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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
42/105

3

 

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 俺達は大部屋に御膳を並べて食事をしている。席順は井上のばあさん宅と同じく座敷童管理省東北支署でも座敷童が上座になり、右からいち子•八太•空席•空席•巴•しずかと並ぶ。空席は八慶と龍馬になるのだが……あいつ等はどこに行ったんだ?

 二人の行方を考えても仕方がないため話を進める。

 しずかは五○日ぶりの小豆飯にがっつき、いち子も同じぐらいがっつく。意外なのは井上のばあさんの小豆飯だけでなく、小夜の南部煎餅入りキノコ汁にもがっついてる。たしかに美味いんだ。俺はいち子におかわり禁止と言ってるからできないけど、達也なんて大盛りで三杯目だ。

 いち子の斜向かいには俺が座り、小夜と達也が続く。先には誰もいないため、御三家席とでも言っておこう。

 御三家席の正面、しずかの斜向かいには井上のばあさんが座り、斜め後ろにジョン。隣に井上さんが座り、アーサーと梓さんと加納さんが続く。その後列に、男性特務員が全員並んでいる。

 席割りのバランスが悪い食事風景、それだけでなく何故かわからないけど、井上のばあさん以外青ざめた表情になり、額から汗を流している。小夜から距離を置いてると言った方が正しいかもしれない。露天風呂にいる時は賑やかな声音が聞こえていたから仲良くやってると思ったんだが…………

「アーサー。井上さん。どうしたんだ?」

「「⁉︎」」

「?」

 俺はアーサーと井上さんの気まずさを出す表情に疑問符を浮かべる。二人がチラチラと小夜に視線を向けているため、ちらっと左隣に視界を移す。

 視線の先には小夜、井上のばあさんが南部煎餅入りキノコ汁を食べているのを理解不能な言葉を発しながら嬉しそうに見ている。……なるほど、原因はやっぱりコイツだな。

「小夜、お前が津軽……南部弁で喚いて失礼な事でもしたんだろ?」

「「!!!!!!!!!!!!」」

 井上さんやアーサー含めて特務員一同が動揺を露わにする。

「わだっきゃなんもスでねぇでがんす」

「だから、がんすしかわからねぇって」

「わのこさえだキノコ汁サ美味ぐねぇのが?」

 小夜はアーサーと井上さんを見るが、二人は訛りが聞き取れなく狼狽する。

「い、いや……」

「あの……」

「ほら、こまってるだろ? 巴、通訳してくれ」

「…………、……」

 アーサーと井上さん、座敷童管理省の狼狽に巴は箸を止めると、作法のように綺麗な流れで箸を御膳台に置く。そして視線をアーサーに向ける。

「アーサー大臣。小夜は、俺の作ったキノコ汁は美味しくないのか? と言っている」

「き、キノコ汁、美味しいわ」

「アンサー! アンサーなのが⁉︎ げぇじんさんがアンサーなのが⁉︎」

 小夜は横に置いてある南部煎餅が入った開封されてない袋を取ると勢いそのままに立ち上がり、アーサーの元に行く。

「こんれはスツレイすだでがんす。ワイロでねぇんだども、わの南部煎餅ばはらちぇはらちぇ食っでくんろ」

 袋を開封し、中から南部煎餅を一枚取り、アーサーに向ける。

「???」……アーサーは困惑する。

「アーサー大臣。小夜は、これは失礼した。賄賂ではないから南部煎餅を腹一杯腹一杯食ってくれ。と言ってる」

「賄賂?」

 巴の通訳で小夜の言ってる事を理解する。が、賄賂という言葉に違和感を感じたのか怪訝な表情になる。

 アーサーは賄賂という言葉を深読みする以前に直感的に引っかかったんだろうな。俺も小夜から賄賂という言葉が出たのが引っかかるし、井上さんなんて水を得た魚のように瞳に力が入っている。

 俺はアーサーと井上さんに視線を向ける。アイコンタクトだ。

(アーサー。井上さん。座敷童管理省側から小夜に賄賂を渡して竹田家との会談を優位に進めるならわかる。でも、今の小夜の言葉はおかしい。『竹田家から座敷童管理省に賄賂を渡して何かを優位に進めたい事がある』と匂わす発言だ。巴も否定していない。おかしいぞ)

(そうね……)

(アーサーさん。南部煎餅を一枚受け取り『半分に割って大きい方を小夜さんに渡してください』)

(わかったわ)

