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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【近畿編•東大寺に眠ふ愛】

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 一人の少女が座敷童の世界に一歩足を踏み入れた時、アーサー•横山•ペンドラコは井上文枝宅の縁側で涼んでいた。
 左手に缶ビール、右手にスルメを握り、黄金比率で口に運ぶ姿は独身女の哀愁が漂う。
 アルコールで染まる白肌に心地良さを与える四月の夜風、満ちる前の月と星空は風情を与えるが、プラチナブロンドの髪から覗かせる表情には悲愴感。頰を撫でる風に彼女は吐息で応える。
 風情に漂う哀愁は世の男性に官能を視感で誘う魔力があり、浴衣を着た今の彼女は日本人にはない妖艶さ、さながら中世から迷い込んだ女王が現世の夜風に語りかけているように見える。
 しずか•八慶•八太という座敷童がいるのにアーサー•横山•ペンドラコが縁側で哀愁を漂わせるだけで、奥座敷に乗り込まないのは意外感しかない。……が先ほど大部屋に戻った時に、食事中のしずかと八太が逃げ回り、オカズを取るというそれだけの一挙手に過剰に反応され、完全に嫌われたと勘違いし落ち込んでるようだ。
 そこに御三家の確執や座敷童管理省の必要性の有無が重なれば、はぁと深いため息を吐きたくもなる。
「悩んでおるようじゃな」
 アーサーの隣に腰を下ろしたのは井上文枝。その手には用紙が四枚ある。
「晩食だけでなくお酒までありがとうございます」
「息子が飲み切れなかったのを忘れていったんじゃ。ワシは飲まないから勿体無い事をするところじゃった」
「そうですか。……その用紙は?」
「杏奈が書いたしずか•いち子•八慶•八太じゃ。可愛く描けとるぞ」
 文枝はアーサーに四枚の用紙を渡す。
 四枚の用紙を受け取ったアーサーはいち子が描かれた用紙を見る。
「うまっ! 画家の素質も有るんじゃないですか⁉︎」
「趣味で書いておるだけじゃ。独学で描いておるうちは上手いだけの作品じゃ、画家のような心で描く作品にはならん」
 孫自慢と辛めな評価に聞こえてしまうが、その表情には苦笑が混ざり、孫杏奈に対しての心配があるように思える。
 そんな文枝にアーサーは素直な賞賛を続ける。
「すごい子ですね。食事中に少し話しましたけど、大学までの勉強を終わらせてるとか、高校の三年間を資格を取る期間にするとか」
「賢い子じゃ。じゃが、賢すぎても不便じゃな」
「他の子がお孫さんについて行けないですからね」
 文枝が孫を思う言葉にアーサーは即答する。
 けして軽はずみな発言ではない。『周りの人間とは違う』という点では現在進行形で変人扱いされてるアーサーも経験者。だからこそ、杏奈と自分が重なってしまう。
「望んでもないのに過大評価され、周りが勝手に作り上げた評価なのに距離を置かれ、いつの間にか過大評価は過剰評価になって、誰もいなくなる。そして、本人の前にあるのは教科書とノートだけ……。本当は何にもできないのに、相談できる相手がいないから一人でやるしかないし……」
 星空を見上げ、自分の過去を思い出すように話す。
 座敷童に心を奪われ、がむしゃらに座敷童を追っていた裏には、座敷童を追うことでしか自分を鼓舞できなかった環境があったのかもしれない。
 井上のばあさんは杏奈の祖母として、そんなアーサーと杏奈が重ならない理由はない。アーサーを過大評価せず過剰評価もせず、ただただ手を差し伸べる。
「翔坊に悩まされておるようじゃな?」
「……わかります?」
 引き攣った顔を向ける。
 文枝は、アーサーが大部屋に戻ってきた時点で何かに悩んでる事に気づいていた。その原因も、松田翔に難題を出されたと確信していた。だからこそ、最初から「悩まされておるようじゃな?」と言ってたのだ。
「翔坊の家は梅田家の座敷童管理省を認めておらんからのぉ」
 文枝はアーサーが座敷童管理省の大臣だと松田翔に聞いてる。アーサーの松田家絡みの悩み事は自動的に座敷童管理省になり、松田翔や松田家当主を知る井上のばあさんなら自ずと梅田家を導き出せる。
