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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【近畿編•東大寺に眠ふ愛】
21/105

3

第四章3からは『杏奈』を『井上さん』に直してる最中です。他にもわかりにくい描写や情景なども直してます。

勉強不足な点が多々f^_^;)申し訳ありません。

手直しはしてますが、ストーリーの進行や文章のニュアンスは変わりません。


 

 井上杏奈という一人の少女が座敷童しずかに固執した考えを払拭させ、次代への提案として梅田達也の確執を紐解いた。

 杏奈の提案が三家の確執に対して一つの切っ掛けになったのは間違いない。

 しかし、それはこの場の問題を片付け、生き残らなければ意味がなくなる。

 大仏池の中心、水中では鼓動するように紅い光が点滅。その大きさは半径五メートルを越え、禍々しい水泡を水面に浮かせる。

 左手に薙刀を握った杏奈は大仏池を一瞥すると一八○度振り返り、一同を正面にする。

 前列には吉法師と龍馬そして八慶•八太•しずかが並び、アーサーと俺といち子が続く。その後ろに達也を筆頭にした座敷童管理省の特務員が二○人と虚無僧一○○人。側から見れば、杏奈が一軍を従えてるように見える。

 杏奈の作戦を吉法師が認め、杏奈が指揮を取るため従えてるというのは正しいのだが、問題は結果である。

「皆さん。私はオロチ討伐の経験はありませんが、室町時代のオロチ戦、戦国時代のオロチ戦を元に戦略を練らしてもらいました。この中には血気盛んな方々がおりますが、最初に行っておきます。私の戦略を元に動かなかった方には次はありません。邪魔なので」

「言いすぎぜよ」

 杏奈の棘がある言葉に龍馬が横槍を入れる。

 意味も理由も無く棘を出さないのは杏奈の見た目や知能からわかる。おそらく、杏奈の目的は座敷童管理省の特務員への鼓舞だろう、が龍馬は気づいてなかったようだ。

「龍馬さん。最後列でアーサーさんを守ってください。オロチ戦には必要ありません」

「なにぃ⁉︎ ワシが先頭でブイブイいわさんこ……」

「龍馬さん。それ以上言うと南大門を守ってもらう事になります」

「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ!」

 杏奈の遠慮や緊張が龍馬に対して無くなったように伺えるが、もしもこの場で遠慮し緊張した軍師がいれば兵隊は軍隊にはなれない。

 隊律があり隊列があり編隊に意味が生まれ、それを統率するのが軍師。

 編隊を前に、龍馬一人の意見など作戦を乱すモノでしかない。それは一五歳の少女に従う事になった座敷童管理省の特務員にも言えるため、杏奈は棘を出さす。

「一人の独断専行者や隊律違反者がいれば一○人死にます。一兵で成果が上がるのは二次元の漫画やアニメの世界だけです。三次元では一兵の後ろに弱者一○人の犠牲があります。私は一兵を武器にするより、一○人の弱者で編成した策で成果を上げます」

「活躍の場が無いぜよ!」

「…………、」

 杏奈は龍馬から視線を逸らし、吉法師を見ると、

「吉法師さんも龍馬さんとアーサーさんを守ってください」

「あいわかった」

 吉法師は杏奈に従う。

「なんでワシと吉法師がアァサァのお守りぜよ?」

 杏奈の当初の作戦は吉法師や龍馬という主力を前線に立たせ、しずか•八慶•八太のサポートの元に一○○人の虚無僧が後方支援するという攻守一体の作戦だった。

 しかし、それは梅田達也や座敷童管理省がいない前提の作戦になり、二一人の人間が隊列に加わるとなれば作戦も大きく変わる。

 杏奈は龍馬に返答することなく編隊を開始する。

「それでは皆さん。これから隊列を言いますのでその通りに編隊をお願いします」

「土佐女は気性が荒くて怖いぜよ!」

「あなたのお姉さんには負けます」

「当たり前じゃ! あんな鬼は後にも先にもおらん!」

 龍馬の横槍を軽く流した杏奈は虚無僧一○○人に視線を向ける。

「弓兵二○人を二組。槍兵二○人を二組。刀兵一○人を二組。五○人編成で分かれてください。そして、弓隊は初めの一矢を射ちましたら槍隊と入れ替わり後方支援、刀隊は弓隊を守りながら槍隊のサポート。遊撃隊として座敷童管理省特務員を一○人ずつ最後列に置きます。この二組は大仏池北側と南側に編成します。もしもオロチからの被害が座敷童に及ぶようなら座敷童管理省の特務員は死んでください。変えは作れるんで」

