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アーサーが携帯端末でとある人間に連絡してから三○分。東大寺南大門の前に、携帯端末を握り締めて立ち尽くす青年がいた。
梅田達也。
茶髪頭をワシワシと掻きあげ、奥歯を噛み締めながら南大門の中にいる二人の虚無僧を見やる。
一歩、一歩と足を踏み出し南大門の中に向かうが、二人の虚無僧は達也の前に立ちはだかる。
「梅田殿。これ以上は」
虚無僧の一人が達也を制止する。
「吉法師に、合わせてくれないか?」
達也は怒りというよりはイラつきが表情に出る。
「先ほどお休みになられたようです」
虚無僧は達也の表情に動じる様子なく単調に答える。
「何故、吉法師は言わなかったんだ? お前等も……なんで言わなかったんだ⁉︎」
口調が強くなる。だが、狼狽した達也の表情や口調は虚無僧の一人を呆れさせただけだった。
「梅田殿。松田家と竹田家は吉法師が動いた時点で天正元年九月を視野に入れ、八重•八慶•八太をこの場から遠ざけた時点で松田家の……」
『サービスしすぎぜよ』
東大寺南大門の奥から届く声音。
現れたのは藍色の甚平を着た頑固な癖毛頭の龍馬。
「梅田の達也。松田と竹田、どっちから聞いたんじゃ?」
頑固な癖毛頭をボリボリと掻きながら達也の前に行く。
「……、座敷童管理省の大臣を通して松田の跡取りから忠告を受けた」
眉間に皺を作り、奥歯を噛み締める。
そんな達也に対しての龍馬の返答は、梅田家と梅田達也の現実でしかなかった。
「それが松田の翔と梅田の達也の差じゃ。吉法師が動いた時点で『縄張り争い』と勘違いした梅田には先がない、と言った理由がコレじゃ」
「…………」
達也は龍馬の言葉を受け入れない。それを表すように拳を握り、ギリギリと歯軋りを鳴らす。
そんな達也に対して龍馬は更に現実を口にする。
「松田、竹田、梅田の三家にある確執を生んだのは梅田ぜよ。座敷童の世界に三家の確執を持ち込んでるのも梅田じゃ。吉法師が梅田に与えたチャンスじゃとワシは思うんじゃがなぁ」
吉法師の意図。梅田家が這い上がるチャンスはある、と含ませるが。
「チャンス?」
達也の表情は梅田家が作った確執だと思ってない。チャンスという言葉も『松田や竹田へのチャンスだろ』と言った感じで、達也の中では松田家と竹田家が確執を作っているという感じだ。
両者に両者の考えがあり、理解し合えないのが確執というモノになる事を、龍馬は人間だった時の経験から深く理解しいてる。
だからこそ、達也の考えを理解した上で梅田家が確執を生んでる原因を話す。
「座敷童の世界に人間の政治は関係無い。それを梅田家は、座敷童管理省という国からの要請で松田と竹田を動かそうとしとるぜよ。ワシには梅田の都合を松田と竹田に擦り付けとるだけ、としか思わんが?」
「松田や竹田に変わり梅田が各地の……」
「座敷童の世話をしてる。と思っとるなら思い違いぜよ。座敷童から見たら梅田はご飯をくれる家の一つじゃ。現に梅田に懐いた座敷童はおらんじゃろ。勘違いしたらあかんぜよ」
「それでも梅田の活動で……」
「座敷童がいない家には盛衰はない。じゃが、座敷童がいる家には盛衰がある」
龍馬が達也の続く言葉に言葉を被せたのは達也が現状を認めない『だけ』だとわかっているからだ。だからこそ、現実だけを突きつける。
「松田と竹田がどれだけのリスクを背負って座敷童の世界にいると思っとるんじゃ? ……理解できないならはっきり言うちゃる。梅田は自己満足で余韻に浸っとるだけぜよ」
「そ! そんなのは!」
達也は声を荒立てる。が続く言葉は出ない。何かしら感じる事が達也にはあるのかもしれない。
龍馬はそんな達也だから、吉法師が気にかけている達也だから、今後の梅田家が歩いていく道を推測の範囲で話す。
「東大寺が倒壊すれば平安時代のしがらみが無くなったしずか•八慶•八太が全力で動ける。松田と竹田も梅田の無能が東大寺の倒壊を生めば遠慮なく動く。まぁ、結局はそこで無力を知った梅田が三家から去るしかなくなるんじゃが……」
「梅田が対処する」
「足手まといのしずか•八慶•八太を東大寺から追い出したら次は梅田か……どこまでバカなんじゃ? 梅田には他にやる事があるとは思わんのか?」
「他にやる事?」
「吉法師が作ってくれた梅田が生き残る最後のチャンスぜよ。ここまでサービスしてわからんかったら、梅田の達也は見込み違いという事じゃな」
龍馬は達也の表情を確認するように見る。何も理解していない、としか受け取れず、呆れてため息を吐く。
「はぁ……、大サービスじゃ」
「?」
