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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【東北編•平泉に流れふ涙】

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第四章 金の鴛鴦夫婦

 1

 五月二一日——

 座敷童管理省東北支署——早朝五時

 カラ……カラカラと横開きの玄関扉をゆっくりと開くのは竹田家の跡取り、黒ドレスの少女。三○センチほど開き、室内をこそこそと覗き込むと人影が無いのを確認。膨らんだスカートが通れるぐらいにゆっくりと扉を開き、玄関に入る。
 右手にはフリルやレースで装飾された傘、左手には桐の箱(南部煎餅)が入った紙袋。彼女は左側にある傘置き場に傘を置くと、底上げのロングブーツを脱ぐ。
「おじゃまするでがんす」
 小声で言いながら丁寧に一礼する。ゆっくりと頭を上げて、室内を確認するように見渡す。
「ばば様の家だった時と変わらねぇな」
 右側の廊下へと歩を進めて、厨房を前にする。
「ばば様の黒飯あるべか……?」
 勝手知ったると言わんばかりに厨房に入り壁際に向かうと、二釜炊ける釜戸の前に立つ。一釜分が空いて、もう一釜分の所に釜蓋で閉じられた釜。
「ばば様の飯……トモエも喜ぶでがんす」
 釜蓋に手を伸ばし、釜蓋を取る。
「……、……空っぽでがんす……わの分も一粒もねぇでがんす……」
 ズズーンという効果音が聞こえてきそうな程に落ち込む。
「ばば様の飯はうめぇからな、ざすくわらすだげでなぐ、ざすくわらす管理省も食っちまったんだべ……」
 ため息を一つ吐くと、
「わだっきゃ匂いばかげだだげで幸せだ。ばば様、南部煎餅ばはらちぇはらちぇ……」
 左手に持つ桐の箱(南部煎餅)が入った紙袋を釜に入れようとすると……
「腹空いたのか?」
「⁉︎」
 黒ドレスの少女は、背後からの声音にビクッと背筋を伸ばす。ゆっくりと振り向こうとしたが、背後にいる人物に頭を優しく撫でられ……懐かしい感触に胸が高鳴り……
「…………ばば様……」
 胸の奥から湧き上がる感情に口先を尖らせ、奥歯を噛み締めて堪える。
「小豆飯はないが黒飯おにぎりなら冷蔵庫にある。小豆飯ができるまで食べて待っておれ」
「…………」
 黒ドレスの少女は小刻みに身体を震わせる。
「……、……苦労していたようじゃな」
「苦労サすてね、でがんす。わが、はんかくさい、だげでがんす」
 井上文枝の優しく包み込むように撫でる手、言葉一つ一つが……数年前に人間と座敷童に絶望を生んだ災害そして無力な自分を思い出させる。

 腹を空かせた座敷童に、ご飯を御供えできなかった……無力な自分。
 家主がいなくなり、泣きわめく座敷童に何もできなく……泣く事しかできなかった無力な自分。
 家を失った座敷童に、数年前も今も何もできないでいる……無力な自分。
 そんな無力な自分の前に『腹空いたのか?』と今と同じように現れ……
 ばば様は、腹を空かせた座敷童と自分に小豆飯を作ってくれた。
 ばば様は、泣く事しかできない自分の頭を撫でてくれた。
 ばば様は、怖くて夜も眠れなかった自分の横で毎日頭を撫でてくれた。
 神様のように助けてくれたばば様の周りには、自分だけでなく何人何十人何百人の座敷童がいっぱいいて……でもばば様は座敷童が見えなくて……
小夜(さよ)だけばば様に頭を撫でてもらえる』の一言が、東北を去って行った座敷童の人数分……心に突き刺さった。

