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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
36/105

3

 

 花巻空港に無事到着した俺達を待っていたのは、【井上観光】と書かれた大型バスと茶髪の梅田達也だった。

 大型バスの後部座席は中央にテーブルのある対面座席となり、前部の座席は通常の座席、人間二五人、座敷童五人を乗せても余裕がある。

 後部の対面座席には、向かって右側に奥から俺といち子とアーサーと体格の良い特務員の順に座り、左側に奥から達也と八慶と八太と龍馬の順に座り、正面に井上のばあさんとしずかと井上さんが座る。井上さんが俺の隣で井上のばあさんが達也の隣だ。前部の座席には一九人の特務員が座る。

 一同が座席に腰を下ろしてくつろぎモードに入ると、大型バスは動き出し、目的地の座敷童管理省支署がある平泉に向かう。

 大型バスの中、正確には後部の対面座席では、東大寺のオロチ戦から約一ヶ月、奈良県から四国に向かい八十八ヶ所巡礼をしていた梅田達也に注目が集まっていた。

 俺から見た達也は見た目がまったく変わらない優男、二十代前半だし月日的にも見た目が変わらないのはわかっている……が。

「巡礼したなら少しは変わると思ったけど……まったく変わらないな」

「内面は外見に現れるといいますが……」

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら達也を見ると、

「まったく変わりませんね」

「あなた……」

 アーサーも達也の変わらなさに怪訝な顔になり、

「本当に巡礼してたの?」

 北海道に向かった二○人の特務員は、内面が外見に現れるというとおり憑き物が取れたように表情が清々しくなり、奈良県から北海道までの行脚と支笏湖ダイビングで鍛えられた肉体は、背広の肩や胸回りやスラックス越しからでもわかる太ももの太さが奈良県から北海道までの成果を表していた。しかし、達也には……

