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鏡界にて、第三の謎

 オレとピナは、アイツらと別れて、次の部屋へとやってきた。今度は狭い部屋だった。大きさは十畳ほどしか無かったが、それよりも、歪な装飾が部屋には施されていた。

「何だか、目がグルグルしそうです……わたしがいっぱい」

 入ってきた通路の側と、向かい側の面を除いた四つの壁面が鏡張りになっていた。ピナが口を開くたび無数のピナも模倣する。俺らがいる向かいの側には黒いドアがあり、ピナは誕生日プレゼントを与えられた児童のような調子で言った。

「あ、タマキさん。ドアですよ! ドア!」

 ピナは黒いドアの取っ手に手をかけて、押してみる。ガチャリと、鍵がかかっている音。

「……分かってましたけど、開かないですよね。分かってましたけど」

 残念そうに呟くピナ。本当に分かっていたの、と言おうとして、オレは口を噤んだ。

「そう簡単には、開けてくれないよ……ん?」

 ピナの方へと歩みよりドアを注視したところで、俺はある異変に気付いた。

 ドアの右――白く塗られた壁の一部がはげかけていた。塗装を剥ぐように、慎重にこする。

塗装は偽装で、剥げた壁の穴からはビームサーベルのような形状の物体が現れた。

「なんですかね?……これ……ライトセーバー?」

「ははっ、オレも同じこと考えていたよピナ」

 試しに中空に向けてからスイッチを入れると、ぼやけた薄紫の光が鏡を照り返した。

「ブラックライト?」

 語尾を上げて、ピナが首を傾げる。頤に手を当てて細い首を右に倒すピナの仕草はとても可愛らしい。余談である。

「これがあるってことは、逆に考えれば、部屋のどこかにこの光を当てることが脱出のための何らかの糸口を与えてくれるってわけだね」

 糸口とやらは、案外早くに見つかった。

 

まずは入ってきた通路の側、そこの白壁にキュートな天使の絵と悪魔の絵が描いてあった。

 まじまじと観察してみると、それらの横に小さなヒビがあったので、ピナにバールのような物を具現化してもらい、テコを使うといとも簡単に壁面は外れた。

「これは……また随分とデカいな。そこに立てかけておこうか」

 畳一畳ほどの鏡だった。小さな持ち手の突起が手提げになるような形でついている。

 天使の鏡を持ったピナが立てかける途中割りそうになったので、悪魔の鏡を持っていたオレは内心気が気でなくひやひやとさせられたが、ひとまず天使と悪魔の鏡を一枚ずつ、計二枚手に入れた。

 

 続いて糸口の二つ目、これは黒いドアの側をブラックライトで紫光を照射したところ浮かび上がってきた。

 ピナが目じりを細めてクスクスと笑っていた。この子は、本当に、笑顔が素敵だ。

「どうしたの、ピナ?」

「いや、何かあのおじさん頭に『神』って……ふふっ」

 そう、でこに『神』の文字を刻んだ変顔禿頭のオッサンが浮かんできたのだ。妙に凝ったデザインである。

そして、黒いドアにもある文字列が浮かび上がっていた。

「なんですかね? コレ……」


God

D[G]A∞B


一見、意味不明な文字の羅列。オレが頭を抱えてうーんと唸っている一方で、床に這いつくばっていた小動物のようなパートナーがスカートのすそをふりふりと揺らしながら言った。

「タ~マ~キ~くん! これ、床によく見ると穴が二つ開いていますですよ! これって……」

 ピナが立てかけてある看板に目を向けた。――なるほど。

 天啓舞い降りたのか、ピナは時々恐ろしいほどのひらめきを展開する。天性の想像力の豊かさというか、この子のここ一番の力は目を瞠るものがあった。

「ここには、天使と悪魔の鏡を差し込むのか! ならば……そうか!

 分かった! 全てこの部屋のネタが分かったぞ!」

 オレも、なんだかすがすがしい気分になり、喜びを禁じ得なかった。自然と自分がほほ笑んでいるのが分かる。

「オッサンの顔を前にして、左からAngelの鏡、Devilを合わせ鏡になるように差し込もう。

 そして、合わせ鏡の間にはGirl――つまりピナ、君が。Angelの鏡の横にはBoy――オレが立つんだ!」

 ピナが教えてくれたキッカケを活かし、オレはすぐさま解答を導き出した。

 前の部屋との境、青いドアに記されたトイレマークを思い出す。これは、男一人、女一人じゃあなきゃ解けない謎だったのだ。

「そういうことだったんですね! 凄いです、タマキ君!」

「いいや、ピナ。君のおかげだよ。君さえいなければ、僕は解くことが出来なかった……ありがとうな」

 お礼ついでに、気分が高揚していたオレはピナの頭を優しく、梳くように撫でてやる。赤面し、俯いたピナは小さく零した。

「ピ……ピナは、英語は出来ないから、やっぱり凄いのはタマキ君なんですよ?」

 オレらは、鏡張りの部屋に巣食う反発力を押しのけ、黒い扉の先をいく。

 傍らで意気揚々に、小さな幅でてちてちと続くピナとの冒険が、こんなにも楽しいものなのかと、オレは思った。【アイのお願い】なんてどうでもいい、いつまでもこの館で、とさえも一瞬頭をよぎる。


 しかし、楽しい時間の、終わりはまもなくやってきた。

 結果から言うと、次のドアを抜けた先、そこにある【黒い箱】を開いた時点で、オレは夢から醒めたのだ。

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