5
「貫太は逝った」
「うむ、貫太の最後、しかと見させてもらった」
「逝ってねえし、最後でもねえよ!」
貫太は盃一杯の酒呑童子を飲んだ瞬間から真っ赤っかになり、口から白い煙を噴き出したと思ったらそのまま気絶した。
布団で寝ている今も真っ赤っかになっているのだが、この真っ赤っかは喜怒哀楽からの色変わりではなく、お酒を飲んだ時に赤くなるフラッシングと類似している。しかし、フラッシングと類似していると言っても酒呑童子にアルコールは含まれていないため、今の貫太の状態を、アルコールを分解する過程の酵素活性から説明することはできるが、白い煙を噴き出し、今もモクモクと出している時点で人間側の知識にはない症状になる。
どんな説明を並べても酒呑童子の成分がわからない限りは、納得できる答えなど見つからないため『酒呑童子は自分の適量以上に飲むとこうなる』この一言に尽きるだろう。幸いなのは、苦しんでいる様子はなく、表情は八慶と金時が冥福の言葉を贈るほど安らかに眠っていることぐらいか。
翔は去っていく八慶と金時から視界を移すと、ふぅと息を吐きながら、小夜が寝ている布団の横、杏奈へ視線を向ける。
「井上さん、布団ありがとうね。なんか、手際が良かった気もするけど」
「美代ちゃんに、いち子ちゃんが瓢箪を出したら布団の用意だと言われていました」
「っ!?」
あのヤロっ、と愛弟子を遊び道具にした美代に文句の一つでも言ってやろうと見やるが、悪代官様のような笑みを作っているいち子と何やらたくらんでいる。これは酒呑童子の被害者が増えるな、と予想した翔は美代に文句を言うのは諦めて、布団を用意することにした。
立ち上がろうとした翔を「あの、松田さん」と止めた杏奈は、魘されている小夜の額を濡れタオルで拭きながら、白い煙を出している貫太を見る。
「貫太君の額を冷やさなくても大丈夫でしょうか?」
「冷やしてあげた方がいいかな」
「わかりました。それでは……」
と、小夜の額を拭いていた濡れタオルを翔に向けると、
「実体のタオルを非実体にする方法を教えてください」
「あっ、そうだよね」
確かに人間が実体から非実体を抜き取る方法を知らないと、座敷童の額に濡れタオルを乗せる事はできない。
翔は杏奈の隣へ移動し、濡れタオルを受け取るとお手本を見せながら説明する。
「まず、このタオルを桶にある水に浸して、次に絞って余分な水を取る。次に、貫太の手にタオルを握らせる」
するとどうでしょう、と通販番組の宣伝文句のように言うと、貫太の手からスポと抜いた実体のタオルを杏奈に向ける。続けて、座敷童のように赤くなっている小夜に身体を向けると、
「小夜、驚かせてごめんな。御三家として『小夜の事よりも座敷童の都合を優先した』」
と言って、謝罪の気持ちを込めながら小夜の額に濡れタオルを乗せる。
「小夜さんが蛇を苦手だと知っていて強行したのは、松田さんらしくないと思っていました」
「起きたら謝って事情を話さないとな……」
苦笑いし、貫太の方に向き直ると、先の説明を続ける。
「非実体のタオルは貫太が握ったままだから、この非実体のタオルを取って、後は貫太の額に乗せる」
「そのままですね」
「そのままだね。後は、実体と非実体に分けた後の濡れタオルを取り替える方法になるけど、非実体の桶があればそのままやればいいよ。けど、無い場合は非実体を実体に重ねて一つにしてから、同じくやればいいから。ちなみに、風邪ひいた時の薬草とかは作り置きしていればいいだけ……まぁ、これぐらいかな」
「わかりました。一つ質問があるのですが、おばあちゃんなら撫でるだけで風邪も治しそうですが、その辺はどうなのでしょうか?」