「いや、ちゃんと、……」

 達也は一同の怪しみを含めた視線に口ごもり、額に大量の汗を溜め、

「八十八ヶ所を終わらしてこれから百名山なんだけど」

 俺が知る梅田達也という人間から……いや、正確には松田家当主の母親から聞いてる梅田達也という人間から、八十八ヶ所巡礼を終わらした。とは俺には思えない。

「梅田家。ガチで巡礼してる人にGPSを渡して、タクシーで回ってたんなら早めに言った方がいいぞ?」

「そんなわけないだろ!」

「そんなわけないって……加納さんを見てみろ。東大寺の時は立派だった中年メタボ体型が今じゃ暑苦しいマッチョだぞ」

「……それは俺も驚いてる」

 達也は体格の良い特務員に視線を向け、

「加納さん。なんでそんなに変わってんだよ?」

 加納さんと呼ばれた体格の良い特務員、加納(かのう)真一(しんいち)は坊主頭をポリポリと掻きながら。

「いや、今まで働いてた時間を行脚してただけだ。晩酌のビールは変わらず飲んでる……いや、大人バージョンの龍馬さんと飲んで量が増えた」

「なんだよそれ、俺は酒もタバコも止めてるのに……龍馬効果か?」

「俺達はそう思ってる」

「それなら仕方ないな」

 あっさりと龍馬効果での差だと受け入れた達也。

 そんな達也の夢見がちな浅い脳回路に、俺は補足を加えながら龍馬効果を否定する。

「同じく行脚してて、梅田家との違いは龍馬と酒飲んだか飲まないか……」

 アホか、と加え。

「それだけで変わるわけないだろ。特務員一人一人の努力が実った結果だ。今ならまだ、井上さんも許してくれる。本当はまだ瀬戸大橋も渡ってないんだろ?」

「残念だったな。俺も行ってから知ったんだが、瀬戸大橋は徒歩では渡れない。広島県尾道市から愛媛県今治市に繋がる『しまなみ海道』で四国に渡るしかない」

「瀬戸大橋が渡れないからしまなみ海道ねぇ……」

 達成感に溢れてる達也を怪しむように見る。

 加納さんは頭の中で達也の話をまとめるように小声で補足していく。

「奈良から広島行って、しまなみ海道を渡って愛媛に……それから八十八ヶ所巡礼か……」

「違う」

 間髪入れず加納さんの補足を否定した達也は、勝ち誇ったように口端を吊り上げ、

「愛媛県に渡ってから香川県を越えて、徳島県鳴門市大麻町板東の竺和山(じくわざん)一乗院(いちじょういん)霊山寺(りょうぜんじ)に行った」

「なんで愛媛から回らなかったんだ?」

「八十八ヶ所巡礼一番礼所が霊山寺だからだ」

「そうか……それを言われたら何も言えない」

 達也の達成感は奈良県から岡山県に行き、瀬戸大橋が徒歩では渡れないと知った後、広島県に行ってしまなみ海道を渡って四国は愛媛県に到着、その後、香川県を越えて徳島県の一番礼所霊山寺から八十八ヶ所巡礼を始めて制覇、四国までの道筋や四国を一周半した達成感が達也にはある。

 しかし、その達成感は達也の勘違いが生んだ達成感になり、井上さんの何気ない一言から四国一周以外は無駄だった事を知る。

「何故、和歌山県と徳島県を繋ぐ南海フェリーを使わなかったのですか?」

「?」……達也は疑問符を浮かべる。

「奈良県から広島県に行くより、和歌山県に行った方が歩く距離が短縮されます。それに、しまなみ海道を渡る料金が任意の御賽銭でも、日数で重なる宿や食事の経費を考えれば南海フェリーの二○○○円の方が安上がりです。経費は梅田さんの自腹なので座敷童管理省には関係ありませんが、日数的に一○日間は無駄にしたかと」

「和歌山県から徳島県に? …………いや、徒歩って言ってなかった?」

「時速10キロを越えたスピードが出れば……と言ったのを誤解したのですね。申し訳ありません。私の言い方が悪かったです」

 謝るように会釈して頭を上げると、黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら、

「徒歩は八十八ヶ所巡礼の間と百名山を回ってる間です。『四国に入るまでの間をどうするか』は梅田さんしだいなので、私としては人間性を見てたつもりでしたが……」

「…………」……達也は開いた口がふさがらなくなる。

「奈良県から岡山県に向かった時は苦難を選ぶ方なのだと感心してました。ですが、南海フェリーを知らなかっただけなのですね」

「…………」……達也は右瞳から一粒の涙を流す。

「携帯で奈良県から一番礼所霊山寺への最短距離を調べなかったのですか?」

「…………」……達也は霊山寺までの道筋を思い出して涙が止まらなくなる。

 開口一番に『変わってない』と言われ、見た目が変わらないだけで八十八ヶ所巡礼をしてないとまで疑われる。唯一、自分の中にある達成感も八十八ヶ所巡礼以外の道筋は誤解からの苦行。

 善行は回りに回って自分の元に返ってくるが、悪行も善行と同じく返ってくる。今までの自分の悪い行いが精算された……と人生を見直した期間だったと思うしかない。

 しずかや龍馬や八太は達也をバカにしながら爆笑してるが、アーサーと加納は達也に同情している。

 確かに、徒歩で奈良県からしまなみ海道を渡り徳島県まで行った労力が誤解から生まれた苦行になったのは同情するレベルだ……


 梅田達也という人間でなければ。


(みんなは梅田達也という人間を見誤っているな……)

 俺は御三家として同情するわけにはいかない。それに、まだ『真実』が明らかになってないし、このまま済し崩しにするわけにもいかない。

「井上さん。梅田家は瀬戸大橋で力尽きたんだ。しまなみ海道なら徒歩で渡れると聞いたけど、広島まで行く努力を言い訳を考える時間にしたんだ。同じ御三家として頼む。もう少し時間をやってくれ」

