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赤い花、青い花  作者: 河辺 螢
第五章 北邱の領、あの日から
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5-1

 ルパートがルビアが残した手紙を手にした時、ルビアがこの屋敷を出て行って既に一週間以上が過ぎていた。

 契約結婚をしていたことも、その期限の日さえよく覚えていなかった。あの頃は何もかもが面倒で、目の前に与えられた課題をとりあえず片づけていくので精一杯だった。




 ルパートはバスティアン家の次男として生まれた。

 北の小さな領の領主を務めるバスティアン家は生活に困ることはなかったが、他の貴族と比べると裕福とまでは言えなかった。

 ルパートは幼い頃から勉強が得意で、王都にある王立学校に特待生で入学した。親に金銭的な負担をかけなかったことを誇りに思い、いつしかそうあることが当然の義務だと思うようになっていた。


 在学中はずっと首席で、ライバルと言えるような人もいなかった。勉強でわからないということが理解できず、周りの友人が悩む姿に同情を寄せることができなかった。勉強に限らず何かと人の気持ちを察することに疎く、正しいと思ったことは遠慮なく口にした。そのせいで自分が一部の級友から高慢だと思われていたことにも気付くことはなかった。


 卒業後、家のことは兄に任せ、外国に留学して最先端の医学を学んだ。四年後国に戻ると王都で侯爵家をはじめとした上位貴族の主治医を勤めた。仕事は順調で、恋人もでき、そろそろ結婚を考えていた頃だった。


 風邪で体調を崩した父が亡くなり、後を追うように母も亡くなった。どちらの死も事後に手紙で伝えられた。医者でありながら一度も親の診察をしたことはなく、看取ることもできなかった。さらに自分の受け持つ患者の体調が悪く、葬儀にも出ることができない。心残りだったが、医者という職業を選んだ以上仕方がないと割り切った。


 後になって(たち)の悪い風邪が自分の生まれ故郷に蔓延していることを知った。兄から薬が手に入らないと聞いてつてを頼ったが、国のあちこちで広まる病に他領でも買い占めが起こり、なかなかまとまった数を手に入れることができなかった。


 学生時代の同級生に薬屋を営む者がいた。頼み込んで何とか薬を分けてもらった。大金を払ってようやく手に入れた薬を持って急ぎ故郷に戻ったが、既に兄の妻は亡くなり、墓に困るほどに住民が命を落としていた。

 重症だった兄も着いた翌日に息を引き取った。せっかくの薬は間に合わなかった。残された幼い子供も感染し、高熱を出しひどい咳に苦しんでいた。持ってきた薬を飲ませると三日で症状が軽減した。確かな効き目の薬を前に、助かった命に安堵する以上に遅すぎた自分の対応に腹が立った。もっと早く届けられていたなら兄夫婦だって助かっていたのに。


 兄夫婦は葬儀もせずに埋葬せざるを得なかった。それでも棺があり、墓地があっただけましだった。街のはずれの共同墓地では棺が間に合わず、大きな穴が掘られ、複数の人が布を巻かれただけで埋葬されていた。


 領内の医師達に持ってきた薬を配り、治療を進めた。医療が受けられない者のために無人になっていた街の病院を借り、ルパート自ら治療に当たった。教会やボランティアにも手伝ってもらい、重症者が減り、病も鎮静化していったが、途中で薬が足りなくなった。


 高価だった薬は、さらに値上がりしていた。それでも必要な薬だった。

 王都で医師として働き、貯めてきた金を全て費やし、足りない分は後払いで了承してもらった。人から金を借りたのは、これが初めてだった。



 四か月後、病は概ね終息した。

 領主をしていた兄がいなくなり、まだ幼い甥が領を運営できるようになるまで領主を代行する者が必要だったが、自分しかいなかった。

 当時九歳だった甥のダレンは聡明な子供だった。きちんと学ばせれば領を継ぐことができるだろう。自分はあくまでもつなぎの存在。自分の立場はわきまえていた。


 借りていた病院を閉鎖することもできず、昼は医者、夜は領の仕事をしていたが、次第に領主の館に帰るのがおっくうになり、患者がいない時でも病院で寝泊まりするようになった。必要な書類は役人に病院まで運ばせ、どうしても持ち出せない仕事のために月に一度は館に戻った。甥のこともきちんと学んでいるか見ておく必要があった。


 時に夜中に急患が出てたたき起こされ、疲れから眠れなくなり、食事ものどを通らなくなった。自信のあったデスクワークも頭に入らず、時間だけが過ぎていくが、それでもやらなければいけない。

 自分がやらなければ。頼れる人などいないのだ。


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