2
井上のばあさんを座敷童が見える側の人間にするサプライズが失敗した翌日。
俺は光学館高校一年C組の教室で、頭を悩めていた。
原因は、母親や祖母まで八岐大蛇の櫛を作り井上のばあさんに渡してた事がサプライズ失敗の原因だったのだが、俺の牛一頭買いサプライズがサプライズ返しされた後の失敗だったため、その責任を押し付けられ俺が新たな作戦を考える羽目になった。井上のばあさんは隙が無いから難題なんだよな……
「翔」
右斜め前の座席から俺を呼ぶ少年の声音。
「なに悩んでんだ?」
短髪にバンダナを巻いた体育会系の同級生は、身体ごと後ろの座席に向け、みかんを食べるいち子のぷにぷに頬っぺたをツツきながら軽い口調で言ってきた。
幼稚園からの友人二人が座敷童が見える側の人間だと言ったと思うが、その一人だ。
そして、もう一人が俺の隣の座席でいち子を膝の上に乗せた黒髪を腰の位置まで伸ばした少女だ。
大人びた顔立ちに化粧をしてるため高校一年生に見えない。更に、成長段階とは思えない胸元と制服越しでもわかるスタイルの良さは思春期男子なら目のやり場に困る。黙っていれば、クラスのマドンナという死語をぶち込めるのだが、彼女は少し変わっている。
「若い内の悩みは、恋か小遣いに決まってる。ばあちゃんの孫にでも、惚れたか?」
声音は女子のそれだが口調は固い。
男のような喋り方と言った方がいいな。それに表情に喜怒哀楽が無いから全てを見透かされてるように感じてしまう。
「そんなんじゃねぇよ。それより……」
俺はバンダナの同級生にぷにぷに頬っぺたをツツかれるいち子に視線を向け、
「見えない側の人間がソレを見たら建が彩乃の胸をツツいてるように見えるからな」
バンダナ男子の茅野建とロングヘア少女の高田彩乃は幼稚園からの親友であり、二人は付き合ってる。という噂が中学からある。
何故かは見たとおり、いや、座敷童が見えない側から見るといち子が見えないから生まれる誤解なのだが……
座敷童が見えない側から二人を見ると、いち子の頬っぺたをツツく建の行為がパントマイムになり、側から見れば彩乃の胸をツツいてるように見える。それを彩乃が拒まないため、建の過剰なスキンシップを彩乃が受け入れている、ように見えるのだ。
建は体育会系で漢気が有り、勉強もそこそこ出来るため男女問わずモテる人気者だ。
彩乃も大人びた雰囲気と美人な顔立ちなため、モテる。俺や建といることが多いため、男っぽいところもあり憧れを越えた好意を持つ女子が多々いる。
二人ともモテる事に対しては自覚してる。鈍感と書いたバカではないため相手の好意を無下にしないし、誰にでも平等な対応ができる。所謂、高校生のくせに紳士淑女なのだ。
座敷童が見えない側の人間から見ると二人はお似合いのカップルに見えて俺が邪魔者っぽく見えるが、周りは二人を美化しすぎだ。
「心外だな。いち子がいなかったらツツいてる」
建は漢らしく堂々と言うと視線を一点に向け、いち子のぷにぷに頬っぺたから指先を滑らせ彩乃の胸へと放つ。
「心外だな。お前がツツけるほど私の胸は安くない」
彩乃は建の指先を左手で握り、胸への強行を阻止する。
座敷童が見える側の俺から見れば、いち子の顔の横で胸をツツこうと力む建と阻止する彩乃の白熱した図になっているが……座敷童が見えない側の人間が見ると、二人は人目をはばからず熱く手を握り合っているように見える。
追い討ちは、強行を諦めた建が落ち込みながらいち子のおかっぱ頭を撫でてるのだが、その光景は……彩乃の胸を撫で回しているように見える。
見える側と見えない側で生まれてしまう誤解、俺達の日常はだいたいこんな感じだ。
「ところで何に悩んでんだ?」
建は会話を本題に戻す。
「あぁ……、肉サプライズが見抜かれてたんだ」
俺は机に項垂れる。
すると隣の席の彩乃が単調な口調で。
「私は、牛一頭を三○万で買えた時点で怪しいと思った」
「俺は、精肉店のおばちゃんが領収書に三拾円って書いたの見た時だな。ばあさんのサプライズを予感した」
最初から失敗を確信していた彩乃と建。サプライズ返しも予感してたなら友人として一言ぐらいあってもいいと思うが。
「お前等、気づいたなら言えよ。そのせいで、孫が考えた作戦が失敗した事になって、次の作戦を俺が考える事になったんだぞ」
「私も建も言った。脳内がサプライズで盛り上がってるから難聴と盲目になるんだ」
「座敷童が見える側の作戦ってわけじゃないけど、翔の失敗は予想してたから明後日のジョンの忌明けは俺達が新たなサプライズを用意してる」
心の友よ……それは俺へのサプライズと受け止めてもいいのか? いいよな。そうに決まってる。
「それは見える側にする作戦と……」
「建、翔に言った事で失敗する可能性が三○パーセント上がった。それ以上は言うな」
「…………」
おいおい彩乃、それは、
「どういう意味だ?」
彩乃は視線だけ俺に向けると抑揚の無い口調で淡々と言う。
「最初から見抜かれていた事を抜きにして、本来なら庭でバーベキューをやってる最中に一頭分の肉が届いてサプライズ成功だ。それを孫のサプライズと被せて二日前に暴露するのはアホの極み」
「一応、肉がバレてる、からの〜〜、俺達のサプライズだったからな。サプライズ感は減少しちまうが……」
「建、今の発言で五○パーセントまで上がった。生まれた時から老化した頭髪と脳みそを所有した翔がいる事を忘れるな」
「……そこまで言うか」
彩乃は建や俺に対してのみ昔から言葉がキツい。まぁ、コレが彩乃の良さでもあるし、先の先も考えての発言だからな。キツい言葉は友情の裏返しという事だ。たぶん。
彩乃は言葉を繋げる。
「そもそも、物欲の無いばあちゃんに対してプレゼントを渡す前提で考えてるのが甘い。孫のサプライズなら、肩を揉んでる時にその流れで強制的に装着させればいいんだ。孫のお茶目な一面に祖母として諦めるしかなくなる」
「その方法……」
「もう通用しないぞ」
俺の期待を裏切るように彩乃は間髪入れず否定した。
「なんで? 強行手段としては完璧だろ?」
「私が見える側にする方法があると知った時に思いついた方法だ。あくまでも『見える側にする櫛や簪を翔はまだ作れない』とばあちゃんが思ってるから隙を突いて強制的に装着できる。作れるのを知った今、ばあちゃんに隙は無い」
「翔、やっちまったな。ばあさんなら、肩から手を離して櫛を握った瞬間に忍者ばりの早業で腕を抑えてくる」
「やっちまった……」