「風邪は気持ちでは治らないから、薬草や看病が必要なんだ。本当はさ、傷や打ち身も、ばあさんが気持ちを込めて撫でたりさとが能力で癒しても、見える部分が回復しているだけで、気持ちのこもった薬湯で癒してやらないと本当の意味で回復したとは言えないんだ」
「身体は癒されても、ストレス解消と同じように、心の療養は必要ということですね」
「そうだね」
と首肯した翔は、不穏な空気が漂っている上座へ視線をやると、
「井上さん。酒呑童子の被害者が増えそうだからさ、布団を用意するの手伝ってくれるかな?」
「松田さんは配膳のお仕事があるのではないですか?」
「たぶん、配膳役としての仕事は終わりかな」
「?」
杏奈は疑問符を浮かべながら翔の視線を追うと、上座にいるいち子が悪代官様のような不敵な笑みを作り、勢いよく立ち上がるところだった。
いち子はすぅ〜っとこれでもかと息を吸うと、瞳をカッと見開いて、一気に吐き出す。
「無礼講じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
悪代官様さながらに声を張り上げるいち子に、翔はやっぱりなと微笑を浮かべると、杏奈の疑問符は二個に増える。
「無礼講とはどういうことですか?」
と聞いた杏奈は、もちろん無礼講の意味は理解している。しかしそれは、あくまでも人間側の無礼講というだけで、翔に聞いたのは座敷童側の無礼講になる。
翔は杏奈からの質問を違える事なく、説明する。
「人間社会の無礼講は上役がかっこつけるだけの言葉になり下がっているけど、座敷童の無礼講は言葉そのまま。でも、宴会に変わったのではなくおすそ分けの儀式は継続中だから、この場合の無礼講は『形式や作法は取り除くから、上座にある料理を遠慮しないで食べろ』って感じかな」
「それではいち子ちゃんの分が無くなるのではないですか?」
「井上さんは食いしん坊のいち子しか見ていないからわからないだろうけど、いち子はみんなが食べたそうにしているなら、自分は食べないでみんなに分け与えるよ」
でも、と繋げると、
「【おすそ分けの儀式】を継続したままの無礼講は、いち子からの褒美を俺が配膳していくという形式をはぶくだけで、おすそ分けという論功行賞は続くって事だから……」
「松田さんという歯止めが無くなった、と言うことですね」
「正解。貫太をこんな風にしちゃったから、歯止めになっているとは言えないけどね。とりあえず布団を用意しようか」
はい、と答える杏奈と一緒に大広間の押入れへ向かう。
一方、上座では——
他の座敷童が自分の席から動かない中、龍馬と美菜はいち子の前にある御膳台へ行って遠慮なく料理を漁り始める。そして、上座の前でうろちょろしている美代は、ダイダイが酒壺から出してきた三枚の金の盃を受け取り、並べてある三台の雲脚に乗せる。
そんな上座を押入れから布団を出しながら見ていた翔は、
「盃が三枚か……次の犠牲者は、吉法師と虎千代と勝千代かな。あいつらなら何とかすると思うけど、一応、三人分用意しておくか」
「悪ノリになっている気がしますが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ではないね。でも、おすそ分けの儀式では、美菜や美代みたいに上手く断ったり、金時のように誉め殺したりするのも楽しみの一つなんだ」
特に、と加えると、
「最高の褒美、酒呑童子を出された場合は、一番の見ものかな」
「見もの、とは?」
「酒呑童子を多く注がれた場合、いち子を不快にさせないように、それぞれで知恵を絞りながら自分の適量を飲む方法を試行錯誤するんだ。何を隠そう、いち子はその知恵を一番楽しみにしている」
廊下側の隅、小夜が寝ている布団の隣に貫太の寝ている布団があり、その隣に、翔と杏奈は上座に意識を向けながら布団を敷き始める。
