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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【近畿編•東大寺に眠ふ愛】
15/105

4

 

「織田、信長……?」

 ……と口から漏らすのは額から大量の汗を流したアーサー。

 日本の歴史を多少でも知る人間なら誰でも耳にした事はある織田信長。幼名は吉法師。

「お、織田信長って、織田信長、よね? 織田信長が座敷童に?」

 織田信長と無駄に連呼するアーサーに変わって、井上さんが補足する。

「織田信長は本能寺の変で自害したと言われてますが、死体は見つかってません。自害という言葉だけが一人歩きしてます。他にも、今川義元の四○○○○の軍勢を相手に五○○○の軍勢で勝利した『座敷童有りなら納得できる功績』もあります。それとは別に、織田家は信用性の高い家系図が残されてますから織田信長は座敷童ではなく、人間です。人間が座敷童になれる方法があるという疑問が生まれました」

 井上さんは黒縁眼鏡を右手中指で押し上げながら俺を見る。

 数時間前にアーサーが吉法師のようになると言ったのを忘れているようだ。これは困ったぞ。アーサーが座敷童になれる方法があると知れば……

「人間が座敷童になれるの⁉︎」

 こうなる……。座敷童に関わっていればいずれは知る事だからいいけど、めんどくさくなるな。

「人間が座敷童になれる方法はある」

「私を座敷童にして!」

 間髪入れず返答したアーサー。

 少しは考えて物事を判断すれと言いたい。まるで、無謀者を相手にしているようだ。

「座敷童になってどうする? 今いる座敷童でさえ住処が無いのにどうやって生きていくんだ?」

 現実を突きつける。いや、アーサーみたいな人間には全ての発言に対して、正当で凹ました方がいいな。

「座敷童の親、教師になって導けるじゃない!」

「お前に織田信長以上の統率力があるのか? 統率力には養える財力も含まれるから、財力を維持して有言実行していくという信用があるのか? アーサーという人間は、人間側や座敷童側問わず名だたる人間や座敷童を従え、歴史に名を刻んだ織田信長という人間以上の人間なのか?」

「そこまでの人間じゃないと座敷童になれないって事?」

「座敷童をマスコットと勘違いするな。もしも、ここに座敷童の押し掛けがあったとしたら、しずかが全員を切り刻んでる。八慶や八太も同じだ。相手が吉法師でなく、場所が東大寺でなかったら切り刻んでる。そこに信頼も実力も無い人間から座敷童になったヤツがホイホイと現れたらどうなる? 迷惑極まりないだろ?」

「信頼を得たらいいのね」

「バカか。お前は座敷童からの信頼は一生得られない。今すぐに座敷童管理省の大臣を辞任して国に帰れ」

「なんで信頼を得られないのよ?」

「何年日本にいるかわからないし何年日本に通ったかはわからないが、座敷童は一緒にいたいと思ったらアイルランドでもどこでも付いていく。そんな『ヤツ』が今までいたか?」

「……、いないわ」

「それが現実だ」

 内心では『いるかもしれない』と思っていた。いや、アーサーの場合はいないとおかしいのだが……どうやら座敷童に気づかなかった可能性が高い。この「いない」という経験を今回は利用させてもらう。

「座敷童はアーサーという人間を最初から家主や遊び相手だと選ばない」

 いないという経験から正当をぶち込む。

 しかし、俺から見たアーサーの表情には変化無し。それどころか、みるみるとやる気に満ち溢れた表情になる。

「これからよ!」

(全然凹んでねぇな。なんだこの変人は……脳みそで考えてるのか? 脊髄で考えてるのか?)