 アイコンタクトを終わらし、小夜と巴の『語らずの真意』を反応から読み取る策に出る。

 アーサーは「ありがとう」と言いながら小夜が向ける南部煎餅を受け取ると、半分に割って大きい方を小夜に向ける。

「はい。半分こ」

「わに?」

「ワニ? ……クロコダイル?」

 アーサーは爬虫類最強の一角クロコダイルを浮かべる。

「アーサー……気持ちはわかるが、それは違うと思うぞ。わに、和に、分ける的なニュアンスでねぇか?」

「違う。『わ』とは南部弁の一人称『俺』になる。アーサー大臣。小夜は、俺に、会話の流れから『自分にくれるのか?』と聞いている」

「え、えぇ。小夜ちゃんと半分こ」

「小夜。アーサー大臣からの『親交の印』だ。遠慮なくいただいておけ」

「「!」」

 巴からの『親交の印』という発言、そして何事もなく割った南部煎餅の大きい方を受け取る小夜。これは政治的な部分だけを切り取れば『巴が座敷童管理省の肩を持つ発言になる』。

 俺は巴の発言に真意を聞こうとした。しかし、井上さんからの視線に制止され口を閉じる。

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、姿勢を正し小夜と向き合う。

「小夜さん。御三家の一家、竹田家とは知らず、さきほどは失礼いたしました」

「なんどごとだ?」

 小夜は疑問符を浮かべる。

「……、……」

 井上さんは何かを待つように一秒、二秒と間を空ける。そして、巴が「小夜は、……」と言った瞬間、左手で巴の言葉を制止、会釈だけを返し小夜に視線を向ける。

「さきほど、我々は小夜さんを座敷童と勘違いしてしまいました」

「そんだごど気んにすでだのが?」

「……、……」

 井上さんは視線を小夜に向けながら再度黒縁眼鏡を右手中指で押し上げた。おそらく、思考しているのだろう。


(そんだごど、キんにすでだのが……そして最後は疑問口調だった。会話の流れからだと『そんな事を気にしていたのか?』になるけど、『キんに』が別の意味だったら見当違いな返答になる。……南部弁の通訳ソフトをタブレットにダウンロード……いや、そんな時間はないし、今は考えても仕方ない。一か八か)


 井上さんは二秒ほど間を空けると、思考が終わったのか小夜に対して会釈し、ゆっくりと抑揚を付けながら言う。

「竹田家と座敷童管理省の間には『溝』があります。『溝』とは、国家機関とはいえ、竹田家に断りなく『座敷童を迎え入れる場』を作ろうとしている事になります。この行為は竹田家から見れば『竹田家の縄張りに足を踏み入れた敵』だと思われても仕方がありません。その上、小夜さんに対して失礼の数々……勘違いからの行為とはいえ、お気を悪くされたままだと『お互いの溝が更に深くなります』。さきほどは、申し訳ありませんでした」

 井上さんは小夜に向けてゆっくりと頭を下げる。それを見た加納さんや梓さん、背後の男性特務員も頭を下げる。

(上手い……さすが井上さんだ……、!)

 騒いでいたのは、みんなが小夜を座敷童だと勘違いして小夜が怒っていた、と俺は理解した。それは井上さんでも小夜の南部弁がわからない事になり、巴の通訳を制止した対応は『自分は小夜を理解したい』という井上さんから巴に対しての意思表示だろう。そして二秒の思考時間は方言がわからないなりの会話、言葉を選んでいた思考時間だろうな。例えを出すと、顔も名前もわからない人が『久しぶりだなぁ』と急に喋りかけてきた時に相手を探りながら会話するのと似ている。井上さんはすでに臨戦体勢だな。しかし、アーサーはやはり浅はかだ。

「アーサー」

 俺は頭を下げようとしたアーサーに対して、言葉を少し強くしながら呼ぶ。

 アーサーは下げようとした頭をピタッと止めると、疑問符を浮かべながら俺を見る。

「……、……南部煎餅でも食ってろ」

「?」

 アーサーは疑問符を浮かべる。

(チッ……コイツは自分の立場を理解してないのか)

 内心のイラつきが増す。組織のトップの頭を安売りするな、と言葉に出さないとわからないのか。どんな状況でも、どんな失礼な事をした後でも『組織のトップが頭を下げる時はその責任を認め、背負う時』。今の現状では、小夜を座敷童と勘違いした程度だ。俺から見たら責任の所在は『まだ』アーサーには無い。竹田家との会談前に頭を下げ、下手に出る必要は無い。巴がいる以上、不利な状況を作ることになる。