 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、座敷童管理省の特務員を見る。

「「…………」」

 特務員二○人は『死ね』という言葉に現実感がない。変えは作れるという言葉に不満を顔に出す。

 杏奈はそんな特務員の反応を気にする素振りも見せず。ただ確認を取る。

「わかりましたか?」

「「……はい」」

 杏奈の確認に返答しただけで納得してるのは特務員二○人の中で五人しかいない。

 一五歳の少女が軍師、梅田家の息のかかった特務員、杏奈の棘のある言葉や作戦に納得した特務員が五人いただけマシか、と俺は思う。

 しかし、杏奈の作戦は『乱れのない編隊』が前提。一人の独断専行者や隊律違反者は一○人の犠牲が生まれる杏奈の理屈では、特務員の一五人の独断専行や隊律違反は全滅を意味する。

 杏奈は納得していない特務員一五人をそのままに、編隊指示を続ける。

「続きまして、西側は松田さん•いち子ちゃん•梅田さんの三人。東側は吉法師さん•龍馬さん•アーサーさんそして私。東側の遊撃隊を八慶君と八太君。状況に応じたオロチへの攻守は八慶君が判断して」

「うむ」

「そして、大仏池の上空にしずかちゃん。オロチが北側に行けば風で南側に払い、東側に行けば西側に払う。一見意味のない行動ですが、あくまでも東大寺倒壊を阻止しながら、全員が全力で戦えるための伏線です」

 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、座敷童管理省の特務員に視線を向け、

「人間の皆さん。携帯をグループチャットができるようにしておきましたので、ハンズフリーで私からの指示を受けてください」

 杏奈とアーサーは右耳にイヤホンマイクを装着する。

「「?」」

 特務員二○人は疑問符を浮かべる。

 疑問符を浮かべる気持ちはわかる。俺も意味がわからない。

「井上さん? 携帯の番号って教えたっけ? それにグループチャットって……?」

「座敷童管理省の名簿が私のタブレットに入ってます。あとは皆さんの携帯をハッキングして私が運営するサイトに入会させました。質問がなけれ……」

「ハッキングって?」

「細かい説明が必要ですか?」

 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げる。

 説明さえも不用な現代魔法【ハッキング】をさも当たり前のように行使した杏奈。ハッキングという五文字に怯えた人間が何万人もいる事を理解してるのだろうか。

「犯罪、じゃないかな……?」

 一応訊いてみる。まぁ、アーサーだけなら心配だけど杏奈が参謀という時点で『大丈夫』なのはわかってるんだけどな。

 杏奈はタブレット式の端末を指でなぞり、【誓約書】の入省規約欄を開くと画面を一同に見せる。

「座敷童管理省の入省規約に『座敷童管理省が特務員個人の個人情報を必要とした時、緊急時に限り大臣にその全てを一任する』と書かれてました。皆さんはソレを踏まえて誓約書に拇印を押してます。そして今がその緊急時です」

「そうか……。一応、俺は誓約書にサインしてないからハッキングは今回だけにしてくれ」

「はい。次からは松田さん『にも』確認します」

「にも?」

「松田さんの携帯は保護者名義だったのでお母さんに了解を得ました」

(あ、ん、の、クソババァ!)

 俺が学校に行ってる間、杏奈とアーサーは松田家の書庫にいた。おそらく、その時に了解を得たに違いない。

 納得だ。奈良県観光の小遣いに諭吉様(一万円札)を出すなんてあの母親に限って有り得ない。せめて樋口さん(千円札)だ。バリエーションの無い食事に対しての機嫌取りだと思った俺がバカだった。

 俺からの返答がないのを確認した杏奈は、特務員に視線を向ける。

「皆さん次第で今後の緊急時は無くなります。事前準備を疎かにしなければ緊急時は予定の範囲内です。精進してください」

 ふぅと一息吐くと、反応が今一な特務員一五人に視線を向け、黒縁眼鏡に影を作り、淡々とスラスラと抑揚なく無感情に続ける。

「もしも、座敷童を見捨てるような事があれば口座を凍結させます。特務員として給料も払ってますのでそんなことはないと思いますが、もしもそんな事があれば、不正に流用したお金だと大臣が疑われかねないので残高を回収します。払った給料分が無かった場合ですが、私が運営するサイトのウェブマネーと交換し、座敷童管理省に現金化して返します。取り立てはさほど厳しい方ではないのでご安心ください」

