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限りある幸福

「この国は魔術が暮らしに欠かせないものだから、魔力を持たず魔術も使えない人間は人間として不完全という扱いを受けるんだ」

「あー、そんなことを座長から聞いたような気がしなくもないッス」

「それで……」


 話ながら、エステルはあくびをかみころした。

 結局昨夜はほとんど眠れなかった。そのせいだろう、こうして食事を運んできてくれたティルと会話しだした今になって、急激に睡魔が活発化しだす。

 それでも貴重な時間を無駄にしたくなくて、いまいち回りきらない頭でエステルは精一杯マニから教わったことを自分なりに噛み砕いてティルに話していた。


「この家はウィザンドラでも有数の名家だから、私のようななりそこないが生まれてはならないんだ」

「それはどうして」

「ん、と。スターレット家の血が今後もなりそこないを生む可能性を秘めている知れると、スターレット家に並ぶ名家とはもう結びつけなくなる。どうしても格下の血が混ざり、これ以上の発展を望めなくなる、だったかな」


 ようするに、兄姉の結婚に支障が出るんだ。

 エステルの説明に、ティルは「なるほどなぁ」としきりに頷いて見せた。


「貴族って面倒くさいッスね。うちなら魔術が使えなくても健康なら十分働けるし、それに」


 そこで言葉を切って、ティルはちらりとエステルを上目遣いに見る。だが、向けられた視線はすぐに逸らされ、目尻がほんのり朱に染まる。


「なんだ?」

「あー、いや、美人なのに勿体ないなぁって」


 この部屋には鏡がない。エステルは自分の容姿について、マニの評価しか聞いたことがなかった。マニはなにかにつけてエステルを綺麗だと褒めてくれていたが、エステルにとってそれは“マニに褒められて嬉しい”以上の意味を持ったことがない。

 誰かと比べて高く評価されたところで、一生をこの牢獄で過ごさなくてはならないエステルにとって、自分の容姿の良さなどあまり価値がなかった。それを聞けばローザなどは目をつり上げたかも知れないが、そもそも外見を気遣わなければならない彼女と人目を意識する必要性がないエステルでは根本的な価値観が違う。


「この顔がお前を不快にさせないならよかった」


 よって、エステルの感覚はこの程度だ。

 このように自分と接してくれる相手はとても稀少であるため、この容姿が多少なり彼の興味を引く結果になったのであれば、それ以上は望まない。

 そんな受け答えを聞いて、ティルはほんとに勿体ないなぁと繰り返すのだった。




 エステルが自分について語れることはあまり多くない。

 彼女の持っている知識の全てはマニから与えられたものであり、彼女は自分が疑問に感じたこと以上の知識を持たない。

 ごく稀に家族に呼びつけられ、その時の会話を耳にし、聞き慣れない言葉や意味の理解出来ないものがあれば後からマニに問う。それが常であったし、マニはエステルが望む以上のことをあまり話さなかった。

 マニは自分以上に自分のことをよく知っていたし、それゆえマニとの会話は殆どが「それはなんだ?」というエステルの疑問から始まる。


 自分は生まれてからずっとここで暮らしている。

 自分は生まれたときの魔力測定で魔力無しという結果が出たため、こうしてなりそこないとして扱われている。

 なりそこないはスターレット家には存在してはいけないもので、隠さなければならない。

 なりそこないを殺せばなりそこないになるという伝承のために、ウィザンドラで暮らすものはなりそこないを殺せない。

 自分はこれからもずっとここで暮らさなければならない。


 これがエステルの全てだ。


 なりそこないではない自分の生活、というものがいまいちエステルには想像できない。

 ティルは健康なら働けると言っていたが、もしそういった場所で生まれていたら、自分の世界はまったく違ったものになっていたんだろう。

 旅をしながら世界中を回ると言われても、世界がどれほど広いのか、旅がどれほど長いのか、外をまったく知らないエステルにはなにもかもが未知だ。

 ティルもエステルの事情を理解してか、あまりエステルについてそれ以上を問わなかった。

 その代わり食事を運んでくる度、短時間ではあったがティルは嬉しそうに旅の話や一座の話を聞かせてくれる。


「芸で使う道具やテントなんかは、タウラス族の仲間が運んでくれるんスよ」

「たうらすぞく?」

「うんと、牛ってわかります?」

「見たことはないが、乳を搾ったり肉料理に使ってるというのは知ってる」

「えーっと、こう、大きな角があって」


 身振り手振りを交えながら聞かせてくれるティルの話は、どれも面白い。無知を晒してもティルは嫌な顔一つせずに、エステルに一生懸命それがなんであるのかを伝えようとしてくれる。

 実物も絵も伴わない説明はあらゆる面を想像で補うほかなかったが、どういうものなのか頭の中で思い描く時間も楽しかった。

 一日に二度の食事がこんなにも待ち遠しいと思ったのは初めてだ。今までは使用人が来る度マニとの話が中断されるため、あまり快く感じたことすらなかった。


 雪が降り、それが溶けるまで。

 その日は遠からずやってくる。だからこそ、エステルはティルと過ごす時間を大切にしたかった。


 しかし、日が過ぎるにつれてティルの輝かんばかりの笑顔は徐々にかげりを帯びていく。

 その理由に、エステルは一つだけ心当たりがあった。

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