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座敷童のいち子 作者:有知春秋

【近畿編•東大寺に眠ふ愛】

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松田翔がいる時は一人称で書いてますが、いない時は三人称で書いてます。


 
 井上(いのうえ)文枝(ふみえ)宅、奥座敷。

 夜もふけた二○時、寝間着であろう揚羽蝶が描かれた浴衣を着た文枝が、しずかと八慶と八太の布団を敷いていた。
 このひと時の出来事が後々の座敷童管理省の明暗を分け、松田家•竹田家•梅田家は一人の少女に大きな貸しを作ることになる。
 一人の少女とは文枝の孫、井上杏奈。
 無地の浴衣を着た杏奈は座敷童三人を観察しながら、いち子を含めた四人の座敷童を描いていた。現在は坐禅をするように座った無地の浴衣を着た八慶を描いてる。
 そんな杏奈に二人の座敷童が不満を訴える。
「杏奈、わっちはもっと美人でありんす」
「俺ももっとカッコイイぞ」
 文枝とお揃いの揚羽蝶が描かれた浴衣を着たしずかと無地の浴衣を着た八太は用紙を見ながら不満を主張するように、描かれた容姿に指を差す。
 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げると、チラッと二人を一瞥。視線を手元にある用紙に戻しながら。
「おばあちゃんがそのままを見たいって言ってるから、そのまま書いたけど……」
 三枚の用紙が載った御膳台の上に八慶を描いた用紙を重ねる。
 八慶は右手を伸ばして杏奈が置いた用紙に触れると、非現実の用紙を手に取り、顔の前に持ってくる。
「八慶君どうかな?」
 杏奈は八慶の反応を伺う。
「私には絵心がないため偉そうな事は言えないが、今の姿そのままを描いた良い作品だと思う」
「良かった」
 内心では安堵の息を漏らしながら、目を閉じたままで見えてるのかな? と疑問になる。すると、横からしずかと八太の声が届く。
「翔よりは一○○○倍マシでありんすが、わっちはもっと大人の色香があるでありんす」
「俺ももっと筋肉ムキムキだ」
 色香にムキムキ筋肉、幼女と少年には程遠い言葉だが、二人が何を主張したいのかは理解しなければならない。
 座敷童は人間の気持ちをいただくため、絵一つにも食事と同じく気持ちが関わる。二人は気持ちが足りないとボヤいているのだ。
 簡単に言うと、素人が描いた上手いだけの作品には心に響くモノは無いが、芸術家が描いた作品には視覚を奪うほどに響くモノがある。しずかと八太はその差に不満があるという事になり、一○○○倍下手くそな松田翔が描いた絵は論外という事だ。
 しかし、杏奈はそのボヤきの意味をまだ理解していない。気持ちが座敷童の食事を美味しくするとは聞いてても、絵にまで影響を与えるとは思っていないのだ。
「私には可愛いい女の子と筋肉プニプニの男の子にしか見えないかな」
「杏奈。完成したのか?」
 横から声をかけたのは文枝。布団を敷き終わったため杏奈の隣に座る。
 その瞬間、八太は「ばあちゃん! 俺はもっとカッコイイんだぞ!」、しずかは「ばあちゃん! わっちはもっと美人でありんす」と言い訳をするように言い放つ。もちろん、二人の声は座敷童が見えない側の人間である文枝には聞こえない。それでも、余程不満なのか細部に至るまで描いた本人を前に不満を言っている。
 杏奈は、遠慮なしに不満を言っているしずかと八太に対して『そこまで不満なの……』とは思うが、それ以上に湧き上がる感情は無い。それよりも杏奈には気になる事がある。
 それは、座敷童が見えない側の人間と座敷童のコンタクト。
 先ほど、八慶と八太が大部屋に来た時に、八慶がアーサー•横山•ペンドラコに通訳を頼んだ時点で、座敷童が見えない側の人間と座敷童のコンタクトは座敷童が見える側の人間が通訳するしかない、と納得した。
 通訳とは別に、もしかしたら座敷童の方から特定の条件が揃わない人間には姿を見えなくしているのではないか? という疑惑があったのだ。