「井上さんもみんなも、小夜がなに言ってるかわからないから生まれた誤解だ。その件はお互い様という事でいいだろ。小夜? それでいいな?」

「あだまサ下げるごどでね。わのスツメイがわるがったんでがんす」

「なに言ってるかわからないけど小夜は気にしてない感じだし、コレで手打ちだ。巴、通訳のお前がいなかったのも原因だ。それでいいな?」

「大臣は私の代わりに小夜を風呂に入れてくれたのだ。礼をする側の私が口出しする問題ではない」

 巴はアーサーに視線を向けると、目礼で感謝を伝える。

「いえ、……」

 アーサーは巴の何かを含めた視線に先の言葉を飲み込む。

 井上さんはゆっくりと頭を上げると黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、チラッと俺に視線を向ける。アイコンタクトだ。

(実は、アーサーさんが一番最初に小夜さんを座敷童だと勘違いしてました)

(ゴスロリの座敷童がいるわけないだろ)

(アーサーさんはアイルランド人です。日本との文化の違いから、ドレスを着た座敷童がいてもアーサーさんの中では有りです。座敷童が実際にいるとわかった今は、世界中にいると思ってます)

(夢見る少女か⁉︎)

(夢見る少女でなければ座敷童を信じ続けれません)

 確かに……と井上さんの強い視線に納得し、ため息をしながら呆れるように俯く。それがアイコンタクト終了の合図になるのだが、不意に横槍が入る。

「おめ、ショウば見づめでどすた?」

 小夜はアーサーから受け取った南部煎餅をバリバリと食べながら井上さんに言うと、徐々に驚いたような表情になり、

「ちゃ、ちゃちゃ、ちゃちゃちゃ!」

「ちゃちゃちゃ?」……井上さんは疑問符を浮かべる。

「いが! ショウのめっこが!」

「いが?」……井上さんは疑問符を浮かべる。

「んでんで、なんも言うな。わに任せるでがんす」

 小夜は何事かを言うと井上さんの御膳台を持ち上げ、自分の御膳台に向かう。続けて井上さんと自分の御膳台を置き換え、井上さんの前に自分の御膳台を置く。

「ちゃっちゃとショウの隣サ行げ」

「ちゃっちゃ?」……井上さんは疑問符を浮かべる。

 井上さんは小夜の意味不明な言葉と行動に困惑している。会話のように脈絡があれば方言を『こんな感じで言ってるのかな?』と予想はできるけど、今の小夜の言葉は脈絡が一切ない。本当に南部弁を理解してる人でないと理解は難しいだろう。俺もまったくわからないし。

 何故か八太としずかはニヤニヤと俺を見ている。俺に関係する事なのか? と疑問符を浮かべると、巴が口元を浅く笑わせながら井上さんに。

「小夜は、自分の場所と変わってやる。と『気を使っている』」

「気を……ですか?」

「んだんだ」

 小夜は井上さんの手を掴むと引っ張る形で立たせる。そのまま歩を進めて俺の隣に井上さんを座らせ、「んだんだ」と言いながら満足した顔を作り、踵を返す。そのまま歩を進めた小夜は井上のばあさんの隣に座った。小夜は井上のばあさんの隣に座りたかったのかな……なんか違う気がするけど。

「これはなんでしょうか?」

 井上さんは俺に聞いてくるが、俺もまったく理解してないため、「さぁ……」としか返せない。八太としずかが腹を抱えて笑っているのが困惑させる。そんな俺と井上さんの耳に、巴の意味不明な言葉が届く。

「文枝様。翔程度の男にお孫殿を嫁がせるのは些か尚早な気がしますが?」

「「トツがせる?」」

 俺と井上さんは新しい方言か? と疑問符を浮かべる。

 しかし、巴の言葉は座敷童が見えない側の井上のばあさんには聞こえない。それをわかっている巴が井上のばあさんに言うのは「ばば様の孫なのが⁉︎」と驚愕している小夜に井上さんが井上のばあさんの孫だと教えるためだろう。だが、なんだトツがせるって? さっきまで小夜を座敷童と勘違いしていた話をしてたはず、……わからないな。トツがせる、ってなんだ?

