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座敷童のいち子  作者: 有知春秋
【中部編•想いふ勇者の義】
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【おすそ分けの儀式】が始まると、死んだふりをしているしずかとともえ以外の座敷童は一礼し、健と彩乃も頭を下げる。

 杏奈は携帯情報端末を片手に動画撮影を始める。当たり前だが、画面には翔と御膳台しか写っていない。美代に座敷童側からの撮影を頼もうと思ったが、ピリッとした場の空気から断念。『記録ではなく記憶に残すしかない』と思い、端末を畳に置いて、場に習って一礼する。

 配膳役を演じる翔は、おすそ分けがいち子の恥にならないように真剣な顔になる。すっと背筋を伸ばして作法のように立ち上がると、足音を鳴らさないように歩を進める。いち子の指差した左から二番目の御膳台を前に両膝を付けて、一礼。

「おすそ分けいたします」

「うむ、苦労をかける」

 と返してきたいち子に翔は笑みを向けると、御膳台に両手を添えて、ゆっくりと立ち上がる。下座に向いて一同からの視線を受けると、

「それでは、おすそ分けを始めます」

 一礼し、一同の一礼に合わせて頭を上げると、不意に、背後からいち子の言葉が届く。

「翔、『今日中に雨が止めば』、明日は相撲大会じゃ。土俵を温める貴一(きいち)次郎左(じろうざ)らにも、精をつけさせてやるんじゃ」

「かしこまりました」

「「誠心誠意、努めさせていただきます」」

 中二病の貴一と金時の付き人の中で身長が一番高い次郎左が頭を深く下げると、二人の横に並ぶ【大悪童】や金時の付き人も後に続く。

 翔は腕を伸ばして御膳台を持つと、八慶の前に行く。すっと膝を畳に付けて御膳台を手前に置くと、八慶の御膳台から空の器を取り、鯛の切り身が乗った器を八慶の御膳台に置く。続けて、膝を滑らせながら金時の前に行くと、厚切りの牛肉が乗った器と空の器を取り替える。

「八慶、金時、頑張れよ」

「翔殿。いち子のおすそ分けを配膳できるようになったと聞いてはいたが、ここまで心が成長しているとは思わなかった。翔殿が我らへ向けてくれた気持ち、ありがたく頂戴する」

「あの悪ガキがここまで立派に……っ……俺は、くっ」

 礼をする八慶の横で目頭を熱くさせる金時は、いち子へ向き直ると、

「いち子っ。本来なら、俺に、おすそ分けをいただく資格は無いっ。だが、こんな素晴らしく成長した翔の気持ちを見せられては、無下にもできん! 明日の一番を文枝様だけでなく翔のためにも飾りたい! アホタレの俺にはそれしか翔のためにできん事を許してくれっ」

 深く頭を下げる金時。

 いち子がうむと首肯すると、翔はほんのりと頰を紅くして照れる。

「金時、ありがとうな」

 翔は御膳台を持つと姿勢良く立ち上がる。八慶と金時の後ろにいる【大悪童】の五人と金時の付き人五人の後ろに回り込み、貴一には野菜天ぷら、次郎左には寿司、と器を取り替えていく。他の八人の御膳台にも、空の器を取っては各種惣菜や漬物などなど御膳台に置いていく。

