105 宮殿の外へ
ミオ「演奏会の楽器がハーモニカだけってちょっと寂しい気もするよね」
GM「(あなたのハーモニカはすでに魔道具超えて礼装の領域ですから、下手な楽器を伴奏させるよりよっぽどいいかと)」
ミオ「何か言った?」
GM「いいえ、なにも。演奏会お疲れ様です」
「こ、これは音姫様。どちらへおいでですか?」
「あー、暇つぶしの観光だよ。昨日と一昨日は結局この《コーラルパレス》から外には出てなかったからさ」
「そうですか。では幾人か案内の者をお付けしましょうか?」
「いや、いいよ。のんびりひとりで歩き回りたい気分なんだ」
「そうですか。――いやしかし、なかなかに難しいかもしれませんね」
「そう?」
「ええ。いまや音姫様は海都で一番の有名人ですからね。変装でもされますか?」
夜通しの宴会兼演奏会を終えた翌日もわたしは一日中音楽を奏でていた気がする。途中から意識飛んでて覚えてないんだよね。ジェード君がベッドまで運んでくれたらしいってのは聞いたんだけど。
そんなわけでさらにその翌日。海の底の街はどんなだろうと思って外に出ようとしたところ、レヴィアの住む宮殿の守衛さんに呼び止められた。
ちなみに彼の言う音姫というのがわたしのあだな? 二つ名? そんなものらしい。結構広まってるんだって。姫とかちょっと恥ずかしいよね。
それにしても海の底で乙姫と言えば竜宮城なんだけど、字が違うし亀に乗ってきた浦島が姫って言うのもなんだかね。
「変装って言っても何か道具とかあるの?」
「ええ、そうですね。帽子をかぶるだけでも目立たなくなるのではないでしょうか」
「海の底でも帽子かぶるんだ」
「地上から来た音姫様はご存じないのも無理はありませんね。この海都は大きく分けて二つの区画から成っています。一つが水区、もう一つが空区。空区はここのように海竜王様の魔法で地上と変わらぬ空気が流れております。この区画では我らも人族と同じように過ごしているのですよ」
「へぇ。じゃあ水区っていうのは海中で過ごすの?」
「はい、その通りです。我らはその二つの区画を行き来しながら生活しています。人によりますが、だいたい7日ごとくらいで生活リズムを切り替えますね」
「大変そうだね」
「なに、みな子供の時からの習慣ですから。――話が脱線しましたね。帽子ですが、空区では我らも人族と同じように衣服を着用します」
「水区では裸なの?」
「裸、というと語弊がありますけどね。人族のいう裸とは少し違います。我らの着用する服にファッション性以上の意味はありませんから。あなたの言う裸が我らの常態ですよ」
「ふーん、じゃあ帽子だけもらおうかな」
「分かりました。ああ、それと音姫様はくれぐれも水区にはお入りになられませんよう。人族では呼吸ができませんからね」
「はーい」
わたしは守衛さんから幅広の帽子を受け取り、宮殿の外へと出る。服装もレヴィアにもらった演奏会用の派手なものじゃないから、顔を見られない限りそうそうばれることもないと思う。
しっかし昨日までのステージと言い、変装して街に繰り出すことと言い、なんだかアイドルにでもなった気分だね。
――――――――――――――
「くそっ、真珠族の奴らめ、好き勝手しやがって」
「昨日も随分暴れまわってたんだって?」
「ああ、そのせいで俺は対応に追われて音姫様の演奏聞けなかったんだよ……チクショウ……」
「まぁ元気出せよ。一週くらいはこっちにおられるって海竜王様がおっしゃってたから、聞く機会もあるだろうさ」
「だといいけどよ……」
街中、酒場にて。思ったけど、この世界の酒場って屋外にあること多いなぁ。
とても現金なことに『真珠』という言葉にわたしの耳が敏感に反応した。……レヴィアの宮殿、珊瑚の宮殿の珊瑚にも反応しちゃったんだよね。宝石類が好きなのはもう認めるけどさ、もうちょっとどうにかならないかなぁ、わたしの耳。
ま、聞いちゃったからにはね。
「あのー、ちょっといい?」
「うん、なんだい嬢ちゃん。酒場は嬢ちゃんが来るような所じゃないぞ」
まぁそう言われるとは思ってた。わたしは目深に被っていた帽子を少し上げ、既に取り出していた【ジェードのハーモニカ・レベル690】を口元にあてる。
「お、音姫様……?」
んー、アイドルだったらどうするかなぁ。悪戯っぽくウインクして口元に手でもあててみよう。
「しー。お忍びだから静かにね」
「は、はい」
酒場で飲んでいたのは魚人族のお兄さんと、お酒の飲みすぎで顔が赤いお兄さん。顔が赤い方は魔物の革で作ったような鎧を身に着けている。兵士さんかな。
というか今話してる方の人も顔が赤くなってきたけど、種族の特性か何かなのかな?
「ちょっと話が聞きたくて。いいかな?」
「ど、どうぞ、私なんかで良ければ……。おい、お前も挨拶くらいしたら……って」
「うぷっ……もう飲めねぇ……」
「す、すみません音姫様。こいつ朝からずっと飲んでて潰れちまったみたいで。昨日と言いほんと間が悪いというか」
「あはは、いや、気にしないで。でもそうだなぁ、辛そうだし酔い覚ましくらいは、ね」
そっとハーモニカを口にあてる。ここ数日で随分と仕草も様になってきたなぁと自分でも思う。
ダイスロールはしなくていい。スキル《調律の調べ》を意識して吹くだけ。なにも劇的な変化は起こさなくていいんだから。状態異常:酔いを多少和らげることができればそれでいい。
数分の演奏ののち、酔いつぶれていた彼は目を覚ました。わたしたちの座っているテーブルにしか聞こえないような小さな演奏だったから周りにはまだばれてない。というか真昼間の酒場にいる人はそもそも少ないんだけど。
「や、おはよう。気分はどう?」
ミオさんが歌ってたら歌姫様だったんですけどね。ハーモニカという楽器の都合上歌は歌えず。その結果聞きなれない音姫様に。まぁ海の底だしいいかと。