 内心は口には出さず、

「威勢と虚言は誰でも吐けるんだ。必要なのは有言実行、初志貫徹だ」

 有言実行しそうだし何を言っても凹まない意思は初志貫徹に等しい。末恐ろしい変人には勘違いしててもらう事にする。

「試しに、しずかと八太のケンカを仲裁してみろ」

 しずかに逆エビ固めをされた八太に視線を移し、

「八太が泣いてるぞ。東大寺から追い出された八慶と八太は現在家無しだ。八太から信頼を得れば、アーサーの家の常駐型座敷童になってくれる」

「やるしかないわね」

「頑張れ。二人の仲裁ができたら次は……、……予想どおりだな」

 俺の視線は、バッと立ち上がりしずかと八太に飛びかかったアーサーを追う。

「ありんす⁉︎」

 しずかは、ヨダレを垂らしながら飛びかかってきたアーサーを寸前のところで躱す。

「どわっ⁉︎」

 八太は畳の上を転がりジョンの祭壇裏に逃げる。

「や、や、や、八太が悪いでありんす!」

「バカ八重が悪い!」

「ケンカは〜〜〜……」

 変人アーサーは禍々しいオーラ的なモノを出しながら、ヨダレをダラダラと垂らし、しずかと八太との間を詰める。

 一方的な愛の押し売りをしてきそうなその姿は、子供に好かれようとしてるとは思えない。遺影に写ったジョンも一滴の汗を流している。

 その瞬間、ジョンを犠牲にするようにしずかと八太は走り出す。

 しずかは壁と襖を垂直になりながら走り抜け、八太は天井を逆さまになりながら走り抜ける。その表情は真剣そのもの、必死にアーサーから逃げる。

「…………」

 二人の離れ技にアーサーは言葉を失う。

「おい、座敷童に逃げられたぞ」

 そろそろ話を本題に戻したいため、アーサーは邪魔だから煽る。

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 アーサーは雄叫びを挙げながら二人を追う。

 間髪入れずしずかは大部屋から出て行き、八太は一瞬闘う姿勢を見せたが「無念!」と言い放ち、しずかの後を追ってアーサーから逃げた。

「逃がさないわよ!」

 アーサーは逃げた二人を追って大部屋を後にする。

「がんばれぇ」

 めんどくさいアーサーがいなくなり、ひと段落の息がふぅと漏れる。

 それにしても、しずかと八太の仲裁を『一瞬で解決』したのに気づかないとは……素直と書いてバカだな。鬼ごっこに変わった事も気づいてないし。

「ふっ」

 静かな笑いが漏れたのは八慶、

「翔殿。意地が悪いと思うが?」

「八慶がばあさんとの間を取り持つように頼んだ時点で『信頼がある』と気づかないのが悪い」

「どういう意味ですか?」

 井上さんはいち子の横に座ると、御膳台から飯椀を取って黒飯を盛り変えながら、

「アーサーさんは座敷童になれるという事ですか?」

「……、人間から座敷童になるには、人間側の松田と竹田と梅田の推薦と座敷童側八童から五人の推薦が必要だ。残念なことにアーサーは座敷童からの推薦は得れる。でも……」

「でも?」

「竹田や梅田、八童が認めても松田は認めない」

「何故ですか?」

 井上さんはいち子のリクエストに応えるように飯椀に黒飯を盛る。その高さは三○センチを越えていた。いち子は瞳を輝かせているが……

「……、井上さん。食べさせなくていいからね」

「効率の問題です。オヒツをカラにすればおかわりはありません」

「……なるほど」

 作った分は残すわけにはいかないか……。と割り切るしかない。

「何故、アーサーさんを松田さん……松田家は認めないのですか?」

「座敷童になるって事は、座敷童として永遠の命を手に入れるという事なんだ。有言実行、初志貫徹という言葉に見合った実績があり、尚且つ、座敷童の世界で座敷童を任せれる人間でないと話にならない。実績も信用もない人間を誰でも彼でも座敷童にしたら、永遠に汚点を残す事になる」

 実績のない人間は群れる事を好んでマイナスにしかならない派閥を生み、信用のない人間は縄張り争いの種になる。所謂、座敷童になったからといって人間の時の心が無くなるわけではないという事だ。

 例を出すと、アーサーは座敷童の事に関したら猪突猛進になる傾向がある。それはそのまま、アーサーを座敷童にすると座敷童アーサーから人間側に干渉してくる可能性があり、『人間の世界では人間が試行錯誤をして生きてくように、座敷童の世界も座敷童が試行錯誤をして生きていく』と主張する八慶のような座敷童との争いになる。

 井上さんは俺が言わんとしてる事を理解し「なるほど」と口に出して納得する。そして、新たに生まれた疑問を言う。

「座敷童の世界で座敷童を任せれる織田信長……吉法師さんが『今も昔も変わらない東大寺』から二人を追い出すというのは疑問になりますね。人間側の織田信長の歴史や松田家が認める人物から、理由があるとしか思えません」

