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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【東北編•平泉に流れふ涙】

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 座敷童管理省東北支署——裏庭。

 朝の冷泉は一気に目が醒めるし身体も引き締まる。健康的かどうかは別にして朝一の冷泉も……
「気持ちいいなぁ……」
「松田家。冷泉もいいけど温かい風呂にも入りたくないか?」
「室内には女風呂しか無いからなぁ。……」
 俺と八太が日本家屋内を探し回り見つけたお風呂は、右側の廊下の突き当たりにある赤い暖簾が下がった女風呂のみ。男風呂を求めて探し回ったがお風呂らしいお風呂はなかった。
 しかし、北海道では無いに等しい外風呂——正確には本宅の外に浴場やトイレを作ってある家屋——の風習が、昔の内地にはあったらしい。
 北海道で生まれ育った俺には考えられない風習。座敷童として幾年も生きる八太が自信満々に『外風呂だ』と言うため疑い半分で屋敷の外周を回った。すると、裏庭に差し掛かった所に人の視線が入らない安らぎ空間があった。
 見たときは石枠に囲まれた池だと思った。だが、立派な桜の木の麓に鯉がいない池など……あるわけがない。池ではなく露天風呂だと気づくのに時間はかからなかった。
 俺と八太は達也や加納さんを始め男性特務員に露天風呂発見を知らせて今に至るのだが、達也の言うとおり温かい風呂に入りたいな……
「梅田家。冷泉を止めてお湯入れるか?」
「女風呂からホースを引いてポンプで汲むと簡単だけど…………座敷童管理省の経費でポンプを買えるかな?」
「ばあさんの家を買い取ってリフォームした後だからなぁ。自腹です。メガネクイッて言われるだけだろ」
「だよなぁ。冬はどうなると思う?」
「体温で温めてください。メガネクイッて言われるだけだ」
「杏奈ちゃんなら言いかねないな。東北支署に配属されない事を祈るしかない」
「むっ?」
 八太は日本家屋の壁しかない方向を見やる。
「どうした?」
「小夜が騒いでる」
「小夜? ……、」
 俺は八太が視界を向ける方向に視線を向ける。すると、屋敷内から聞き覚えのある声音がなにやら騒いでいる。何を言ってるのかはっきりと聞こえないけど、間違いなく小夜の声音だ。
「この甲高い声と理解できない言葉は小夜だな」
「小夜ちゃんもう来ちゃったのかぁ」
 達也は懐かしむような表情になる。
「小夜に会った事あるのか?」
「災害の時に……ね。松田家が東北から帰った後、俺と親父が入れ替わりで竹田家と合流したんだ。……」
 達也は過去を思い出すように空を見上げ、表情を曇らせると、
「小夜ちゃん。座敷童を見るのも怖くなって文枝さんの後ろに隠れて泣いてたなぁ」
「俺等が帰る前は毎日のように東北を去る座敷童がいたからな。それだけじゃない、家主を失った座敷童は真っ赤っかで泣いてるし、小夜ほどじゃないけど俺も座敷童の世界で生きる過酷さを思い知らされた。小夜が落ち着いたから帰ったけど、やっぱり泣いてたか」
「文枝さんが帰った後は、文枝さんのキノコ汁を下手くそながらに作ってたよ。でも、あの時の小夜ちゃんは座敷童を怖がってたから食べてもらえなくて泣いてた」
「俺が作ったのも被災した座敷童は食わなかった。御供えする側の心が見られてる実感をしたな」
「勿体無いから俺が全部食べてたけど、俺の親父が小夜ちゃんに『自分の大事な物を失った座敷童に対して、自分の大事な物を失う覚悟のない人間の気持ちなど受け取らない』って……小夜ちゃんを更に追い込んだ」
「梅田家当主は聞いてたとおりのストイックだな」
 俺の母親、松田家当主に聞いていた梅田家当主は、堅物を絵に描いた融通のきかない厳格な人物らしい。座敷童問わず人間の子供にも厳しく、私利私欲が強い達也は座敷童には心が読まれて嫌われるが、梅田家当主はその厳しさから座敷童に怖がられている、らしい。松田家当主とは陰と陽、光と影、お互いの意見は噛み合う事はなく、話を聞いてる限りでは松田家当主と梅田家当主の確執は、現代に限り先祖が作り上げた以上にお互いの性格も起因していると俺は思ってる。
