第1話 魔法のリモコン
その日は空が澄んでいた。陽光が木漏れ日となり、窓を介して部屋へ入ってくる。
それを鬱陶しく感じた俺は、黒一色のカーテンを開き、陽光を断絶した。
残るは視界が安定しないほど暗くなった自分の部屋のみ。
正直、こっちの雰囲気の方が俺は落ち着く。何か、自分の性に合っているような、そんな感じ。
デスクライトの明かりを点け、机に置かれた三十万のゲーミングパソコンを立ち上げる。
俺――鬼京 港はゲーマーだ。
ゲーマーになったきっかけは、「幼少期からゲームが好きだった、上手い人に憧れていた」ただそれ一筋。
本格的に始めたのは大学入学後からで、卒業した今はバイトを収入として生活している。
「いや、本当助かるよ毎度毎度」
『全然大丈夫だぜ。自分もやったことのあるゲームだし』
通話をしながらゲームに何時間も打ち込む、それが俺の練習方法だ。
相手の名前は兼古 知直。
最初は大学で知り合った。普段は殆ど噛み合わない真逆の性格だが、ゲームのことになると何故か意気投合する、不思議な関係を持っている。
兼古はシューティングゲームが得意だ。どんなシューティングゲームでも、一回プレーすれば、実力と冴えた勘で常人以上の戦績を叩き出してくれる。
今日も今日とてエイム練習のお世話にさせて貰うつもりだ。
何度か大会にも出場経験がある。個人戦や団体戦、幅広く。
しかし、今まで大会で優勝はおろか四回戦以上進出したこともない。
負けるのは悔しいし悲しいが、「まだまだ伸び代がある」と必死に自己肯定している。
プレースキルを高め、目に見えて自分が強くなってるのを体感するのは嬉しいし楽しい。
俺にとってやり甲斐のある仕事だ。
「ナイス、結構ブレなくなったかも」
『なら良かったわ。あ……ワリ。そろそろやめるわ。今日の夜、同僚と飲みに行く約束しててさ』
「もうそんな時間か。またな」
『うん。じゃ』
俺と兼古の差、それは確立した仕事を持っているかそうでないかだと最近痛感する。
兼古は大学生の時から資格勉強を続け、最近公務員試験に合格したらしい。
同僚とも良い関係を持てて、休日は俺に付き合ってくれる。
ここまで人生が成功している奴、そうそういない。
対して俺は、いつまでも幼少期の夢に囚われてゲームをして。未だ安定した生活を送れていない。
バイトの給料をゲームに投資し、それでも実力が実らない。今では仕送りで生活費を何とか紡いでいっている。
交際関係も人生でゼロ。
ふと時計に目をやると、エイム練習を始めてから五時間が経過していた。
この五時間、社会人なら一万円ぐらい稼げている時間だ。
ゲーマーとして生計を立てるには、優勝賞金やゲーミングチームに入って収入を得なければならない。
しかし、今現在そんな希望なんて微かにも見られていない。
「働く、べきなのかな……」
ふとそう溢してしまった。
部屋の辺りを見ると、ゴミ袋が何個も置いてあって、そこら中に何枚も散らかった服。
台所は洗い終わってない食器で溢れ返っている。
社会人として一般に働けていたら、きっと整理する時間もあって、こんな一部屋しかない小さなボロアパートを借りることもなく済んだだろう。
「なんか暗くなったな。まあいいんだ、俺は俺なりの生活を続ければ」
この時の自分は本当に楽観的だった、今でもそう思う。
まるで現実逃避でもするかの如く、ベッドに寝っ転がり、テレビのリモコンを持った。
俺の趣味は「テレビ観賞」だ。
ニュースやバラエティ、ドラマなど様々なジャンルをよく見る。
何時間もゲームをやることで「ゲーム脳」になってしまう自分を現実へ戻す効果としては抜群。
常にテレビは驚きと興奮を与えてくれる。
リモコンをテレビに向けて構える。そうして電源ボタンを押した瞬間のことだった。
「…………は?」
電源ボタンを押し、一度の瞬きをした間に、テレビが丸ごと消失していたのだ。
テレビを置いていた棚のみが残り、天板は綺麗なスペースができていた。
錯覚などではない。確かにあの大きなテレビが丸々消失したのだ。
目を擦っても擦っても、テレビは現れない。
常人ならこんな時、慌てふためいたりテレビの行方を探すことだろう。
だが俺の場合は違った。ゲームのやり込みすぎでゲーム脳にになっていたこともあるだろう。
「間違いない…………これは、このリモコンがやったことだ……」
