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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【東北編•平泉に流れふ涙】
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25/105

第一章 サプライズ合戦

 

 1


 五月一八日——

 東大寺の騒動が終わって四三日……と細かい日数なんて数えても意味が無いと言われそうだが、俺も普段なら日数なんて気にしない。

 何故、日数を細かく数えていたかというと、明後日はジョンの四九日だからだ。

 ジョンとは、俺と座敷童いち子が毎日通う井上のばあさん宅で飼っていた土佐犬。それも俺が池で溺れた時に命を救ってくれた恩犬だ。

 そんなジョンの四九日を数えないほど俺は薄情ではない。

 明後日にジョンの四九日を控えた今日、俺といち子は毎日の日課でもある三時のおやつをいただきに井上のばあさん宅に向かっている。

 しかし、今日は三時のおやつをいただくだけではない。そして、毎日家内を荒らすいち子の付き添いだけではない。

 井上のばあさんにお土産があるのだ。

 言わなくてもいい事だが、東大寺に行く前日、井上のばあさんに頼まれた奈良県のお土産【柿寿賀】は帰って来た時に渡した。

 今日のお土産は、人間から座敷童になった織田信長こと座敷童吉法師や坂本龍馬こと座敷童龍馬から貰ったオロチの鱗を加工して作ったコレだ。

【八岐大蛇の櫛(くし)】

 花弁一枚一枚が白•黄•橙•緑•赤•紫•青•黒の色違いになった八色一輪の花が描かれた半円形の櫛(くし)。

 見た目は木製の櫛だが、八分割された八岐大蛇の鱗——正確にはオロチの鱗——が宿り、この櫛を頭に装着すれば忽ち座敷童が見えるようになる。

 どういう仕組みでどうやって加工したかは企業秘密、装着時は時代劇で見かける町娘が頭に櫛を挿してるのをイメージしてほしい。簡単な説明だが、すでに井上のばあさん宅に到着したので話を進めたいと思う。

 城門を思わす門前には、座敷童の八慶と八太が仁王像のように立ち、門の屋根には座敷童しずかがいる。

 八慶(はっけい)と八太(やた)は双子の兄弟。褐色な肌に褌一丁、普段は見た目小学校低学年の少年だ。双子といっても見分けは簡単、八慶は常に目を閉じ、八太は仁王像のような力強く開いた瞳だ。

 そして屋根の上にいるしずかは、いち子と同じく三頭身から抜け出たばかりの幼女。白の直垂(ひたたれ)に白鞘巻きを帯刀し、右手に扇を持つ。その容姿は可愛い白拍子……だが、しずかは見た目が白拍子なだけで、この通りじゃじゃ馬だ。

 しずかは屋根から飛び降り、扇をバサバサと降り、垂直落下する。

 子供バージョンでは飛べないのに、毎回屋根に登っては飛び降りるのはどうかと思うが、高いところが好きだから仕方がない。

 俺はいつも通り垂直落下するしずかを受け止める。

「完成したでありんすか!」

 開口一番に脈絡がない事を言ってるが、しずかの言葉は俺の右手にある木製の櫛を差してる。

「我ながら最高のデキだ」

 木製の櫛、八岐大蛇の櫛を心待ちにしていたしずか、それは八慶と八太も同じく心待ちにしていた。

 しずかを地面に下ろし、八岐大蛇の櫛を三人に見せる。

「これで見えるでありんすな⁉︎」

「翔! 早く行くぞ!」

 八太が敷地内に指差すと、しずかといち子が我先に走り出し、三人で競争するように屋敷に向かった。

 おいおい、いち子の可愛さをまだ言ってないだろ……

 いち子は大昔から俺の家に住む座敷童。白桃柄の小袖に朱色のちゃんちゃんこを羽織り、おかっぱ頭ともなれば現代に伝わる王道の座敷童。裏切る事ない座敷童のイメージそのままのいち子は……実は、座敷童の中でも神童(しんどう)と呼ばれる最強の座敷童だ。

 可愛いし強いし……おっと、いち子の可愛さに言葉を繋げれば短編小説一本分を起承転結を加えて語ってしまう。俺のいち子自慢で閑話休題という加筆修正はしたくないから話を進めたいと思う。