 しかし、しずかや八太を見ていると『おばあちゃんが見えてない事に不便を感じてる』としか思えなく、今の必死さを見ても『自分達から見えなくしていない』と疑惑を無くすには十分だった。
 ソレはそのまま絵に不満があるという直球の感想になるのだが、描いた本人としては評価はそのまま受け止め、通訳に勤める。
「しずかちゃんと八太君はもっと美人でカッコイイって言ってるけど、八慶君はそのままで良い作品だって」
 杏奈は御膳台にある四枚の用紙を文枝に渡す。
 文枝は四枚の用紙を受け取ると一枚一枚ゆっくりと噛みしめるように見ていく。
【座禅をした八慶】
【仁王像阿形の体勢をした八太】
【白拍子のように舞うしずか】
【ご飯を一生懸命食べるいち子】
 どれも鉛筆一本で描いたとは思えない写真を思わす作品。素人目には不満ではなく賞賛するしかない作品だ。
 そんな孫が描いた作品に対して、文枝の評価は一言。
「翔坊の一○○○倍は上手い作品じゃな」
 再度、一枚一枚ゆっくりと見ていく。
「?」
 杏奈はその評価に対してふと違和感が生まれる。正確には、同じ事を言われた……と。その違和感を文枝に問おうと思ったが、先に自慢気な声音が耳に届く。
「わっちと同じ事をばあちゃんも思ったでありんす」
 しずかは自慢するように八慶と八太に言う。
 座敷童の声が聞こえない文枝がしずかと同じ事を言ってる。前々から絵があったなら、座敷童が見える側の人間が文枝としずかを通訳して一○○○倍という言葉を伝えれたかもしれないが、比較している絵は今現在杏奈が描いた絵。
 一○○○倍という言葉を出すのは『本人がそう思った』からに他ならない。
(思っただけじゃ一○○○倍という数字まで同じにならないと思うけど……)
 杏奈の観察対象、興味は文枝としずかに向けられる。
「おばあちゃん。しずかちゃんと同じこと言ってるよ」
 座敷童と人間との間にある未知に対して口調では興奮を抑えているが、黒縁眼鏡の奥の垂れ目は抑えられていない。
 それもそのはず、座敷童が見えない側の人間と座敷童の会話は『独り言同士』の噛み合わない会話なり、意思の疎通は皆無。そのため、見える側の人間が通訳に入り、繋がりが生まれる。
 しかし、通訳を必要としない繋がりも文枝としずかの間にはある。杏奈はその未知を目の当たりにする。
「翔坊は下手くそじゃからな、」
 文枝は出入口側の壁に視界を向け、壁に飾った二つの額縁を見る。
 額縁には、上手いとはお世辞にも言えない姫カットのしずかとおかっぱ頭のいち子の特徴だけ捉えた落書き、個性的な絵が入る。
「やはり翔坊のは少しも似ておらんの」
「ばあちゃん。翔の絵は幼稚園の時から変わらないでありんす」
 しずかは会話をするように言っても、座敷童が見えない側の文枝には聞こえていない。
 しかし、心のどこかで二人は繋がってるというように文枝はしずかと同じことを言う。
「杏奈。翔坊の絵は幼稚園から変わらないんじゃ」
「!」
 杏奈には、二人の感性が同じなのか未知の繋がりがあるのかは解明不可としか思えず、祖母のしずかを想う気持ちが生む奇跡と割り切って微笑を浮かる。
「しずかちゃんも同じこと言ってるよ」
「そうか、しずかと一緒か」
 文枝はしずかが描かれた用紙を見つめ、
「可愛いのぉ」
 嬉しそうに用紙を見る。
「…………」
 杏奈はそんな文枝を見ていて『本当は自分の目で見たいのでは?』『本当は自分で会話をしたいのでは?』と思う。そして、その気持ちに応えたい想いから、八慶に視線を移す。
「八慶君。見えない側の人間を見える側にする方法とかないのかな?」
 八慶に聞いたのは、杏奈が知りたいのは『強制的に見える側の人間にする方法』になり、しずかと八太の性格から方法を知っていれば実行していると思うからだ。更に、しずかと八太が先ほど見せた必死さからは『方法を知らない』と予想するには十分。
「…………、」
 八慶は杏奈の瞳からこの場で隠しても真実は見抜かれてしまうと感じとり、話す意思を一言で伝える。
「ある事はある」
「あるでありんすか⁉︎」
「兄者! あるのか⁉︎」
(やっぱり……。でも、しずかちゃんや八太君がわからない事を簡単に言ってる……さっきみたいに嘘を?)
