第32話 火山に棲むドラゴン
8話に修正を加えました。
『PKが禁止されている』と書いておりましたが、『表向きはPKが出来ないようになっている』と修正しました。
火山フィールドの中腹を過ぎた辺り。
なだらかだった傾斜が上がり、それに連れてモンスターの出現率が増えて来る付近でコーディーは漸く洞窟を発見した。
その中は薄暗く、外の明かりがなければ心許ない明るさだ。
奥へ進むには松明のような物が必要だろう。
松明をコーディーは持っていなかったが、明かりを確保するのであれば何も松明でなくても良い。
それであればストレージの中に"影光草"という植物が入っている。
その植物は夜間に第2の街【ツヴァイト】の外れに位置している森フィールドで採取できる物だ。
森の奥地に少し開けた場所があり、不自然に大きな岩が存在している。その大岩の陰で影光草は光を帯びていた。
この植物はその森フィールド以外では見かけたことがなく、生産職が素材集めに訪れたとしても奥地にはモンスターが多く、そう簡単には手に入れることができない。
何度目かの採取で判明したのだが、どうやら影光草は夜の間にしか出てこない植物で、しかも森フィールドのその場所に存在している岩陰にしか生えてこない。
何時か使えるだろうと採取していたのだが、今になって役に立つとは思っていなかっただろう。
闇の中で光を帯びるという影光草は、たとえすり潰されたとしても光が消えることはない。
一応、何を作れるのか考えつかなかったので調合は保留のまま植物の状態でストレージの肥やしになっていた。
故に植物のまま束になっている影光草をコーディーは取り出して見た所、洞窟内で辺りを明るく照らしてくれるのを確認できた。
(なるほど、他にも何かありそうですね。改めて鑑定してみましょう)
以前鑑定を試みたのだが当時の《鑑定眼》のでは最後の一文を読み取ることができなかった。
だが、今のレベル《鑑定眼 Lv28》ならどうなるのか。
コーディーは周囲を見回して安全だと確認してから影光草に《鑑定眼》を行使した。
『影光草』
暗闇の中で光を帯びる植物。
闇の中で光を帯びるという効果は、たとえすり潰されたとしても消える事はない。
光がモンスターをおびき寄せる事がなく、松明よりも比較的安全に明かりを確保できる。
今のレベルなら最後の一文が読み取れるようになっている事が分かった。
その文を見るに、今居る洞窟のような場所では有用なアイテムとなるだろう。
コーディーは今までストレージの肥やしだったアイテムが有用だった事に軽く驚き、コンパクトで且つ身につけるタイプのアクセサリーにこの光量をキープさせられたらと考えた。
そうすれば、両手が空いた状態で洞窟探索ができる。
このアイテムが手に入ってからそれなりに時間が経っているのだが、この植物の現在の位置はどれほどなのか疑問が浮かぶ。
【ツヴァイト】の鉱山には明かりが確保されているので、松明を使うことなどこの火山フィールドにある洞窟が初めてだろう。
もし影光草を持っているプレイヤーがこの場所に訪れ、自分と同じように効果を知れば、この植物は日の目を見るに違いないとコーディーは考えた。
これを売りに出せば多くのプレイヤーが影光草を求めて、殺到するだろうと予想がつく。
更に、加工済みでコンパクトにできれば少し値が張っても買う者は現れるだろう。
この先で同じように暗闇が立ち込める場所がないとは言い切れない。
だが、コーディーは商売をする気もなければ他人に自分の物をみすみす渡すなどする気が起きない。
多くの金銭が手に入ろうが高額だったアトリエは既に購入済みで、必要な物は基本的に自分で作成するので、金はそんなに必要がないのだ。
(影光草が日の目を見なくても、私だけが知っていればそれでいいでしょう)
そう結論を出したコーディーは持っていた草の束をストレージに仕舞うと、洞窟から出てドラゴンを探すため坂道を上がっていった。
「見当たりませんねぇ……」
急勾配の坂を上りきり、登頂口付近の時はまだ蒸し暑いぐらいだった熱気も今では肌が焼けそうなほどの熱気に包まれていた。
本当に汗をかかないことに感謝だろう。視界の端に映るHPをゲージが徐々に減っていることから、長いこの場所に居座ると危険だと伝わる。
耐性の付いている装備や、対処できるアイテムがなければ辛いだろう。
その中でドラゴンを探し続けていたのだが、中々広いフィールド内を駆け回っていても一向にドラゴンを見つけることはできなかった。
熱気を放つ噴火口を中心に広いエリアが3つに分けられており、その3つとも時間を掛けて回り終わった所だ。
「これ以上は無駄かもしれませんから、洞窟に戻りましょうか」
