 気持ちを落ち着かせながら思考し、

「一○万枚を宿せて封印の威力に耐えられる刀身は無いし耐えられる使用者もいない。やっぱり龍馬の早撃ちになるが…………弾丸には一○万枚は入らない。龍馬の拳銃も大小に形状変化はするから……遠距離ミサイル! ……いや、拳銃が形状変化で発車台になるのか? それ以前に座敷童管理省は遠距離ミサイルの空砲なんて手に入れれるのか?」

 中二病の考え方だな……とため息を吐き、

「巴は『人間側に干渉しない弾丸』と言ってたな。……となると一○○パーセント非現実での形成……それか座敷童管理省が手に入れれたら遠距離ミサイルと融合させて龍馬に非現実の方を取ってもらう……これは少なからず人間側に干渉してるけどやっぱり一番いい考えなんだよな。そもそも巴は人間側に干渉しない弾丸を見た事あるのか? スライムからどうやって形成するんだよ」

 答えの出せない自分に苛立ち、

「なんなんだこの難題。……なんで母さんはいつもいつも肝心な事を……いや、ダメだ、人のせいにするな、母親の責任ではない。俺が八岐大蛇の櫛を作るのに一ヶ月以上掛かるからまだ教えてもらえないんだ。ちくしょう……情けねぇな。…………んっ?」

 襖が開くと薙刀を持った井上さんが入ってきた。

「スライムを塗るだけですか?」

「……? ……あ、あぁ……」

 そういえば井上さんに加工を……と朝に目が覚めたようにジワジワと冷静になっていく。しかし、その冷静になった思考が選んだ答えは『遠距離ミサイル』という冷静では無い答えだった。

「刀身だけの方がいいと思うけど?」

「薙刀は刀身、鍔、長柄、全てが大事です」

 薙刀を畳の上に置くと左掌にある黒色のスライムを右手人差し指で掬い取り、刀身、鍔、長柄に塗っていく。

「手入れをしてるみたいですね」

「見せれる加工はソレだけ。大量の鱗とは等価交換にはならない、と思うかもしれないけど見る人が見れば等価交換以上なのを忘れないでくれ」

「はい。座敷童に被害が出る事なので見なかった事にします」

「それと……後から聞かれると思うから先に言うけど、皮膚に触れてるのに人間とは一体化しないし負担にもならないのはなんでだと思う?」

「…………」

 井上さんは両手を見る。水の中では混ざらない油のようにスライムが皮膚の上にあるのを確認すると、

「人間が水、鱗が油、に思えますが?」

「鱗やスライムの状態で負担は無いのに刀や薙刀に融合すると負担になるのは、使用目的や製作者の気持ち、魂に反応して負担になっているという推測があるだけで定かじゃないんだ。そして、もう一つ解明されてないのが、もしもそのスライムを体内に入れた時」

「オロチの力を得れますか?」

「命と引き換えにね」

「!」

「オロチの力は絶大だ。そんな力が肉体に宿って生身が無事でいられる理由はない。脳で肉体の力を制限してるのを肉体から無理矢理解放するようなもんだからね。命があっても、脳だけ生きて肉体が死ぬ。オロチの鱗は人間には猛毒だ。絶対に食べないように」

「……はい。座敷童は食べても大丈夫なのですか?」

「人間と同じ。八童みたいに鱗が無くても能力があるならただの石コロだし、吉法師や龍馬みたいにオロチの力が必要な連中しかこんな物騒なモノは重宝されない」

「それで支笏湖に捨ててたのですね」

「そうだね。……でも、今回はその捨てていた鱗が役に立った。不思議なのは『なんで今まで支笏湖に沈む鱗を使って封印を破壊しなかったのか?』なんだ。……井上さんはどう思う?」

「……、龍馬さんはいち子ちゃんとしずかちゃんが支笏湖に鱗を捨てているのを知りませんでした。この理由だといち子ちゃんとしずかちゃんが松田家当主や龍馬さんに言って蘇らせなかった。という疑問が生まれます。この点から、今回の一○万枚の鱗を使って封印を破壊するという方法は『破壊できるだろう』という憶測だと思います」

