②
龍王国リベロラベル。
一年を通して温暖な気候が続くこの国では龍を守護者と、神の使いと敬い、人と龍が互いに持ちつ持たれつ共に生きている。
そんな国内の、賑やかな喧騒が絶え間なく聞こえる王城へと続く中央通りから外れた位置にある一般民家二つ程度の慎ましやかな城。
台風でも過ぎれば潰れてしまいそうなその城は、今、現在、ナウ。吹き飛んでいた。
比喩じゃない、文字通り吹き飛んでいる。
建材に使われていたのであろう木材が宙を木の葉のように舞い、レンガや石などは雨の如く地を陥没させる。
幸いなのは、周囲に民家や人の往来がないことだろう。
さて、その台風の渦の中心そこを見れば二人の人物が痴話喧嘩をしている様が伺える。
片方は顔に刻まれた目を通る一本線が歴戦の勇士のそれを思わせる、黒髪の若者。
そしてもう片方は――……
「だから、何なのですかこの服はっ!」
そう叫ぶ、可憐な見た目の少女が身に纏うのは、いわゆる世間一般でメイド服と呼ばれるものだ。
白と黒のコントラストが映えるふりふりフリルのたくさんついた、可愛らしさ重視のもの。
もちろんスカートは膝よりも数十センチ上方である。
「なにって……そりゃお前……メイド服?」
一方的に責め寄られているほうの男の方はといえば至って平然としたもので、少女からの追及を飄々と受け流している。
「そ・ん・な・こ・と、言われずとも分かりますっ! 妾が言いたいのはどうして妾がこのような……従者が身に着けるような衣服を身に着けなければならないのかということです!」
少女、ご立腹のようで。
「ほら、あれなんっつったけ? 確か馬子にも衣裳、女の子にはメイド服っていうじゃん?」
「言いませんっ! それに妾は二種の性などを超越した存在ですっ」
「まあまあ、月に三度は女の子になれるならそれはもう女の子といっても問題ないさ。それに……文句言いつつもちゃんと着てくれるところが調教した甲斐が……あ、違った、――……マナフの良いところだよな」
「調教っ、今調教って言いました? 言いましたよね!?」
「なんのことだか、……っと、そんなことより、今回もまた派手に壊れたなあ」
青天井が見えるようになった天井を見上げ男――ライドは二度手を打ち鳴らした。
その音に呼応し、何処からか飛び出てくる金色の龍。
一度、雄叫びを上げたその龍は慣れたものだとばかりに城の復興作業に取り掛かる。
「うんうん、マナフが来てからバハムートも、木槌と木材の似合う立派な大工になったな」
グルルゥ……と、どこか不満げに鳴く金炎龍。
トンテンカン、トンテンカン……と、木槌の打つ音が響く。
「ちょ、ちょっと! それより、この服脱げないんですがっ?!」
「ああ、それな。それは……っと、あれは……」
ふ――、と突然彼方を見つめるライド。
その視線の先には緩やかな飛翔をする、蝙蝠の羽を持った毛玉状の生き物。
「オハイタツモノデゴザイマス」
ライドの目の前で止まったその生き物は何もない空間から落ちてきた一枚の紙切れを口にくわえ、ライドの顔へと叩き付けた。
「あいたっ! っ全く……この渡し方はどうにかならんもんかね。はいよっ、確かに受け取ったご苦労さん。気をつけて帰れよ」
「マイドー」
謎の生き物を見送り、受け取った手紙を見るライド。
「えー……っとなになに………………」
「あのぉ、さっきから無視してっ! もう一回このボロ家吹き飛ばしますよ」
「あーそれは止めてっやってくれや。せっかく直したのにムトちゃんが泣いちゃう。口調はよくなったのに本性はアレだね。ま、そこもマナフのいいところだと思うよ」
「なぜに上から目線ですか?」
「まあまあ、それよりも俺は今からちょっち出掛けてくるからいつも通りお留守番ヨロ」
「はい? え?」
「じゃ。行くぞムトちゃん」
そう、言葉を残したライドはバハムートの背に乗ると颯爽と飛翔、その場を後にした。
「あ……、あー、もうっ結局メイド服どうすればいいのよぉっ」
マナフの叫びが人気のないボロ城の中へと静かに反響した。
「…………」
誰もいない城内はシンと静まり返り物寂しい。
やることのなくなったマナフは詰まらなそうに金色の龍の去っていった方を一瞥すると踵を返した。
「……おなか、空きました」
マナフの向かった先は城の地下室にある食堂だ。
何度も破壊と修復が繰り返されてきた建物なだけあり食堂へと至る通路はどこも木造でありそのどこにも継ぎ接ぎが見られる。
しかしそんな中にあって、地下に作られた室内だけは手の付けられていない綺麗なままの作りだ。
料理を作るものなどいない空間は冷えて、静かなものだ。