 そんな梅田家当主に育てられた達也が優男なのは意外感を俺に与えていたのだが、おそらくは反抗期中なのだろう。
「あの時、はじめて親父を殴ったよ。間髪入れずワンパンでやられたけど……」
 でも、と加え、
「小夜ちゃんが大好きな南部煎餅をキノコ汁に入れて、泣きながら座敷童に出したら食べてくれた。小夜ちゃんの背後で巴が殺気をむき出しにしてたからだと思うけど」
「いや。あの過保護な巴の事だから、普段と変わらない日常なら南部煎餅を入れる前から殺気をむき出しにしていたはずだ。その時の小夜の精一杯な気持ちだったから、ばあさんに甘えれた小夜に対してヤキモチを妬いていた座敷童に殺気をむき出しにしたんだ。……よし、上がるか」
 俺と達也と八太は身体を拭いてパンツを履く——八太は褌を締める——と浴衣を着て玄関に向かう。玄関に近づくと小夜の甲高い声音がはっきりと聞こえてくる、が方言が濃すぎて何を言ってるのかわからない。
 俺達は玄関に入り、右側の廊下に歩を進める。厨房にいる井上のばあさんの背後に小夜が隠れてるのを確認。懐かしい光景だな……と思いつつ、大部屋にいる一同をグルルルと野良犬のように威嚇した小夜を見て、やれやれ、人見知りは相変わらずだな。と思ってしまう。
「小夜、久々だな。こっちから会いに行こうと思ってたのに……悪いな」
 小夜の表情を伺いながら言うと、うなり声を止めて視界を俺に向けてきた。
 小夜はハッと我に返り、懐かしさを含めた表情になりながら井上のばあさんの背後からヒョコっと出る。
「んで。んで。わがばば様の飯サ食いだぐで、つらんつけねぇども、きでスまったんでがんす」
「元気そうでなによりだ。相変わらず、がんすしか何言ってるかわからねぇけどな」
「あっ! 文枝さん、それって小夜ちゃんのキノコ汁だよね? 僕のは大盛りでお願いします」
 身を乗り出した達也が鍋の蓋を開けた井上のばあさんに言うと。
「ぬさばったやづだ!」
 小夜の顔はみるみると赤くなり、
「ゆくてねダヅヤ! ばば様にサはらちぇはらちぇスてもらうだめにわがこさえたんだ! いがにゃやらね!」
 噛み付く勢いそのままに飛び上がり、達也に掴みかかる。
 達也はそんな小夜の頭を撫でながら。
「小夜ちゃん怒ると座敷童みたいに赤くなるの変わってないね」
「「座敷童みたいに?」」……アーサーと井上さんは疑問符を浮かべる。
「ゆくてね! ゆくてね!」
「小夜」
 八太は小夜を呼ぶと、ゆくてね、ゆくてねとわけのわからない事を言ってるのを無視し、
「巴はどうしたんだ? 兄者と龍馬が会いに行ってるはずだ」
「「巴?」」……アーサーと井上さんは疑問符を浮かべる。
 俺は大部屋や厨房を見渡して巴がいないのを確認、小夜で視線を止める。
「小夜。お前一人で来ても通訳の巴がいないと話にねらねぇよ」
「言っだでねが。わだっきゃ、ばば様の飯サ食いだぐで、先にサ来たんだなっす」
「ばば様と最後のナスしかわからねぇよ。梅田家わかるか?」
「なっすってナスだったんだ……。それならがんすはガンモかな?」
「八太わかるか?」
 理解していない達也の言葉は聞き流し、八太に聞く。
「ばあちゃんのご飯を食べたいから先に来たみたいだ」
「よくわかるな。つか、その津軽弁は直す気ねぇのか?」
「ふでねえ! どやへば! わだっきゃ南部者だ! でば津軽者だ⁉︎」
「?」……俺は疑問符を浮かべる。
「でば津軽者だ⁉︎」
「??」……俺は更に疑問符を浮かべる。
「でば津軽者だ⁉︎」
「???」……俺はイラッとしながら疑問符を浮かべる。
「翔。小夜は、違う。バカ言うな。俺は南部者だ。誰が津軽者だ。って言ってる」
「……、……、……」
 思考時間は三秒、「わからねぇよ‼︎」と額に血管を浮かせながら言い放ち、更に突っ込みを入れる。
「筆ねえ、ドヤ顔、和田っきゃ、ナッブもんだ、でっぱつがんもんだ⁉︎ がどうやったら、違う。バカ言うな。俺は南部者だ。誰が津軽者だ! になるんだ⁉︎ 意味わかんねぇよ! 日本語で話せ‼︎」
「じえごたろ!」
 小夜は顔を真っ赤にしながら言い放つ。
「はぁ⁉︎ J•GOTARO? バンドマンの名前か⁉︎」
「田舎者を南部弁ではじえごたろと言うんだ」
 女性の声音が俺の背後から届く。
