第2話 魔法パニック
「んん……」
俺――鬼京 港が起きたのは曇っていた時間帯だった。
寝たのに頭が痛い。昨日の事を引きずり過ぎたんだ。
昨日、あの後俺は兼古に電話できなかった。怖かったのだ。
もし電話をしたとして、兼古は応答してくれるのだろうかという不安と恐怖で中々通話ボタンを押すことができなかった。
でも、今日ならいける。いつまでもビクビクしてられるか。
そう意気込んで通話ボタンを押すも、「ネットワークに接続されてません」と出て通話ができなかった。
「は?」
ネットワークが接続していないだと。昨日までちゃんと接続されていたのに。
「まさか、『魔法のリモコン』は友情の次にネットワークを消しに来たのか…………?」
そんなふざけを入れながらも、リモコンは普通に机上に置いてあった。
昨日俺が置いた位置、角度のまま。
そうして何度も何度も通話ボタンを押すも、全て「ネットワークに接続されてません」で突き返されてしまった。
この現象を調べようと検索アプリで調べようとするも、こっちでも「ネットワークに接続されてません」で突き返される。
「チッ、何だよこれ」
だが、今日は魔法のリモコンを修理屋に聞いてみようと外へ出かける予定だった。一緒にスマホも見てもらおう。
不幸中の幸いだな。
時計にふと目をやると午前十時だった。
「まあいい時間だし、行くか」
久々の外。もう一週間は外へ出ていなかったか。
*
簡単に身支度を整えた。
上下黒服にマスク。背負いのリュックに魔法のリモコンとスマホを入れ、修理屋へ向かった。
家の扉を開けると、まばゆい太陽の光が出迎えて来た。
一週間ぶりの日光というのは実に眩しいものだ。
少し怯むも、俺は何とか玄関から出てこれた。
そこで俺は異常な光景を目にした。
人も何も気配がない。
俺が住んでいるボロアパートは住宅に囲まれた場所に建てられている。
普段なら子供の声とか走行する自動車の音が聞こえるのだが、今日は微かにもそれが聞こえない。
「今日休日だぞ……」
不自然な光景に足が固まる。
もしかしたら都市部の方に人が沢山いるのかも知れない。
そうだ、きっとそうだ。
プラスに考えよう。何も今日から不思議な事が起こったわけじゃない。昨日も一昨日も、不思議な事ばかり起こり続けているだろう。
そう考えていると膠着した足が再び歩けるぐらいには軽くなった。
ボロアパートを出て、道路の方まで出て来た。
相変わらずの静けさ。耳鳴りがするほどだ。
昔、ここに住んでいたことがあるが、休日はいつも騒がしかった思い出がある。
子供の声、行き交いする車の音、様々な音が耳に入っていた。
しかし今は、全くと言っていいほど人の気配を感じない。
きっと都市部へ出たとしても、この光景は何も変わらないと思う。
インターネットが接続しないのと、この静けさは何か関係があるように感じる。
まさか魔法のリモコンのような魔道具、魔法が日本に流れ込んでパニックになったのか。
「ああ、こっちか」
分かれ道を右に曲がろうとした時、その音は突如として聞こえて来た。
「ガルルル……」
微かにだが、唸るような声。人間が到底出せるような低い声じゃない。
動物が威嚇の時とかに使う声質だ。
俺はその声だけで全身が身震いし、急いで右側の壁に張り付いた。
鳥肌が立っている。
(今の声は…………)
固唾を飲んで、声の在り処を探した。
確か俺が曲がろうとした道から聞こえて来たはずだ。
ならきっと、俺が張り付いている壁のすぐ後ろに、奴はいる。
「グルルルル……」
さらに低い声だった。まるで腹の虫が鳴ったような恐ろしい声で。
ゆっくりと後ろの光景を見た。
後ろの光景、それは散らかされたゴミが道や壁につき、まさに地獄絵図だった。
そして、黒い毛皮を纏った狼…………いや、野犬か。車のライトのような明るい光を金色の目から放っている。口からあり得ないほどヨダレを垂らし、地面に落ちている。
一体だけども相当な迫力だ。
それが何体、何十体もいるぞ。間違いなく戦って勝てるわけがない。
「あ……あれ?」
本能的恐怖……壁に張り付いたまま、体をビクとも動かせない。
いち早く逃げなければならない状況で、こんな……。
どうする、一昨日までの俺だったら魔法のリモコンが機能してたから多分強気だったが。
スマホで助けを呼べず尚且つ魔法のリモコンも使えない。本当に絶望的な状況だ。
ならどうするか…………そうだ、引き返そう。別に修理屋への道はここを通らないといけないわけじゃない。
あくまで最短ルートだから通ろうとしたまで。
そうだ、そうしよう。
重い足取りを一歩と踏み出した。泥沼から這い上がるように、無理矢理に一歩一歩と踏んで言った。
俺の足下からドン、という音が響く。
最悪だ、こんな時にマンホールを踏んでしまった。
勢いよく鳴った、マンホールが踏みつけられた時に鳴る嫌な音。
見てなかった、というか見えなかった。
逃げるのに夢中で、マンホールの存在なんて見えてなかった。
「ガウッ!」
おいおいおいおいおい、なんか大量の足音がして来たんだが右側の方から。
スタスタと足音が近づいて来る。マジで俺が見つかったらお陀仏だぞ。勝てるわけがない。
(これ…………詰んだくねぇか)
潔く死を認めた時だった。
終わった、完全に。
「!! バウバウ!」
野犬は俺の存在を確認した瞬間、大きな声で吠えた。
それに続けて二体、十体、何十体も吠えてくる。
その声を聞いたのか、家の屋根から、家の塀かや、左側の通路から、何十体も出現して来た。
(おいおい、何体いるんだよ!)