 杏奈が思っていた以上に話が簡単に進んだため、八慶を疑ってしまう。
 しかし、八慶が本当の事を言ってるとしたら……しずかや八太が知らない時点で、見える側の人間にする方法は常駐型や放浪型の座敷童問わず八童でさえ本来は知らない事になる。そして、二人が確実に知らない事が立証され『八慶はたまたまその方法を知った』事になる。そこから導き出されるのは……

 見える側の人間にする方法は、人間側に伝わっている。

 話す意思がある八慶に対して、疑いを持つ杏奈。
 先ほど、大部屋で会話をした時に嘘で真実をはぐらかされたのが疑いを持つ切っ掛けになったのは言うまでもない。
 杏奈は自分にある情報と会話術を脳裏に浮かべる。
(今の知識は松田さんからの情報のみ、さっきみたいに嘘ではぐらかされたり、アーサーさんみたいに会話を打ち切られないためには……)
 今ある情報から導き出した八慶への質問は、
「元八童のしずかちゃんは知らなく、兄弟の八太君も知らない。でも、八慶君は知っている。もちろん、松田さんもその方法は知ってるよね?」
 確認作業を続けてるような言葉だが、杏奈は座敷童の事を昨日知っただけで無知に等しい。簡単に言うと、八慶から情報を引き出す事しかできないのだ。
 見た目そのまま年相応の精神年齢が座敷童なのだが、いち子は食いしん坊、しずかはじゃじゃ馬、八太は喧嘩っ早い悪ガキ、その中で唯一大人目線に立つのが八慶。しっかり者のお兄ちゃんという事になる。
 だが、杏奈から見た八慶はただのしっかり者のお兄ちゃんではない。
 松田翔のようにあからさまな嘘ではぐらかすわけではなく、八慶は真実まで誘導はしても行き付く前に枝道を幾つも作って真実までの道を塞ぐ、という会話術を使う。簡単に言うと、理にかなった言い訳をするという事だ。
(これではぐらかされたら諦めるしかない……)
 と杏奈は思う。
 杏奈の中で出した八慶との会話方法は、八慶の器の大きさに賭けた確認作業を続けて、自分の情報量を増やすしかないのだ。
 しかし、その会話方法は見事に的中し、見事に崩れる。
 八慶は口元を微笑ませると、淡々と返答した上にオマケを付け加える。
「松田家は座敷童の歴史を知る一族。今はいち子の世話役なだけの翔殿だが、当主になれば見えない側から見える側にする人間を人間目線で判断しなければならない。知っていて当たり前だ。そして……」
 更に、自分を疑う杏奈に対してわかりやすく誤解を解く。
「見えない側の人間を強制的に見える側にする方法を解明したのは松田家の先祖だ」
「!」
 前半は予想通りの当たり障りない言葉、後半は予想外の発言。自分の使った会話の方法を見抜かれていた事に杏奈は気づく。そして、八慶の人間性を読み誤った事に恥ずかしくなった。
「それは……話しても、大丈夫なの?」
 内心の動揺が口調に表れる。
「ある事はある。と言ったからには、私が知ることならば話せる範囲の事は話す」
 八慶は「ある事はある」と言った時点で深読みしなくても、話す意思があると言っている。
 しっかり者のお兄ちゃんは意地悪をしない。と八慶の微笑から杏奈は理解、深読みしていた言葉のお遊びは杏奈の敗北で終わりを迎えた。
(しずかちゃんや八太君みたいな子供らしさがない……いや、こんな事考えても意味ないか)
 杏奈は自分の知りたい事を率直にぶつける事にする。
「なんでおばあちゃんを見える側の人間にしないの?」
「しない、とは違う」
「……。…………」
 八慶の含みある言葉に杏奈は二秒ほど先に続く言葉を待ち、更に五秒待つ。しかし、続く言葉が八慶の口から出ない。その意味は『話せる範囲ではない』という事になるのを杏奈は理解しながらも簡潔に聞く。