「梅田家を知ってるのですか?」
 意外感を表情に出す。
 素直な反応だが、松田家と深く関わる井上文枝なら御三家の確執を知っている可能性はあるため、組織のトップに立つ人間なら、その人の言葉や立場や関わってる人から先の先を考えて、その場で無知を出さないように会話をするべきと言える。
 松田翔がアーサーとの会話に嫌気がさすのは、知識が無い事からの冗長が予想できるからで、大臣という立場なら話を最後まで聞いた後に判断し、指示して答えを待つぐらいの器量を持てということだ。
 だが、翔が何を言わんとしてるかはトップに立つ人間としてアーサーも理解してる。
 理解した上で、会話に横槍を入れて話の筋を変えるのは、アーサーなりに知識の取得が必要だと考えての事。……だが、アーサーの人生ではその残念さから会話をする相手が皆無に等しかった。それは杏奈にも言える事になり『二人は知識では会話の仕方がわかっても実践はないに等しいのだ』。杏奈と同じ立場のアーサーが短気な翔に、杏奈との対応の差を申し立てるのは間違えていない。
 その点、翔とは違い、文枝は聞き上手。年の功とも言えるが、翔とは違った目線で判断する事もできる。アーサーが座敷童の知識を得る上で、この上ない人物と言える。
「松田家、梅田家、そして竹田家は座敷童の世界を人間側から守る御三家じゃからな。翔坊はまだマシじゃが、翔坊の母親からは梅田の愚痴を昔から聞いておる」
「松田家当主の愚痴……なんて言ってました?」
 よそよそしく聞く。
 こんな質問ができるのも文枝だけだろう。翔なら「自分で聞け」と一蹴し「帰れ」の一言で無視される。
 文枝は、星空を見上げて少し考える素振りを見せると、アーサーに視線を戻す。どうやら話の順序を考えていたようだ。
「日本の神話に八岐大蛇という魔物がおるのを知っておるか?」
「八岐大蛇?」
 アーサーは話の脱線を思わす名称に何の意味があるのだろうと模索しようとしたが、文枝が意味なく脱線させたとも思えなく、会話を続ける。
「はい。草薙の剣が体内から出てきた蛇ですよね」
「そうじゃな。その八岐大蛇が八当分され、オロチとして八地方に封印されておる。八童はその場所を守っておるんじゃ」
「…………封印?」
 脱線からフィクションを思わす言葉に、アーサーは疑いを言葉に出す。
「……真実、ですか?」
「真実かどうかはワシにはわからん。じゃが……翔坊の曾祖母……先々代松田家当主は八つの首が一つになる事があれば、現代では対抗する手段はないとワシと先代松田家当主に言っておった」
「…………」
 アーサーには真偽を確かめる事はできない。座敷童がいるなら八岐大蛇もいる、とは今ある知識では結び付けれない。
 しかし、松田翔や梅田達也が八岐大蛇という名前を出さなかった。それは二人の性格、特に翔の性格から『知らないでいろ』と言われてるように感じ、もしかしたら真実ではないか? とアーサーに思わせた。
「座敷童の世界の話になりますね」
「そうじゃな。ワシには物語を聞かされてるようにしか感じないが、見える側の人間なら座敷童に聞いて真偽を確かめれる」
「もしも口止めされてなかったら教えてもらえますか?」
 アーサーが確かめるまでもなく、文枝は口止めされてないから話している。松田家が口止めしてないのは、見える側でないと真偽を確かめる事はできない。誰が聞いても物語にしか思えないという理由からなのだが……文枝にはそんな都合は関係ない。
「もしも九州•四国•中国•近畿•中部•関東のオロチが合わさっても東北の座敷童達が竹田と共に倒し、竹田と東北が倒されるような事があれば松田といち子が最後の壁になり七つの首の内に倒す」
(いち子ちゃんが一○○○○人分って言ってたのはこの事だったのね……)
「梅田はそんな二家の大業を支える家じゃ。本来は放浪型の座敷童と共に各地を転々とし、オロチの復活を知れば現地の座敷童と共に闘う。戦況が危うければ救援のために松田と竹田の元に走る。それが梅田家じゃ」
「役目から脱線した梅田家、その都合で出来上がった座敷童管理省じゃ……意味ない」