確証もなければ根拠もない。だが直感的にそう感じたのだ。
常にテレビは驚きと興奮を与えてくれる……まさにその通りだ。
実際に今、俺はそれを体現しているのだから。
何だ、何があった、このリモコンは何を起こしたのだ。
昨日までただの、ごく一般的な家庭用のテレビリモコンだったお前に何が起きたんだ。
試しに机に置いてあったコップに向けて電源ボタンを押してみた。
また一度の瞬きの合間に、コップが丸々消えていた。
間違いない……このリモコン、本物だ。
消したい物に向けてリモコンを構え、電源ボタンを押すことで目の前から消すことができる。
好奇心でリモコンの中身を分解してみた。
技術分野に精通していたわけではないためそう詳しくは分からない。だが、特に目立った箇所はなかった。
普通の構造をしたテレビリモコンだ。
もっとドカンと異物が混入していたら話が早かったものの。
電池ボックスの方も覗いては見たものの、至って変わらない。
電池の方に何かあったのではと考え、他の電池製品に入れて稼働させてみたものの、何ら異常は起きなかった。
何も収穫はなし、そう思っていた。
電池ボックスが空のままリモコンを持っていた。
その時、間違えて電源ボタンに指を当ててしまった。
ビックリした俺は急いで指を離したがもう遅い。
偶然前に置いてあったテーブルを消してしまった。
この件で俺は、二つ驚かされた。
一つ目は「電池が無しでも稼働する」と言うこと。
電池ボックスが空だった状態のはずなのにも関わらず、リモコンは動いた。
つまり、このリモコンの原動力は「電気」ではないというわけだ。
だが、このリモコン内に他のエネルギーが入っているとも考えにくい。
空気中の熱や酸素などをエネルギーにして稼働している、と考えるべきだろう。
二つ目は「消去は一つにしか適応されない」と言うこと。
リモコンの前に置いてあったテーブルが消された時、机上に置いてあった時計や本は宙に浮いた。
最初はそれらもいずれ消えるのでは、と考えていたのだが、そのまま地面に落ちて終わった。
そこから音沙汰なし。
このことから、消す対象と関わりのない物は消去されない。
つまり洗濯機を消去した時、洗濯機の部品は消えるが中に入っている洗濯物は消えないと言うこと。自論ではあるが。
これは思わぬ収穫だ。ラッキーとでも捉えておこう。
しかし、このリモコンは一日の間にどうしてここまで変化があったのだろうか。
昨日、突然異世界に召喚されて最強スキルでも手に入れたのかというぐらい現実離れしている力だ。
非科学的な力……まるで魔法、いや「魔道具」だ。魔法のリモコンとでも呼ぶべき代物。
これはきっと、神様から俺へのプレゼントだ。この魔法のリモコンを使って新たなる人生を踏み出せというメッセージが込められた物だ、そうに違いない。
よし、そうなったらまずは早速、この汚い部屋を整理する。
この散らかった部屋を整理整頓された美しい部屋に蘇らせるのだ。
そう考えてから実行に移すまで、時間はかからなかった。
俺は不要だと感じた物を手っ取り早く消していき、みるみるゴミは無くなっていった。
一時間後、俺の家はホコリ一つないほどの清潔感のある場所へと様変わりしていた。
なんか、部屋と一緒に心が洗われた気分だ。
あとは簡単な水拭きだけだ。
*
次の日、起きたのは太陽がまだ昇る前の時間帯だった。
体を起き上がらせ、部屋中を見た。
磨かれて反射するほどまで綺麗になった床。余分な物がなくなりできたスペース。水垢もなくなった窓。
空気が美味い。ここまで澄んだ空気を吸うのは久しぶりだ。
あの後、魔法のリモコンができない食器洗いなども、何故かやる気が湧いてきて昨日で終わらした。
つまりもう汚い箇所は無い。
ザ清潔な家の出来上がりだ。
いや、本当にこの魔法のリモコンがなければやる気にもならなかったことを一日で片付けることができた。
感謝しかないな、このリモコンに。
俺はこの感動を伝えるべく、変わったこの部屋の写真を撮り、兼古に伝えた。
「生まれ変わった」という文言を添えて。
すると、直ぐ様兼古から返信が来た。
「つい前まで『これが俺の生き方』とか言って汚い部屋晒してたのに。どんな風の吹き回しだよ」と呆れた感じにメールを送って来た。
まあそうだよな。つい最近まで怠惰だった俺の生活が一変したんだ。