「何故?」
 一言、二文字の言葉だが話せる範囲ではないと理解しながら突き詰めるのは意思表示としては十分。
「杏奈殿。文枝殿に座敷童を見たいか聞いてくれないか?」
「……、おばあちゃん?」
 杏奈は八慶が描かれた用紙を見てる文枝に、
「座敷童を見たい?」
「そうじゃなぁ……」
 文枝が考えるように天井を見る。
 すると、しずかと八太は「見える側になるでありんす」「ばあちゃん! 俺はもっとカッコイイぞ」と見える側になる事を促す。もちろんその声は文枝には届いてない。
 少し考えた文枝は目元口元を優しく微笑まして一言。
「ワシはこの絵で十分じゃ」
「えっ?」
 見たい、という言葉を待っていた杏奈には意外感しかなく、しずかと八太はガーンと効果音が聞こえそうなぐらい驚愕する。八慶は……
「杏奈殿。それが文枝殿の答え。見える側でも見えない側でも座敷童を想う気持ちは変わらないという文枝殿の気持ちだ。八童として、座敷童として家主殿に感謝する」
「な、なんで? おばあちゃんなんで? 見えた方が……」
 座敷童が好きなら見たいと思うのが人の気持ち、それを絵で十分という答えになるのが杏奈には理解できない。
「会話もできるし、遊べるんだよ?」
「座敷童が家にいる。ワシはそれだけで十分じゃ」
「わっちは十分じゃないでありんす」
「俺もだ!」
「おばあちゃん。しずかちゃんと八太君は見える側になってほしいって言ってるよ」
「……、杏奈もしずかも八太も八慶を困らすでない」
 文枝は優しく杏奈を見つめると、ゆっくりと立ち上がり、
「ワシは今のままで十分じゃ」
 と言い残し、用紙四枚を抱き締めるように持って出入口に向かった。
 文枝が奥座敷から廊下に出て、出入口の襖を閉めると杏奈•しずか•八太はゆっくりと八慶の方を見る。
「兄者! 方法教えろ!」
「文枝殿は望んでいない」
 八慶は八太の言葉をあっさりと否定すると、耳を貸さないと言うようにゆっくりと立ち上がる。
「明日の小豆飯をあげるから教えるでありんす」
「八重はジョンの忌明けまで黒飯だ」
 八慶は歩を進めると、鮮やかな揚羽蝶が描かれた布団を挟むように敷かさったアサガオの花が描かれた布団に向かうと、向かって右側の布団に入る。
「兄者! 教えろ!」
「八慶! 教えるでありんす!」
 しずかと八太は寝ようとする八慶に飛びかかる。
「八重。八太。見える側になってほしいというのは二人のワガママだ」
 薄っすらと右目を開けて二人を睨み付ける。
「教えるでありんす! 教えるでありんす! 教えるでありんす」
「教えろ教えろ教えろ教えろ教えろ教えろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 しずかと八太は睨み付けてくる八慶など御構い無しに抗議する。
「…………はぁ」
 八慶はため息を吐きながら右目を閉じて、布団にもぐる。
「兄者逃げるな!」
「寝かさないでありんす!」
 しずかと八太は日曜日にゆっくりと眠るお父さんを襲撃するように、布団の上から八慶を掴んで揺さ振る。
 そんな光景を見ていた杏奈はふと言葉を漏らす。
「おばあちゃんはなんで八慶君を困らすなって言ったんだろ……?」
「!」
 ピクッと布団の中の八慶が反応する。
 それを感じ取ったしずかと八太は隙を突くようにバッと布団をめくる。
 杏奈は黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、布団に寝そべりながら額から一滴の汗を流した八慶に視線を向ける。
