ランス・フィアーノ
真っ暗な夜が明け、朝日が私室のカーテンを照らし始めた頃、私は目を覚ました。
いつもより早い起床で、ネオールが起こしに来る前に起きたのは久しぶりだった。
朝食も早めに済ませて身支度を始めていた。
なぜか今日はきのこ狩りに行く予定となっている。
いや…まだ春なんだけど…どう約束してこうなったのか記憶にないわ…。
記憶を辿り約束した経緯を思い出そうとすると、頭にズキリッと小さな痛みを感じた。
身支度を終え、客間で待機する間にもう一度記憶を辿ってみたが、結局思い出すことはできなかった。
「お嬢様、お迎えの馬車が到着しました。」
ネオールに案内され、屋敷の入り口に停められている馬車の前までやってきた。
「…ご令嬢、今日も、その、…よろしくお願いします。」
馬車の乗車口で佇む男性が斜め下を向き、耳を真っ赤に染めながら手を差し出してきた。
彼はフィアーノ王国の第四王子、ランス・フィアーノだ。女性に耐性が無く、極度の照れ屋なのだ。
銀色の長髪をシンプルな髪飾りで一本に束ね、切れ長の目の中心には透明感のある水色の瞳が揺れていた。褐色の肌が彼の銀色の髪をより一層美しく見せている。王子の中では一番肌が黒く、漂う雰囲気は少し怖く感じるのだが、一度話してみるとこの照れ顔が可愛いらしい王子である。
だけど彼にも欠点がある。
それは…食や好むものの趣味が悪いのである!
…はっ!
思い出したわ!きのこ狩りに行くことになった理由を!きのこクッキーをプレゼントされたからだわ!きのこの話からきのこ狩りに誘われたんだったわ!
あまりに期待に満ちた顔でお誘いを受け、断りきれず行くことになってしまったのだ。
一応、私も令嬢だし彼も王子よ?
私を操ってる人よ、断ってほしかったわ…!
雑念が湧き返答ができていなかった私を見て、彼は不安そうにこちらを見つめていた。
「ご、ごめんなさい。少し考え事をしてしまって…。こちらこそよろしくお願いするわ。」
優しく微笑んで手を取ると、彼の耳はまた真っ赤に染まっていた。
馬車の中で会話は無かったが、ランス様の優しく見つめてくる瞳と真っ赤な耳が、私を好意的に見てくれていることを物語っていた。向かい合うように座ったことにより、彼と見つめ合う気恥ずかしさを耐える羽目となった。
馬車に乗り一刻が過ぎた頃、ようやく目的地に到着した。
馬車から降りると、一面は見たことのないきのこが生い茂っていた。想像以上にきのこが並ぶ景色に驚かずにはいられなかった。
視線をランス様に向けると、掌に収まる大きさの赤いきのこを手に取り愛おしそうに見つめていた。
うそでしょ…
馬車の中で私を見つめてた瞳と同じ!?
私はきのこと同じ愛おしさなのね…
心の声はそっと閉まっておく事にした。
それから一通りきのこを見て回り、何とも言い難い気持ちを抱えたまま帰りの馬車に乗った。
行きの馬車では向かい合って座っていたが、帰りは片側の座席がきのこを入れた箱が積まれていて座れず、隣同士で座ることになった。
隣のランス様は疲れてしまったのか眠そうにうとうとしていた。
トンッ……
私の肩に柔らかい髪が触れ、その後に重さのある物が乗っかってきた。ランス様の頭が私の肩に支えられるような体制となっていた。
耳が真っ赤になっていないことから本人は今の状況に気付いていないのだろう。
可愛いらしいなと思いながら見守っていること数分
スリスリッ…スリッ…
えっ……!?
ランス様が首元に擦り寄ってきている…?
「いい…、香りがする…」
……ちゅっ
私の首に柔らかい感触が一瞬触れる。
えっ…?
………うぇぇえええ!!?!
ランス様が私の首にキスしてきたわよ!?
あぁ、今日も無理でしたわ。
私は驚きの余りにまたこの後の記憶をよく思い出せないのであった。