ここでやられたら、間違いなくこの野犬等の餌確定だ。ボロボロになって死にたくない。
なら、一か八かだ。
俺はリュックから魔法のリモコンを取り出し、野犬等に向けて構える。
使えるかどうかなんて分からない。昨日使えなかったんだ。今日使えるかなんて保証は無い。
だが、死ぬぐらいだったら悪あがきぐらいしてやる。
「ガウガウ!」
野犬等は過去最高に高い声で吠え、四方八方から俺めがけて襲って来た。
まるで風のように素早い身のこなしで。
(一匹でもいいから、道連れにしてやる!)
覚悟はできていなかったが、覚悟はできていた。
電源ボタンを何回も何回も押した。が、やはり一体も消えることはなかった。
やっぱり魔法のリモコンは魔法のリモコンでなかった。
(終わった…………)
走馬灯を見る余地も無かった。走馬灯を見るには、あまりに一瞬だったから。
俺はゆっくりと、強く目をつぶった。
*
次に目を覚ましたのは、直射日光によって視界が赤くなった時だった。
徐々に目を開ける。
空は先ほどと打って変わって晴れやかだった。
太陽剥き出しで、眩しいったらありゃしない。
「…………ここ……天国か?」
「寝ぼけた事を言うな、馬鹿者」
声が聞こえた。俺以外の声が。
女性の声で、冷徹な声が俺の耳に響き渡る。
「…………?」
横を向くと、さっきと同じ道路、見慣れた光景だった。
しかし、見慣れない光景がただ一つあった。
さっきの黒い野犬の群れが、全員倒れているのだ。
「これは一体……?」
「全部私が倒した。君が襲われてたのでな」
まただ。またさっき聞こえた女性の声が聞こえる。
起き上がると、その光景がより異質な事を教えてくれた。
道路、壁、家、全部が滅茶苦茶になっている。
「なんだ……いや、なんですかこれ」
今度はその女性に向かうように話した。
「その前に……だ」
女性はそう言った瞬間、俺の方へ向いて刀を俺の首元まで近づけた。
(ほ、本物!?)
鋭い。何度も研磨しているのが嫌でも分かるほど綺麗だ。
唐突すぎる瞬間に、俺は驚き隠しきれなかった。
きっと顔に漏れ出ていただろう。
もしかして、なんか俺の中に貴方への敵対心とかありましたか。
一難去ってまた一難だ……。
女性は数秒睨んだ後、「よし」と言った。
「一体何を……」
「試したんだ」
「何を?」
「君が私の敵であるかさ。私は本物の表情と演技の表情を見分けることができる。もし演技の表情をしていたら、そいつには何か裏があると言う事、決して油断はできない。この緊迫した状況の中で演技をできるとしたら、それは相当な手練れだからな。だが、君は本物の表情を見せた。裏表ないリアクションを君はした。少しは信用できるようになったよ」
「馬鹿してますか……?」
「まさか、私は素直に感心しているんだよ。血なまぐさい人間が増えたこの世の中ではあまり見れなくなった本物の『驚き』と言う感情を見せてくれたんだ。正確には二割ぐらい信用できる」
「はあ……」
コイツ、相当ヤベえ奴だ。
「急に刀を向けられたら誰でもビビるだろ」と言いそうになったが、何とかそれは抑えた。
一言でも言おうものならあの刀で切られそうだからな。
「次は君の質問を返そう。これは野犬……まあ魔物の群れの仕業だ。私が倒した奴な。君がさっきまで見てた道路や壁、家全て奴等の魔法による幻覚作用だったんだ。餌を誘き寄せるためのな」
つまり、既に俺は魔法の被害に遭ってたって事だ。
これが真の「魔法パニック」ってやつか。
というか、彼女に聞きたい事が山ほどあって土砂崩れ起こしそうなんだが。
「え、魔法って生物にも宿るんですか……」
「一部の生物にな。魔力を大量に取り込んだ生物は魔力の耐性がつき、力が覚醒する、それが魔法。今回のは魔物の大群が大量の魔法を使って一人の人間に幻覚を及ぼしたのだろう」
「じゃあここに住んでた人達は?」
「殆どは土に還ったのだろう。今日で魔法パニック二日目。一日目には大量の死者が出たからな。一部の者は都市部で避難していると思うぞ」
「って言うか、俺なんで生きてるんですか……」
「君、さっきから質問攻めだな……まあ無理もないか。魔物に襲われていたと言うことは、この変わり様を見たのは初めてだと言う事だからな。私が君を発見した時、魔物の群れに集中砲火を浴びそうな時だった。一瞬の間に私が魔物の届かない場所へ君を置いて、魔物を全て斬ったのさ」