 翔の晴れ姿を見ていたいち子は、ふと、金時の隣で頭を下げ続けている貫太が視界に入り、首を傾げて訝しむ。

「貫太。どうしたんじゃ?」

「いち子、俺は……」

「いち子、貫太は頑張ったよ」

 貫太の言葉に被せて割り込んだ美代は、いち子の前にずずいと行き、ダイダイに噛まれている右手人差し指を貫太に向けると、

「東北座敷童は貫太の言葉で一つになったよ! だから、わたしは貫太を八童に推薦する!」

 ギュッとダイダイを握り、そのまま拳を掲げた。

「…………」

 握り潰されてぐったりするダイダイに、狸の置物はとぼけた表情から哀愁を漂わせている。

 そんな三郎とダイダイを気にしているのは人間だけで、座敷童の視線は貫太に向けられていた。

 貫太は身を乗り出すように片膝を上げて「美代っ、俺に八童は……」と内心に溜めていた重責という不安を吐き出そうとした、が。

「貫太は、俺が八童、東北座敷童はみんなで八童だって言った。わたしもそう思う」

 美代は、貫太の内心にある不安はみんなで背負うものだと言って、貫太にそれ以上を言わせない。

「貫太を八童に……のぉ」

 いち子は偉そうに腕を組む。チラと前を見て、何度も頷いている巴四天王を視界の端に入れながら、死んだふりしているともえを見る。

「ともえは、東北の八童は八慶じゃと言っておったんじゃがのぉ」

「…………」

「いち子、きっとアレだよ、ともえは八慶といられるのが照れくさくて、ツンツンしちゃったんだよ」

 脈絡のない言葉にブッと吹き出すともえとうんうんと頷く八慶。そんな二人の反応などどうでもいいと言うように、美代は更に貫太を推す。

「やっと八慶と一緒にいられるのに、またツンツンして心にもないこと言ったんだよ。ツンデレだよツンデレ、間違いないね! だって、どう考えても八慶より貫太の方が強いし、信頼があるし、何より八慶は日焼けしすぎだし!」

「私の肌は生まれつき褐色なだけだ。それに、信頼の無さは認めるが、私よりも貫太の方が強いとは聞き捨てならない」

「あゝ?」

 ドスの効いた声音を発した美代は、いち子に見えないように八慶を睨む。その瞳は殺意やら何やら色々な負の感情が込められている、深淵の瞳。更に、右拳を八慶に向けると親指を上げて、箸を折るようにダイダイの首筋を折ると、こうなりたいのか? と言わんばかりに八慶へ向ける。

「八慶、誰の見た判断が、間違っているのかな?」

「うむ。私の判断が間違っていた。いち子、私は貫太より弱い」

 八慶は間髪入れず訂正する。

「ワタキは八慶の方が貫太より強いと思うんじゃが。そうじゃのぉ……貫太を八童にするなら後見人が必要じゃな」

「そうだね!」

 いち子の言葉にパッと深淵の瞳を消して、クルッといち子に向き直ると、待ってましたと言わんばかりに、

「いち子、わたしとお姉ちゃんが後見人をやるよ。うん、八慶も八童を辞退したし、金時なんて論外だし、わたしとお姉ちゃんが後見人の貫太が八童に相応しいよ。文句なしだよ。いち子、決定でいいよね!」

