謎の手紙
「ひ・な・の~♪」
式島美紗は帰りのホームルームが終わるとすぐに、待っていましたとばかりの調子で席をたった。
「ふぇ? どしたの、美紗」
美紗の友人、校倉雛乃が応答する。
「いやいや、何ていうかさ。雛乃さんは別腹が減ってやしないかと思いましてね?」
「?……お腹、減ったの?」
雛乃は小首を傾げて聞き返す。
「いや、すいてんのはお腹じゃなくて、『ベツバラ』!」
美紗は時計の方を指さした。現在、午後三時半。
「あー」
雛乃はピンときたのか、バッグの中をごそごそと手探り、チョココロネを取り出した。それを美紗へと差し出す。
「おやつ?」
そう言う雛乃の屈託の無い笑顔に負け、「突拍子も無いこと言ってきたら、コイツ。おもっきしツッコんでやろう」としていた美紗の決意も脆く崩れ去る。
「……はぁ、まあいいや。そんでさ、雛乃」
「ん、なあに?」
「いや、この後って時間あるかなって。駅前にスイーツカフェが新装開店したじゃん?
だからもし暇だったら一緒に行きたいなーって。別腹とはそう言うことだよ、君」
腰に手を当て、美紗は得意げにそう零した。
「あ、しばらく工事していたのってそういうことだったんだ。うー……ちょっとお腹まわり気になってきているんだけど、ま、いいか! 行こ行こ、美紗♪」
「さっすが暇人雛乃。ノリ分かってる~!
それに、ストレスためる方が乙女の身体にはワルイことよ!」
最後の一言はただ甘味を食すことを正当化しているだけなのでは、と雛乃は一瞬思ったが口にはしない。
らんらんとスキップで廊下に出ていく美紗に続き、雛乃は帰り支度をまとめて教室を後にした。
「けっこー……食べちゃった」
短時間で変化するわけではないと分かっていても、どうしても視線はお腹にいってしまう。結局、雛乃と美紗でイチゴケーキをまるまる一個分ほど食してしまっていた。しかし、それでも満腹とまで至らない。一時間ほど後に母と共に摂る夕飯に向けて着々とケーキをただの脂肪に変換しつつある我が胃が恨めしい。
「……ふぅ。よいっ――しょ」
雛乃は自然とため息を漏らす。
夕飯まで少々時間を持て余しているため、雛乃は買ったばかりのスマートフォンを取り出してネットサーフィンに興ずることにした。世には様々な情報が溢れており、何ともなしに雑学を知識として取り入れることは雛乃の趣味でもあった。
【本当にあった怖いミステリー】のページを閲覧していると、一階から雛乃を呼ぶ声がした。雛乃の母である。
「なに? お母さん」
一階のリビングへ降りると、雛乃の母はメガネをかけて新聞を読みふけっていた。台所では圧力鍋の蓋がカタカタと震えている。どうやら夕飯はシチューのようだ。
「そうそう、ひな。今朝、誰かから手紙来ていたわよ? 机の上にあるから」
雛乃の母は、新聞をじっと見つめたまま言った。
「手紙?」ひなのは純粋に疑問を口にしていた。
このご時世、手紙とはまた珍しい。年賀状だって今どきの高校生なんてメールで済ましてしまうというのに。と、歳不相応な考えが雛乃の頭をめぐる。
「そこの、ピンク色のうさぎちゃん柄の。随分と可愛い丸文字で『神宮ひな乃さんへ』って書いてあるけど……コレ?」
そう言って雛乃の母はニヤニヤしながら雛乃に向けて親指を立てていた。
「わ。やめてよ、お母さん。そんなんじゃないって」
雛乃は顔を紅潮させ、俯く。確かに、好きな人はいるからだ。
「ふふっ……冗談よ。ひなには当分出来ないって」
「そ、そんなことないよ!
ピ……ピナだってすぐにカッコいい彼氏連れてくるんだから!」
今度は一転し、頬を膨らませて雛乃は反論する。
「あら、そ。わかった、わかった……『ピナ』ちゃん」
焦ると雛乃は自分の事を『ピナ』と呼んでしまう。小学生の時からの癖であった。雛乃の母はその都度、雛乃のこの癖をからかって楽しんでいた。
「もうっ。お母さんがわたしをそう呼ぶのはやめてよね……」
雛乃は俯いたままテーブルの上にある件の封筒を手に取ると、パタパタとリビングを小走り自室へと戻っていった。
去り際に調子一転。「あ、夕ご飯できたら呼んでね~」と、元気な声。
「はいはい」と、母はエプロンをかけながらキッチンへと立った。
雛乃は部屋に戻って早速部屋の明かりをつけ、自分が握っている封筒を見てみる。確かに、母が言ったとおり、そこには『神宮ひな乃さんへ』と記してあった。雛の字は書けなかったのだろうか、面倒くさかったのだろうか。とりあえず、自分へ宛てられたものであることは間違いないようだ、と判断する。
「……」
手首をくるりとひねり、裏面を観察する。と、そこには可愛い白ウサギのキャラクターのシールで一か所、封筒の口が閉じられているだけで、名前や住所といった差出人に関する情報は一切無かった。
「誰からだろう……」
いよいよ怪しくなってくる……のだが、表面の字面を捉える限り、危険を招くようなものとは考えにくい。雛乃は封筒をじっと見つめ、あれやこれやと妄想の世界に浸る。
もしかすると、もしかして。ラブレターだったりするのでは?
雛乃は人一倍強い彼女の好奇心が赴くままに開いてみることにした。
肝心要の文面は、ワープロソフトで打たれたものであった。ラブレターでは……無いようだ。
「えーっと。初めまして、校倉雛乃――
……っ!?」
しばらく、読み進めて――雛乃は封筒の柄の可愛さとは対極的といえるだろう内容に息をのんだ。