そんなメールが来た後、すぐに電話がかかってきた。
「おいおい、そんなに異常かよ」
『当たり前だ。家事代行サービスでも頼んだのか?』
「んなわけないだろ。急にやる気が湧いただけだ」
『何だよそれ。笑える』
そんな風に見られていたことに軽く苦笑いし、早速俺は本題へと入った。
「あのさ兼古、この世界に『魔法』ってあると思うか?」
その質問に対して、兼古は少し悩んでいた。
口に出したのは数十秒経ってから。
『分からん。だが、あるんじゃないか? 世の中にある未解決事件や不可解な現象っていうのは、魔法とは限らずともそれに近い力が働いているんだと思う』
「じゃあ、俺がその『魔法』を持っているって言ったら、どう思う?」
『…………とうとうゲームと現実の区別がつかなくなったんかって思うわ』
この質問は即答だった。十秒もかからず、笑いながらそう言った。
「なんでだよ! 魔法は存在するって思ってんじゃなかったのかよ!」
『いやいや、もし仮に持ってたとして、何故今まで話さなかったんだよって事になるだろ。話す場面は他に幾らでもあったはずなのにさ』
「いや、昨日手に入れたんだよ。『魔法』としか言いようがない力を、リモコンが手に入れたんだ」
『リモコン……?』
兼古は戸惑った様子で聞き返してきた。
『リモコンって、電気機器を遠隔操作するあの?』
「ああ」
『それに魔法が宿ったって?』
「ああ」
『…………お前、頭でも打ったのか?』
「ああ……いや違うわ。正常だわ」
『まさか、そのリモコンで部屋を整理したのか?』
「そうだ。便利過ぎる力を持っててな。まさかの『物を消す』ことができるんだ。電源ボタンを押すだけで、目の前の物をな。魔法としか言いようがないだろ?」
『…………写真とか動画とか、何でもいいから現物見せてくれよ。正直、お前がこんな嘘つくなんて信じられないからな』
「ああ、分かった」
そう言って俺はビデオ通話に変え、魔法のリモコンを持った。
目の前には要らなくなった紙、一枚。
『おいそれ、前にミナトが貰った求人広告の!』
「まあまあ、見てなって」
紙に向かってリモコンを構えた。
少し息を整えて、電源ボタンに親指を置く。
親指に力を入れ、ボタンが沈み込んだ。
昨日と同じなら、これで紙が消えるはずだった。
『…………おい、消えてないが?』
「……え?」
おかしい。昨日なら電源ボタンを押してから三秒も経たずに消えるはずなのに。
確かに目の前には紙があった。紙は消えず、何秒も何秒も過ぎていく。
『まさか、ドッキリとか何か? 自分の反応を伺ってるのか?』
「そんなまさか! 俺は至って真剣で……」
たが事実、リモコンの消去は反応しない。
『……俺を馬鹿にしてんのか?』
「…………」
何も言い返せなかった。これ以上は言い訳になるし、全ての言葉が無駄で返されてしまう。
結局、兼古は信じてくれなかった。
「ゲームのしすぎで幻覚でも見たんだ」「部屋が綺麗なのは親を呼んだりとかしたんだろ」と言い残して通話を切られてしまった。
確かにその通りなのかもしれない。
ゲームばっかりして安定のない生活を送っていた俺の脳が焦って幻覚を見ていたとか。
だが事実、テレビは棚へ戻ってはいない。この清潔な家もだ。
この景色は幻覚ではなく現実だと言うのに、唯一リモコンだけが反応しない。
「何なんだよこのリモコン…………!」
このリモコンのせいで兼古とは険悪なムードで終わってしまった。
まさか、このリモコンには制限があるのか。
まるでスマホの容量のように、消去した物を溜め込んだ分動作が重くなり、やがて使えなくなるとか。
だとしたら詰みだ。俺はこのリモコンが消去した物を戻す方法を知らない。
試しに色々なボタンを押してはみたが、電源ボタン以外は反応なし。
「最悪だ…………」
このリモコンによって、俺の交友関係まで消されてしまった。
その日はゲームをやろうにも手が付かなかった。兼古の事が頭でグルグルグルグル回り続けて、それ以外の事が何も。
テレビを見ようにも昨日消したのだから買い直すしか他に方法はない。
ベッドに寝っ転がり、俺は呆然としていた。
いつの間にか夜になっていて、気付いたら意識はプツリと切れてしまっていた。
「このリモコンは、何だったんだよ……」
最後まで考えていたのはそれだけだった。
しかし、リモコンの正体は明日、知ることとなる。