 竹田家跡取り、竹田(たけだ)小夜(さよ)は御三家の中でも……いや、歴代御三家の中でも、梅田家初代当主しか味わった事がない数多くの挫折、座敷童の不幸を見て『自分の無力』を心の表面や奥底問わず深く刻まれていると言っても過言ではない。
 小夜の瞳には涙が浮かんでいた。だが、数年前のように文枝の前ではその涙を見せない。見せれない。自分だけが甘える事は許されないから……
 ゴシゴシと袖で涙を拭いてズッと鼻をすすり、溌剌とした表情を作りながら振り向く。
「ばば様、お土産でがんす」
 目一杯の笑顔を向け、桐の箱(南部煎餅)が入った紙袋を文枝に向ける。
「!」
 文枝は小夜が作る哀が含まれた笑顔に、自分が東北から離れた後にも子供が抱えてはならない苦労があった事を感じる。
 あの時に自分が東北を去らなければ……今も昔のように甘えてもらえたかもしれない……と後生に残る悔しさが胸を苦しませた。
「……小夜(さよ)
 そんな笑顔は小夜には似合わない、そんな哀しい笑顔を向けないでほしい……と言ってやりたい。この笑顔を作る苦労を掬い上げて自分が飲み込みたい。でも……小夜の強がる表情はそれを望んでない。文枝は喉に詰まる感情を呑み込み……
「お願いがあるんじゃが聞いてくれるか?」
「?」
 小夜は疑問符を浮かべながら、
「ばば様のためサ、わにでぎるごどあるなら、なんでもすんぞ」
「……、小夜の南部煎餅入りのキノコ汁を作ってくれんか? 作れるようになったと聞いて、ずっと食べたかったんじゃ」
「光栄だべ。ばば様ばわのキノコ汁で、はらちぇはらちぇすてやる」

 一時間後……早朝六時——

 文枝は調理台の前に立ち、シメジや舞茸などを座敷童が食べやすいように細かく取り分けていた。その隣には、釜戸の火をおこしていた小夜が顔中を炭で黒くしていた。
「ばば様。後入れサクサクの南部煎餅ど最初がら入れだやっこいのがあんだ。わだっきゃやっこいのが好きなんだどもばば様サどっぢが……」

「おはようございます」

 文枝と小夜が声音の方へと振り向くと、厨房の入口から浴衣姿のアーサー•横山•ペンドラコが入ってきた。
 急な外人の出現に、小夜は文枝の背後に隠れる。
「べっぴんだぁ……わもめごいめごい言われんども、げぇじんさんはちげぇなぁ……どえりゃあべっぴんだぁ」
「?」
 アーサーは聞き覚えのない声に疑問符を浮かべると、声音の先に視界を向ける。そこには、文枝の背後に隠れながら炭で汚れた顔を出した…………
「ゴスロリ座敷童‼︎」
 小夜を視界に入れた瞬間、アーサーは表情に動揺を浮かべ声を挙げる。
「ゴズヨリってなんだ?」
「顔が真っ黒! お風呂よ!」
 言うが先か、アーサーは小夜の元に行って、逃げようとする小夜を担ぐ。視線を文枝に向け、
「おばあちゃん。お風呂に入れてきます!」
「うむ。綺麗にしてやるんじゃ」