 黒縁眼鏡を右手中指で押し上げ、真意を確認するような視線を向け、

「……二人に大ケガまでさせて追い出した理由、何か座敷童の根底に関わる理由があるとしか思えませんが?」

(鋭いな。昨日に座敷童を知ったばかりなのに……だが、井上さんがソレを知るには早い)

 しかし、井上さんの視線は俺の内心を見抜いてきそうな……いや、疑いを込めた視線はここで嘘をついて誤魔化しても見抜かれる気がする。会話術に長けていたら誤魔化せたかもしれないけど、俺にはそんな特技は無い。今できるのは、話せない意思をあからさまに見せて誤魔化すしかない。

 俺は視線のみを天井に向け、頭を掻きながら井上さんの視線から逃げる。

「…………、まぁ、そうなるんだよね」

「座敷童の根底が東大寺にあるとしか思えませんが?」

 あからさまな反応に間髪入れず返答する。

(あるよ。東大寺で寝てるよ。でも、そんなこと今は知るべきじゃない)

 視線を天井から一生懸命黒飯を食べてるいち子に移しながら、

「…………、まぁ、そうなるんだよね」

「織田信長は前線に自ら立つ人間です。今も座敷童のために前線に立っているのではないですか?」

(そうだね。八慶と八太のために『また』前線に立ってるよ。でも、井上さんが知るべきじゃない。……つか、鋭すぎる!)

 視線をいち子からジョンの祭壇に向け、

「…………、まぁ、そうなるんだよね」

「松田家は動かないのですか?」

(松田家は動かないけど、俺は動くかな……。吉法師はそういう意図で三人を追い出したんだし。井上さんが知るべきことじゃないから言わないけど)

 ジョンの祭壇から黒縁眼鏡を右手中指で押し上げてる井上さんに視線を移し、

「…………、動かない」

「松田家が動かないのは、それが吉法師さんの意思という事ですね。八慶君はそれでいいの?」

(はぁ⁉︎ なんでわかった⁉︎ いや、まだ予想の範囲から出ない! 八慶……)

 チラッと八慶に視線を向けて、視線に『余計な事を言うな』と含ませるが……

「我等三人、今は東大寺にいないのが最良だ」

「今は?」

 井上さんは疑問符を浮かべると視線を八慶からゆっくりと動かし、一○○パーセントの疑いを垂れ目に込めて俺を見る。

(八慶……井上さんを甘く見るな)

(……、任せた)

 アイコンタクトをする俺と八慶に対して、井上さんは自分の中でまとめた結論を言う。

「織田信長と東大寺といえば、天正元年九月に織田信長が東大寺に書状を送り、戦の火を入れないようにした歴史があります。この歴史が『改ざんされた歴史』と仮定しますと……」

 二秒ほど思考し、淡々と続ける。

「先ほどのしずかちゃんや八太君のように壁や天井を走るような力があるなら、他にも人智を越えた武力がある、と予測ができます。座敷童に人間側の戦は関係ありませんから、織田信長が東大寺に書状を送ったのは人間側の戦の火とは別の理由……人間側が触れてはならない座敷童側の理由が『東大寺にはある』と考えた方が、座敷童を知った今では仮定の中では自然になります。それも織田信長が座敷童に生まれ変わってまでも相手をしなければならない『モノ』……私は敵と考えます」

 返答は如何に、というように真っ直ぐな視線を向ける。

(井上さん怖いっす。九分九厘当たってます。勘弁して下さい)

 俺は井上さんの視線から逃げたい気持ちを抑え、息の詰まる喉を深呼吸で整えたい欲求を抑え、

「…………、まぁ、改ざんされたと仮定すれば、そうなるね。少し飛躍しすぎかなって思うけど」

「飛躍ですか。……否定はしないのですね」

(ぶはぁ⁉︎)

 内心では『しくじったぁ!』と叫び上げ、額には気持ちの悪い汗が滲む。チラッと八慶を見て井上さんへの返答を任せる。

 八慶は俺の内心を読み取り、空気を読んで返答する。

「その『敵』が目覚めるなら我等の勤めは松田家を東大寺に行かせない事になり、吉法師はそのために我等を東大寺から出した事になる。……多少煮え切らないが松田家を東大寺に行かせないためには完璧な策だ」