「それと、一○万枚の鱗を形成する方法が無い。というのもある」

 方法が無い、あるかもしれないが俺が松田家当主に教わり、加工を見てきて知る限りでは無い。

「……、松田家当主は龍馬さんが来るたびに弾丸を作っていたのでは?」

「空砲に融合していただけだ。それに一○万枚のスライムが入る空砲なんて大砲の弾丸以上の遠距離ミサイルの空砲が必要だ。それだと発射台が必要になる」

「龍馬さんのリボルバーが大きくなるのでは?」

「そうなると現実の遠距離ミサイルと非現実の一○万枚の鱗を融合させ、龍馬に非現実の遠距離ミサイルを装填してもらう事になる。遠距離ミサイルの空砲を用意できる?」

「無理です」

「そうなると一○○パーセント非現実の遠距離ミサイルをスライムから形成しないとならない」

「…………」

「井上さん。正直言うと、そんな方法があるとは思えない。モノとモノなら融合はできる。でも、スライムを弾丸に形成なんてそれこそ科学的にも無理だろ?」

「…………C4では?」

「信管は? 黒の鱗が爆発するメカニズムが不明だ」

「…………ニトロ……核融合……」

「同じだね。メカニズムが必要だ」

「龍馬さんのリボルバーは火薬無しにどうやって弾丸が飛ぶのですか?」

「簡単に言うと空砲の中にスライムを入れた魔法弾だよ。弾丸が飛ぶんじゃなくて、弾丸の代わりにオロチの力が飛ぶんだ」

「その理屈だと、爆発のメカニズムになるヒントは無いですね」

「無いな」

「弾丸という考えを無くして、直接封印を破壊する……例えば刀や薙刀など……」

「一○万枚の鱗を融合できる刀や薙刀は無いな」

「いくらでも融合できるでは?」

「…………まだ気づいてないか……薙刀持って立ってみな」

「?」

 井上さんは両手で薙刀を握り、両足に力を入れ、立ち上がった……その時。

「あ、あれ……あ、⁉︎」

 ふらっと足がもつれ立ち眩みしたように膝が崩れる。

「うおっ! 危ね!」

 倒れ込む井上さんの手にある薙刀を掴み、華奢な身体を支える。

「大丈夫?」

「……妖刀ですね。体力が全て吸われた感じです」

「融合させた量だけオロチの力を使える。融合させた量がマジックポイントって感じだ。オロチの力を使わない限りは妖刀のままだ。トレーニングにはいいと…………」


『失礼する、ぜよ!』

『失礼する。翔殿、昼飯に蕎麦を打っ…………』


 襖から入って来たのは龍馬と八慶。龍馬は井上さんの父親面を変わらず続け、八慶は変わらず目を閉じている。だが、俺と井上さんを見た瞬間、龍馬は額に青筋を浮かべ、八慶は言葉を止めて両目を開く。

「こ、これは失礼した。二人の関係がそこまで進んでいたとは……」

 八慶が珍しく戸惑っている。

「し、翔! 嫁入り前の娘を傷物にしおって‼︎」

「なに言ってん…………、だぁ⁉︎」

 俺はバカか! 学園モノのラッキースケベ主人公か!

「いつまで抱き合っとるぜよ! 離れるんじゃ!」

「うおっ! あぁ! ご、ごめ……」

 井上さんから離れようとする。しかし井上さんは妖刀化した薙刀に体力を吸われて絶賛立ち眩み中、離した瞬間に倒れ込み、俺の胸に収まる。

「エロ天パ! はよ離れんか!」

「薙刀が妖刀化してんだよ! 騒いでねぇで薙刀を取れ!」

「なんじゃと! 妖刀化してテゴメにしようとしてたんかぁ⁉︎」

「んっなわけあるか! とっとと薙刀を取れ!」

「むむぅ」

 龍馬は右手で薙刀の刀身を握り左手で長柄を握ると、そのまま俺と井上さんの重なる身体の間から『妖刀化した非現実の薙刀』を抜いた。

「これでそっち(人間側)のは妖刀化しとらん。離れるんじゃ」

「井上さん。ちょっとは楽になったしょ?」

 ゆっくりと井上さんの肩から手を離す。

「は、はい……」

 ふらふらと上半身を揺らしながら畳に膝を付けると、

「……すみません。できれば布団で横になりたいです」

「わかった」

「布団じゃとぉ⁉︎」

「うるせぇ!」


 なんだかんだで一○分後……


 現実と非現実を重ねて元に戻した薙刀は壁に立て掛け、井上さんは布団の中で横になり、俺と龍馬は向かい合わせに座る。八慶は俺と龍馬を正面に座っている。

 とりあえず、龍馬の井上さんの父親面はいつまで続くんだ。

「誰もいない隙に嫁入り前の娘をテゴメにしおって。文枝殿に合わす顔が無いぜよ」

「なんもしてねぇよ。逆に助けてたろ」

「おぉおぉ、言い訳ぜよ言い訳ぜよ。誰でもそう言うぜよ。事故ですぅ、間違いですぅ……どこのラッキースケベ主人公じゃ⁉︎」

「どこがラッキースケベ主人公だ! 薙刀と肩しか触ってねぇよ!」

「アンラッキースケベ主人公か⁉︎」

「今の現状がアンラッキーだよ⁉︎」

「ちっ!」

 龍馬は舌打ちし、

「何もないんじゃな?」

「お前の目には何かあったように写ったのかよ?」

「…………ヘタレスケベ主人公が、ぺっ」

「間一髪救世主主人公だろ」


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