【階位なし】の忌み子と、退屈な儀式
パキンッ、という甲高い音が響き、全校生徒が見つめる前で、私が触れた『階位測定器』は粉々に砕け散った。
「あーあ……」
私は思わず、小さくため息をつく。
手のひらから伝わった微かな熱。その直後、測定器である巨大な古代魔石の内側で、真っ白な光と、漆黒の闇、そして禍々しい赤色の三つの光がぐちゃぐちゃに混ざり合い、耐えきれなくなったかのように破裂したのだ。
足元に散らばったガラスのような破片を見下ろしながら、私は眠気に逆らうようにゆっくりと瞬きをした。
入学式のメインイベントであるこの儀式。ただ石に触れるだけで終わると聞いていたのに、まさか壊れるなんて聞いていない。
『階位』。
それは、多種多様な種族が集うこの「特級学園」において、そしてこの世界において、個人の絶対的な価値を決めるただ一つの基準だ。
魔族、天族、妖族。生徒たちは生まれながらに体内に宿す『マナ』の質と量を、この魔石によって10から1までの数字で測られる。数字が少ないほどマナの純度が高く優秀で、さらにその上位には、歴史に名を残すレベルの化け物たちにのみ与えられる『特級』という階位が存在するらしい。
けれど、今の私にとっては正直どうでもいいことだった。
生まれつき、私の中には相反する重たい力が三つも渦巻いている。ただ息をして、生きているだけで信じられないほどのエネルギーを消費するのだ。極度の燃費の悪さのせいで、立っているだけでも気怠くてたまらない。
「……はぁ。早く帰って寝たいわ。手続きのやり直しなんて、面倒くさくてごめんなのだけど」
欠伸を噛み殺していると、呆然と固まっていた教師が、ハッとして震える声を張り上げた。
「そ、測定不能……っ! ま、マナの波長が乱れすぎていて、基準値を全く満たしていません! シャルルは……最低ランクの【階位なし(アンランク)】と認定します!」
その声が静まり返っていた大講堂に響いた瞬間、張り詰めていた空気が弾け、爆笑の渦が巻き起こった。
「はっははは! 階位なしだと!? 測定器を派手に壊したから何かと思えば、ただのマナ暴走によるエラーかよ!」
特に大きな声で下品に嘲笑ってきたのは、最前列の特等席に陣取るグループだった。
その中心にふんぞり返り、勝ち誇ったような顔で私を指差しているのは、金髪で傲慢な顔立ちをした男。純血の吸血鬼であり、権力者の息子であるルシアンだ。
「そもそも異なる種族の血を混ぜるなんていうのは、この世界じゃ許されない禁忌だ! 混血なんて、マナを全く扱えない空っぽの身体で生まれるか、片方の優性遺伝だけを歪に引いて生まれてくるかのどちらか……。いずれにせよ身体は弱く、短命で死ぬ呪われた『忌み子』だ!」
ルシアンの言葉に、取り巻きの純血吸血鬼たちも同意して下品な笑い声を上げる。
「どこの馬の骨とも知れない、誰の血が混ざっているのかすら分からない気味の悪い忌み子が、まともな階位を持てるわけがないんだよ!そのうえお前は吸血鬼の血が半分流れているくせに、『血を飲むのは下品だから嫌だ』なんてほざいてるらしいな? 血も吸えない、階位すら持たない出来損ない。まさにお前は、誇り高き我が吸血鬼一族の恥晒しだ。そんな底辺のゴミが、俺たちと同じ特級学園の空気を吸っていると思うだけで吐き気がするぞ!」
周囲の生徒たちも彼に同調して、私を蔑みの目で見つめる。
純血至上主義の彼らにとって、混血である私……短命でひ弱な「忌み子」の分際で、吸血鬼のアイデンティティである「吸血」を本能的に嫌悪し、拒絶している私は、よっぽど目障りな存在なのだろう。
きつい香水の匂いと、彼らの体から微かに漂ってくるむせ返るような「血の匂い」に、私は思わず眉をひそめた。血の匂いを嗅ぐだけで、どうにも気分が下がる。