 俺と井上さんの疑問符は解決する事なく、小夜と巴の会話が続く。

「若かりし頃の文枝殿と瓜二つだ」

「ちゃぁちゃぁちゃぁ……」

 小夜は驚いた顔で俺と井上さんを交互に見ると視線を俺で止め、威嚇するように睨むとみるみると顔を赤くする。

「めぐされショウにサ、ミブンフソウオウでがんす。もっだいね! もっだいね! ゆくてねショウにサもっだいね!」

「なに言ってるかわからないが、俺を馬鹿にしてるのはわかるぞ。巴……」

 意味不明なこの状況を巴に聞こうとした時、大部屋に二人の座敷童が現れる。


『失礼つかまつる、ぜよ!』

『失礼する』


 開いた襖から、家紋【組み合わせ(かく)桔梗紋(ききょうもん)】が刺繍された紋付羽織りに袴を履いた龍馬と褌一丁の八慶が入ってくる。龍馬が藍色の甚平じゃないな、気合い入れてどうしたんだ。それに二人の表情は真剣そのものだ。

 二人は場の空気をピリッとさせながら歩を進めると龍馬は八太の隣、八慶は巴の隣に座る。何故か、龍馬が俺を見下したように睨んでくる。

「松田の翔、お前にうちの子はやらん‼︎」

「何言ってんだ?」

「文枝殿が許しても、お前にうちの子はやらん‼︎」

「だから何言ってんだ?」

 ますます意味がわからない。龍馬は誰をうちの子と指して、何を許さないと言ってるんだ?

「龍馬。翔殿はまだ一五歳、杏奈殿も一五歳」

 八慶は番犬のように吠える龍馬の前に右手を向けて制止すると、目を瞑った無表情を俺と井上さんに向け、

「時代が時代なら翔殿は元服を終わらせた成人。杏奈殿も結婚適齢期。だが、現代での結婚は男一八歳、女一六歳。しかし、二人共まだ一五……この場は『婚約』という形だけを作り、我々は二人の成長を見守るのが良いと思うが?」

 八慶まで何言ってんだ? と疑問符を浮かべたいが……口元がニヤついている。

「むむぅ……」

 龍馬も眼光強く俺を睨んではいるが、笑いを堪えたように口元を震わせている。

 うん、コイツ等が言いたい事がわかった。とりあえず……

「井上さん。座敷童の遊びだ。気にするな」

「はい」

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、龍馬を見やる。

「龍馬さん……」

「ワシは許さんぞ⁉︎」

「うるさい。そもそもあなたに決める権利はありません」

「は、反抗期ぜよ‼︎」

「科学的根拠はありませんが、性格の悪さが頭髪に出てますね」

「それは翔にも言える事ぜよ」

「そうですね」

「ぶっ!」

 井上さんの間髪入れない返答に俺が吹き出すと、一同から笑いが生まれる。八太としずかに関したら、大爆笑しながら「翔がフラれたぁぁぁぁ」と告白してないのにフラれた感じにしている。

 確かに井上さんの間髪入れない返答は『男女関係の脈は皆無』と言われてるのと同義な気もする。だが、それ以前に性格が悪いと思われていたのが俺的にはショックだ。

「い、井上さん……?」

「松田さんの性格の悪さはアーサーさんへの対応で確認してます」

「いや、アーサーが浅はかだから……」

「アーサーさんは浅はかではなく、知識に乏しい部分を学ぼうとしているだけです」

「……、さっきのは浅はかだろ?」

 さっきのとはアーサーが小夜に頭を下げようとした事になるのだが。

「頭を下げて事が運ぶなら『相手によりますが』何回でも下げるべきです。それで小夜さんと巴さんの器が測れるなら安いものです」

 真っ向からの否定。

(なんか悲しくなってきたぞ……)

 いち子、慰めてくれ。と内心で泣きながら、食事の終わったいち子を足元に置き「俺のも食べていいぞ」と心を癒す。たぶん、井上さんの突き離すような発言は『俺の手助けは必要無い』という意味だと思う。そうであってほしい……

「ふっ……」

 巴は口元を笑わせると御膳台に箸を置いて井上さんを見やる。

「文枝様の孫。翔の婚約者ではなくアーサー大臣の参謀としてこの場にいる、と思っても?」

「おばあちゃんの孫として来ているならこの場にはいません。大臣の参謀としてこの場にいます。そして松田さんの婚約者というのは誤解です。どこから生まれた誤解かはわかりかねますが、松田さんは私が解明したい事象を手助けしてくれる協力者なだけです」

「解明したい事の協力者なだけ……なるほど。では、協力者とは参謀の友人として翔が手助けをするという事か?」

「友人ではなく私個人の協力者です」

「翔は友人ではない……と?」

「はい」

「⁉︎」

 ガーンという効果音が俺の脳裏に流れる。俺達は友達じゃなかったの? 友達フラグが上がってたと思ってたのは俺だけだったのか?