そんな厨房に入ったマナフは勝手知ったる様で食材置き場にもなっている木箱の中を漁り、鮮度の落ち気味の食材を選ぶ。
「野菜ばっか、たまにはお肉でも食べたいですね」
愚痴をこぼしつつ木箱からランダムで取り出した主に緑中心の野菜を適当な大きさにカット。
それを熱した鍋に入れ、調味料で味を調えれば……完成。
皿に盛りつけたそれを一口パクリ。
途端に顔をしかめる。
「うげぇ~。にっがーい」
青臭さ、苦み、そして波のように襲い掛かるえぐみ。しぶみ。
「――――……ごちそうさまです。おえっ……」
グロッキー状態で食堂を後にするマナフの向かう先は寝室である。
マナフの寝室は城の離れにある小さな掘っ建て小屋だ。ただ薄っぺらい屋根と、隙間風の入りやすそうな壁が並ぶ小屋の中へとよろよろとした足取りで入ると中に乱雑に敷かれていた藁の上へと横に転がった。
倒れこむと同時に乾草の独特な香りが鼻に広がり、マナフを深い眠りへと誘い込んだ。
◇◆◇◆◇◆
「…………う、うーん……」
すっかりと日が落ち、暗くなった小屋の中で目を覚ましたマナフは大きく伸び、寝ぼけ眼をこすりながら小屋の外へと出る。
城に明かりは点いていない。
「あれ? まだ帰っていないのでしょうかね?」
いつもなら要件があってもその日の内に帰ってきて、小屋に寄るというのに。
「……もう寝たのでしょうか……。それにしてもなんだか嫌な胸騒ぎがします。一応顔でも見に行ってあげますか……」
別に心配で行くわけじゃないんです。と心の中で唱えつつ本館へと向かうマナフ。
城の中に足を踏み入れたマナフは明かり一つない建物内に、だがしかし人の気配を感じた。
「――――? あれ、帰ってきてるんでしょうか?」
気配は上階からのようだ。
普段からよく吹き飛ぶ上階に家具などはほとんどおかれていない、生活用品等のほとんどを地下に作った空間に置いているからだ。
それ故に、どうして上の階にいるのか?
不思議に思いつつも気配のする方へと足を運ぶ。
マナフの向かった先、しかしそこにいたのはライドではなかった。
「…………誰ですか、あなた達は?」
そこにいたのは見知らぬ、ローブに身を包んだ仮面集団。
「お前こそ誰だ? ここは奴の住処のはずだが……その恰好、侍女か?」
「いや、奴はここに一人で住んでいたはずだ」
「では彼女は一体?」
一人の言葉を皮切りに仲間内で話し合いを始めるローブ集団。
「あなたたち、ライドのお知り合いですか? 彼ならまだ帰ってないですよ」
外から落ちる月明りが彼らのローブに刺繍された、龍と、大鎌をモチーフにしたような紋様を照らした。
「……知らない人が家の中にいる、こんな時はどうすればよいのでしょうか。それは、教えてもらってなかったですね。知らない人が来ても出るな、とは聞きましたけど……」
さて、どうしたものか。とマナフが考え込んでいる間に彼ら、話が纏まったらしい。
「どうやらあの裏切り者の知人だか、恋人だか、知らんが関係者であることは変わるまい、連れてくぞ」
りーダ格らしき顔全体を覆う黒い仮面をつけた男が背後に立つ仲間達に合図を放つ。
合図を受けた連中が地を蹴りマナフへと肉薄、素早い動きで周囲を囲む。
「なんですか急に、不愉快なんですけど」
四方から伸びてきた手を掻い潜り、見躱し。冷静に対処。
「このっ、ちょこまかと……」
苛立ちを募らせたのか、一人が立ち止まり何事かをぶつぶつと呟いた。
言葉とともに男の体の周りに新緑色のオーラが立ち上る。
煙のように実体を持たぬそれは一度強く輝いたかと思うと次の瞬間意志を持ったかのようにマナフへと襲い掛かった。
「こんなゆっくりとしたもの、余裕で避けれます」
余裕を持ってバックスッテプをしたマナフ、だがしかし、マナフの足が地を離れた瞬間緑の霧の動きが見計らっていたように加速し、床一面に伸び広がった。
着地先にまで侵食していた緑の靄の中へとマナフの足が触れる。
「こ、これはっ、力が抜けて……視界が、揺れ……」
グラグラと揺れる視界に耐え切れず、地に膝をつくマナフ。
「っち、手間掛けさせやがって、まさかこの力を使う羽目になるとはな」
「というか、あんたが勝手に使ったんでしょ」
「まあ。そりゃそうなんだけどな。けど今は、こいつにかまってるよりも逃亡した裏切者の追撃だ。……で、こいつはどうするよ、誰が連れてく?」
手足が脱力し、意識も朦朧とするマナフの頭上でそんな会話がなされる。
「そうだな。では君が連れていけ。捕獲したのは君だしな――……
と、その言葉を最後にマナフの意識は闇の底へと堕ちたのだった。