「完璧……? 完璧ではないと思うけど……座敷童の世界では完璧という事?」

 井上さんは完璧という言葉が疑問になる。

「うむ。私と八太は近畿地方を守る八童と言われてるが、本来は八重の縄張りを代行して守っているだけだ。そして、今回のような事があれば、松田家は理由の真意を確認し対処する責任がある。しかし、私や八太だけでなく縄張り主の八重まで東大寺を出たとなれば話は別、我等三人に問題があり、吉法師はその問題を正すために東大寺に押し入ったと松田家は判断する。『座敷童の世界で座敷童を任せれる織田信長』が私や八太に任せれないと思って押し掛けたなら問題だが、八重まで東大寺から出したとなると我等三人に問題があるという事なのだからな。座敷童の世界では完璧だ」

「東大寺は今も昔も変わらないんだよね?」

「時代は変わっているのに中身は変わらない。人間の世界ならば、現状維持ができないだけでなく、衰退を生むと思うが?」

「……そうだね。……松田さん? 東大寺は……近畿は吉法師さんの縄張りになったという事ですか?」

「んっ? どうだろ。吉法師が改善したらしずかに返すんじゃないかな? なっ? 八慶?」

「うむ」

「…………、時間が解決するという事ですね」


 時間が解決する、と言ってはいるが、井上杏奈という人間はアーサー•横山•ペンドラコのように表面上の情報を素直に受け入れない。何故なら、八慶と八太が大部屋に入ってきた時からの会話を全て覚えているからだ。

 その会話から、違和感ではなく、嘘を吐かれていると確信している。

(さっきは八慶君に『どうするんだ?』と聞いてたのに今は吉法師さん任せ……松田さんはやっぱり嘘を言ってる。おそらく、八慶君が完璧って言ったのも嘘。私にはこれ以上話せないって事は松田さんの話し方からわかる。……私が知って問題ある事が座敷童の世界にはあるという事だけど……気になる)


 *****************


 御膳台を二段重ねて大部屋に戻ってきた井上のばあさんは、しずかの御膳台の隣に八慶と八太の御膳台を置いた。

「八慶、八太。忌明けまでは小豆飯は出せんが、黒飯で良ければ好きなだけ食べるんじゃ」

 井上のばあさんは言葉だけ残して厨房に戻った。おそらく、オヒツや鍋を取りに戻ったのだろう。

「八慶。とりあえず飯食ってろ。八太も鬼ごっこに飽きたら戻ってくる」

「うむ。……翔殿。吉法師が織田信長だった戦国時代にも東大寺を守られた……その時に私と八太、八重が足手まといになり吉法師を座敷童にする切っ掛けを作ってしまった」

「わかってる」

「東大寺と深く関わる我等三人と松田家を関わらせぬ為の策、……引っかかってくれぬか?」

「当時の松田家は織田信長を信じて引っかかってやったんだ。それが最悪な結果を生んじまったが……現代の松田家当主は座敷童管理省からの話を聞いて吉法師が動いたと知って協力要請を断ったんだ。昔と同じく最悪な結果を生むかもしれないとわかっててな」