取り敢えず今回は諦めようとした時、他のプレイヤーがこちらに近づいてくるのが《索敵》で認識できた。
コーディーはドラゴンを討伐しに来たプレイヤーなのかと思いこの場を離れようとしたのだが、坂道を上がってきた4人のプレイヤー達はコーディーを視界に捕らえると迷わず彼の元へと向かって来る。
好意的ではないその瞳から思い当たるフシがあったコーディーは、丁度いい実験体が来たと内心で呟き彼らを待つことにした。
「その姿、コーディーさんで間違いないだろうか」
4人を代表してリーダーらしき白い甲冑を纏った切れ長の目をした青年が声を掛けてきた。
コーディーは前に造り上げた外面だけの笑みを浮かべ、目の前の青年に言葉を返す。
「ええ、間違いありませんよ。どのような用があり、私の下までいらしたのでしょうか?」
「貴方がPKを行っているという噂を聞きました。お話を伺ってもよろしいだろうか?」
「PKですか? ミリアドでPKはできなかったはずでは?」
コーディーは自身が既に何人ものプレイヤーをPKしているというのに、MWOではPKができないと言って自分が知る真実を隠した。
どうやら彼らはコーディーがPKをしたと言う噂を聞きつけ、ここまでやって来たようだ。
おそらく魔女コスプレイヤーのナタリアが大きな要因となっているのだろうと、彼は推測した。
ナタリアはそれなりに名のあるプレイヤーだ。
その彼女が掲示板に書き込みをしたのだろう。
そうすれば、事実でなくとも元々PKができるかもしれないと噂はあったのだから問題に上がる。
それに、他者を侮辱する行為はマナーを理解している者なら出来ないはずだ。
何故なら、その事が嘘であると判明した場合、責任は書き込んだ者へと返ってくるからである。
元々の周囲の評価もあり、ナタリアが自らの名を明かして書き込みをしていたとすると、ここに彼らが来たのも納得だろう。
彼らは騒ぎを大きくしたくないのか、それとも何らかの手段――例えばPKをする手段を持ち合わせており、そして正義感から態々火山フィールドまで自分を追って来ただろうとコーディーは考える。
「これを見て頂きたい」
白甲冑の青年はメニューから掲示板のウィンドウを開き、コーディーへと見せてきた。
そこには、ナタリアが自身の名を明かしてコーディーにPKをされた事とその状況が事細かに記されていた。
(やはり、彼女はナタリアというキャラクターに成りきれていませんね……)
直接対面した時に薄々感じていた事。
クールな魔女のプレイヤーだと過去に掲示板にて書かれていたのをコーディーは見たことがあった。
だが、あまりにも彼女の行動が稚拙だった事に彼は疑問を抱いていたのだ。
モンスターを利用してプレイヤーキルの様な事をした自分に堂々と近づいてきたのは、あまりに無防備過ぎたのではないかと。
それにただ、大量のモンスターを大勢のプレイヤーに仕向けたのが自分なのかどうかを確認しに来ただけ。
コーディーは思考を巡らせる。
(まるで成長しきっていない子供のようだ)
彼女にそう判断を下し、ナタリアについては思考の隅に弾く。
そして、目の前の青年に言葉を返した。
「なるほど、私がPKをしたと証言しているプレイヤーが居るのですか」
「これは証拠になりえると思っているのだが、どうだろうか?」
「それが事実かどうかは一旦置いておくとして、もし私がPKをしていたと仮定しましょう」
コーディーは一呼吸を置いて口を開く。
「それが禁止されている行為だと明確に記されているのでしょうか? そして、この世界に勝手に法でも作る気なのですか? 自分たちが自治をするべきだと勘違いをしておられるのでは? というのが私の考えです」
コーディーは、はっきりと彼らに言い放つ。
事実、プレイヤーをキルすることについて禁止をされていない。ただ、禁止されているように多くのプレイヤーが思っているだけ。
街中は戦闘行為禁止――初イベント時には解除されていた――で、攻撃に関することが出来ず、街の外でも他のプレイヤーに攻撃した所で衝撃は伝わらない。
PKを推奨というわけではないが、まだMWOはサービスが開始されて間もないのだから、当然甘い所はある。
後々アップデートが行われればPKに関する設定が追加されるだろう。もちろん、それは運営次第だが。
「運営側が何もしない以上、僕達プレイヤーがどうにかしなければいけないのです。折角皆が楽しんでいるのに、その輪を外れている貴方の行いは見過ごせません」
青年は強い口調でそう言ったが、その言葉からコーディーはGMコールをしたのだろうと推測した。
しかし、結果は現在の通り。証拠不十分なのか、対応をしなかったのか定かではないが、意味がなかったのだろう。