 矢継ぎ早に言葉を投げる。

「八慶、よいのか?」

「うむ。私に決定権(発言の自由)は無い」

「それなら貫太が八童(仮)じゃ」

「えっ、カッコ仮?」

「貫太はまだ未熟じゃ。八慶も(仮)の予定だったんじゃ。ダメなら東北もワタキの縄張りにするしかない」

「うん、カッコ仮で十分! わたしが鍛えてカッコ仮を取るよ! 八慶なんて鍛えてもカッコ笑にしかなれないから、貫太を選んだいち子の判断は英断確実だよ」

 意気込む美代に、うむと返したいち子は、懐に手を入れながら、おすそ分けを終えた翔へ視線を向ける。

「翔、貫太に大盤振る舞いじゃ」

「「「!?」」」

 座敷童一同は目を見開く。

 いち子が懐から酒呑童子を出すと、御膳台を元の位置に戻した翔はいち子を正面にして小声で言う。

「いち子、酒呑童子用の金の盃を用意してないけど、どうする?」

「三郎が持っておる」

「ほら、ダイダイ、取ってきて」

 美代の指の間からウネウネと脱出したダイダイは酒壺へ戻る。すっと頭を酒壺に入れてヒョコと顔を出すと、咥えている金の盃をいち子に向けた。

「感謝じゃ」

 と言っていち子が金の盃を受け取ると、ダイダイは酒壺の中に顔を突っ込んで、折式に雲の足が付いている台、雲脚を咥えて出てくる。

 翔はダイダイから雲脚を受け取ると、いち子は雲脚に金の盃を乗せて、酒呑童子の蓋をキュポンと抜く。

 いち子が酒呑童子を金の盃に向けて傾けると、翔は小声で、

「貫太に飲める分だけだぞ」

「うむ、八童(仮)じゃからな。盃半分じゃ」

「そうだな……っておい」

「むっ、入れすぎたようじゃ」

「コレはまずいだろ」

「大丈夫じゃ。八童たるものなみなみじゃ」

「カッコ仮はどこ行った……」

 翔は額に汗を浮かべる。

 このまま盃を持って行ったら、貫太は盃にある酒呑童子を飲み干さないとならない。いち子の頷きにはいたずらな笑みも含まれているため、確信犯だろうと翔は思う。コレはおすそ分けの配膳役として止めるべきか、そんなことを悩んでいると、ひょいと顔を出してきた美代が当たり前のように軽く言ってくる。

「これぐらい貫太なら余裕だよ」

「マジか? フラグにしか聞こえないけど、マジか?」

「マジだよ、マジマジ。誰が貫太を鍛えていると思ってんの?」

「まぁ……そうだよな」

 怪しみながらも美代を信じることにした翔は、雲脚を持ち上げていち子に一礼し、貫太の前に行く。

 翔は両膝を畳に付けて雲脚を横に置くと、貫太の前にある御膳台を持ち上げて雲脚とは反対側に置く。

 八慶と金時は羨ましい視線を貫太に向ける。表情筋を引き攣らしている貫太に訝しみ、その視線の先にある雲脚、金の盃を見て表情を固める。

「か、貫太、東北座敷童の気合いを見せるのだ」

「金時、気合いではどうしようもない量だ。貫太、私達三人で分けるように言った方が身のためだ」

「どうした……?」

 翔はお辞儀しながらスッと貫太の前に雲脚を置くと、八慶と金時の反応を訝しみ、チラと貫太を見る。まずい! と思った時には遅い。雲脚を置いたからには引き戻せないため、貫太が盃にある酒呑童子——最高に美味いが分量を間違えて飲むと記憶がぶっ飛ぶノンアルコール酒——を飲み干さないとならない。美代へ非難する視線を向けるが、いち子と一緒に悪代官様と越後屋ごっこをしているようないたずらな笑みを浮かべている。

 ——美代、お前もかっ。

 と内心で叫ぶが、もう遅い。

 おすそ分けという儀式の際、こういう遊びを前もって阻止するのも配膳役の勤め。責任を持って自分が飲み干そうとも思うが、背中にビシビシ感じる美菜の視線が痛い。

 ——テメェの妹が余裕って言ったんだぞ!

 と内心で非難しても後の祭り。美菜に酒呑童子を飲む事を厳しく禁じられている翔に飲む事はできない。顔を引き攣らせている貫太に謝罪するしかなくなった。

「か、貫太、すまない。美代に騙された」

「大丈夫、大丈夫だ。翔が気にする事ではない。コレは、八慶と金時の喧嘩を止められなかった罰であり、いち子が今後の俺に向ける期待の量だ」

「そう言ってくれると俺は助かるけど、間違いなく期待の量ではなくいち子の悪ノリだ。美代と同じく確信犯だ。ここはいち子の悪ノリから切り抜ける事だけを考えろ」

「いや、必要、ないっ!」

 金の盃を両手で取って掲げると、いち子に向けて一礼。一同が騒めく中、金の盃を顔の前に持ってきて立ち上がる。

「仮とはいえ、八童になった日に生まれて初めて酒呑童子をいただけた。今日は俺の晴れ舞台、生涯忘れることはない!」

「貫太、まだ間に合う。晴れ舞台を生涯忘れることになるぞ」

「心配御無用!」

 翔に漢の顔を向けた貫太は、金の盃を口に付けて————


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