「かたじけない」

 八慶は会釈をしてゆっくりと立ち上がると、しずかの御膳台の隣にある御膳台を前に座る。そして、両手を合わせて「いただきます」と言いうと食事を始める。

「さて、と、……いち子、明日も学校だ。帰るぞ」

「うむ」

 いち子はラストスパートをするように口の中に食事を詰め込み、両手を合わせて「ごぶぞうじゃじゃ」と言うと、

「モグモグ、モグモグ」

 チラッと八慶を見る。

「はじゅげむ(八慶)。モグモグ、ゴクン。明日はかくれんぼじゃ」

「うむ」

「井上さん。また明日」

「……はい」

 井上さんは話し足りない……いや、聞き足りないという顔をすると立ち上がる素振りを見せる。しかし、八慶だけ大部屋に残すわけにもいかないと思ったのか、そのまま座る。

 俺といち子は大部屋を後にすると、廊下から厨房を見る。

「ばあさん。八慶と八太をよろしく頼む」

「帰るのか?」

「明日も学校だからな」

「気をつけて帰るんじゃぞ」

「晩飯ありがとうな。『明後日』になるけど美味い和菓子を持ってくる」

「【柿寿賀】があったら持ってきてくれ」

「わかった」

 歩を進めて玄関に向かう。すると、しずかと八太が玄関側から走ってきた。

「しずか。八太。鬼ごっこは終わりだ。部屋に戻って飯を食え」

「翔。吉法師は悪い子でありんす」

「そうだな」

「翔! 兄者は⁉︎」

「飯食ってる。明日はみんなでかくれんぼだ。飯食って寝ろ」

「わかった!」

「わかったでありんす」

 しずかと八太は廊下をズダダダダダと走って大部屋へ行った。

 俺は靴を履き、いち子は下駄を履く。開け放たれた玄関の先を見てため息を吐きながら立ち上がり、外に出て視線を地面に向ける。

「わかったか?」

 視線の先では、白を基調にした背広を泥まみれにしたボサボサ頭のアーサーが俯せで倒れていた。

「八太君を……捕まえたのに、とんでもない力で、引きずられた」

 室内と灯籠で照らされた地面には、アーサーが八太に引きずられた跡があった。

「アーサーが捕まえたんじゃなく八太が捕まってくれたんだ。わかっただろ。座敷童を管理するのは人間には不可能だって」

「まだまだよ」

「今日は諦めろ。八太はあれでもケガ人なんだ」

「……そうね」

 アーサーは地面に座り込み息を吐く。

「アーサー。お前は座敷童バカで今すぐに国に帰るべき人間だが……お前の無意識な迷惑行為は運良く今回の件には好都合になる」

「なにそれ?」

 急な言葉に頭に疑問符を浮かべる。

 俺は口端を吊り上げると地面に座ったアーサーを見る。

「八童にはそれぞれの地方を守る義務があり、人間と同じでその義務には座敷童の政治がある。その中で起きた縄張り争いや八童同士の喧嘩を仲裁するのが、本来の梅田家なんだ」

「仲裁?」

「簡単に言うと、梅田家の力が無くて現代のノラ座敷童問題が生まれた。そして、自分達の手に負えなくなったから国からの援助を求めて座敷童管理省になった」

「…………、そうなるわね」

「今、東大寺では梅田じゃ手に負えない問題、吉法師の押し掛けが発生した。定石通りなら、梅田じゃ手に負えない問題なら松田家や竹田家が動く。だが、梅田は松田や竹田に動いてほしくない。……わかるか?」

「わからないわ」

「そうだな」

 わからなくて当たり前だ。梅田家との確執は座敷童を研究してる程度ではわからないのだから。しかし、アーサーを利用するためには、アーサーには最低限の事は知っててもらわないとならない。

「梅田が座敷童管理省を作ったのは、自分達ではどうする事もできないのを棚上げし『国からの協力要請』として松田と竹田を動かすためだ」

「梅田家が手に負えないなら松田家と竹田家は動くのよね?」

「梅田が現代まで座敷童問題があるとわかっていながら松田と竹田に協力を頼まなく、苦し紛れに座敷童管理省を作り松田と竹田を国の協力要請として動かそうとしている。……だが、松田と竹田は政治の都合では動かない。わかるか?」

「それはわかる。でも、なんで梅田家は松田家と竹田家に直接頼まないの?」

「松田は八童のいち子がいる。あと、元八童のしずかそして現八童の八慶と八太が松田家に懐いてる。そして、竹田家にも八童がいる。八童が懐いているというのはその地方の座敷童が懐いてるという事だ」

「梅田家は?」

「座敷童管理省を作った時点でわかるだろ。梅田には座敷童がいないから人間側として座敷童の世界に介入しないとならない。一方、松田と竹田は座敷童の世界にそのまま介入できる。どうだ? 座敷童の世界では梅田に立場がないだろ?」

 ここまで話せばアーサーでも梅田家の事情や政略が理解できると思う。もしも、アーサーがわからなければこの話はおしまいだ。

 アーサーは考える素振りも見せず、淡々と応える。

「座敷童の世界の立ち位置が欲しいから座敷童管理省を作り、自分の立ち位置を確保したまま松田家と竹田家を動かす。……三家のバランス、主導権を取りにきてるみたいね」

「半分正解ってところだな」

 だが、『御三家の確執』を知ったばかりだから合格点を与えれる。俺は話を続ける。

「座敷童は自分の都合で政治をしたり仕事をしたりする人間には懐かない。これで梅田から生まれた確執がわかったな?」

「でも、なんで梅田家は座敷童に固執してるの?」

「いい質問だ」

 おそらく、梅田家の評価を考えているんだろうな。政治家としても合格だ。

「座敷童が好きなんだ。その部分だけは松田も竹田も梅田を認めてる。だが、梅田は代が変わるたびに座敷童がいない事で挫折が生まれ、ノラが増える事に挫折が生まれ、松田と竹田の好意さえも受け入れなくなり、確執が生まれた。座敷童の世界で生きていく人間は座敷童が好きなだけじゃやっていけないという事だ」