コーディーの言葉を聞いてもまだ納得はしていない様子の4人。彼らが向けてくる眼差しから、自分たちの正義を信じて疑わないのだと読み取れた。
故に、少し意地の悪い言葉を返す。
「もし納得がいかなければ、GMコールをすればいいのではないでしょうか?」
GMコールとはメニューに存在するヘルプの項目からプレイヤーであれば誰でも使用できる機能の事だ。
ゲーム内での問題を解決する為に利用する機能で、MWO上では運営に連絡を取り不具合についてや問題行為などを報告することで、プレイヤーのサポートやGM――ゲームマスターの持つ権限で罰を与えることが可能となる。
なので、PKが禁止行為であればGMコールすることでコーディーには罰則を与えられるはずだ。
場合によってはアカウントを消されるだろう。
コーディーの言葉を受け、4人は少し眉を顰めたが直ぐに取り繕う。
その様子から、先程の推測は当たっているとコーディーは心の中で呟いた。
彼と同じようにPKをして楽しんでいるプレイヤーは表に出ていないだけで、それなりにいるだろう。
その者たちはその者たちで自分なりに楽しみ方を決めている。
極悪過ぎないように一線を決め、その線からは出ないようにしているからこそ、大きな問題にはなっていない。
コーディーも誰かれ構わず目に入った者をキルするというプレイをしている訳ではない。
他者のモンスターを掠め取ったりはしたことがあるものの、それを頻繁に行うことはしていない。
その行為も、自分の疲労を軽減してモンスターを倒すという頭脳プレイをしたと言える。
だが、問答無用でコーディのような楽しみ方をするプレイヤーを、青年たちは追い出そうとしているのだ。
彼らの行いはただの偽善でしか無い。しかし、その事を口には出さなかった。
自分にこれ以上うるさく言う権利はないと思ったからだ。
「皆さん今一度、目を閉じて考えてみて下さい。多くのプレイヤーが居れば、考えやプレイスタイルは千差万別です。あまりに酷い行いは私も認められませんが、少しだけ許容してあげるのもいいのではないでしょうか?」
最早、コーディーは自分のことを語らずPKをする他のプレイヤーをある程度は許容しましょうと、話を脱線させていた。
相手を諭す様な口調だからこそ、彼の話に4人は耳を傾けている。
元の話はコーディーがPKをしたかしてないか、という物だった。
ここまでの話で青年たちがここに来たのは、コーディーの口から直接証言を取り運営に提出するか、掲示板にて他のプレイヤーに報告する為だろうと改めて推測をする。
コーディーは深く考えることをせず適当に言葉を紡ぎながら、後ろに回している手に取り出したモンスター誘引ポーションの中身を地面に零し始めた。
その液体はコーディーの白衣に隠れて、前に居る4人からは視認し辛い。
更にモンスターが出てくるかもしれないこの場で、4人は目を閉じていた。
どうやら、コーディーの話を聞き少し考えてみようと考えたらしい。
そんな彼らに対しコーディーは、着実に事を起こそうと、次々にモンスター誘引ポーションの中身を地面に零し、目的のモンスターを誘う。
今や彼は、青年たちをこの場に留めさせる事だけに集中していた。男女4人組の彼らをコーディーは最早、生贄としか認識していなかった。
酷い男である。だが、そんな自分のことだけを考えるのが、彼の描く『コーディー』というキャラクターだ。
この先、彼らだけではなく他のプレイヤーからもちょっかいを出されるだろう。
こちらに何かしてくるようなプレイヤーを利用するくらい強かであれば、他のプレイヤーから後ろ指をさされても気にならない。
自分を変えるのでなく、周りを変えればいいのだ。こちらを気にしなくなるように、ちょっかいを出されなくすれば問題はないのだとコーディーは内心で呟く。
PKは他のプレイヤーからすると悪質だと思われるかもしれないが、禁止とは記されておらず寧ろ、可能なのだというヒントを運営は出していた。
イベントの時に登場したクアラルーンという運営スタッフが持っていた暗器だが、あれの情報を《鑑定眼》で読み取れたのに違和感を生じる。
あのような武器はまだ発見されておらず、敢えて運営との距離をイベントの上位ランキング10位の者が縮められたのも、鑑定を使って情報を読み取らせる意図があったのだろう。
どのような考えであれ、運営はこの世界を楽しんでもらおうと考えているに違いない。
コーディーはただの悪質なプレイヤーではなく、禁止されていない事を行って自分なりにこの世界を楽しんでいるだけだ。
その事を理解しているからこそ、不安を感じること無く堂々とした態度で目の前の彼らへ対応している。
そして、青年たちに洗脳のような事を続けていると、コーディーは索敵範囲に探し求めていた存在が入ってきたのを認識した。