「んっだとコラ!」
 間髪入れず、小夜の顔面を右手で鷲掴みして持ち上げる。松田家奥義【反抗期の座敷童封じ】を嚙ます。俗に言うアイアンクロウなのだが、暴れる小夜にかまわず、
「誰が田舎者だって? かっぺはテメェだろうが?」
「ぬさばったやづだ!」
「バッタがなんだってぇ⁉︎」
 右手首に左手を添えて握り込むと、更に力を入れる。小夜が絶叫を挙げると同時に背後から……
「小夜は生意気なヤツだ。と言ってるんだ。翔、それ以上遊ぶようなら私が相手になるが?」
 冷たい冷気を感じさせる声音が耳に届く。
 こ、この声は……
(や、やばい。いつの間に……)
 背筋に流れる気持ちの悪い汗を、御丁寧にも一滴一滴凍らせるような威圧感が背後から向けられている。声音の主はあの女、東北の八童巴で間違いない。内心で恐怖を感じながら、小夜の顔面を鷲掴みする手の力を抜き、表情は平常を装う。
「やっと来たか。『小夜の世話役』が小夜から目を離してんじゃねぇよ」
 小夜を廊下に下ろし、ゆっくりと振り向く。眼前にはロングヘアをポニーテールにしたセーラー服姿の巴が、威圧感を込めた冷たい視線を俺に向けていた。相変わらず無愛想だな、久々に会ったんだから愛想笑いでもいいからしやがれ。
「わのスワヤグでね! わがスワヤグだ!」
「俺の世話役ではない。俺が世話役だ。今、訂正するなら許してやる。と言っている」
「訂正するなら許してやる。は言ってないだろ。明らかに言葉が増えてる」
「訂正する気はないのだな?」
「訂正する」
 威圧を一歩越えた殺気を遠慮なく向けてくるため、間髪入れず訂正する。いや、巴に関したら冗談が通じないから訂正するしかない。
 俺の知る情報になるが、竹田家の常駐型座敷童巴は平安時代までは家主を持たない放浪型座敷童だった。その巴が竹田家に常駐する事になったのは——
『金商人だった竹田家にはさとという常駐型座敷童が子供と共にいた』のだが、鎌倉時代に東北のオロチが蘇り、巴の代わりにさととその子供が犠牲になった。
 その恩義から、巴はさとの家主だった竹田家を末代まで護る常駐型座敷童になった……のだが、堅物女を絵に描いたような巴の性格から、竹田家を末代まで護るという部分が異常に強調される。言葉を変えれば『竹田家至上主義』。座敷童特有の我儘は全て竹田家前提となっている。
 その為、竹田家では巴の我儘に対する舵取りをしている。が今現在は小夜しかいない。俺は『話がわかる竹田家当主』が座敷童管理省との会談に来ると思っていたため巴の存在を軽視していた。予定外だ。非常にまずい。
 俺はため息を漏らし、不在の竹田家当主の所在を聞く。
「巴、叔父さんはどうした? 座敷童管理省と会談するにも竹田家当主がいないと話にならないだろ」
「小夜がいる。何か不満でもあるのか?」
(会談は小夜とやれって事か……最悪だ)
 竹田家当主が来ない会談では、小夜の我儘を巴の我儘が後押しして政治的な駆け引きが成り立たない。座敷童管理省と竹田家の意見は平行線を辿るしかなくなる。
「わにこ難しいはなスはわがらんども、ざすくわらすの家サたででもらう気持つはいがにゃ負げね」
「何言ってるかまったくわからねぇって。巴、とりあえず小夜に標準語を教えろ」
「心外だな。小夜の母親は翔も知る通り北海道弁。父親も生まれた時から標準語の私と会話をしているため標準語だ。そもそも、平泉に住む竹田家は多少の訛りはあるが先祖代々標準語だ」
「なんで小夜だけ南部弁になるんだよ?」
「母親が臨月になり、実家の松田家で産みたいと言いだしたのが全ての始まりだ。八戸からフェリーで苫小牧に行こうとした日、待合室で産気付き、八戸の産婦人科で小夜が産まれた。生まれた場所をリスペクトするあまり、南部弁になったのだ」
「標準語にすれよ」
「母親が実家の松田家に帰ろうとしたため八戸で産まれたのだ。南部で産まれた者が南部者に恥じないために小夜は南部者になったのだ。小夜の南部弁を誰かが責任を取らなければならないというなら、松田家だ」
「…………屁理屈だろ」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
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