 婚約者を否定されるのはわかる。でも、友人関係は否定しないでほしかった。それに八太としずか、傷心した俺を大爆笑して追い打ちをかけるな。正直言うと泣きたいんだぞ。思春期男子には立ち直れないレベルなんだぞ。……だが、おかしいな……と傷心しながらも巴に違和感を感じたその瞬間。

「翔の個人的な有事は『座敷童管理省には入れない』という事だな?」

「⁉︎」

「はい」

「いや⁉︎ 待て‼︎」

「「?」」

 井上さん含めアーサーや特務員一同が疑問符を浮かべる。

「翔、座敷童管理省には二言があるのか?」

「……こ、この野郎……」

 やられた……、座敷童管理省の最後の一手、俺が個人的に竹田家に貸した『貸し』が巴の謀略で使えなくなった。

「翔、待てとは、いつまで待てばいい? 言いたい事があるなら『二言以外』は受け付けるぞ?」

「い、井上さん」

 怪訝な表情をした井上さんに視線を向け、

「俺が竹田家に貸してる『貸し』が使えなくなった」

「!」

 井上さんも巴の策にまんまとハマった事に気づく。表情に狼狽を見せたのは一瞬、黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら顔を隠し、三秒ほど思考すると、

「……なるほど。松田さんは座敷童管理省特務員としての立場もありますが、それも個人的な有事は座敷童管理省には入れないという言葉に私が参謀として答えてしまいました。使えなくなりましたね……油断しました」

 黒縁眼鏡から右手中指を離すと、いつもの冷静な井上さんの表情がそこにはあった。しかし、離れている相手なら気づかない違和感がその表情にはある。まるで作られたような表情……いや、作っているな。レンズの奥の垂れ目には巴に対しての畏怖が込められている。冷静を装っているだけだ。それでも井上さんは後を繋げる。

「ですが、会談前に潰しておきたいほどの貸しだった事がわかっただけで十分です。今後、座敷童管理省が竹田家、御三家に作れる貸しの例題になりますから」

 巴に畏怖を感じながらも言葉の剣先を向ける。が……井上さん、甘いよ。それは、俺が竹田家に対して貸しを突き付けた時に言うべきだ。そんな戯言は巴には通用しない……

「軍師が一つ油断すれば戦況が不利になり、政治家が油断した後には発言力を失う。吉法師が一目置いているアーサー大臣の参謀と聞いたが…………ふっ」

 巴は口元に微笑を浮かべ、

「こと軍略論争や政治論争に関せば、年端の行かない小童(こわっぱ)であろうともその場に立てば一人の武士(もののふ)。『時代が時代なら情に揺れる年齢ではない』。油断した、と理解しながら語を繋げたところでソレは戯言。箱入り娘では大臣の参謀という荷は重すぎる大役だと思うが?」

 会話の大半を分析に頼る井上さんの弱い部分、即ち、幼少期から教科書とノートを前にして他人との会話力が低い井上さんの弱点を突いて弱体化を図った巴。少ない会話から見抜いたのか? それとも龍馬や八慶から……いや、それなら小夜も井上さんが井上のばあさんの孫だと知っていたはず。こっちの情報を何らかの方法で掴んでいたな。

 やり難い相手だ。巴は掴んだ情報から会話を誘導して、井上さんからの言葉で俺の弱体化を図り、俺の冷静な判断力を削った。そして機械的な分析で会話をさばいていた井上さんに対し、対人との関わりが薄いという弱点、そして内面を貫く周囲からの発言からの誘導。即ち、異性との関係を『冷やかし』でも言葉に出されると少なからずある動揺、乙女心を利用しての詰め。

 思春期の俺と井上さんを利用し、会談時での座敷童管理省の無力化を図った巴の策は……悪手だ。だが、政治を前にした以上は思春期だからと言い訳はできない。俺と井上さんは『時代が時代なら情に揺れる年齢ではない』と言われて当たり前だ。ちくしょう……

