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ギリギリセーフですかね。別視点になります。
“それが”生まれて初めて自覚した感情は飢餓だった。
とても強烈なものだ。
これまでは他者によって与えられ満たされてきた空腹が、唐突に欠け出した。親が住処に帰ることが無くなったのだ。
最初は初めて感じる飢えにいてもたってもいられず、その場でのたうち回りじたばたと暴れた。無論、何も得ることは出来ず寧ろ飢餓は加速するばかりだ。それでも“それは”暴れるのを止めようとはしなかった。
そのうちに、何処からか食事を与えられることはなく自ら捕りに行かなければならないのだと“それ”は悟り出す。捕りに行かなければ空腹は満たせない。これが続けば自分は何もできなくなる。
(たべたい)
はたして思考と言えるのかどうかすら怪しい稚拙さ。生命の危機的本能から呼び起こされた思いの元、“それ”は活動を開始したのだった。
“それ”は穴を掘ることが得意な種族に生まれた。親から子へと何の教えを受けなくともプログラムレベルで行うことが出来る。生物としてそう進化し、穴を掘ることを生態としている。
(たべたい)
土の柔らかい所は本能的に分かる。そこへ身体の先を鋭くすぼめねじ込み、ねじ込んだ部分を膨らませそれを広げ更に突き進む。一心にそれを繰り返す。固い甲殻と伸縮性の高い肉体を駆使し時には岩盤すれすれを削り取り何処とも知らぬ獲物へと向かう。
やがて大きな空間に出ることが出来た。自分達の住処とは違うと、体毛を撫でる風が教えてくれる。視覚を持たない“それ”は熱と音で初めて外の世界というものを感じることが出来た。
(たべたい)
しかし抱いたものは特になかった。“それ”は自然の美しさを愛でたり、世界の広さに驚嘆したりするような感性を持ち合わせてはいない。“それ”にとって初めての外の世界とは、単に自分のいるところとは違うという情報の蓄積以外の意味を持ちはしなかったのだ。
光を感じることの出来ない“それ”は代わりに発達した熱感知を頼りに、今度は地面の上を這いずり進みだす。伸縮運動による移動速度は存外に高く、土煙を上げながら凄まじい勢いで身体を運んでいく。
いつしか地面は平地からごつごつとした岩と落ち葉、木の根で凹凸が激しいものへ変わりだす。しかしそんなことは物ともせず速度を保ち続ける“それ”。どこまで行くのか、どこへいくのか。彼方へ聞こえる音を頼りに前へ、ただただ前へ。
そしてついに音源へとたどり着き、そこに自分と同じように動き続ける熱を見つけた。
多くの熱があった。優れた知覚能力によって見ずとも朧気ながら形すら感じられる。手も足も持たない“それ”とは異なる形。下についた2本の棒で身体を支え、上についた2本の棒を器用に操る生き物。人間。“それ”はその生き物を知っていた。よく親が食事として持ってきていた生き物だ。
(あれをたべたい)
単調だった思考の変化。飢餓の極致にあれど、そう考えることが出来た。“それ”はあれが大好物だったのだ。
(おおきいのはこわい)
自分より大きな個体を避け、小さな個体を探した。
大きいあれは食えば腹は満たせるが、力も強い。近くにいる他のあれが寄ってくれば自分がやられる。住処でこれまで何度もあれを食べてきた“それ”はあれについての知識があった。本来そのような思考や思案の出来る種では無い筈だが、何故か“それ”は考えることが出来た。
大きいあれと離れた場所に小さなあれを見つけた。熱は集まって何かしている。一瞬、食べてしまおうと考えたがやめた。
(ちいさくてもおおい)
小さな個体でも集まっているなら、自分もやられるかもしれない。何より、集まりから離れた場所に小さなあれがいることに“それ”は気が付いたのだ。
一つだけ離れた所にいる熱のところまで這い寄り、藪の中へ静かに身を潜める。異常な知能の発達が捕食者としての振る舞いすら“それ”に与えていた。
中に潜む者を知らない小さなあれはよたよたと藪へ歩を進めてくる。その少し後ろを大きいあれがついて来てはいるが、あくまで見守るためなのか少し距離を離している。今、小さなあれを食べようとすれば、大きいあれに気付かれるかもしれない。
(こわい。でも)
そして。
「あ、おっきなミミズさん!」
(たべたい)
“それ”はもう我慢出来なかった。
結果として“それ”は小さなあれも、それを助けに来た大きいあれすら食べることが出来た。しかし十分に腹を満たすことに成功した“それ”は住処へと帰る道すがら、ずっと考えていた。
(こわかった)
無傷で食事にありつくことは出来なかった。大きいあれにも小さなあれにも散々に抵抗され、捕食こそ出来たものの“それ”は浅くない傷を負う羽目になってしまったのだ。
(あれはこわい)
普段から食べるには余りにも恐ろしい生き物だ。今度は自分が殺されるかもしれない。死にたくない。あれを食べるのはやめよう。生物としての生存本能がそう告げている。
(でも、美味しかった)
あれは、人間を食べることは変わらず好きだ。ならどうするか。“それ”は考えた。
(もっと、人間をたくさん簡単に食べれるようになりたい)
それを目標と定めて“それ”は動き出した。
住処に戻ると“それ”は手近な獲物として、同種に対して──特に自分より大きな個体への共食いを開始した。自分よりも大きな個体を食べることで自分自身が大きく強くなれる。強化される。理屈は分からずとも仕組みは大きなあれを食べたことで進化した知能により理解出来た。
(美味しくない。でも頑張ろう)
目標のために我慢し努力することで“それ”は大きく強くなっていった。
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