悪ノリが始まった上座では、準備万端と言わんばかりに美代はいち子に向けてサムズアップ。その合図にいち子の悪代官様のような笑みは一層深まり、勢い良く酒呑童子を天井に掲げる。
「吉法師、虎千代、勝千代、大盤振る舞いじゃ!」
「「「はっ!」」」
三人は声を揃えて一礼しバッと立ち上がると、御膳台の間からロの字の中へと入り、上座へと歩を進める。上座を正面にして、死んだふりをしているしずかとともえを背後——正確には巨大ヒヨコと南部煎餅の前——に腰を下ろすと、虎千代を中心に、右に吉法師、左に勝千代が座る。
虎千代はチラと死んだふりを続けている二人を見て、「いつまでやっている?」と声をかけるが、二人からの返答はない。
「どうやら屍のようぜよ」
と、どこかのゲームで聞いたセリフを言ったのは、横から見ていた龍馬。
「…………」
虎千代はたぬきフードの中から龍馬を見るだけで「久しぶりぜよ」と言ってくる龍馬を無視。視線を正面に向ける。
越後屋風にひっひっひっと憎たらしい笑みを作っている美代が、三人の手前に金の盃が乗っている雲脚を並べていくと、続けて、悪代官様のように口端を吊り上げているいち子が雲脚の前にやってくる。
悪代官様はジッ、ジッ、ジッと額に汗を溜めている三人を見やると、
「佐渡島での働き、大義じゃった! 盃満杯、たんと飲むんじゃ!」
「「「っ!?」」」
ま、満杯……と目元を引き攣らせるが、それも一瞬。修羅場を何度も潜り抜けてきた三人は真剣な表情になり、脳裏に知恵を巡らせながら、ありがたき幸せ! と声を揃える。
「うむ。今後も存分に励むがよい!」
言うと同時に、いち子は虎千代の前にある金の盃に酒呑童子を傾ける。そう、悪代官様は知恵を巡らせる時間など与えない。
だが、悪代官様の行動などお見通しとばかりに、虎千代はすっと右手を金の盃に被せる。
虎千代の行為は、普通なら悪代官様のご機嫌を損なう行為だ。だが、悪代官様は更に悪どい笑みを浮かべるだけで、何も言わない。否、つまらない知恵なら倍に増やすと言わんばかりに禍々しいオーラを全身から湧き出している。そう、悪代官様には、酒呑童子を与えない、という考えは皆無。タチの悪い上司ここに有りなのだ。
【悪代官様VS虎千代】
知恵勝負、開始。——何故か『大広間が戦場のようなバトルステージに変わる』。まぁ、座敷童流の妄想なのだが。
虎千代が知恵を巡らせた時間は数秒。それで十分だと言わんばかりに、虎千代は背筋を伸ばして堂々とする。
——虎千代のターン——
「いち子。龍馬は大いに働いたのではないか? いや、働いたな。私などより働いたはずだ」
虎千代は犠牲カード(龍馬)を最前線に置く。そこに迷いなど一切無く、死ねと言わんばかりだ。
「いや、ちょっと待つぜよ!」
龍馬のターンだが、一同スルー。
——悪代官様のターン——
「うむ。龍馬は一番の功労者じゃ」
爆弾カード(酒呑童子)をあっさりと犠牲カード(龍馬)の前に置いて、ターン終了。
——虎千代のターン——
「その一番の功労というのには『佐渡島に引きこもっていた三郎を、佐渡島の外に出すきっかけにもなった』というのは、含まれていないはず」
最強防御を誇る引きこもりカード(三郎)を自陣に配置、防御力を強化した。
——いち子のターン——
「うむ。ワタキとしたことが、龍馬の功績を見誤ってしまった。龍馬、大功労じゃ」
犠牲カード(龍馬)の左右に爆弾カード(酒呑童子)を置いて、ターン終了。
——龍馬のターン——
「虎千代が今まで頑張ってきた結果じゃき、それはワシの功労では無いぜよ!」
犠牲カード(虎千代)を場に出す。が、最強防御カード(三郎)のスキル【中部座敷童の統一】発動により、犠牲カード(虎千代)は龍馬を裏切って最強防御カード(三郎)の配下になる。