 達也は八十八ヶ所巡礼どころか四国にも足を踏み入れていない……いや、下手したら奈良県から出ていないと俺は思ってる。俺が聞き知った梅田達也とはそういう人間だ。

((まだ疑ってるのか……))……一同額から一滴の汗を流す。

「あなた、まだ疑ってるの?」

 アーサーは呆れるように言う。

「アーサー。お前は梅田達也という人間をナメすぎだ。俺が母親に聞いて知ってる梅田達也という人間なら、偽証を貫くための証拠を作り真実を捻じ曲げる事を容易にする」

 俺は真剣な表情でアーサーを見る。

「御三家の確執で生まれた誤解じゃないの?」

「誤解……か。俺も初めは梅田嫌いの母親が生んだ妄想だと思っていた」

 ふぅと息を吐き、

「幼稚園の頃、漁師から貰った魚を魚拓にして自分が釣った事にする。小学の頃、夏休みに青大将を捕まえて噛まれた写真を撮ると、画像修正で青大将をハブにして毒に勝った勇者になる。中学の頃、シャープペンシルの芯を削って目元に擦り付け、体調悪いフリをして保健室に逃げる。高校の学校祭では仕入れた材料以外に知り合いの畑から野菜を貰って利益を上げ、クラスをMVP賞に導く。大学の頃はもっと……」

「MVPじゃない。最優秀賞だ」

 達也は間違いを訂正する。

「最優秀賞だったか?」

「最優秀賞だ。MVP賞は大学の時だ」

「真実なの?」

 アーサーは訂正しても否定はしない達也に聞く。

「シャープペンシルの芯はクラスのヤツが先生に言って一○分も保健室に入れませんでした」

「シャープペンシルの話を聞いてからは、いち子が学校に飽きた時は使わしてもらってる。人前でやるからバレるんだ」

「俺の失敗があったから成功してるんだ。バレた後に、他のクラスの連中がトイレで芯カスを付けて成功してたし」

「まぁ……そうだな」

「「…………」」

 アーサーと加納さんは、松田家として俺が達也を疑う気持ちを理解する。

「まぁ、アレだ。俺としては吉法師が座敷童として梅田家を見捨てなかったのが不思議でならない」

 俺としては達也の悪行よりも、吉法師が座敷童として達也を見捨てなかったのが不思議に思う。おそらく、達也がお濃の子孫だから見捨てなかったのだと思うが……

「吉法師や御先祖様のガキの頃に比べればかわいいもんだろ」

「時代が時代だから現代とは比較できないけどな。まぁ、二人からは学ぶところは学んだ方がいいぞ。吉法師に関したら梅田家の代わりに梅田家の役割をしながら付かず離れず梅田家を見守ってきたんだから」

 俺は最初から疑って達也と会話をしてるから、個人的には偽証でもかまわないと思ってる。ただ、吉法師への恩返しは達也の成長だと本人がわかってくれればいいだけだ。

 だが、アーサーと加納さんは違う。吉法師の気持ちを裏切り続けてきた梅田達也という人間なら、もしかしたら四国に行ってないのでは……と小声で話すぐらいに達也の人間性を疑い始める。

 しかし、人間性への疑いは別に、達也への誤解は意外にも井上さんによってあっさりと解ける。

「梅田さんが八十八ヶ所を回ってるのは何人かの住職から確認してますので、今回は偽証を貫くための証拠を作り真実を捻じ曲げてはいないと思います」

「マジか⁉︎ ……いや、住職が買収されてるかもしれない」

「松田家。……俺をどれだけ疑ってんだ?」

「俺を見縊るなよ。一パーセントの淀みなく疑ってるに決まってんだろ」

「見縊ってほしくないなら、一パーセントは信じる努力をしろよ」

「問題なのは……」

 井上さんは脱線しそうな話を戻すように割り込み、

「梅田さんの、八十八ヶ所回っても清められなかった悪しき心ですね。幼稚園からの話だと筋金入りの悪知恵者なので……」

「いや、清められてる。清められてるはずだ!」

 達也は追加の試練を与えられると思い、慌てながら背広のポケットに手を入れ、井上さんから逃げるように子供バージョンのしずかに視線を向ける。

「しずか、扇子だ。コレは俺が描いたんだ」

 ポケットから出してバッと広げた扇子には、手書きで鮮やかな黒薔薇が描かれていた。

「……、……」

 しずかは扇子を一瞥すると、絶世の美女を約束された顔立ちをウジ虫でも見るように顰め……いや、顔の骨格ごと歪めたように不機嫌な顔を作り、口調を巻き舌気味にドスを効かせ、