「私は情に揺れてかまわないと思ってるわよ」

 言葉を失う井上さんと俺の耳に届いたのはアーサーの軽い発言。ゆっくりと巴に視線を向け、

「情の無い政治が今の東北の座敷童に必要なら別だけど?」

 軽い口調に笑顔を載せたアーサー。巴の威圧感ある見た目や無力化を図る策を目の当たりにしても、座敷童を子供として見ているように思える。俺の視界の端では、深妙な表情で食事をしていた井上のばあさんが微笑を浮かべた。

 巴とアーサーの視線が交差する。一秒、二秒、三秒と秒針が時を刻む。アーサーの笑顔と巴の無表情に変化は無い。しかし、その沈黙を最初に崩したのは意外にも巴だった。

 巴は視線をアーサーから井上さんに移す。

「小夜と私の器を『大臣が頭を下げた程度』でわかると言っていたな。……『箱入り娘』の目で測れた器を聞いておきたい」

 政治家が油断した後には発言力を失う。と言った巴が、発言力を失った井上さんへの助け船を出した。いや、出さざるを得ないと言った方が正しいな。

 何故なら、アーサーの言葉の裏には人間側から座敷童側に足を踏み入れるために必要な最低限の気持ち、即ち、東北の座敷童には人間の気持ちが必要無いのか? という言葉が含まれている。それはそのまま気持ちを飲み食いする座敷童は『気持ちの無い政治』を望まない事に繋がるため、巴はアーサーの言葉を八童という立場から否定する事はできない。

 人間は、特に思春期は気持ちが情を左右させるため『情の無い政治が今の東北の座敷童に必要なら別だけど?』という言葉には、八童の巴に対して【立場ある者なら譲歩すれ】という脅迫、言葉を変えれば諸刃の剣という利害の共有が含まれるのだ。従って、巴はアーサーからの利害の共有を八童として受け入れなければならないという事になる。

 これが政治家としてのアーサーの素顔なら……尻拭いは任せろと言われているようで俺は腹立つ、が井上さんは心強く思うだろうな。

 アーサーの気持ちからの言葉に応えた巴。会話の主導権を得た井上さん。緊迫した空気が大部屋を包む。

 井上さんは気持ちを落ち着かせるために息を吸い込み、ゆっくりと吐く。黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、レンズの奥の垂れ目を巴の視線と交差させる。

「半分に割った南部煎餅の大きい方を、そのまま受け取った小夜さん。これは思ったとおりでした。ですが、それを黙認した巴さんから『すでに溝を埋めた方がいる』と受け取れました」

 言葉とは裏腹に、自分の浅はかさを噛み締めるように悔しさを表に出すと、

「お二人の器を測るのに大臣が頭を下げた程度と言ったのは失言でした。先ほどまでの私では測りきれなかった、と訂正します」

 無表情の巴と疑問符を浮かべた小夜に会釈する。ゆっくりと頭を上げると、ニヤニヤと口元を緩めた龍馬に視線を向け、

「未熟で浅はかだった私の代わりに、お二人の器を測り間違える事なく、そして『私が最低限の話をできる場』を作っていただいて、ありがとうございます。……龍馬さん。報酬は?」

「翔との婚約破棄じゃ⁉︎」

 ドーンと効果音が聞こえてきそうなほどに言い放つ。

「……、」

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、視線を龍馬から巴に移す。

「座敷童管理省の予算で家は建てられますが、その前工程が前途多難です。ご理解していただけた……と受け取っても?」

 小夜の座敷童管理省に対しての賄賂という言葉、ソレを否定しない座敷童管理省の肩を持つ巴の発言から、井上さんは竹田家との会談前に『お互いに良い話し合いの場を龍馬が作った』と理解していた。それは俺にもわかっていた。が黒の鱗を欲しがっていた龍馬が報酬を口に出さない。それを意味するのは……

「前途多難の御理解は私ではなく竹田家がしなくてはならない。この場は、私ではなく小夜に聞くべきだ」

 巴は小夜に視線を移し、

「小夜。昨晩、龍馬から『今の現状では家を建てれない』と言われ、汚染した土地を諦めて『他の地に座敷童と住む家を建てる』か『座敷童との生活を諦める』……それ等を『竹田家から家主に説得すれ』と言われたな。答えは決まったか?」

 龍馬が報酬を口に出さないのは小夜が納得していない事を意味し、巴は前途多難を理解しているが小夜の答えしだいでは是にあらずという意味になる。即ち、小夜の言葉一つで汚染地では家を建てれない座敷童管理省を東北から撤退させる方向に巴は進める。一同は小夜に視線を向けて、その答えを待つ。