虎千代は場の空気を読み取り、時は今と言わんばかりに、一気にたたみかける。
「いち子。私は若輩の身なれど、中部座敷童を代表して、この場に居る。私は、中部座敷童全員に恥をかかせるわけにはいかない。一つ、頼まれてはくれまいか?」
「うむ。何なりと申してみよ!」
「私の分の酒呑童子を半分、龍馬に献上する」
両拳を畳に付けて身体を雲脚に近づけると、願いを聞き入れないなら盃は受けない、と言うように頭を下げて金の盃に影を作る。
——虎千代のターン——
犠牲カード(龍馬)の背後に爆弾カード(酒呑童子)を置いて、知恵勝負は決した——……と思われたが。
「うむ。虎千代の願い、聞き入れる!」「しばし待たれよ」
いち子の言葉と合わせて言い放ったのは吉法師。すっといち子へ一礼すると、
「虎千代の言、実にあっぱれ。しかし、虎千代の言葉だけをそのまま受け入れては、いち子が虎千代だけを贔屓にしていると受け取られかねない」
——吉法師のターン——
犠牲カード(虎千代)の横に悪代官様カード(いち子)を置く。
「むっ……そうじゃな。うむ、吉法師、良い案があるなら言ってみよ!」
「僭越ながら申し上げる」
と言い、畳に両拳を付けてすっと下がると、頭を下げながら、
「龍馬が中部座敷童へ貢献した功績に対して、虎千代に与えられる盃一杯からの半分だけでは、明らかに功績に対して褒美が釣り合わない。このままでは、いち子が虎千代を贔屓にしていると受け取られるだけ」
「うむ。そうじゃな。じゃが、ワタキはそれでも良いと思っておる」
「いち子。我は戦国時代からの友、虎千代の言に感動したのだ。そして、虎千代を贔屓にしていると思われてもかまわない、そう思っているいち子の優しさに我は感服している」
だが同時に、と強調するように言うと、
「我はいち子の優しさに甘えてはならないとも思っている。そこで一つ!」
言葉を強くしてバッと顔を上げると、
「聡明かつ豪快すぎるいち子には無礼と思われるかもしれないが、進言したい」
「うむ。吉法師、無礼講じゃ、何なりと申してみよ!」
「はっ! それでは。……盃半分だけでは虎千代への贔屓になり、いち子の後見にも関わるため、戦国時代の友人に恥をかかせたくない我の分の酒呑童子を半分、龍馬に献上する」
——吉法師のターン——
犠牲カード(龍馬)の右斜め後ろに爆弾カード(酒呑童子)を置くと、留めと言わんばかりに言葉を繋げる。
「これで虎千代だけが贔屓にされているとは思われず、繊細かつ豪快すぎるいち子も贔屓にしているのは虎千代だけではないところを見せられる。いち子、どうか我の我儘を聞き入れてくれ」
「がはははは。戦国時代からの友人と言われてしまっては、儂の分の半分も龍馬に献上するしかないではないか! 三郎、盃では小さい、升を出すんじゃ、がはははは!」
——勝千代のターン——
龍馬の左斜め後ろに爆弾カード(酒呑童子)を置くと、更に、ここぞとばかりに金の升カード(補助)【場に酒呑童子カードがあればダメージ倍増する】を二枚、犠牲カード(龍馬)の左右斜め前に置く——
「お、おまんら……っ」
四方八方を爆弾カード(酒呑童子)に囲まれた犠牲カード(龍馬)。龍馬のターンになるが、脱出の糸口さえ無い。龍馬は知恵を巡らせるが。
「うむ!」
——いち子のターン——
悪代官様カード(いち子)のスキル【鶴の一声】発動。効果は【手持ちのカードが全て爆弾カード(酒呑童子)になり、何枚でも場に置けるようになる】ため、いち子は龍馬に思考する時間さえ与えないとばかりに虎千代の自陣以外を爆弾カード(酒呑童子)で埋める。
「虎千代、吉法師、勝千代の友情、実にあっぱれじゃ! 三人の心、聞き入れる!」
知恵勝負、終了。龍馬に升一杯の酒呑童子が確定した。