 俺と八慶は走って屋敷に向かう三人を追うことなく、玄関まで続く石畳の道を歩いて井上のばあさん宅、外観が神社の本堂を思わす屋敷に向かう。

「八慶。井上さんは?」

「アーサー殿に薙刀術を教えてる」

「アーサーのヤツ、ほとんど居候だな」

 俺達は玄関に入り、廊下を進む。

 厨房では、井上のばあさんが三時のおやつを準備している。その背中に、いち子•しずか•八太が乗っている。

 三人が井上のばあさんの背中に乗ってるのは、座敷童が見えない井上のばあさんには三人の体重が感じなく、八岐大蛇の櫛を装着すれば座敷童が見える側になって三人の体重がそのまま負担になるからだ。乗り貯めをしているという事だな。

 俺と八慶は甘えん坊な三人を横目にそのまま廊下を進み、奥座敷に向かう。

 奥座敷の襖が開いてるためそのまま室内に入る。

 オモチャが散らかった畳一○○畳の室内、出入口側の壁以外は障子になっているのだが、東側の障子が解放されていた。

 解放された縁側では、女袴を着た杏奈とアーサーが休憩してる。

 俺はその光景に一言。

「アーサー。側から見たらニートだぞ」

 プラチナブロンドのフェアリーボブにグレーの瞳のアイルランド人アーサー•横山•ペンドラコ。赤髪にそばかすならアイリッシュと一言で描写できるのだが、可愛くてちょっと気が強い父性力を擽るアイリッシュとは違い、崇高なアイルランド人の血が流れているのか疑問になってしまう。このとおり、座敷童に依存した残念な女だ。

「行政機関の大臣なんてニートみたいなものよ。国税を座敷童のために使うか自分のために使うかの違いしかないわ」

「国税を食い荒らすか親の金を食い荒らすかの違いか…………怒られるから発言に気をつけろ」

 行政機関の大臣と言ったとおりアーサーは大臣、日本の国税を有意義に使われているであろう座敷童管理省の大臣だ。

「松田さん。完成したのですか?」

 アーサーに呆れてた俺に問いかけてきたのは井上杏奈。見た目は黒縁眼鏡の気弱な文学少女だが、苦手なモノが皆無の頭脳と武術の戦略知能兵器井上のばあさん譲りの天才少女だ。

「我ながら最高のデキだ」

 俺は右手に持つ八岐大蛇の櫛を杏奈に渡す。

「これが八岐大蛇の櫛ですか……?」

「残念ながら加工方法は書物ではなく口伝として伝わってる。教える事は出来ない」

 企業秘密改め、松田家秘伝。誰にも教えることは出来ない。

「あんたが作ったの?」

 アーサーは疑いの目を俺に向ける。

「当たり前だ」

「……大丈夫でしょうね?」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

 心外だな。アーサーに言われるとかなりイラっとする。だが、アーサーが疑う理由はわかってる。

「まだ、俺といち子がオロチに吹き飛ばされたのを根に持ってんのか?」

「特務員梅田と他の特務員の今後のために実践経験が必要……って言われても、あんた自身の信用度に欠けるのよね」

 アーサーは縁側に立て掛けた薙刀を握り、

「相手しなさい」

 おいおい、未成年に真剣の薙刀は大臣として、いや、大人としてどうよ。そもそも、俺は人間の側の都合では動かない。

「信用されなくても松田家は座敷童の世界に生きる人間だ。俺はいち子に被害が出るモノにしか手を出さない」

 誰がオロチと闘うと言った? 誰がオロチを倒すと言った? あんなデケェだけの蛇なんか座敷童管理省と梅田家でなんとかすれ。毎日毎日、顔を見れば信用度信用度って……少し薙刀術をかじったところでソレは護身用だ。おままごとにかまってる暇はない。

 俺は杏奈に視線を向ける。

「井上さん。ばあさんは座敷童が傷付いた姿を見たくないから見えない側の人間でいたいって言うから普通には渡せない。前準備に抜かりは?」

「三日前から髪飾りの雑誌を一緒に見て心理的欲望を与えておきました。特に櫛や簪(かんざし)を見せておいたので、祖母の性格から『座敷童と私達からのプレゼント』だと言えば受け取り、装着します」