 更に一時間後……朝の七時——

 昨日、長風呂が原因で気絶しそのまま就寝した井上杏奈。普段なら早朝六時に起床するのだが、今日は一時間多く熟睡。長風呂の効果も相乗したのか肌艶がいつも以上に良くなっていた。黒縁眼鏡も心なしか艶がいい。
 杏奈は厨房の向かいにある大部屋に入り、座椅子を並べている梅川梓の元に行く。
「梅川さん。昨晩は申し訳ありませんでした」
「?」
 梓は杏奈に謝罪されるような迷惑をかけられた覚えはない。思い当たるのは浴場で気絶した事だが……律儀な子だなと思いつつ。
「お気になさらず」
「……はい。……」
 杏奈が大部屋を見渡すと、雲竜型のしめ縄を締めた土佐犬ジョンを背中に乗せた体格の良い特務員加納真一とそれぞれの相手を背中に乗せた男性特務員が腕立て伏せをしていた。
「これも龍馬さんが言われた訓練ですか?」
 杏奈は梓に聞く。
「いえ。いつもなら行脚をしている時間ですので、身体を持て余してトレーニングを始めました。その時に、文枝様の神使ジョンが加納の背中に乗り、今に至ります」
「奈良県から北海道までの行脚をした後なので、特務員には竹田家との会合が終わるまでは休暇をしてほしいのですが……」
「サーカス団でも芸を磨く訓練をしてましたが、ここまで真面目にはやってませんでした。広告の加納が筋肉に目覚めたのが原因かと思います」
「休日出勤や残業代が無い名誉職という名のブラック行政機関なので、休暇は休暇として身体を休めてほしいですね」
(……ブラック行政機関の自覚はあったんだ)
 座敷童管理省は、杏奈がアーサーの参謀になるまでは休日出勤や残業代が支払われ、上限を越えない限りは経費の使用目的も自由だった。その経費の上限も、アーサーに報告して許可を得れば上限以上を使えた……のだが、現在の座敷童管理省の財布は杏奈という金庫番に徹底管理され、紙幣が湯水のように溢れ出していた財布から開かずの金庫と化していた。
 梓としては、座敷童管理省の仕事は座敷童といない時間以外は休憩と思っている。そのため『奈良県から北海道までの行脚には龍馬がいたので休日出勤代と残業代が欲しい』。しかし……
(東大寺に行く前は座敷童とこんなに深く関われなかったし……神童いち子やしずかと一つ屋根の下に入れるのも本来ならあり得ない……)
 梓は内心で過去を振り返り、お金に変えられない座敷童との距離感と今ある現実を作ってくれた杏奈に感謝した。
「ありがとうございます……」
 思わず声に出た心からの言葉は音量が小さく、杏奈は聞き取れなくて疑問符を浮かべいた。
「いえ、なんでもありません」
「そうですか。……松田さん達がいませんが、布団を干しに行っているのでしょうか?」
 杏奈は聞き取れなかった言葉よりも現状把握を優先する。
「いち子の世話役と八太と達也は八太の布団を干した後に裏庭の池に行きました。いち子としずかは世話役がいない隙に厨房で摘み食いをしてます。八慶と龍馬は昨晩から帰ってきてません」
「そうですか……いち子ちゃんとしずかちゃんは珍しくおねしょをしなかったのですね」
「寝汗でおねしょの分が無くなったのだと世話役は言っておりました」
「暴論ですね。……アーサーさんは稽古中ですか?」
「大臣は朝から見ていません」
「珍しくまだ寝て……」
 ズダダダダダと廊下を蹴る音に杏奈と梓が振り向く、そこには黒ドレスの小夜を担ぎながら走る浴衣姿のアーサー。
「座敷童管理省東北支署、第一号常駐型座敷童、小夜ちゃんよ!」
 アーサーは天に掲げるように小夜を持ち上げる。
「わだっきゃざすくわらすでね!」
 小夜は外人とお風呂に入るという初体験を乗り越えたが、終始会話が噛み合わなくて苛立っていた。普段よりも更に南部弁が濃くなっている。
「おめ、こんのげぇじんさんばなんどがすでぐれ!」
 杏奈に対して助けを求めるが……
「ご、ゴスロリ座敷童……?」
 額に汗を溜め、震える右手中指で黒縁眼鏡を押し上げると、動揺しながら更に繋げる。
「な、なんでゴスロリ? 座敷童にゴスロリは、有りなんですか?」
 杏奈は嫌がる小夜に頬を擦り付けるアーサーから視線を移し、梓を見る。