「……ふふ、そう。階位なし、ね。分かったわ」
私は前髪を軽く払いながら、ルシアンに向かって冷めた視線を向ける。
「それならもう、私の番は終わりよね。こんな退屈な儀式、もう帰ってもよろしくて?」
「なっ……! お前、自分の立場が分かっているのか!? このゴミが!」
私が一切の絶望も見せず、背を向けて歩き出したことが気に食わなかったらしい。ルシアンの顔が、屈辱と怒りで赤く染まる。
「俺を無視するな! お前のような忌み子は、この学園から今すぐ叩き出してやる!」
背後から、空気を切り裂くような鋭い殺気と、重苦しい魔力が膨れ上がった。
振り返らなくても分かる。あいつ、プライドを傷つけられた怒りに任せて『闇の術式』を練り上げている。
「ルシアン様! おやめください、相手は無抵抗……! 流石に学園内でそれは……!」
「うるさい! こいつは一族の恥だ、ここで俺が粛清してやる! 消し飛べ、『黒死の槍』!」
背後から迫る、純血エリートが放つ必殺の闇の術式。
空気を震わせながら飛来するそれは、ただの生徒が直撃すれば跡形もなく消し飛ぶほどの凶悪な威力を秘めていた。
「――危ないっ!」
周囲の生徒から悲鳴が上がる。
けれど、私は立ち止まることも、振り返ることすら面倒だった。
「……はぁ。本当に、埃が立つじゃない。少しは加減なさいよ」
ため息混じりに、私は歩みを止めないまま、背中に向かってほんの少しだけ……私の中に眠る力のひとつ、純白の『天力』を無意識に展開した。
シュンッ――……。
爆発音すら起きなかった。
ルシアンが放ったはずの巨大な闇の槍は、私の背後数ミリで展開された『白い光』に触れた瞬間、まるで最初から存在しなかったかのように音もなく浄化され、ふっと掻き消えた。
「…………は?」
ルシアンの手から力が抜け、間抜けな声が講堂に響く。
先ほどまでの嘲笑が嘘のように、何百人もの生徒がいる大講堂が水を打ったように静まり返っていた。
「お、おい……今、何が起きた? ルシアン様の黒死の槍が、消えた……?」
「いや、それより……あの光、どう見ても神族や天使が使う『天力』だったぞ!?」
「馬鹿な! あいつは吸血鬼の血が入ってるんだぞ!? 魔族が天力を使えるわけがない! 種族の理から完全に外れてる!」
背後でざわめきが恐怖と混乱に変わっていくのを感じながら、私は「やっと帰って寝られるわ」とだけ思い、そのまま講堂の扉を開けて後にした。
* * *
その一部始終を、大講堂の最上階にある来賓席から優雅に見下ろしている影があった。
艶やかな着物を着崩し、背後で九つの尾をゆらゆらと揺らす妖狐の美女――シラヌイだ。
彼女は持っていた細いキセルを口から離し、面白くてたまらないというように紅を引いた唇を歪めた。
「……ふふっ、ククク。傑作じゃな。吸血鬼の血を引く者が、天敵であるはずの純白の『天力』を無意識に、それも息をするように展開しよった」
シラヌイは、シャルルが消えていった扉を、値踏みするように目を細めて見つめる。
「階位なし、か。あの無能な教師どもの目にはそう映るらしいが……あの魔石が砕けたのは『マナがない』からではない。相反する力が極限まで圧縮され、測定器のキャパシティを遥かに超えていたからじゃ」
魔族の闇と、神族の光。決して交わることのない二つの力、本来なら体内に同居した瞬間に反発して弾け飛ぶはずの矛盾したマナを、あの子は平然と、ただ少し眠そうな顔をして内包していた。
トントン、とキセルの灰を落とし、シラヌイは妖しく、そしてどこか熱を帯びた瞳で微笑む。
「血を嫌う吸血鬼にして、世界の理を壊す忌み子……シャルル、か。ふふっ、退屈な学園生活の、最高に良い暇つぶしになりそうじゃのう」