「そうですよね。彼らも彼らで、ミリアドの世界を楽しんでいるんですよね。僕たちはまだ子供だったようです。コーディーさんに言われなかったら僕達、道を踏み外していたかもしれません……」
青年は憑き物が取れたような表情で言った。彼の言葉に他の3人も頷いている。
既に彼らは何故ここに来たのか、完全に忘れてしまっていた。
良いように言いくるめられてしまったようだ。
その時、一際大きな地鳴りが少し遠くから響いた。
それに、青年たちは目を見開き驚愕の表情を浮かべる。
音のした方向に顔を向けると、そこには体長10メートルを超える巨大なドラゴンが翼をはためかせ、こちらを凝視していた。
赤い鱗を持ったそのドラゴン以外にはモンスターを見かけることがないと思っていたコーディだが、実際はそうではなく、モンスター誘引ポーションに引き寄せられたモンスターたちはドラゴンの餌食になっていたのだと理解した。
足元にいたリザードマンがドラゴンの大きな脚に踏み潰され、ゴーレムはドラゴンの凶悪な牙により噛み砕かれている。
そうして、他のモンスターを蹂躙しつつ、この火山フィールドのボスは速度を上げて迫ってきた。
「なっ、ドラゴン!?」
「早く逃げなきゃ! 私達じゃ太刀打ち出来ないよ!」
青年たちがその巨大なドラゴンを目にし、一目散に逃げようとする。
コーディーも驚愕の表情を貼り付けて、青年たちと下山をしようと足を動かす。
しかし、ポーションの効果で現在興奮状態になっているドラゴンは、大きな翼を動かしこちらへと飛んできた。
下りる為の道を塞がれ、目の前に降り立ったドラゴン。
いざ目の前にするとプレッシャーを感じてしまったコーディーだが、青年たちが動揺している様子を見て自身の感じていた物は直ぐに吹き飛んでいった。
周りが慌てていると、寧ろこちらは冷静になるということだろう。
巨体ということで迫力はあるが、そもそも戦う気はない。故にそこまで慌てることがなかった。
モンスター誘引ポーションは周囲のモンスターをおびき寄せるだけではなく、ヘイト――モンスターからの敵意を集める効果もあったりする。
コーディーの目の前には青年たちが立っており、彼らの後ろにコーディーは居る。
という事は、振り向かれなければ何をしているのかバレないということだ。
その状況を利用して、新たに取り出したモンスター誘引ポーションの蓋を開け、小瓶の中身を目の前に居る青年たちの装備に掛ける。
もちろん、バレないように少しずつだ。そうすれば、ドラゴンからの注目を浴びるのは彼らになる。
腹をくくった青年たちは各々武器を取り出し、コーディーも怪しまれないように腰に下げている短剣を抜いて構える。
「私は皆さんの援護を致します」
そうコーディーは青年たちに告げる。
その後、二言三言会話を交わして戦闘は始まった。
開始早々ドラゴンは耳を劈くほどの鳴き声を上げる。それにより、全員が一瞬足を止めてしまった。
(これは《咆哮》のスキルでしょうね)
硬直はしたものの直ぐに動き始めたコーディーは、様子見でただの投げナイフを数本投擲した。
しかし、ナイフはドラゴンの鱗によって弾かれてしまい、それなりの速度で放たれたナイフは地に落ち消滅する。
本気ではなかったが、かすり傷すら与えられないとは思っていなかった。
その事にコーディーは微かに顔を歪める。
この後は、圧倒的だった。
コーディーが有効そうな攻撃を爆弾以外に持っておらず、そもそも倒す気も無いので状態異常を与えることもせずに、ただ青年たちが蹂躙されるのを見ているだけ。
次々とドラゴンの爪や牙にやられ、直撃を避けたとしても大きくHPを減らされた所で少し溜めをした後に放たれた広範囲の炎をブレスによって、死に戻りをしてしまう。
「ああ、全員死んでしまいましたか。結構あっけなかったですね」
なんでもないかのように呟いたコーディーは巨体から放たれる攻撃を大きな動きで避けて見せ、その大きな的に各種状態異常ポーションを投擲した。
投擲した場所が悪かったのかドラゴンは毒や麻痺にならず、辛うじて掛かった状態異常は一定時間視界を奪うブラインドポーションだった。
突然視界が真っ暗になったドラゴンは縦横無尽に暴れまわり、見当違いの場所へ炎のブレスを吐き出す。
その隙きをついて、コーディーは戦闘から離脱した。
元々がドラゴンの情報を得る為の物だったので、結果としては上々だ。
倒せるようになったその時は、改めて挑もうと心の中で呟き、中腹付近の鉱山へとコーディーは全速力で逃げた。
ミリアドの内容だけではなく、イベントも織り交ぜて話を進めたいのだが、なかなか次のアップデートの話に行けない。