 小夜は袋から南部煎餅を一枚取り出すと、緊張感なくバリバリと食べ、考える素振りも見せずに言う。

「わがんね。わが決める事でもね。ざすくわらすが決める事だ」

「小夜の返答は『俺が決める事ではなく座敷童が決める事だ』になる。そして、小夜は竹田家当主からこの件を一任されているため、竹田家の答えになる」

「それなら……」

 井上さんの続く言葉を巴は左手を出す事で制止すると。

「座敷童が決める事、が竹田家の答え。それでは東北の八童、私が『この件を一任する』しかない。座敷童の答えとして」

「⁉︎」

 井上さんは表情を引き攣らせる。

(お手上げだ。巴は最初から伏線を張っていた……もう竹田家との会談は破断だ)

 巴は座敷童管理省の肩を持つ発言をしていた。それは座敷童管理省に味方するという好意にも取れるが、こと政治に関せば好意こそ一番に疑う行為。それが混じり気のない善意であっても『相手は味方とは決まっていない』のだから、巴の発言に警戒心を上げるべきだった。

 答えは自動的に出る。巴には座敷童管理省に対して善意を向ける義理は無いのだから。

「東北には竹田家がいる。座敷童管理省に『管理』される必要は無い。放浪型やノラのためにこの御屋敷を文枝様から頂いたと思うが、門や玄関が開いてるにも関わらず座敷童の来訪は無い。文枝殿の屋敷だったなら放浪型やノラ問わず常駐型も門をくぐり玄関からこの大部屋に来る。答えに補足を加え、わかりやすく『座敷童の答え』が今の段階で立証されている事を理解したと思う。そして、座敷童管理省が文枝様という安心を東北の座敷童から奪った事……理解いただけたかな?」

 巴の言葉は座敷童側からの正当になる。井上さんは戸惑いを表情に出し、アーサーも『現段階で立証されている』と言われた以上は『情の無い政治が今の東北の座敷童に必要なら別だけど?』と言った手前、何を言っても戯言になる。それがわかっているのか眉間を抑えてため息を吐いている。座敷童管理省は巴の言葉を受け入れるしかなくなった。

(完敗だ……)

 俺は巴が竹田家至上主義だとわかっていたのに、貸しという一手に余裕を持ち、他の対策を用意していなかった。それだけでなく、巴の策に利用された。最初から対策を用意していれば……いや、今の巴を前に俺の対策が通用するとは思えない。そして、巴が一任した以上は、小夜が家を建ててくれと言うよりも難題になった。

 簡単に言えば『小夜の我儘なら、小夜を説得して会談を有意義に進める事ができる』、が巴が一任した以上は座敷童側との会談になるため小夜を説得しても効果は無い。人間側の政治と座敷童側の政治は別物なのだから。

 座敷童は人間側の政治に介入するな……と言いたい。だが、巴に関したら竹田家至上主義という我儘で一蹴されるのがオチだ。

 結果は、汚染地では家を建てれない座敷童管理省に打つ手はない。そして座敷童管理省が座敷童から井上のばあさんという安心を奪ったのも事実。竹田家当主がいれば……と歯噛みするしかない。が小夜に一任してる以上はお手上げだ。

 しかし、松田家跡取りの俺が、松田家がこのまま引き下がるわけにはいかない。どんな不利な状況でも発言力を失うのは松田家の恥、いち子の恥……いや、いち子の恥にはならないな。とりあえず、後々に松田家当主、母親に何こそ言われるかわかったもんじゃない。そんな未来は俺のプライドが許さない。挙げ足取り……ではなく、悪足掻きをしてやる。

「巴。座敷童の来訪と言うなら昨日の今日で答えは出ないだろ」

「翔。お前も災害初期の状況で座敷童がどうなったかを見ただろ。災害を経験した座敷童は昨日あった愛が今日もあるとは思わない。いや、思えない。だが、その座敷童の前に、文枝様という光明が現れた」

 井上のばあさんを見た後、井上さん、アーサー、特務員と順番に見ながら、

「その文枝様の御屋敷が、文枝様が東北に来た時が、文枝様との時間が唯一の楽しみ。だと思っている座敷童も少なくない。その座敷童がこの御屋敷の改装を見た時、座敷童管理省の家になったと知った時、どれだけ悲しんだかわかるか? 文枝様からの愛をいただけなくなった……と思った座敷童が、その現況を作った座敷童管理省に懐く事は無い」