淡々とそう話す彼女は、まるで冷徹かの如く冷たく恐怖があった。
ていうか俺気絶してたのか……恥ずかしいな。
彼女の口からだけなので信じれるか分からないがそれは置いといて、とりあえずある程度の状況は掴めた。
魔物……随分厄介そうな存在だな。
俺は質問攻めで殺されるのを覚悟に、最後の質問をした。
「……っていうか、貴方は?」
一番大事な質問だった。それが今になってやっと口に出せた。
――彼女の見た目は、青髪のロングで、海のような透き通る鋭い青い瞳が特徴的だった。
腰に鞘を携えており、身軽そうな黒の服を身に纏っている。
片手には白銀色に輝く剣、いや刀を持っている。
俺と同い年かそれより下ぐらいの年齢そうなのに、まるで幾つもの死線を掻い潜って来た玄人のような風格を持っている。
正直怖かった。
「残念ながらその質問には答えられない。まだ君を信用していないからな。一応剣士とでも名乗っておこう」
「え、は、え、剣士?」
「……おい、今『厨二病』と思っただろ」
女性は、顔をしかめてそう言った。
「……ちょっと待ってろ。今刀を戻すから」
「え、あ、はい……」
『例え襲われたとしても、ピンチになったら刀を抜くだろう』
女性は小さく呟いていた。何を言ったのかは聞き取れなかったが。
女性は大きく深呼吸し、静かに目を閉じる。
その時、俺の周りの空気が流れるのを止め、彼女の周りから圧倒的な集中力が溢れて来た。
刀を鞘に戻すだけでここまで迫力があるなんてと、俺は黙って感心した。
女性は、踊るように美しく、そして素早く剣を鞘へ戻した。閉じた目を再び開ける。
「…………ハッ! だ、大丈夫ですかその怪我!」
「は?」
女性は俺の服を見てそう驚きながら言う。
確かに俺の服の胸元には赤い血のようなものが付着していた。しかしこれは野犬……魔物の返り血だろう。
血が付着している箇所から俺は何も痛みを感じないのだから。
とりあえず安心させようと口に出そうとした時だった。
(いや違う! そこじゃないだろまず! なんで今更これくらいの血で驚いているのかを聞くんだろ!)
女性はさっきまでの態度とは打って変わって、だいぶ臆病そうだった。
さっきより丸い目、つまり純粋そうな目に、今でも泣き出しそうな困り顔。
さっきまでは玄人そうな風格が漂っていたのに、今はそんなの欠片もない。
まるで別人のような変わり様だ。
「あ、あの!」
「キャアアアアア! それ以上動かないでください! その怪我が悪化したらどうするんですか! 安静にしててください!」
「せめて話だけでも…………」
「無理です無理です! もしかしたら他の所も怪我してるかも!」
女性は涙をボロボロに流してそう叫ぶ。
「さっきまでの、俺を助けてくれた時の態度はどこ行ったんですか……」
「え? さっき? ワタシ助けてませんよ?」
本当に不思議そうな顔をしてそう言ってくる。
ああ駄目だ。混乱してくる。頭痛が再発してきそうだ。
「は、え? だって…………」
「あ、もしかしてそのワタシ刀持ってませんでしたか?」
「持ってましたけど……」
「昔からそうなんですよ。ワタシ……柊木 陽雨って言うんですけど、刀とか剣とか、玩具の剣とかでも持つと性格が変わってしまって……」
「はあ……」
いよいよ厨二病患者だ。それも末期。
何かのトリガーで性格が変わったり能力が覚醒したりを妄想する奴。
「まるでもう一人のワタシがいるような感じで、刀を握っている時の記憶はワタシには全く無いんですよ。もしかして、もう一人のワタシに助けられたのでは?」
「……そうかも知れないっす」
俺は終始困惑していた。簡単な相槌しか打てなかった。
最初、俺が外に出てない間、俺の部屋だけ異世界へ飛ばされて、そこでファンタジーしているのかと思った。
その困惑を解消すべく、柊木に今日は何月何日で、現在の総理大臣は、ゲームという文化が存在しているのか、全て問い詰めた。
しかし柊木は全てを正確に答え見せた。
つまりこれは異世界なんかじゃなく、現実だった。
おかしいだろ、異世界の方がまだ納得できるストーリーを進めてる。
だが、現実だったのなら話は早い。どうしてこうなったのかを日本語で尋ねられるのだからな。
取り敢えずこの臆病な方の柊木に聞いてみるとしよう。
そして俺の持つ魔法のリモコンとは何か、何故突然として動かなくなったのか、この世界の崩壊ぶりは何なのか、全て明かして貰うとしよう。