「カスが、出直してこい」

 ありんす、と言わないほどの拒否。いや、拒絶と言った方が正しい。

「なにっ⁉︎」……達也驚愕。

「梅田家。しずかは扇子でなく扇だ。それに、しずかの扇はばあさんの手作り。敵うわけないだろ。ある意味、その挑戦心は買うが……無謀だ」

「そ、それなら!」

 慌てながら足元にあるリュックサックをテーブルに乗せ、中から巻物のように巻かれた布を二本出すと、八慶と八太に見えるように布を五○センチほど広げる。布には扇子と同じく鮮やかな黒薔薇が描かれていた。

「八慶、八太。シルクだぞ。褌に……」

「いらん‼︎」

 間髪入れず拒否したのは八太。八慶は……

「……、……梅田殿、……いや。……、…………使うかはわからぬが……、せっかくのご厚意…………ありがたく、いただいておく。……使うかはわからぬが……」

 普段は動じても表情に出さない八慶だが、目を瞑った表情は引き攣り、額に汗を浮かべながら達也に気を使うようにお土産を受け取る。

「梅田家……めっちゃ気を使われてるぞ」

「つ、次は、いち子だ」

「いち子に挑むか……、まぁ、いち子は食べ物なら喜んで受け取る」

「任せろ。これは俺が一切手を加えてない食べ物だ」

「それはそれでどうかと思うけど、食べ物なら気持ちがあれば大丈夫だ」

「うむ。遠慮なくいただくしかないようじゃ」

 いち子は食べ物と聞いて瞳をキラキラと輝かせる。

 達也はリュックサックから四角形の袋を出し、いち子の前に出す。

「いち子のお土産は、餅だ‼︎」

「⁉︎」

 いち子は餅が入った袋に手を伸ばす……が、指先が届く寸前でピタッと止める。

「やっちまったな」

 俺はため息を吐きながら三角バックに手を入れる。

「むむぅぅぅぅ……」

 いち子は餅を見ていた視線をゆっくりと上げて達也を見ると、顔かみるみると赤くなり、

「むむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむむ」

「「⁉︎」」

 一同は、唸りながら赤くなっていくいち子の顔に飛行機での破滅飛行を思い出す。間髪入れず、視線を俺に向けてくるが……安心してください。すでに用意してます。

「いち子、おはぎだ」

 花巻空港の売店で買ったおはぎ(粒餡)をいち子の眼前に出す。小豆飯おにぎりは残り一九個、何があるかわからないし無駄打ちは避けないとな。

「むむ⁉︎」

 いち子の瞳がおはぎ(粒餡)をロックオン、漉餡(こしあん)でないのを確認。肌色が赤くなっていくのがピタッと止まり、おはぎを鷲掴みすると元の肌色に戻っていく。

「いち子の好物は餅だと聞いてたのに……」

「餅は好物の一つで間違いない。でも、食べるのは年越しだけなんだ。正月になっても食い終わらないのを聞いて梅田家では誤解したんじゃないか?」

「……なるほど、メモしておく」

 達也は背広の裏ポケットからボロボロの手帳を出し、スラスラといち子情報を書いていく。

 偽証を貫くための証拠を作り真実を捻じ曲げるには、情報が必要になる。今までの梅田家は、その情報の使い道が間違えていただけで、手帳にメモするなど、お土産を用意するなどそういう繊細な部分は梅田家らしく達也らしいと俺は思う。だが、車内には座敷童がもう一人いる。

