お嬢様、降臨
ドシャッと重い音を立てながら泥水に転んだ私は惨めに泣いた。
石を投げられ、友人だったはずの人達に突き飛ばされ、口汚く罵られる言葉をただ唇をかみ締めて聞くしかない。
「落ちぶれた家の女」という言葉が悔しくて泣いて、「男を誑かす痴女」という言葉に憤りを感じて泣いて、「お前程度の女がシエラ様の婚約者に手を出すからだ」という言葉に恥ずかしくて泣いた。
「恥をしれ!お前のような女が私に釣り合うと思ったか!」
その言葉がまた悔しくて泥だらけになった袖で顔を隠しながらうずくまった。ギリ、と歯を食いしばれば錆びた味が口に広がる。
こんな屈辱もういっそ死んでしまいたいと、そう思った時、彼女は現れた。
「汚らしいわね」
聞いたことの無い声にチラと目を上に向ければカールされた綺麗な金髪に整った顔、青のドレスを纏い高いヒールでバランスを崩さず美しく立う女性がいた。
扇で口元は見えないが少し伏せられた目はこちらを見ていて、この人もか、と思って直ぐに顔を隠した。
蹴られるか、また罵られるか、はたまた扇を投げつけられるのか。
コツコツとヒールを鳴らしてこちらへ近づく気配へぎゅっと目を瞑る。
しかし、その女性は私の前に、彼らと私の間へ割って入った。
「そのお行儀のなっていない所作は何?下卑た面に汚らしいお口だこと。
物を投げ突き飛ばし挙句には人の尊厳を奪うような発言。全く聞き捨てなりませんわね。
それもこんな往来。貴方達、ここが広場であることを自覚してまして?」
女性が登場したことにより静まり返っていたガヤガヤと野次馬の声がまた再開される。
そう、私はこの広場より少し先にある学園で糾弾された。
男爵令嬢、シエラ・エナメラ様の婚約者であるノールボティ家のご子息、リヴァン様を誘惑したという罪で。
全く身に覚えがない。しかし確かにリヴァン様とは何度かお話させていただいたことはあり、その度にシエラ様に強く睨まれ蔑まれていたのだ。
そしてその糾弾が終わるとシエラ様とリヴァン様の友人という方々に引きずられ広場へ連れてこられた。多分、見世物にするつもりだったのだろう。
「誰だお前は」
「主犯はあなた?全く、行き過ぎた嫉妬は身を滅ぼしましてよ。いい歳なのですからちゃんと自分の頭で考え、行動をしなさい。はっきり言って恥ずかしいわ。」
リヴァン様の言葉を無視して女性はパチン!と扇を閉じシエラ様へ向ける。
シエラ様は一気に顔を真っ赤に染めたが当たり前のごとく友人たちが黙っていなかった。
「おい!なんだお前は!この方を知らないのか!?エナメラ家のお嬢様だぞ!」
物騒な雰囲気を出しながら近付いてきた男は女性の胸ぐらを掴んだ。
軽い脅しのつもりだったのだろうがやりすぎだ、女性にそんなことをするだなんて。
「逃げて!」
こんな所でいつまでも蹲ってる場合じゃないと、泥だらけになったドレスを引きずって男の足へしがみつく。「汚れるだろ!離せ!」という言葉が頭上から聞こえたが、構わずしがみつく。
そんな滑稽な私の姿を見た笑い声と、汚らしいという言葉が聞こえてまた涙が滲んだ。
ガッと強い衝撃と共に地面へ転がると同時に響いたのはソプラノボイスの高笑いだった。
「とても強いのね。あなた、自分を恥じる必要なんて無くってよ。」
手を差し出し、彼女は自分のドレスが汚れるのも構わず私を起こした。
逃げて、という小さな声が彼女へ漏れる。
だって、私が彼女越しに見たシエラ様の顔はあの学園にいた時と同じ顔をしていたのだから。
「心配しなくても……大丈夫でしてよ」
と彼女は私にだけ聞こえる声で可愛らしくウインクをして振り返る。
石畳だと言うのによろける様子もなく高いヒールでシエラ様の元へ歩いていく彼女を止めようと先程の男が彼女の肩に手を伸ばす。
その瞬間、男は投げ飛ばされた。
「女性の体に気安く触れてはならないと、その学園ではこんな初歩的なことも教えてくださいませんの?」
男を投げ飛ばした女性の姿に皆あっけに取られる。彼女は何一つ止まることない、流れるような所作で男を投げ飛ばした。
相手の手を掴み、持ち上げ、肩と腕を使ってまるでダンスを踊るかのように軽やかな手つきで男を地面へと叩きつけた彼女は腰に手を当て、扇で口元を隠しながら声高らかに宣言した。
「およそお嬢様のする行動ではありませんわね!
あなた、お金と地位さえあればお嬢様だと勘違いしていらっしゃるのではなくて?
本当のお嬢様、見せて差し上げましてよ。」