「話に聞いた戦国時代までの梅田は座敷童に懐かれてたようじゃ。ワシがブイブイ言わしとった幕末には三家の確執はあったから信じられんが……。まぁ、あれじゃな、『梅田の都合しか知らない達也にはわからん』事かもしれんな」
「梅田の都合しか知らない? ……俺が学ぶ座敷童が梅田の都合で作られたって事か?」
「戦国時代までは梅田も座敷童に懐かれていたのに、幕末にはその影は無しじゃ。吉法師が東大寺に対して現代でも動いておるから『天正元年九月』に何かがあり『梅田はその事実を隠し、次代に繋げた』と考えるのが普通じゃな」
「何があったんだ?」
「ワシが生まれたのは幕末じゃ。生まれる前の事は詳しく知らんぜよ。知っとる連中は『梅田家は何も悪くない』としか言わんき」
そんなもん自分で考えれ、と龍馬は言ったつもりだが、達也は答えを急ぐように返答する。
「どういう意味だ? 何も悪くないなら確執なんか生まれないだろ」
「梅田家が何も悪くないなら、松田と竹田が悪いんじゃないかのぉ」
めんどくさいやっちゃのぉ、と口に出したい気持ちを抑える。
「それなら松田と竹田の座敷童は離れるだろ」
「にぶいやっちゃなぁ」
思った事が口に出る。ワシもまだまだガキじゃな、と思いつつ頭に血が上がるのを感じながら、達也でもわかりやすいように話す。
「松田と竹田が人間側や座敷童側構わずに悪役になったから今の時代があるんじゃ。正しい事だけやって綺麗な国ができるなら戦争なんかないぜよ。その時の松田と竹田の答えに梅田が納得しなかったから確執が生まれたんじゃ」
「何故、松田と竹田が悪役になった事を梅田では学ばせない」
梅田家側の考えしか持たない達也には理解ができない。
(……吉法師はなんでこんなアホを気にかけとるんじゃ……まったくわからん)
達也に対して深いため息を吐いた龍馬は、呆れを混ぜながら言った。
「梅田が平安時代に作った座敷童保護の会じゃが……座敷童のいない梅田がどうやって農業氷河期•戊辰戦争•終戦後•バブル崩壊を支えたんじゃ?」
「⁉︎」
やっと理解した達也。
「はぁ……」
龍馬は答えを言わないと理解しない達也にほとほと呆れてため息を吐くと、言葉をオブラートに包まずに語を繋げる。
「確執が生んだ捻くれた頭じゃなかったら少し考えればわかるぜよ。松田と竹田が裏で動いていたってのぉ」
「そ、そ、それを証明する証拠は?」
「とことん御都合主義なやっちゃなぁ……梅田の達也、吉法師がお前を気にかけとるからサービスしとるんじゃが……がっかりじゃ。ワシにはお前の価値を見いだせん」
龍馬は下げずむような冷たい目を達也に向ける。
「…………」
達也は、松田家と竹田家が裏で動いていたという言葉に確信がなく、腑に落ちないといった表情をする。
そんな浅はかすぎる達也に龍馬は舌打ちし、吐き出すように言い放つ。
「証拠ってなんじゃ? 梅田は松田と竹田の功績を自分の功績にして、梅田の失敗を松田と竹田になすり付けとるだけじゃろ。座敷童が何も知らんと思っとるのか⁉︎ そんなバカが住む家に座敷童が住むと思っとるんか⁉︎ 誰も梅田には懐かん! 去れ偽善者! 梅田と座敷童の付き合いはこれまでじゃ‼︎」
「……、…………」
龍馬の怒声に達也は苦虫を噛んだ表情を作り、拳を握りながら踵を返すと「出直す」と一言残して東大寺南大門を後にする。
「ドアホが! 二度とその顔見せるな!」
龍馬は達也の背中に向けて吐き出し、チッと舌打ちする。
「言い過ぎなのでは?」
虚無僧の一人が達也の背中を見ながら言うと、龍馬は頑固な癖毛頭をボリボリと掻きながらため息混じりに言った。
「座敷童に固執し、自分の立ち位置しか考えなくなった人間の末路……梅田はその末路を歩いとるぜよ。吉法師は梅田の達也ならその末路から抜け出し『本来の梅田』になれるのでは……と思っちょる」
深呼吸をするように息を吸って積もった怒りを静める。
そんな龍馬に虚無僧の一人はため息混じりに言う。
「本来の梅田家の姿を伝えた方が良かったのでは?」
「人から言われて『やらされる』のと自分から『やる』のとは結果は同じでも本人の中身には大きな違いがあるぜよ」
「同意見ですが……梅田が東大寺を離れたとなれば松田家当主と竹田家当主が来るのでは?」
「松田の跡取りからの忠告じゃと言ってたじゃろ。そもそも松田の当主と竹田の当主が何も言ってこないのは、吉法師が【ヤツ】を眠らせた後に『吉法師の功績もくすね取るのか』と梅田を断罪し切り捨てるためじゃ。裸の王様梅田を座敷童の世界から出してあげるという真心ぜよ。じゃが……」
ふぅと息を吐き、暗闇に消えかける達也の背中を見て、
「梅田の達也が、松田のお節介な跡取りからの忠告をどう受け取るか、じゃな」
「吉法師と同じく翔殿も?」
「いや、あの男はいまいち読み取れん。もしかしたら松田家当主よりもえげつないかもしれん」