「梅田家、ネタ切れか?」

「いや、まだだ。龍馬にもお土産がある」

 手帳を裏ポケットに入れる。

「んっ? ワシにもあるんか?」

 龍馬は期待しながら達也がリュックサックに手を入れたのを見ると、

「何ぜよ?」

「土佐の日本酒【龍馬】だ」

「ワシはワイン派じゃ」

 達也がお土産を出す前に間髪入れず却下する。それもお土産を期待した表情のまま。ある意味、誰よりもタチが悪い。他のにすれ、と顔で言ってるのだ。

「……? ……!」

 達也は疑問符を浮かべた後、二秒ほどで我に返り、

「土佐の人間を潤すのは土佐の酒だと言ってたろ⁉︎ つかお前の名前が入った酒だぞ‼︎ 作った人のためにも受けとれよ!」

「目に青葉、山ホトトギス、初鰹というじゃろ。土佐から離れた土佐の人間が土佐の酒で一杯飲む時は初鰹の三月から五月、戻り鰹の九月から一○月じゃ」

「初鰹は今が旬だろ!」

「ワシが言うちょるのは土佐に帰った時の楽しみを別の地域ではせん。っちゅうこっちゃ。土佐の空気、土佐の鰹、土佐の酒が揃って土佐の人間は身も心も潤うちゅうことぜよ」

「なんっっっつう拘りを……」

 達也はギリギリと歯軋りを鳴らす。

 松田家として見れば、梅田家にある座敷童の情報や達也が自分で調べた情報は、表面上の情報でしかない。はっきりと言わしてもらえば座敷童と向き合ってこなかった結果であり、自業自得だ。

 アーサーや加納さんは達也に同情してるが、この結果は今までの梅田家がどうだったかを意味するし、座敷童管理省の現状でもある。

 俺は、御三家の達也だけでなく座敷童管理省として座敷童と向き合っていくアーサーや加納さん、しずかの家主になりたい井上さんのためにワガママに見える座敷童の拘りを話す。

「しずかの扇、八慶や八太の褌、いち子の餅、龍馬の酒、座敷童は何かしらに強い拘りがある。もちろん拘りは一つじゃないし、昨日好きだったモノが翌日には嫌いになっていたりもする。お世話する人間はそれを知り尽くさないとならない……日々、勉強だ」

 一旦話を止め、アーサーと加納さんと井上さんに視線を向け、達也で止める。

「梅田家。人間なら気を使って愛想笑いしながら受け取るが、座敷童は八慶ぐらい人間に気を使ってないと受け取らない。まぁ、餅以外なら……いや、寿司屋に行った時に出汁巻きの味が変わったと拘りを見せてたな……それ以外なら今のところ俺が知るいち子は受け取る」

 いつもなら無駄に食べ物は与えないけど、このままでは達也の精神衛生上良いとは言えない。と思ったが……達也はネタ切れのようだ。

「……、もう無い」

「達也。まぁ、あれだ……」

 加納さんは達也に気を使うように、

「シルクや扇子は兎も角、餅と酒は梅田家から竹田家へのお土産になるだろ?」

「東大寺の後、今までの詫びもあったから竹田家に連絡したんだ。その時に八十八ヶ所巡礼の事を言ったら、お土産に淡路島の素麺と香川県の讃岐うどんセットを頼まれた。もう送ってる」