 ほどなくして、井上のばあさんが御膳台五段を重ねて持ってきた。

 井上のばあさんが横一列に御膳台を置くと、向かって右からいち子•しずか•八慶•八太の順に座り、黒飯御膳を食べ始めた。残りの御膳台には急須と湯飲みがあり、座敷童の三時のおやつを見ながら、お茶と和菓子に舌鼓をうちながらの雑談になる。ジョンの四九日内は肉が食えないからな……俺としては非常に残念だ。いや、これは不謹慎だな。

 俺とアーサーの正面に杏奈と井上のばあさんが座る。

 いつもなら俺の学校生活や座敷童の話でもするところだが、今日はいつもと違う。いち子以外、しずかと八慶と八太は箸を止め、杏奈が右手に持つ八岐大蛇の櫛に視線を向ける。

 井上のばあさんが八岐大蛇の櫛を装着すれば座敷童が見える。

 食欲を優先したいち子以外、俺も含めてその瞬間までが気が気でない。

 そんな一同の空気を感じ取ったのか、井上のばあさんはいつもと違う雰囲気に口を開く。

「翔坊。今日は静かじゃな」

 やはり俺に言ってきたな。予想どおりだ。だが、俺はこんな時でも逃げ道をちゃんと用意してる。それもサプライズ付きで。

「俺はいつも通りだ。白髪のせいで部活の勧誘も無い。とりあえず小学中学と変わらず三時のおやつ部だ」

「三時のおやつ部って何よ?」

 会話に入ったのはアーサー。

 予想どおりだ。アーサーよ、いつもはお前の横槍にイラっとするが今回は俺の逃げ道に利用さしてもらった。

「ばあさんの家に三時のおやつを食べに来る部活だ」

「……帰宅部じゃない」

「帰宅部? 帰宅部は家に帰るだろ。俺は家に帰らない。この道一五年、井上のばあさん宅に三時のおやつを食いにきてる。言っとくが俺の成長期を支えてるのはばあさんだからな。家になんて帰ってみろ、蕎麦打って茹でて天ぷら揚げて散々使われた挙句、晩飯は残った野菜天ぷらだ。成長期には致命的だ。俺が肉を食えるのはここだけだからな。これを成長期を支える部活と言わずして何を部活と言うんだ?」

「あんた……バイトでもして食費入れなさい」

「アホか。いち子が常に一緒にいるんだぞ。バイトなんてしたらつまみ食いの嵐だ。バイトなんてやってられない」

「飲食店でなくても服屋でも新聞配達でもあるじゃない」

「服屋? いち子が暇を持て余して服を散らかすだろ。見えない側では綺麗な店内でも座敷童が見えてたらとんでもない事になる。新聞配達なんてもっとひどいぞ、いち子の寄り道で朝刊が夕刊になる」

「座敷童管理省の給料があるわよね?」

「良くぞ言った……」

 俺は不敵な笑みを浮かべ、学生服のボタンを第三ボタンまで外し、裏ポケットに右手を入れる。

「無断欠勤を繰り返すこと二ヶ月と少し。給料が振り込まれていたが……こんな給料は後から難癖つけられて返金を求められてもおかしくない給料だ。怪しすぎて使えなかった給料だ。そんな給料でばあさんにプレゼントを買った‼︎」