「しずかちゃんと八太君が知らなくて、八慶君と松田さんは知ってるなら……八慶君はたまたまその方法を知ったって予想ができるんだけど……おばあちゃんもたまたま知ったのかな?」
 杏奈は先ほどの言葉遊びで敗北したからこそ、八慶の真意がわかる。
 八慶は枝道を最初から用意して真実をはぐらかしたのだ。そして、文枝の一言が八慶の作った枝道に致命的な真実を話さなければならない道筋を作ったのだ。
(文枝殿は座敷童の世界を知りながら、孫に教えても問題無いと思っている……何故だ……いや、考えるまでもない。杏奈殿が見える側だから苦難の道を歩ませるため……だが、あまりにも危険すぎる)
 八慶は文枝の気持ちをわかりながらも、布団に逃げてやり過ごすつもりだったのだが……
 寝そべりながら無言で考え込む八慶、杏奈にはその葛藤はわからないため、予測の範囲で質問していく。
「八慶君が答えないって事は否定はしないって事だから……八慶君も二人と同じくおばあちゃんには見える側になってほしいって事だよね?」
「…………うむ」
「困らすなって事は八慶君が困る事だから……東大寺が関わるって事だよね?」
「……、……うむ」
「私、明日、東大寺に行ってみる」
(……詰んだな)
 八慶は話す意思を固めると、布団の上に座り、杏奈の方に向く。
「見える側にする方法を翔殿が使わなかったのは、使えないからだ」
「なんで?」
 杏奈は間髪入れず聞き返す。
「理由は三つ。一つ目は文枝殿の意思。二つ目は座敷童から人間へ干渉する行為になる。三つ目はその素材を得るのは命がけ」
 八慶は三つ目の理由にピクッと反応したしずかと八太の気配を感じながら、補足を加える。
「二つ目は八重がお世話になってるから問題ない。三つ目は八重と八太と私が命をかけて素材を得ればいい。問題は一つ目、文枝殿の意思を尊重するのが世話になっている座敷童の勤め」
「二つ目の理由が明確じゃないと思う。なんでしずかちゃんがお世話になってるからなの?」
「八地方を護る八童には八地方を守るための力が必要になる。その力は家主の想いから頂く食事や衣服など住む環境が大きく関わってくる。それは八童だけでなく常駐型座敷童全体に言える事になり、見える側の人間の家でなければ本来の力を出せないのだ。……が文枝殿は見えない側の人間であるにも関わらず、八重の力は八童の時のまま、八重の代行で八童を名乗る身として感服する」
「一つ目の理由は『本人が見たい』と思わないと見える側の人間にはなれないって事?」
 本人が見たいと思わないと座敷童が見える側の人間になれないとしたら、文枝が今のままでいいと言ってる以上は諦めるしかない。
 しかし、八慶がこの場で話している以上、少なくない可能性で『本人の意思とは関係なく』見える側の人間にする方法はあると杏奈は考えている。だからこそ、今の問いに対して嘘を付き、話をはぐらかした時点で『ある』と言ってるのと同義になる。杏奈は先ほどの敗北を取り直すように八慶の逃げ道を塞ぐ。
(八重と八太がいるのだから気を使ってほしいものだな……)
 八慶は、万が一の嘘に対抗策を打った杏奈に対して内心ではため息を吐き、
「……、座敷童のワガママで見える側の人間にした例もある」
「それじゃ……」
 杏奈は不穏な空気を感じ取りチラッとしずかと八太を見る。
「ありんす〜〜」
「ふっふっふっ」
 二人は悪巧みをするように口端をやらしくニヤつかせていた。
(あっ……やっちゃった。二人に八慶君みたいな良識があれば松田さんも八慶君も教えてる。二人がいるこの場で聞くべきじゃなかった)