 今のアーサーにも当てはまる言葉を突きつけ、更にその結果を話す。

「そして、座敷童管理省を作った事で確執は更に深まった。ここまで行っちまったら松田と竹田は梅田を完全に無視する。いや、松田家当主はとうの昔に同士とも思ってない」

「……。松田家や竹田家から見たらそうなるわね。それで…………私が松田家に貸しを作るというのは?」

(梅田家の評価を言うと思ったけど……まぁいいか、俺だけの話を聞いて決めれる事じゃないからな)

 口元を吊り上げ、

「座敷童管理省の特務員松田なんだろ? 梅田がどうする事もできない東大寺の問題を特務員松田が片付ければ、梅田の座敷童管理省でなく『松田家あっての座敷童管理省』になる」

「梅田家の立場がなくなり、座敷童管理省が松田家の手の内に入る……だから松田家当主は動かないのね」

「どうする? 梅田が生む確執の結晶座敷童管理省を今のまま意味のないモノにするか、松田あっての座敷童管理省にして座敷童のためのモノにするか、大臣として考えろ」

 人間には人間の政治があり、座敷童には座敷童の政治がある。

 松田家、竹田家、梅田家の三家の確執は人間側の都合になり、座敷童には関係無い。その人間側の政治を梅田家は座敷童の世界に持ち込み、座敷童管理省を通して松田家と竹田家を『梅田家の都合に引きずり出そうとしている』。所謂、梅田家の考えは座敷童の世界に執着したいだけの保身なのだ。

 そんな人間に座敷童が懐くわけがないし、松田家と竹田家から見れば保身で利用されるぐらいなら梅田家は必要ないと割り切る。

 アーサーは座敷童の事になればバカになる。意外だったのは、俺の言った事を理解した政治家としてのアーサー•横山•ペンドラコがそこにいた。

 少しだが、ほんの少しだが、俺の中のアーサーという人間の評価が上がった。

「梅田家の話も聞かないと判断はできないわね」

 確執がある、と聞いた以上は両者の言葉を聞かなければならないのがトップに立つ人間。だが、現状はアーサーの都合で動ける時間はない。言葉を変えれば『アーサーや梅田家の都合は座敷童には関係無い』。

「手遅れになる前に判断するんだな。アーサーの判断ミスや梅田のミスで近畿に被害が現れたら、松田家は全力で座敷童管理省と梅田を潰しに掛かる。いつまでも吉法師に甘えるな、と松田の跡取りからの忠告だって梅田に言っとけ」

「竹田家にも話を聞いた方がいいわよね?」

「『梅田の尻拭い』を竹田に頼めば、座敷童管理省に入る予算を災害で家を失った座敷童の家に全て使えと言われるだろうな。言っとくけど梅田はたった一○○人の座敷童に振り回されてるけど、竹田は○が一個増える座敷童に対応してる。竹田に尻拭いされたらますます梅田の立場がない」

「それは松田家が動いても同じじゃない。それに……松田家は北海道と近畿だから東北の倍は座敷童がいるって事でしょ?」

「何言ってんだ?」

 座敷童の数を地方の広さや地域の数から単純に計算してはじき出したようだが、それはアーサーの大きな勘違い。

「近畿の座敷童は松田家に懐いてるだけだ。松田家がお世話するのは、いち子一人だ」

「どういうこと?」

「北海道にいる座敷童はいち子としずかしかいない」

「……、偉そうに言ってるわりには松田家は大したことないわね」

「バカか。いち子は座敷童一○○○○人分だ。……とりあえず手遅れになる前に判断すれ」

 俺はいち子と手を繋ぐと歩を進め、門に向かう。

 アーサーは背広に付いた泥を払うとポケットから携帯端末を出して操作し、耳に付けた。

「……確執はどこにでもあるのね…………。もしもし、聞きたい事があるんだけど?」

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