((独裁者がいる……))

「独裁者ではありません」

((心の声まで聞こえるのか⁉︎))

「座敷童管理省は遊びではありません。警察が市民を守るように、自衛隊が国を守るように、座敷童管理省は座敷童を守るための組織です。皆さんの給料は国税です。皆さんの衣食住は国税です。それが嫌なら辞めて構いません。そんな人はどこに行っても通用しない家畜以下……いえ、家畜のような優秀な経済動物に失礼ですね。排泄物製造機と言い換えます。とりあえず、辞める方はお早めに辞めてください、その分、借金は少なくて済みますから」

((違法では……))

「違法ではありません」

((何故、心の声が聞こえる⁉︎))

「皆さんは拇印を押した時から公僕です。それも見えない側の人間には意味不明な組織の公僕です。国がその座敷童管理省の特務員に何の保険もかけないと思ってるんですか? 私は規約用紙を見て入省は絶対にしないと決めました。皆さんは、あの、誓約書に、サインが、できるほど、座敷童が、大事、だから、規約に同意した、と受け取ってます。その期待を裏切れば私が裁くか国が裁くかの二択です。三択目に両方ですね。気兼ねなく死んでください。家族は国が守りますから」

 座敷童管理省の特務員は『辞めれない前提で入省する』事になっている。極秘な組織だからこの程度の事は当たり前だ。杏奈の言う誓約書にサインを書いた時点で殉職しか公僕を辞める道が無いのだ。

 俺以外の特務員はアーサー大臣に『座敷童のために人生を掛けれるなら、サインしなさい』と言われてるので、規約を読んでいなかったという言い訳は通用しない。

 辞職は可能だが、極秘な組織に勤務していた人間に自由などない、ある訳がない。次の就職先も行政機関になるだろうが、座敷童管理省を辞職した後の職場は期待するだけ無駄というものだ。行政機関はエリートの集まりだし、座敷童が見えるという理由だけで入省できる座敷童管理省とは違うのだから。

 俺の場合はアーサーの推薦で勝手に特務員にさせられてるだけだから、誓約書にサインはしてない。いや、油断はできないな。

 杏奈は特務員一五人にだけ、視線を向けて特務員一五人にだけ言うように口を開く。

「それでは皆さん。配置に着いてください。座敷童管理省の方は現時点で辞職を願う方がいれば残ってください。途中で逃げられたり、座敷童の足手まといになられるのが一番迷惑なので」

 それにしても、井上さんの見た目に反した刺々しさは……いや、俺が言えることじゃないな。

 自覚なく座敷童管理省に入省したかもしれないけど、自己責任に変わりはない。その自己責任も今回のような命が関わる場では本人の命を第一に考えてほしい、志願制という事だ。いや、辞職という言葉を使っているから、引き下がるなら今という事だな。

 一○○人の虚無僧は五○人一組に分かれ、小柄な老人や子供で編成された弓隊を前列、血気盛んな若者や青年で編成された槍隊を中列、そして虚無僧の中でも実力者で編成された刀隊が後列に控える。北側と南側に移動を開始した。

 杏奈の作戦に納得した座敷童管理省の特務員五人は、移動を始めた虚無僧、いや、座敷童の背中を見るとアーサーの前で整列する。

 特務員の一人が一歩前に出る。

「大臣。座敷童の盾になればいいんですね?」

「そうね」

「俺達の家族のために『大臣は死なない』というのを約束してください」

「織田信長や坂本龍馬が私を死なせると思う?」

「「!」」

 龍馬を含め座敷童管理省の特務員全員は、杏奈の戦略には死という最悪の結果時が生まれた時の後処理役、即ち、ピラミッドの頂点に立つ者の責任まで考えられていた事に気づく。

 杏奈は一番最初に龍馬にアーサーを守らせると言い、理由も言わずに更に吉法師をアーサーの元に付けた。

 龍馬と座敷童管理省の特務員は黒縁眼鏡を中指で上げる杏奈を見る。

「あ、杏奈ぁ……コイツ等は逃げないって確信しとったんか?」

「龍馬さんらしくないですね。軍師が兵隊を信用し、兵隊が軍師を信用し、隊律が守られ一軍一体になると思いますが? 吉法師さんのように戦争を経験してないから気づかなかったのですか?」