 杏奈は罪悪感から額に一滴の汗を流し、八慶に視線を戻す。そこには自分に呆れるしっかり者のお兄ちゃんがいた。
「……、見えない側から見える側になった場合のリスクは?」
「翔殿に聞いてると思うが触れるようになり、背負えば体重がそのまま感じる。家主殿が見える側になった場合は、八重も八太もいち子も家主殿に乗るのは控えねばならない」
「「なぬ⁉︎」」
 驚愕するしずかと八太。
 八慶と杏奈が懸念してるのは、文枝に対して甘えすぎるいち子•しずか•八太の行動、特にしずかの行動なのだが……
 八慶は口調を強くしてしずかと八太に言う。
「文枝殿が見える側の人間になれば年相応の負担がある。我らに合わせた遊びをさせる訳にもいかないし、見える事によって心配する事もある。文枝殿を見える側にしたいと言うなら、文枝殿を労らなければならない」
 八慶は威圧するように右目を薄っすらと開けて、しずかと八太を見る。
 しずかは不貞腐れたように頬を膨らまして「労わるでありんす」と言い、八太はうんうんと頷きながら「ばあちゃんは俺が守るから大丈夫だ」と軽い口調で言った。
 見るからに今日一日の反省の色がない二人に、八慶は右目を閉じて呆れるように言う。
「今日も八重と八太はケンカをしてたな。文枝殿がそんな二人の姿を見えていたらどう思う?」
「「むむ!」」
「二人には自覚が無くても文枝殿には二人の無自覚が負担になる。我等のワガママで文枝殿を見える側にするのは、我等が文枝殿を心から労われるようになってからだ」
「「…………」」
 ズズーンと落ち込むしずかと八太。
 顔を合わせればケンカして家中を走り回る二人には、文枝に負担を掛ける未来しか見えないようだ。
 そんなしずかと八太を見ていた杏奈は『ある言葉』を思い出し八慶にその話をする。
「松田さんは、おばあちゃんならしずかちゃんといち子ちゃんぐらい背負えると言ってたから、多少の負担はあると思うけど……それ以上の幸せを与えれると思う」
「「⁉︎」」
 杏奈の言葉にパァと表情が明るくなったしずかと八太は身を乗り出し。
「兄者! 孫公認だ!」
「八慶! 教えるでありんす!」
「……杏奈殿。甘えてばかりのアホたれな二人に自覚を持たせるため、だったのだが?」
「……、」
 これまた一杯食わされた。と杏奈は思うしかなく、しずかと八太に視線を向け、
「孫としてもおばあちゃんには無茶はしてほしくないから……」
「「…………」」
 杏奈の遠慮した言葉に抗議運動をしてたしずかと八太は額から大量の汗を流し始める。
「「だ、大丈夫で、ありんす」」
「八重、八太。その言葉、忘れるな」
 八慶は断言できる。この二人は突発的にケンカして突発的に走り回ると。
 杏奈はそんな子供の姿を見るのも一つの幸せだと割り切るしかなく、本題に戻す。
「八慶君、命をかけるっていう方法は? おばあちゃんを見える側の人間にする事よりも、前提の方法が危険なら止めた方がいいし」
八岐大蛇(やまたのおろち)の鱗が素材だ」
「「!」」
 バッと立ち上がったしずかと八太はズババっと布団に入り、寝たふりを始める。
 杏奈は二人の行動よりも八岐大蛇という名称が引っかかり、八慶に聞く。
「八岐大蛇ってスサノオがお酒を飲まして眠らせた後に切り裂い……、……まさか……?」
 杏奈の脳裏に八地方を護る八童の『八』という数字と八岐大蛇の『八』、そして織田信長が座敷童になった理由の『敵』が浮かぶ。
「そのまさかだ」
 八慶は杏奈の脳裏によぎる疑念を指し示すように言葉を繋げる。
「八岐大蛇に死なない。八当分に切り分け、八地方に封印してある。その封印してある場所を八童が護っている」
「東大寺に八岐大蛇が……?」