「ゴスロリの座敷童は私も初めて見ました、が……」
 梓も杏奈と同じく動揺している。しかし、自分が今まで出会ってきた座敷童とその経験から……
「大臣、吉法師の派閥に属してる放浪型とノラは白の小袖。梅田家が御供えしてる衣服はその時期流行の服。……箪笥から拝借する例外はありますが、吉法師の派閥に属さない座敷童は衣服がもっと汚れてます。おそらくですが、座敷童小夜は家主の趣味でゴスロリ衣装を着ていると思われます」
「常駐型という事ですね」……杏奈は黒縁眼鏡を押し上げる。
「はい。残念ですがゴスロリ座敷童小夜は、散歩していただけか迷子かと思われます。ご飯を食べさせて家主の元に返しましょう」
「わだっきゃめぇごでもざすくわらすでもね! だっげだ小夜だ! なんべんへっだらわがんだ!」
 小夜は顔を赤くしながら言い放つ。
「怒って赤くなったわ! なんで⁉︎」
「大臣、日本語ではない座敷童は私も初体験です」
「日本の方言でないの? フランス語に似てるけど……どこの地方かしら。訛りが濃くて聞き取れないわ。杏奈ちゃんわかる?」
「アーサーさん。その憶測だと座敷童が日本以外にもいる事になります。……」
 アイルランド人のアーサーが聞き取れないフランス語の訛りを、日本人の自分が聞き取れる自信は杏奈には無い。従って、
「とりあえず、小夜と言ってますので日本語と仮定して『方言がキツい地域』を選出しましょう」
 杏奈は二秒ほど考えると、
「……ここまで方言がキツいのは今いるのが東北という事を優先し、津軽弁ですね。タブレットで……」
「じゃ! わだっきゃ南部者だ! 津軽者ど一緒にサすんな!」
「あっ、今のは聞き取れたわよ。わだっきゃ、なんぶもん、だ、つがるもん、ど、いっそにサ、すんな」
 アーサーが小夜の言葉を区切って並べると、梓が補足する。
「わだっきゃはわかりませんが、『南部者と津軽者』『いっそにサが一緒に』ですと最後の『すんなはするな』になります。まとめると、ゴスロリ座敷童小夜は南部者で津軽者と一緒にされるのが嫌だという事ですね」
「んだんだ! んだんだ!」
 小夜は言葉が通じる人間が現れたことに安堵する。正確には、梓は補足しただけで南部弁が通じるわけでは無いのだが……それでも『ばば様以外の日本人がいだ』と安堵する。しかし、その安堵は杏奈の次の言葉で怒りに変わる。
「南部者って事は……現代では青森県の太平洋側になりますけど、時代が時代なら南部氏が治めた地方全体になりますね。どちらにしても平泉にいる時点で迷子ですけど」
「どやへば! めぇごでね!」
 小夜は座敷童ではなく人間。それも竹田家の跡取りである。
 今回の東北訪問で座敷童管理省が一番デリケートに扱わなければならない最重要人物が竹田小夜なのだが……小夜の南部弁が濃すぎて誰も言葉が聞き取れず、座敷童として扱う。
 他の男性特務員も加わり、小夜を囲んで南部弁を解読しようとする。しかし、可愛い子供が一生懸命になると更に可愛く見えるため、真剣な小夜には悪いと思いながらもわざと解読しないで小夜の南部弁を楽しむ。

 だが、そんなほのぼのとした空気が長々と続くわけはない。

「小夜。キノコ汁に南部煎餅を入れてくれんか?」
「ばば様!」
 小夜は文枝がいる厨房に逃げると桐の箱(南部煎餅)を受け取る。
「ばば様。サクサクどやっこいのどっぢだ?」
「小夜の好きな食べ方にするんじゃ」
「んだば南部煎餅ば一○枚……」
 桐の箱から二○枚ある内の一○枚の南部煎餅を出してバリバリと砕きながら鍋に入れていく。
「蓋ば閉めでやっこくなっだら完成だ。残りサお茶っごど食べるでがんす」
「楽しみじゃな」
「ばば様。はらちぇはらちぇ食っでな」

((さすがだな))……一同は内心で賞賛する。

 小夜と文枝が会話をしている。この時点で小夜が人間だと気づいても良いものだが、文枝は普段から見えないはずの座敷童と会話をしているように喋るため「今日は更にリアルだな」と一同は受け取るだけだった。
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