「おっそろしいやっちゃなぁ。姉ちゃんみたいじゃ……」

「坂本龍馬を育て上げたお姉さんにはかないませんが……過剰な褒め言葉として受け取らせていただきます」

 杏奈の目的は『乱れのない編隊』、最初から最後までの棘はただの伏線、ここで一歩踏み出さない人間は『必要ない』と割り切るしかない。

 杏奈を認めた特務員五人はアーサーに向けていた身体を向き直り、他の特務員一五人を見やる。

 特務員の一人が体格の良い特務員を見上げる。

「お前等は辞めるのか?」

「いや、……参謀」

 体格の良い特務員は杏奈に視線を向け、

「いつでも命令してください」

 座敷童管理省の特務員が杏奈を認めた瞬間だが、あっさりとしすぎている。いや、信用を得るとは一つの切っ掛けにすぎないから、こういうモノかもしれない。

 従って、杏奈の心境に何か変化が起こるわけでもなく、ただ軍師として伝える事を伝えるのみ。

「座敷童管理省が座敷童に信用されるかされないの一戦です。そして、生きて戻った人は座敷童管理省で設立する八地方の分署に勤めてもらいます。座敷童管理省の砦です。時代が時代なら大名です。わかりますね? 戦って生き抜いた者が『得れる報酬』は座敷童の信用だけではないというのを」

「「…………」」

 座敷童管理省の特務員は身体を小刻みに震わせる。

「会社では社畜が役職に付けます。行政機関では公僕が役職に付けます。社畜と公僕が非難の言葉に聞こえるのは自分が職に真っ当してないからです。結局は社畜や公僕と言ってた人間は自分の力の無さを主張しただけで負け組になってます。社畜や公僕は安定と経歴を持つ勝ち組です」

 杏奈独自の社畜と公僕の解釈はけして社会の的を当てた発言ではない。だが、生活やプライドでなく、命運を分ける場で最終的に大事なモノを守る人間は、仕事に真っ当する社畜や公僕。命が関わる場では、その社畜や公僕が必要なのだ。

「「…………」」

 特務員二○人は身体を小刻みに震わせ、拳を握る。

 恐怖ではない、気負いすぎる気持ちからの武者震。

 知能が発達し、生物界の頂点に立つ人間も、命運を前にしては単純な生き物になるという事だ。

 杏奈はそれを理解してるから、『座敷童が好き』という部分だけ松田家と竹田家に認められる梅田家に賛同した特務員を信じる事ができた。

 座敷童が好きで、座敷童のために働きたいという思いから特務員になった二○人が座敷童に命を賭けない理由はないのだ。梅田達也が「梅田家で対処する」とまで言って連れて来た二○人なのだから。

 特務員は二手に分かれ、北側と南側に向かう座敷童の後を追う。

 吉法師は口元に微笑を浮かべ、達也を見やる。

「達也」

「なんだ?」

「お膿……いや、人間から座敷童になり梅田を見守り続けた梅田家初代当主は、天正元年九月に我を庇い……オロチに食われた。我が梅田の座敷童を奪い、梅田家の衰退を生んだ。座敷童になり、梅田に常駐する座敷童になろうとしたが、我では衰退を進める事になる」

「梅田に座敷童を世話できる者が生まれなかっただけだ」

 自分は座敷童を世話できる人間になる。という達也の決意を込められた目は、梅田家の目ではなく吉法師が待っていた梅田達也個人の目。

 そんな達也だから、座敷童として座敷童の世界の事情、自分が座敷童になった事情、吉法師が戦国時代から内に秘めていた事情を言える。やっと……間に合って良かったと思いながら。

「達也。神話の時代、八岐大蛇を切り分けた際に草薙の剣が出てきた。……我は一縷の望みに賭け、今日の日を待った」

「初代は生きてるのか⁉︎」

「天正元年九月から今日までオロチは眠っておったからな。確信は持てぬ。だが、座敷童に寿命はない。飲まず食わずでも生きていける。オロチの腹の中でお膿が生きてると信じることしか我にはできない」

「……吉法師、お膿ってお前の正室だろ?」

 達也の無意識からの発言はいつも話を脱線させる。だが、そんな思いついた事を口にする単純な達也だから吉法師は変われると信じていた。

 今となってはそんな脱線も呆れてはしまうが心地よくなっている。

「人間との間に子を作れん座敷童を正室に迎えたかぶき者だ、と達也も思うか?」

「初代も吉法師に惚れてたんだろ? でないと正室になんてならないだろ」

「だと良いがな」



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