「正確には八岐大蛇の首一つ、オロチという多少大きな蛇が大仏池で寝ている」
「多少って……八岐大蛇って名前のとおり八岐の大きさがあるって……」
「それは八岐大蛇だから八岐の大きさなだけだ、と松田家の先祖に聞いてる。私が見た室町時代と戦国時代に蘇った東大寺のオロチは小山程度だった」
「室町時代に蘇った?」
 杏奈の脳が歴史の自動処理を開始する。そして、『室町時代』と『東大寺』というワードで一つの答えを導き出す。
「まさか室町時代に東大寺が倒壊したのは……?」
 歴史上、東大寺は室町時代に大型台風の直撃で倒壊している。座敷童の存在を認めたからには八岐大蛇の存在も杏奈の中では否定できなく、『大型台風』が天変地異を起こす八岐大蛇と重なった。
 八慶は杏奈が理解したと感じ取り、話を続ける。
「首一つとはいえ八岐大蛇。当時の私と八太そして近畿の座敷童では、その猛威から東大寺を守るのでやっとだった」
「室町時代ならしずかちゃんが八童だったよね?」
「うむ……まぁ、そうだな」
「?」
 端切れ悪く返答する八慶に違和感を感じた杏奈はしずかを見る。
「ひゅ……ひゅ〜……ひゅひゅ」
「くくくく……くく……」
「?」
 しずかが罰悪そうな顔を作りながら吹けない口笛を吹いている横で八太が枕に顔を埋めて笑いを堪えているのが杏奈にはコミカルに見えた。
「しずかちゃんも闘ったの?」
 杏奈は改めて八慶に聞く。
 八慶は、八太に対して布団越しに連蹴りするしずかを見ながら返答する。
「八重はいち子と遊ぶために北海道に行ってた。我等は八重が戻るまでの間、東大寺を倒壊させないようにしてたのだが……知らせを受けて東大寺に戻った八重が烈風を巻き起こし、東大寺を倒壊させた」
「ぎゃはははははぶがっ‼︎」
 八太の大爆笑が奥座敷に響くと同時に、しずかのドロップキックが八太の顔面にめり込む。
 杏奈は額から汗を流しながら。
「東大寺の倒壊は八岐大蛇じゃなくしずかちゃんが?」
「うむ。八重が倒壊させた」
「手抜き工事でありんす!」
「当時の最高技術で建造された筈だけど……」
 杏奈の中では『八重が烈風を巻き起こし』という言葉が引っかかっていたが、この場でソレを聞くには話が脱線するため、座敷童の人智を越えた力と自己完結して八慶に話の続きを促す。
「倒壊させた後は?」
「……、……うむ」
 八慶はしずかと八太のケンカに『先ほどの文枝殿を労うという言葉を忘れたのか?』と言いたかったが、杏奈との話を続ける。
「東大寺が倒壊した以上、我等が気を使う建造物は無い。同時に座敷童の拠り所も失ったわけだが……八重の行動は良くも悪くもオロチ被害を東大寺の外に出さずに済んだ」
「そうなると……。今から『私達が』やる事は、オロチの封印を解いて鱗を取ってまた封印するって事だから…………そんな都合よくいかない気がするけど、封印って解いたらダメだから封印なんだよね?」
「……うむ」
 八慶の表情が曇る。
 八岐大蛇、オロチには死はない。所謂、RPGのように倒される前提に作られた敵ではない。
 眠らせたら勝ち、鱗を取れば勝ち、というのは座敷童側の都合でしかなく、命を賭けても眠らせるだけの一○○パーセント勝てない相手なのだ。即ち、座敷童だけが一方的に死ぬという事だ。
 ソレを理解した上で杏奈は聞く。
「封印を解いてもいいの?」
「…………」
 八慶には杏奈に対して意外感しかなった。
 杏奈が座敷童の命を安く見てるとは思えない。かといって、ただの好奇心で聞いてるとも思えない。
(ここまでの話を聞いても尚、我等と同じく文枝殿を見える側の人間にしたいという気持ちが残っているという事か?)