 井上のばあさんに見せるように一枚の紙を出す。

「給料二ヶ月分三○万! 牛肉四○○キロ! 明後日ジョンの忌明けに届く‼︎」

 一枚の紙、井上牧場の領収書には宛名に【松田翔】、金額に【三拾円】但し書きに【ばあさん孝行として】と書かれている。

「ばあさん。ジョンの忌明け、明後日に届く。俺からのプレゼントだ」

 井上のばあさんに領収書を渡すと、杏奈とアーサーは領収書を見る。

「牛肉四○○キロって牛一頭分じゃない。三○万じゃホルスタイン種でも買えないわよ」

「井上牧場はおばあちゃんの牧場です。牛肉ならサーロインでグラム一五○○円のはずですが……」

「超赤字じゃない。挙句、堂々とプレゼントって……」

「気持ちを金額で換算するな」

 杏奈とアーサーは疑い半分な表情を作りながら井上のばあさんを見る。が、井上のばあさんは何食わぬ顔で言う。

「気持ちは金額ではない」

「おばあちゃん。定価で約四○○万円の赤字だよ」

「ジョンの忌明けにしずかやいち子や八慶や八太に食べてもらうための肉じゃ。翔坊がそれを買ったんじゃ」

「…………」

 ふっふっふっ。俺は心の中で不敵に笑う。

 杏奈が八岐大蛇の櫛を渡しやすい場を作り、更に『杏奈がプレゼントする八岐大蛇の櫛に俺は関わってない』と井上のばあさんに思わせる策、サプライズが成功した。

 あくまでも、世話になってるしずかや杏奈からのプレゼントにしないと木製の櫛が座敷童が見える側になる八岐大蛇の櫛だとバレるからな。

(いまだ! ばあさんにプレゼントするんだ‼︎ )

「普段はおかわり禁止とか言ってるのに四○○キロも買うなんて、座敷童のためじゃないわね。プレゼントとか言って自分が食べたいだけじゃない」

「よく見たら三○万円でなく三拾円って書いてます。肉どころか脂身も買ってません」

「あんた、給料はどうしたのよ?」

「…………」

 そんな事より櫛を渡せ、と言ってやりたいが……

「三拾円?」

 俺は疑問符を浮かべながら井上のばあさんから領収書を取り、金額部分を見る。

「万が抜けてるな」

「なに惚けてるのよ。あんたの気持ちが三○万円分なわけ? 給料はどうしたのよ」

「俺は三○万円払った。友人二人といち子が見ていたアリバイもある」

「おばあちゃん? 三○万円は?」

 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、怪しみを含めた視線を井上のばあさんに向ける。

「座敷童用に育てとる牛じゃ。お金は翔坊の口座に振り込んでおる」

 井上のばあさんは三○万円を受け取っていない。正確には、井上牧場の精肉店で働くおばちゃんが領収書を書いただけで売り上げていない。これは、牛肉一頭買いサプライズが井上のばあさんに最初から見抜かれていた事を意味する。

「…………」

「…………」

「気持ちは金額ではない」

 サプライズからのサプライズ返しに俺と杏奈が絶句していると、井上のばあさんは全て見抜いていると言うように微笑んでいた。

 俺は肉が食いたいと毎日のように愚痴を吐いていた……。おそらく、ソレでサプライズを予想されたんだ。

 これ以上の雑談は八岐大蛇の櫛まで見抜かれかねない。

 今なら八岐大蛇の櫛を匂わした会話やワードが出ていない。無駄に時間を与えるよりも今のサプライズ返しを利用した更なるサプライズ返しをするのが吉、と杏奈は判断した。

「お、おばあちゃん……」

 杏奈は右手に持つ八岐大蛇の櫛を……

(まて‼︎)

 俺は強い視線を向け、杏奈の行動を止める。所謂、アイコンタクトというヤツだ。

(今渡すなら、奈良で手作りした……と加えた方がいい。金がかかってると受け取らない可能性がある)

(ありえますね……)

 杏奈は頷きで返し、八岐大蛇の櫛を井上のばあさんに向ける。

「おばあちゃん。奈良県に行った時に作った櫛なんだけど……」

「上手にできておるな」

「うん。おばあちゃんにプレゼント」

「……、……そうかそうか」

 八岐大蛇の櫛を杏奈から受け取る。

 一同は生唾を飲み込んで井上のばあさんの動向を見る。

 井上のばあさんは、懐からハンカチを出し、八岐大蛇の櫛を大事に、大事に、大事に……ハンカチで包み込み、懐に入れた。

(松田さん……)

(翔殿……)

(櫛を付けないでありんす!)

(どうするんだ!)

(あんたの余計な行動のせいよ)

(いやいやいや、違うだろ!)

 疑いの目を向けてくる四人、俺のサプライズが生んだ悲劇ではない。はずだ。

「ば、ばあさん! 櫛なら頭に付けたりするだろ?」

「?」

「ほら、時代劇でよく見るだろ? こんな感じで」

 身振り手振りで言うが……

「八岐大蛇の櫛は仏壇に御供えする事にしておる」

「「⁉︎」」……一同は額から大量の汗を流す。

「翔坊の母親や祖母からも貰っておる。聞いておらんのか?」

「「…………」」

 茶番とはこの事、全てを見抜かれ、サプライズからのサプライズ返しからのサプライズも掌の上で踊らされていただけだった。



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