「おい、松田家には何も無しか?」

「松田家当主に新しい蕎麦つゆを研究したいからと言われて、小豆島の醤油を一斗缶で五缶送ってる」

「……、……悪いな。母親から何も聞いてなかった」

「何故かその場その場で連絡きて、他にも鯛一○匹に鰹一○匹、讃岐うどんに素麺、四国の物産を色々と送った」

「あのババァ、お土産にどんだけの金を使わしてんだ……土産じゃなく仕入になってんだろ」

「お土産で松田家や竹田家の機嫌が取れるなら安いもんだ。それに、座敷童と向き合ってなかったのに貰ってた座敷童管理省からの給料だからな」

「そう言ってくれると助かる。……でも……そんな食材は食卓には無かったぞ」

「店の限定メニューで出したんじゃないか?」

「……いや、そんなメニューは無い」

「鯛と鰹なら出されたわよ」

 アーサーは怪訝な顔で言う。

「は?」

 俺は疑問符を浮かべる。

「私とアーサーさんが地下の書庫に行く度に四国の物産をお昼にいただいてましたけど……」

 井上さんもアーサーと同じく怪訝な顔をする。

「俺、食ってないよ」

「いち子ちゃんにお供えした後の料理と言われてましたので松田さんもいただいたのかと思ってました」

「…………」

 薄々は感じていた松田家の違和感ある食事事情。

 俺の前には、蕎麦屋の残りの野菜か空き地や山でいち子と収穫した野草や山菜しか出てこない。違和感はあった……いや、違和感しかなかった。朝と晩に肉を焼いた匂いがするのに俺の前には肉はおろか魚も出ない。ハンバーグだと思ったら豆腐だったなんてザラだった。

「いち子、鯛と鰹……食ったか?」

「タイとカツオってなんじゃ?」

「魚だ……いや、この際、肉もだ」

「魚と肉はママとお風呂に入る日に食べる御馳走じゃ。秘密の冷蔵庫の大盤振る舞いじゃ」

「秘密の冷蔵庫……だと?」

 母親に対して湧き上がる怒りに額の血管が浮き上がる。表情はすでに平常を保てず、言葉も怒りで途切れ途切れになる。

「先月から、いち子と風呂に入るのが、増えたな。朝や晩……俺が風呂に入ってる間に鯛だの鰹だの……。息子には蕎麦屋はうどんと素麺は食わないとか言っときながら…………」

「「…………」」……一同は松田家の食卓事情に絶句する。

「あの……ババァ…………息子だけベジタリアンにしやがって」

 湧き上がった怒りは今までの食卓事情だけではなく、個人情報を漏洩し一○○○○円だけ渡して機嫌取りをした事も思い出す。怒りが頂点に差し掛かり、携帯端末を出して画面に母親の番号を表示させると、そのまま通話ボタンを押して耳に付ける。

「…………、」

 普段なら気にならないが、プップップッという相手に繋がる前の音が耳障りな不快音に聞こえてくる。いつもより少し長いプップップッの後……

「あのババァ! 息子の番号を着信拒否にしてやがる!」

 携帯端末からは『おかけになった番号からの通話はお繋ぎできません』と流れる。

「なんて親だ! 今までも変な親だと思ってたが……なんて親だ!」

 北海道にいるまでなら、アーサーや井上さんに四国の物産を出すまでは『ホームシックの井上さんのために』と言えば俺は何も言えくなる。だが、俺が岩手県に行くという座敷童管理省の現状から、達也も岩手県で合流すると予想ができる。その予想から、井上さんへの心遣いから仕入れた四国の物産ではなくお土産、所謂、どれだけの量のお土産を達也から送られてきたのかが俺の知る元となる。井上さんのホームシックのために用意した物産ではなく、達也からのお土産という事実が露顕すると思って着信拒否にしたに違いない。考えすぎだと思うだろうが……あの母親ならあり得るから腹が立つ。

 そんな俺の耳に世間会話をするような達也の問いが届く。

「松田家も親子関係が悪いのか?」

「今、内戦状態になったところだ」

「そうか」

「特務員梅田?」

 アーサーは松田家の食卓事情にも反応が薄い達也に違和感があり、

「けっこうな親子関係だけど……軽いわね」

「いやいや、梅田も親子関係は良いとは言えないので」

 軽く笑いながら更に続ける。

「距離があるというか距離を置かれてるというか……友人の家に泊まりに行った時に、親と飯を食ってるのに驚きました」

「「はぁ⁉︎」」……アーサーと加納と井上さんは同時に声を上げる。

「松田もそうだぞ。朝だったらアーサーと井上さんも見てるだろ? 母親は飯だけ用意するだけで俺はいち子と食ってる。夜もそんなもんだ」

「変わった家族ね。御三家だからかしら?」

「俺の友人二人も似たような感じだし御三家は関係ない。親が原因なんだ。あの母親は特に悪質だ」

「梅田は親父だな。あの親父から逃げる事を幼稚園から中学まで考えてたし、高校は全寮制を選んで大学も実家から一番離れた所を選んだ」


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