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領主の変更手続きと領主代行の申請、それに王都の家を整理するために王都に出向いた。領に戻ってから半年以上過ぎていた。
手紙で主治医をやめると連絡はしていたが、改めて挨拶に訪れた家では病の流行した場所から来た医者を歓迎せず、玄関先で応対された。
かつては「先生」と呼ばれ、子供が熱を出した時には夜中でも駆けつけると不安げに頼ってきたものだが、既にルパートに用はなかったようだ。
顔見知りの医者がやってきて、玄関にいるルパートにニヤつきながら帽子を取って軽く会釈し、屋敷の中に通された。ルパートに代わり主治医になったのだろう。挨拶に行くことを伝えていたが、あえて時間を合わせたようだ。その程度の関係でしかなかったことにルパートは憤りを超え、諦めを感じていた。
「身内も助けられなかったんですって」
「薬代をずいぶんぼったくられたらしい。医者のくせに相場も知らないのか」
「いつも高い薬を使わせていたから、金銭感覚が鈍っているんじゃないの?」
心無い噂話が、疲れた心をさらにえぐってきた。
恋人のエーリカにも別れを告げるつもりでいた。華やかな場を好む彼女は王都での生活があっている。北の寂れた領には行きたがらないだろう。
しかし詫びるまでもなく、彼女は既に別の男と婚約していた。
「お父様が、…借金を抱えたあなたじゃダメだって…」
うつむいて目をそらせたかつての恋人。悪びれもせず、他人に責任を押し付けた言い訳を聞いても仕方がない。指に輝く大粒のダイヤの指輪。幸せを祈る気にもなれず、
「わかった」
それが別れの言葉になった。
おせっかいな者が親切面で教えてくれた。
彼女は自分と付き合っていた時から相手の男に言い寄られていたそうだ。二人の男を天秤にかけ、より良い方を選んだ。それが自分でなかっただけだ。彼女のしたたかさ以上に自分の愚かさを苦々しく思い、傾いた天秤を戻したいという気など起きなかった。
王都の家を解約し、残していた家財や衣服を売り、借金の支払いに充てたが返済には足りなかった。残りはこれから働いて得る収入で返済するしかないが、翌年以降は備蓄の薬を領の金で購入する段取りがついた。
必要な薬を手元に置かなければ。それは病以上に心の不安に備えるためのものだった。
◇ ◆ ◇
薬屋を営むホーソン商会の商会長エール・ホーソンの元に、ルパートから引き続き薬を提供してほしいと話が来た。ルパートからは散々搾り取り、去年の金もまだ全額は払いきれていなかったが、今度は領で金を用意すると言われ、エールは二つ返事で引き受けた。
エールとルパートは学生時代からの顔見知りだったが、仲が良かった訳ではない。
ルパートは完璧で隙のない優等生で、誰もが一目置く男だった。
学生時代、恋心を抱き思い切って告白したが、相手は即答した。
「ごめんなさい。私、バスティアン様が好きなの」
そのせいで、エールは秘かにルパートへ恨みを抱いていた。
その女もまた勇気を出してルパートに告白したが、
「興味ない」
の一言で見向きもされなかった。振られた女を見て溜飲が下がったが、ルパートへの妬ましさは増すばかりだった。
学生時代のルパートは、エールのような成績も大したことなく、自分が振った女に振られた情けない男のことなど眼中になかっただろう。
教師に当てられると難なく問題を解くが、説明はわかりにくく、それをべた褒めする教師。褒められようといつもすました顔のままだ。解けない問題に悩む学生に冷めた目を向ける。優秀な者ほどルパートを快く思っておらず、悔しがって陰口をたたく姿を見てエールは小気味よく思っていた。
そんな男が薬を手に入れられないかと自分に頭を下げてきたのだ。エールの優越感を大いに刺激した。
親戚に製薬会社を営む家があり、病気が広がっていない地域での買い占めが下火になっていたので、薬は手に入る状況だった。薬に法外な値段をつけても言い値で支払い、しかも感謝された。
借金まみれになり、落ちぶれ、王都に住めなくなってもなお薬を手に入れようとする。かつてのエリートが自分を頼りにし、すがってくるのが小気味よく、それならばと更に無理な要求を重ねていった。
◇ ◆ ◇
次の薬の納品の条件に、エールから領内に薬屋を開業したいと言われた。病が流行った時、薬屋が多いに越したことはないだろう。ルパートは薬屋の開業と領外から運んできた薬の販売を承認した。
販売する薬のリストを見ると領で手に入る薬も多かったが、出来上がった薬があれば細かな処方箋を書かなくても済む。少しでも仕事を減らすため、自分の病院で使う薬はそこから仕入れるようにした。
あの厄災から三年ほど経ち、今度はエールから女を引き取ってほしいと言われた。親戚の令嬢の結婚相手にちょっかいを出すような女で、できるだけ遠くにやってほしいと頼まれたそうだ。
初めはこの領内に住まわせ、仕事を斡旋する話だったのだが、やがてその女との結婚を促され、応じないなら今後あの薬は融通できないと言われた。
気乗りはしなかったが、つまらない女を引き取るだけで薬が手に入るならと引き受けた。もはや結婚に憧れなどなく、どの女も大差ない。この領にいるのも甥が成長するまでの間だ。借金を返すまで結婚という名目で預かり、ほとぼりが冷めた頃離婚すればいい。自分が我慢すれば領に薬が入るのだ。これも領のためだと自分に言い聞かせた。
念のため相手にも契約結婚にしたいと事前に確認を取った。
契約期間は二年。いくつか条件を付け、二年後に金貨五十枚を相手に払うことにした。平民には破格だろう。迷うことなく契約書にサインしたと代理人から聞いた。向こうも今更見ず知らずの男との結婚にこだわりはなかったようだ。
別館での暮らしは不自由のないように取り計らう代わり、本館には極力出入りさせないように執事のクリフォードに命じた。決まった相手のいる男に色目を使うような女だ。万が一にも幼い甥に手を出すようなことがあっては困るからだ。
男をたぶらかした女になど興味は沸かず、あえて近づかないようにしているうちにいつしか結婚したことも記憶からなくなっていた。
病院、患者、薬、それに領のことで頭の中はいっぱいだった。