 杏奈の考えが読めなくなった八慶は『杏奈の腹の中』を見るための会話術を行使する。
「オロチの封印は解ける。が『理由なく』解いてはならない」
「理由なく? ……おばあちゃんを見える側にしたいってだけじゃ動機は薄いから……オロチが蘇るのを待つしかないって事だね」
「オロチの封印は解かなくてもいい」
「なんで?」
「吉法師が東大寺に押し掛けるのは、オロチという理由しか考えられない。私と八太でさえ気づかなかったのに吉法師が気づいたのは腑に落ちないが……」
「確かに……なんで気づいたんだろ」
 杏奈は数秒ほど考えるが答えは出ず、吉法師が気づいた理由は棚上げして話を本題に戻す。
「でも、オロチの鱗を三人が取りに行くなら話は変わるよね?」
「うむ。吉法師もなるべくなら東大寺を倒壊させたくないと思ってる。そこに我らが居ては邪魔なため、吉法師の策には我らとの共闘がない。もしも共闘があるとしたら東大寺が倒壊した時だ」
「東大寺が倒壊した時? ……なんで?」
(……、杏奈殿の中には吉法師との共闘策があるという事か。なるほど、杏奈殿ほどの知能があれば年の近い者等では敗北を教えれない……文枝殿が杏奈殿に教えたいのは勝者であり続けるために必要な『敗北』……二人の考えが……いや、相変わらずだな文枝殿は……。話を聞いてるだけにも関わらず何手先を読んでおるのか。それも、ここで私が杏奈殿の策を否定すれば杏奈殿は一人で東大寺に行く。……文枝殿の真意は、私に杏奈殿の後押しをすれ、ということか……だが)
 八慶は杏奈の腹の中を読み取り、文枝の真意を理解する。しかし、簡単に後押しはできない。
「東大寺を倒壊させれば吉法師は我等を追い出した意味が無くなる。東大寺を倒壊させないでオロチを眠らせる最良の策があるという事だ」
 言葉のとおり、共闘策があればしずかと八慶と八太は追い出されていない。吉法師には意図が有り、万全の策があり、機を見極めて行動してる。それが織田信長という英雄なのだから。
「最良の策……か」
 杏奈の口元が不敵に微笑む。まるで『それでこそ織田信長』というように……
 東大寺には、座敷童を知らなかった昨日までの自分では得れなかった知識がある。それも、織田信長という誰しもが認める存在が座敷童として生きている……こんな好機に知識を欲する杏奈の好奇心が膨らまない理由はない。
 杏奈は座敷童を信じ続けて座敷童と出会わせてくれた祖母に感謝する。同時に、織田信長に合うチャンスを掴むために自分の策が否定されようとも東大寺に行く決意をする。どんな危険があろうとも……
 狂信者に近い杏奈の微笑みに気づいたのは八慶だけだろう。現に、しずかと八太は布団から顔だけ出して自分達の立場を考えない戯言を言ってる。
「吉法師に鱗を取ってもらうでありんす。それで今回の喧嘩は水に流すでありんす」
「兄者、住職に電話だ。吉法師にワンパンで勘弁してやるから鱗を取ってこいって言ってやれ」
 しずかと八太の今の立場は一介の座敷童。東大寺を追い出された今、守護する八童でもない。それに、八慶と八太に関したら家無しだ。
 そんな流浪と居候を余儀なくされた一介の座敷童が、命を賭けた戦場に赴く吉法師に対して、上から目線で鱗を取らせようとするのは大きな勘違い。
 そもそも、しずか•八慶•八太に平安時代のしがらみがなければ無かった事だ。吉法師はそのしがらみを利用して挙兵したのだが……どちらにしても、しずかと八太が偉そうに言える立場ではない。
 二人がそんな態度では、しっかり者のお兄ちゃん八慶は説教するしかなくなる。
「アホたれ。戦力外にされた側がどの顔で鱗を取れと言えるんだ。そもそも、八重が室町時代の東大寺を倒壊させ、八太が仁王像なんぞ作らせるから鎌倉殿に大恩ができたんだ。それに、我等三人の不甲斐なさから、吉法師には天正元年九月の借りもある。少しは自分達の無力を反省しろ」
「「Zzz……Zzz……」」
 八慶の説教にしずかと八太は寝たふりで応えた。もちろん、そんなアホたれな二人に八慶はゲンコツを放つ。
「いだ‼︎」
「いたいでありんす‼︎」
 しずかと八太が頭を抑えて悶絶する中、八慶は二人に正座を促し、説教を始める。
 そんな三人の上下関係に微笑ましく思いながら、杏奈は本題に移す。
「それなら、三人が手伝って鱗を取ってもらえばいいと思う」
「我等三人が手伝う……か」
 しずかと八太を布団の上に正座させて説教していた八慶は杏奈の方を向く。
「杏奈殿。先ほども言ったが東大寺の倒壊がない限り共闘はない。そして、吉法師には倒壊させないための策がある。その少ない可能性のために我等はここにいるのだ」
「それは三人が足手まといだったら、だよね? でも——————」
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