第三十七頁 一難去ってまた一難
「アイラ!! 無事だったのか!?」
ザックさんが私の姿を見るや否や駆けよって来てくれた。そして、俺を上から下へ見ると、無事を確認したのか溜め息と共に肩を撫で下ろしてみせた。
「ザックさん、怖かったですよ~」
「だから行ったろ、スラムには行っちゃならねぇって……」
私が夜の暗さが余りにも怖くて、泣いているのに気付くと、彼はその指先で涙を優しく拭ってみせてくれた。
優しい……
って、おい!!
俺は男だぞ!! なに、乙女みたいな感情を心の中で踊らしてるんだよ!!
俺は、自分の感情が乙女に侵食されているのを痛感して、思わず震えが止まらなくなってしまった。
しかし、ザックさんはそんなコチラの様子を他所に、話をグイグイと進めている。
「兎に角、無事で良かった。お金なんて良いんだ。何よりも、君の命が大事だ、そうだろ? お金はまた稼げばいい……」
そう言うと、アルさんは俺の腰に手を回すと、優しく俺を抱き寄せて見せた。
きっと、俺を安心させてくれようとしているのだろうが、ぶっちゃけ、そう言う趣味は無いので気持ち悪い以外の何物でもない。
だが、なんかそう言う雰囲気なので、取り敢えず大人しくはしておく。
ここで変に拒んだら厄介なことになりそう。
ブリッ子しておくに越したことはないだろう。
「はいぃ。怖かったですぅー」
取り敢えず、泣き顔みたいな顔を浮かべておく事にする。
ザックさんは俺の顔を見て無言で頷くと、俺を自分の胸板に抱き寄せてみせた。
コ、コイツ。結構グイグイ来るな……
それに…… むっ、と汗のニオイがする。
「もう大丈夫だぞ、アイラ……」
ああ、なんと言うことでしょう。
俺は男なのに、男に抱かれております。
果たして俺はこれからどうしたら良いのでしょうか。
だが、そんなことよりも恐ろしい事に気がついてしまう。
俺は今、ザックさんに抱き締められることにより、心の何処かで居心地の良さ、安心感を感じている。
心の何処かと言うより、心の中の乙女が安心している。
これは不味い。非常に不味いぞ……
ど、どうしよう恐怖で震えが止まらねぇよ。
「大丈夫だ、アイラ。直ぐにギルドに戻ろう」
「え、ええ!! そ、そうですね!! 早く帰りましょう!!」
◇◆◇
俺はギルドに着くと直ぐに自室へと戻った。
長い夜は未だに続いており、窓からは月明かりが部屋を照らしている。ベッドのふもとではマシマロが呑気に寝息を立てながら眠っている。
俺がユヅキとか言う男と戦っていたのはどれ程の時間だろうか。
この長い夜はあと、どれだけ続くのだろうか。
不意に不安が心を支配する。
自分はこれからどう生きれば良いのだろうか。女として生きるのか。それとも自分と言うものを表に出して生きるのか。それとも、この自分と言うものは近い将来無くなってしまうのだろうか……
昼間はザックさんをからかって楽しんではいたが、アレは精神が肉体に引っ張られている証拠なのかもしれない。もし、そうだとしたら。今、ここにいる俺の精神はいつか消えてなくなってしまうのだろうか……
やっぱり、震えが止まらない。これから俺はどうすれば良いんだろうか。見た目は女の子なんだから、女の子として生きれば、一番収まりは良いのだろう。でも、中身は男だぞ。どうしても、男に迫られるのは抵抗がある。
だが、その抵抗の意思も心の何処かでは受け入れようと思っている乙女な自分がいる。確かに居る。
恐らく、この問に答えは出ない。
でもそれが怖い。
怖くて怖くて堪らない。
まるで、自分が自分でなくなってしまう様な、そんな感覚が恐怖と不安を増幅させる。
哲学的話をするなら『テセウスの船』と似た様な状況かもしれない。
俺は男としての人格を主として、今を生きてる。だけど、これから先、少しずつ女性としての人格が侵食していき、最終的に女性の人格が主となった時。俺は俺で居られるのだろうか……
それとも、別の何か……
アイラインと言う少女になってしまうのか……
俺は思わず頭を抱えてしまう。
こんな時、どう気分を紛らせたら良いのだろうか。
「はぁ……」
俺は堪らず溜め息を吐いてしまう。
月明かりが差し込む窓。そこから見える景色は西洋の世界を描いた様な景色だ。しかし、その空には異様に大きな月と小さく赤い月が浮いている。
どこか夢の世界。
ああ、この世界が夢だったなら、どんなに楽だったろうか。
感情から来る息苦しさからだろうか。俺は外の空気に当たろうと窓を開けた。
すると、頬を撫でる様に冷たい夜風が部屋に流れ込んで来た。心地よい風邪にほんの少し安らぎを覚える。
「おう、嬢ちゃん。考え事か?」
「え?」
不意に声のした方向に目を向ける。
その方向は屋根の上だ。
見ると、そこには一匹の狼が立って、こちらを見下ろしていた。