「これは出来レースじゃ! おまんらワシを嵌める気でっっっ!?」「「待ちやがれ!!」」
いち子の言葉と同時に逃げようとした龍馬を、美菜と美代は羽交い締めにし、罪人のようにいち子の前へ引きずり出す。
「いち子、佐渡島で働いた三人にワシの分を献上するぜよ!」
「うむ。またの機会じゃな」
「なんでじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
酒壺から金の一合升を咥えたダイダイが出てくると、それを見た虎千代は懐に手を入れながら畳を滑り、龍馬の前に行く。そこにダイダイはうねうねと行くと、虎千代が懐から出した雲脚に金の一合升を雲脚に乗せて、酒壺に戻る。
虎千代はすっと手を添えて雲脚を持ち上げると、膝を滑らせていち子に向き直る。雲脚をいち子に向ける。
「うむ、ご苦労。まずは三人の盃からじゃ、虎千代はそのまま待っておれ」
「はっ」
虎千代の見る先でいち子は金の盃に酒呑童子を傾けるが、虎千代の視界からではどれだけ注がれているのか見ることはできない。
——まだ油断はできない。
いち子の気変わりは突発的に起こるというのは誰もが知っている。吉法師や勝千代も油断なく酒呑童子を見ている。虎千代は二人の表情からいち子の気変わりを判断するしかないのだが、それはただの懸念でしかなかった。
いち子は酒呑童子をチョイチョイチョイと傾けて、盃の底を潤す程度に液体を垂らす。最後に、虎千代の持っている金の一合升を乗せた雲脚を前にして、金の一合升に向けて酒呑童子を傾ける。
チョロロロ〜、チョロチョロ、チョロ〜〜〜…………——
「いち子、入れすぎぜよ!」
「うむ。三郎の外出、東北の安泰、全て龍馬のおかげじゃ。大貢献には大•大盤振る舞いじゃ」
そんな論功行賞(?)を繰り広げている上座を見ていた翔は、布団を敷くのを杏奈に任せて厨房に行く。そして、いつでも料理を運べる準備をしていた真琴に、
「真琴さん。龍馬と美菜以外は上座にある料理に手を出していません。俺は上座の料理を取り分けますので、真琴さんは、用意してある料理を運んじゃってください」
「おすそ分けの儀式はまだ終わってないんじゃないの?」
「たぶん、いち子は、しずかとともえが死んだふりをいつまで続けていられるか見ているだけなので、他の座敷童を二人の死んだふりに付き合わせる必要はありません」
「よほどのご機嫌取りをしないと、しずかとともえには白天黒ノ米は返ってこなさそうにないわね」
そうですね、と苦笑いする翔へ「しょうがないわよ」と軽く返答し、料理を運んで行く。
「松田さん。私も手伝った方が良いですか?」
真琴を目で追っている杏奈の言葉に、翔は「いや」と言いながら左右に首を振ると、
「今日はばあさんと真琴さんに任せた方がいいかな」
「そう、ですか。……やはり私では気持ちが足りないようですね」
「ばあさんや真琴さんと比べたらダメだよ。気持ちの次元が違いすぎる。……もしかして、井上さん、手伝いたいの?」
「そうですが……何故そんな当たり前の事を聞くのですか?」
「いや、その……なんとなく……かな」
「気持ちが足りない私がおすそ分けという儀式に干渉して、どんな変化が起こるのかを見ようとしている、と思ったのですか?」
「…………」
そのとおり! とは言えるはずもなく、このまま黙っていても肯定に受け取られると思い、過去の自分から杏奈でもできることを思い出し、言い訳にならないように言う。
「井上さん。無礼講の時は上座の料理を食べ尽くさないと、いち子の機嫌が悪くなるんだ。小皿に取り分けたのをみんなにおすそ分けするからさ、井上さんは取り分けだけになるけど手伝ってくれないかな?」
「……わかりました」