「懐く事は無い……か」

 キツい事を言いやがる……と舌打ち混じりに言うが、俺のプライドも折れそうだ。だが、このまま巴の一人舞台で終わらすわけにはいかない。

「その言葉に二言は無いな?」

「東北の座敷童が懐けば芽がある。とでも言いたいのか?」

「そうだな」

「訂正する。精進すれば、座敷童は懐く」

 巴はアーサーをチラッと見ると視線を俺に戻し、

「だが、それだけだ。文枝様の足元にも及ば無い」

(んっ? なんで訂正した? それにアーサーを見たな……)

 なんだ今の、違和感しかないぞ。何か……いや、今の発言自体、巴らしくない。俺はチラッと龍馬を見る、が目が合った瞬間に井上さんの父親面した眼光が向けられる。いつまで【結婚の挨拶に来た彼氏を認めない父親ごっこ】をやってるんだ。まぁいい、今は違和感の解決よりも『違和感からの隙』を突く方が先だ。

「ばあさんの足元に及ばないというなら、松田や竹田を含めた常駐型を世話してる家主の大半が及ばないだろ。そもそも、座敷童にはそれぞれに住みやすい環境があるから比べるモノでもない。ばあさんは例外なんだ。座敷童管理省はそれを踏まえた上でこの屋敷を選び、竹田家と会談をして座敷童に認められようとしている。それでも竹田家や巴が座敷童管理省とばあさんを比べて、昨日の今日で甲乙を判断する器の小ささしか無いなら、俺は座敷童管理省特務員としてではなく松田家として竹田家に対して動かないとならなくなる」

 松田家として……という言葉には何の力も無い、俺はいち子の世話役なだけなのだからな。それは巴も十分に承知している。だが、竹田家には俺が個人的に貸してる『貸し』がある。巴に感じた違和感、訂正した隙にはこの脅しは効くはずだ。俺が自分のプライドから個人的に動けないわけじゃないからな。

「愚問だな」

「はぁ⁉︎ 愚問、だと?」

 間髪入れず言いやがった。俺が竹田家に貸してある『貸し』は竹田家至上主義の巴と竹田家当主が俺に……いや、今はそんな事を考えてる場合じゃない。でも、巴の発言とは思えないな……

「例え、竹田家が認め、東北の座敷童が認めようとも『私は認めない』。誰がなんと言おうともな」

(巴だけが認めない、だと? ……この堅物女、何か企んでるな。竹田家と座敷童管理省との会談さえ巴の中には無い気がする。なにを狙ってるんだ)

 違和感しかない。頭の中を整理したい。腹を見せない巴に対して内心で歯噛みしてると……

(んっ? ……なんだ今のは?)

 巴の冷たい視線が一瞬だけ微笑した。たしかに微笑した。だが、その微笑は言葉とおりの一瞬、冷たい視線はゆっくりと八太に向けられる。そして……

「八太。東北はさとの地であり、竹田が後世まで守る地。忘れたのなら思い出させてやる」

 俺の事など眼中に無いように巴はゆっくりと立ち上がり、八太を見下ろす。その眼光には忘れた事を思い出させるというよりは、殺意が混じり次の言葉を間違えれば是にあらずと言っているようだ。

 八太は箸を御膳台に置くと、微笑しながら巴を見上げる。

「俺がさととの約束を忘れたと思ってるのか?」

「愚問だったならいい。いち子、」

 巴の視線は俺を通りすぎて、胡座をかいた俺の足元で一生懸命にご飯を食べるいち子に向ける。

「『今は』座敷童管理省の力は必要ない。それが私の答えだ」

「モグモグ……モグモグ……ゴクン」

 いち子は咀嚼しながら巴を見上げ、飲み込むと、

「それがワタキの答えじゃ」

 巴の真剣な表情を真似ながら、真剣な口調まで真似る。いち子、可愛いけど……それは相手を逆なでする行為だ。堅物女に怒られちゃうぞ。といち子の可愛さに癒されていると巴の視線は反対側に向けられた。いち子が怒られないで良かった良かった……とまた油断してしまった。

「アーサー大臣そして座敷童管理省の方々、足労かけて申し訳ないが……近日中に立ち退きを進め『弊害が無くなった後』にもう一度会談の場を作る事にしよう」

 巴はゆっくりと座り、箸を取って食事を再開する。


 座敷童管理省と竹田家の会談は巴の一任で破断。座敷童管理省の立ち退きが決定した。


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