「座敷童保護の会が作られた意味を梅田が理解すれば、座敷童管理省は意味ある組織になれるかもしれない。と翔坊は言っておったが、翔坊の母親は松田家当主じゃからな……翔坊のように『かもしれない』という甘い事は言えん。じゃが、間違えてやり直せるのは若い内だけじゃ。松田が今の段階で動かないのは梅田の坊主や翔坊そして竹田の跳ねっ返りが『どういう時代』を作るかを見たいんじゃないかのぉ」
「どういう時代……ですか」
「そうじゃな。聞いとる限りじゃが、梅田は今のままでは良い結果を生まん。翔坊はちと反抗期じゃからな、母親が梅田を見捨てる事に納得しとらんのじゃろ」
 反抗期、この三文字で松田翔が動くとは文枝は思っていないし、アーサーも同じく思う。思うからこそ、先ほど松田翔からその理由を伝えられたアーサーは第三者の文枝に聞きたい。
「…………おばあちゃん、……おばあちゃんから見て座敷童管理省は意味がありますか?」
「松田、竹田、梅田、古くから座敷童を見守る家、座敷童管理省のように新しくできた組織。どれも座敷童を可愛いと想う人間が、座敷童を想って作った人間の気持ちじゃ。意味があるか無いかに古いも新しいも無い。あるのは座敷童を想う気持ちだけじゃ……それが意味あるモノにするかしないかは人間が座敷童に示さなければならん。ワシが意味を示すことではない」
「…………そうですね」
「年をとると説教くさくなってしまうのぉ」
「いえ……翔君に国に帰れと言われてた意味がわかりました」
「座敷童が見えて座敷童の世界に入れば、座敷童が傷つく姿を見ていかなければならないからの……。翔坊は座敷童が好きな人間には『そのまま』でいて欲しいだけなんじゃ。口は悪い子じゃが誰よりも気持ちが優しい子じゃ」
 井上のばあさんが見える側の人間になりたくない理由でもあり、そして松田翔がアーサーを突き放す理由でもある。座敷童が好きな人間が座敷童の世界を知れば『今のまま』ではいられなくなるのだから。
 アーサーは、自分を突き放す汚い言葉の中に含まれた松田翔の気持ちに自己犠牲の不安定さを感じた。
「翔君は明日……東大寺に行きます。ですが……」
「翔坊は松田の人間として東大寺には行けない。座敷童管理省の特務員としてなら行けるが……松田の人間じゃから翔坊が動けば梅田の立場が無くなる。大臣として、大人として悩まされる問題じゃな」
「どうしたらいいですか?」
「そうじゃなぁ…………今頃、杏奈が八慶を悩ませておるじゃろ。座敷童管理省の大臣が杏奈に賛同すれば、松田•竹田•梅田とは別の新しい第四勢力が出来上がるんじゃないかのぉ。……それが正解かはわからぬが」
「お孫さんが座敷童管理省を第四勢力に……?」
「杏奈の答えが正解かはわからぬ。じゃが、翔坊が動けば梅田の立場が無くなるとなれば、杏奈の答えに乗ってみるのも一興じゃ。ダメなら翔坊か梅田を大臣として決めたらいいだけじゃ。戦況を見て判断するにはちと重たい問題じゃが、それが大人の仕事じゃ。今の内に若者を手なづけるのも大臣の仕事じゃないかのぉ」
「松田家、竹田家、梅田家とは違う、座敷童のための座敷童管理省を作るために……お孫さんは賛同してくれますか?」
「杏奈が決めることじゃ。あの子はちと賢すぎるのが不便じゃが、もしも翔坊以上の『利』を杏奈がアーサーに見れば、諸葛孔明を仲間にした劉備になれる。とワシは思う」
「……翔君以上の利ですか……」
「杏奈が欲しいのは座敷童の知識じゃ。松田家以上に座敷童に精通している家はないからのぉ。別のモノで釣るしかないのぉ」
「別のモノ……とは?」
「何かのぉ。その時その時に欲しいモノが変わってしまうのが孫じゃが、最近は自分でもお金を稼いでおるから親もワシも杏奈が欲しいモノを知らん。不便じゃのぉ」
「……諸葛孔明以上に厄介ですね」
「厄介じゃ。あのバカ息子から生まれたとは思えんぐらい杏奈は賢すぎるんじゃ……ババァの楽しみがなくて困る。ジョンが亡くなって杏奈がここに来ることが無くなると思ったんじゃが、座敷童のおかげで杏奈が住むことになった……座敷童様様じゃ」
「座敷童以外のモノなんて無いと思いますが……」
「本人に聞いてみたらどうじゃ?」
「……わかりました」
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