第三十八頁 夜の狼さん
狼は俺の姿を見ると、風と共に俺の頬を撫でながら部屋の中へと飛び込んできた。
俺はその風を追う様に部屋の中へ視線を写すと狼は足音も立てずに部屋を物色している。
改めてみると、本当に大きくて立派な狼だ。
きっと、人一人程度なら簡単に背に乗せて走ってしまうだろう。
「どうした? 考え事でもしてたのか?」
「え?」
狼は不意にそう呟くとこちらを眺めていた。
俺は思い詰めた様な表情でもしていたのだろうか?
見ると、彼は先程とは打って変わって優しい眼差しをこちらに向けている。それが犬科故の瞳なのかわからないが、どこか心を落ち着かせてくれる気がする。
俺は一度深呼吸すると、笑ってみせた。
「少し、自分の事を考えてました」
「そうか、自分の事か。人は存外、自分の事も理解出来てはいないからな……」
そう言うと、彼は犬のように床に寝そべってみせた。
随分と哲学的な事を言う狼さんだ……
今夜の雰囲気にはピッタリのお客さんだ……
俺は床に寝そべった彼を見て思わず微笑んでしまった。
どうやら、動物は心を落ち着かせてくれると言うのは本当らしい。彼と話すことで少しだけ気持ちが楽になった気がする。
「それで我が主様よ。俺はどうすればいいんだ? その本の中に入ればいいのか? それとも、アンタのペットとして、そこで寝てるモアナみたいに側に仕えればいいのか?」
「え?」
突然の事に言葉を失う。
そう言えば、なにも考えてなかった。て言うか、俺はこの場合どうするのが正解なんだ? まったくわからんぞ……
俺は思わず難しい顔を作ってしまう。そんな、俺の様子を見て、彼は溜め息を吐いてみせた。
「やっぱり、それもわからねぇのか。全く、お前さんはいったい何者なんだ……」
その言葉により、不安が再び頭を支配する。
本当に私は……
いや、俺は何者なんだ?
何者になってしまったんだ?
それとも、これから何者かになってしまうのか?
わからない、わからないことだらけだ……
俺は、思わず溜め息を漏らしてしまった。
「……それがわかれば、こんな苦労しませんよ」
ほんの少しばかりの沈黙の後に、彼の小さく優しい声が響いた。
「すまない、どうやら訳アリの様だな。なら、先ずはお前自身の力を見定めるといい。俺はそれがわかるまで、好きにさせて貰うさ……」
「え?」
思わぬ言葉に俺は再び言葉を失った。
俺自身の力。
俺は咄嗟にベッドに置いていた本に視線を向けた。そして、そんなコチラの様子を見て彼は促す様に呟いて見せた。
「ああ、召喚術について学ぶといい。魔術学園がいいだろうな…… あそこなら、ある程度の書物が自由に読める。まあ、お前の能力で生徒となると少し無理があるが…… そこは隠しておけば問題ないだろうさ……」
魔術学園、そんな所があるのか……
もしかして、そこに行けば俺の力について学ぶことが出来るかもしれない。それに……
元の世界に戻る方法も、何で俺がこの世界に来てしまったのか。その理由が見つかるかもしれない。
俺が何者であるのかも、わかるかもしれない……
そうだ、それが叶えば俺の悩みは一気に解決される。
「わかりました、魔術学園に行きます!! どこに行けば有るんですか、その学院とやらは!!」
俺の様子を見た狼が鼻で笑ってみせた。
「その前に学費だな、金はあるのか? あんなら問題ないが。無いなら金を貯めろ、話はそれからだな……」
「え、えぇ、が、学費ぃ……」
そ、そんにゃぁ。
学費なんて絶対払えないにゃぁ……




